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第4話

 社交の場に出るのは3年ぶりのことであり、コーデリアはその準備に追われていた。流行のドレスなど持っているはずもなく、どうしようかと考えていると、執事のダドリーと侍女のアビーがこんなこともあろうかと言いながら、毎年ドレスを新調してくれていた。2人の厚情に思わず目頭が熱くなり、コーデリアは何度も謝辞を述べる。ダドリーとアビーは恐縮しながらも、お嬢様のためですと胸を張っていた。

 

 コーデリアは執事ダドリーに宮廷舞踊のステップを終日習っているが、一朝一夕にはいかないものである。夜会まで2日間しかないこともあり、基本のステップのみをコーデリアは覚えることとした。

「ところで旦那様は元傭兵でいらっしゃいますよね」

 休憩中のコーデリアにダドリーはお茶を給仕しながら尋ねる。

「そうよ、ダドリーも知っていることじゃない。それがどうかしたの?」

「いえ、失礼ながら…旦那様は宮廷舞踊を嗜んでいらっしゃるのかと」

 素朴な疑問を口にした執事にコーデリアも確かにそうだと首をかしげる。

「傭兵になる前は何をしていらしたのかしら・・・ね。貴族とか大身の商家の子息?」

 国王からの紹介もあり、夫の素性は確かなものだと信じ込んでいた。しかし、思えば夫の出生地や年齢、傭兵になる前はどう過ごしていたのか何も知らないのである。

 知りたいと思わなかったと言えば嘘になる。しかし、夫が語らないものを妻であるコーデリアがあれこれ詮索するのもはしたないことである。

「まぁ、きっと困っていたらお城の方とかダドリーに相談するでしょう。きっと上手に踊るんだわ」

 私も負けられないと、コーデリアはステップの練習にほぼ2日間、終日ダドリーに付きあわせて基本の形をなんとか習得した。


 夜会当日を迎えてコーデリアは落ち着かないでいた。身支度を整えた後、迎えが来るまで落ち着かずうろうろと部屋の中を歩き回っては、侍女のアビーに何度も同じことを確認する。

「あの、変じゃないかしら?大丈夫かしら?ジェラルドに恥をかかせるわけにはいかないもの」

「大丈夫ですよ、とってもお綺麗です」

 萌黄色のドレスを身にまとい、コーデリアの瞳の色に合わせて翆玉をあしらった母の形見の首飾りを身に着ける。新雪のような白い肌は絹のように滑らかに輝き、眉つき眼元が涼やかで、小さくすっと通った鼻梁に、飽くまで薄紅色に染まる唇が妙に艶めかしい、同じ女性のアビーですらその美しさに魅了される。

「緊張してきた・・・胸が破裂しそうだわ」

「大丈夫ですよ、お嬢様には旦那様がいらっしゃいます」

 アビーに宥められながら城からの迎えを待つ。執事のダドリーが城からの迎えが来たことを告げる。コーデリアは両手で頬を軽くたたいて、自分に活を入れる。

「いってらっしゃいませ」

 執事と侍女に見送られ、迎えの馬車に乗り込むと城で待つ夫のもとに向かった。


 馬車の御者がキャリントン伯爵夫人到着と声を張り、宮殿の前に馬車を停車させる。御者が扉を開くと扉の向こうにジェラルドが正装をしているのが見える。ジェラルドがコーデリアの前にスッと手を差し伸べる。コーデリアは震える手をそっと夫の手に乗せ、馬車から降り立つ。

 馬車を降り立てばコーデリアにとって社交の場は戦場のようなものである。笑顔という鎧を身にまとう。一つ大きく息を吸って、ジェラルドに寄り添うように歩き出す。

「私、変じゃないですか?」

 周囲には聞こえないように小声でジェラルドに確認する。周りを見れば綺麗に着飾った女性たちが目にも眩しい。女性たちは場に慣れた雰囲気で、自分が浮いていないかコーデリアは心配になる。

「とても素敵だ。誰よりも輝いているよ」

 手放しの賛辞を受けて、コーデリアの頬は薔薇色に染まる。そして夫に預けていた右手の甲に夫からキスを受けた。

「コーデ、きっと君が聞くに堪えないような噂を耳にすることもあるかもしれない」

 ジェラルドがコーデリアに耳打ちをする。

「はい」

「飽くまで噂であることを心しておいてほしい。何かあったらすぐに私に言うように」

「はい、もう覚悟を決めております。ただ緊張しているのは否めません。正直言えば少し怖気づいています」

「そうか。ここは魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿だから、本当は君をこの場に連れてくるのは避けたかったのだけれど、王妃殿下の仰せとあらば否やと言えず」

 夫が心を配ってくれているのが嬉しくて、思わずコーデリアは左右に首を振る。

「貴方が傍にいてくだされば、それだけで恐怖が薄らぎます。それと・・・一度は貴方の正装を見てみたかったからよかった」

 顔を覆う髭がなければ赤い詰襟に青のサッシュという王国軍の正装がもっと映えるのにと思うが、これは夫には口が裂けても言えないコーデリアの感想である。

「では、参りますか。コーデリア殿」

 鎧用ではなく自然な笑顔を夫に向けて、コーデリアは小さく頷いた。 

ここまで読んでくださってありがとうございます。


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