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3話

 薄暗く雨が降る外へ出る。昨日からたまった水たまりの水が跳ねて、鳥が飛び立ったような波紋を起こした。向かい家の庭先に細い枝を埋め尽くし着飾り咲いた庭桜が、うっすらとした白と桃を混ぜた八重の花びらに雨を受けてうなだれる。

 その花をじっと見ていた彼女の傘に入り込んだ。昨日とは持つ人の違う、雨を受け止める傘。

「制服か」

「そういう先輩は学校のジャージですね」

 黒の学校指定ジャージは動きやすいので、気軽に出かけるときには重宝していた。

「学校行くつもりないからね。そんな笠森さんは学校行くつもりだったの?」

 すでに学校の遅刻が確定した時間だ。彼女が電話をかけてきた時間だって、間に合うか間に合わないかのギリギリだったのに、俺が出てくるのを待っていれば間に合うわけがない。

「いいんです。私は、サボり魔なので」

 かつての自分が答えるみたいな返答に窮した。精一杯の平常心を見つけ出す。

「入ったばかりでサボり続けるのは良くないんじゃないか」

 自分のことは棚に上げた一般論なら、すらすらと出てくる。会話も出来なかった昨日から立ち直った自分にほっとしていた。

「……むー。とにかくあてもなく歩きましょう。あてもなく」

 学校へ向かうわけにも行かない。あてもなくは賛成だった。二回も言って強調する必要はないけど。

「先輩は篠崎さんとは結局どうな関係だったんですか?」

「……サボりの共犯者」

 きっと僕よりも、篠崎さんの方がはるかに常習犯で先生たちに目をつけられていたと思う。けど、先輩はうまく立ち回っていた。主に成績が良かったという意味で。

「それだけですか?」

「それだけだよ」

 栗色の目が僕の真意を覗き込もうと見上げてくる。

「他に質問とかは? 篠崎さんからの受け売りでいいなら、七不思議的なことも教えられるよ」

 問い詰めるような光が興味深そうな色へ変わる。追求が来ないことが、僕の安息だった。

「それじゃあ、購買に売ってる潤紙(うるおがみ)って何ですか? 変なの売ってるなーと思ってて」

 知らない人には気になる品物で、自分の犯したくだらない過去をほじくり返す思い出の品の名でもあった。口を閉ざして、平静をよそえるように呼吸を整える。

「先輩?」

「なんでもない。潤紙はうちの高校だけで有名な告白用の紙」

「告白用ー? なんですそれは」

 どこにでもある、どこぞの学園にある、伝説の木の下で告白すれば必ず成功するというようなものと同じ物だ。

「ラブレターを書いて、それを水に浸す。そして、相手がその手紙の内容を読めれば告白は必ず成功して結ばれる。読めなかったらどんな手段の告白も必ず失敗してフラれるっていうような話」

「先輩は信じてるんですか?」

 なんでそんなモノが流行っているのか理解出来ないと言った感じな声音だ。僕も受け取らなければ、考えるきっかけも無かっただろう。そして、文字を書いては破るほど思い悩まなくてもすんだかもしれなかった。

「まぁ、どっちでもいいかな。信じたい人は信じればって思ってる」

「そんな事言ってるってことは、もらったこと、あるんですか?」

「……あるよ」

 嘘はつけなかった。胸の内を全部見透かされてるんじゃないかと、疑念が浮かぶ。見透かされた自分はあまりにもちっぽけで、彼女はどう思うのだろう。

「どうだったんですか?」

 わくわくした期待を裏切る形になるが、正直なところあれを受け取った結果は面白みもない。

「読めなかった。篠崎さんが誰が送って来たのか気になるからさったと読め読めって背中を押しまくったけど、読む前に手紙は崩れちゃったよ」

 あの時の、紙が脆く崩れていき書かれているはずの文字も読めなくなる様は、どうしてこんな伝統が受け継がれているのか疑問を感じさせた。本当に、告白は必ず成功してるんだろうか? 必ず失敗してるんだろうか。

 だって、必ず失敗するなんて断定するなら、手紙に書いたのに届かなかった言葉は、嘘をはく以上に無意味じゃないか。

「じゃあ、その手紙を送った人は告白失敗ですね」

 こともなげに言う彼女に凍る。でも、口だけは心の嘘を吐き出して雨みたいに早口で言葉を降らせた。

「誰が送って来たかもわからないから、本当にね。それ以降、手紙も来なかったし声をかけられたこともなかったから、多分なんかの間違いだったんだよ」

「その後、どうも無かったって言ってましたけど、先輩は送ってきた相手を探そうとかしなかったんですか?」

「面白おかしく先輩がちゃちゃ出してくると思ったんだけど、先輩、忙しいからってどっか行ってしまったから」

 彼女の顔が様々な感情を綯交ぜにして変化し、最後に僕の視線から逃げるように目を俯けた。

「……そうですか」

 ポツリとこぼれた彼女のたった一言に、僕は何に落ち込んだのか分からなかった。

「先輩はその潤紙で送ったこと無いんですか」

「ラブレター?」

 口に出すのも恥ずかしい単語だ。彼女は小動物がこちらを観察するみたいに、その栗色の瞳をうるうるさせて覗き込む。

「はい」

「無いよ」

 こんどこそ本当に嘘を吐いた。彼女はそうですかとうなずかない。何か失敗があっただろうか。

「それじゃあ、篠崎先輩がもらった手紙ってなんだったんですか?」

 彼女は知っているんだ。当たり前だ、昨日の篠崎さんとの会話を聞いているんだから。でも、なんで人は、僕の思った「物語」を受け入れてくれないんだろう。

 返答せずに歩き続ける。彼女は僕から目を離して、前を向いている。たどり着いた駅は、昨日と同じく閑散としていた。違う点は、待てどもここに篠崎さんが来ないことだろう。

 笠森さんがさっさと駅の待合室へ入って、傘を閉じた僕は雨を頭から受けた。

 ふっ、とこみ上げたものは――。


――

手を伸ばす風に 声かける風に

気になるふりして自分を許した

踏み場をなくした君の姿には 何を思えばいいの?

――


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