第6話
秋に花を咲かせる薔薇をより一層美しく咲かせるためためによい枝を残して、コーデリアは無心に剪定を行っていた。こじんまりとしたキャリントン家の庭の一角にはコーデリアの亡き母が残した何株もの薔薇が植えられている。
薔薇のアーチを作るためにつる薔薇は庭師エルマーが古いつるを剪定している。キャリントン家の庭のいつもの風景に思われたが、いつものような楽しげな笑い声と笑顔はどこにもなかった。
王妃殿下の夜会からジェラルドに付き添われて帰ってきたコーデリアは全く元気がなく顔面が蒼白であったと、執事のダドリーからエルマーは聞いていた。それから、食も細くなり、横目で見るコーデリアは少しやつれたように見え、もともと華奢であったその身体も小さくなったように見えた。そんな姿を見るにつけ、エルマーは胸を痛めていたが、今はそっと見守るしかなかった。
無心で庭仕事をしているときだけ、嫌なことを考えずにいられるコーデリアは以前にもまして庭に出ては庭仕事に精を出した。何かしていないと嫌なことばかりを想像してしまうからだ。
夜会で自身の醜聞を聞いた時、コーデリアはひどく動揺した。独身であった頃も聞くに堪えない噂を立てられていたが多少傷つく程度で己を保つことが出来ていたように思う。しかし、結婚した今、コーデリアにまるで身に覚えのない悪意のある噂がまことしやかに社交界に流れている、そのことが夫をおとしいれ傷つけるのではないかと考えるととても恐ろしく感じた。
夫の様子がおかしかったのはコーデリアのひどい噂をどこかで耳にしたからではないか。身持ちの悪い女として噂されているコーデリアと結婚しているだけで、ジェラルドを侮る輩も出てくるであろう。夫の矜持を傷つけるのではないか、嫌な想像が頭の中をよぎっては消える。考えると食欲も失せ、最近ではあまり食べ物がのどを通らない。
そのことでダドリーやアビー、そして料理人のベインズ夫妻をひどく心配させた。コーデリアの横で黙々と薔薇の世話をするエルマーもコーデリアの変化に気が付いているだろうに、何も言わずに見守ってくれていることにコーデリアはありがたく思った。
何故、コーデリアにまつわるひどい噂が流れているのか、コーデリアは首を捻る。社交界に出たのはレイモンド叔父に連れられて、2回ほど見知らぬ貴族の家で食事会に参加したくらいで、その時はほとんど叔父について回っていた。誰かに何か、無礼なことをしたり、恨みや嫉みを買うようなこともしなかったはずである。
(目的がなければ、噂を流す必要はないはず・・・)
何かあるのだ、噂を流した誰かはコーデリアをどうにかしたいのだろう。その目的が見えない。夫ジェラルドを蹴落としたい人間の仕業かとも思ったが、コーデリアの噂は夫と出会う前から社交界に蔓延していた。そう考えるとやはり標的はコーデリアであることは間違いない。何故---。
それに夫は夜会に参加する前に言っていた。「噂は噂、聞くに堪えない噂を耳にしたときは自分に言うように」と。コーデリアは手元の薔薇の枝を切り落とす。落とした枝がコーデリアの足元に落ちた。
夫は知っていたのだ、コーデリアにまつわる醜聞を。社交界に妻を伴わずに参加していたジェラルドはこの噂と噂による偏見に満ちた視線からコーデリアを守ってくれていたのだと気が付く。ということは、夫はかなり以前から噂を知っていたことに他ならない。
(白い結婚はこのためだった?)
夫が結婚前からコーデリアの噂を聞きつけていたのなら夫婦関係がなかったことも納得がいく。この国の民でなかったとしても、一国の王の頼みを断れないであろう。その頼みが、たとえ身持ちの悪い女との結婚であろうとも。不貞な妻と夫婦関係を結びたくないのも理解できる。
王の命のもとに結婚した以上、すぐに離婚はできない。夫の苦悩はいかばかりか、それなのに夫はコーデリアを噂から守り、かばってくれていた。なんという夫の優しさか、コーデリアの胸は締め付けられる。
コーデリアは地面に膝を落として、静かに泣いた。地面に落ちた薔薇の棘がコーデリアの膝に食い込み、血が滲んでいた。
ただ、ここ最近、夫の様子がおかしいのはコーデリアの噂のことではないようだ。いったい何があったのだろう。コーデリアのことであったら・・・考えるだけで身震いがするほど恐ろしい。
コーデリアは両手で顔を覆い、声をかみ殺し、涙を流し続けた。
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