第15話
「叔父様が・・・何故・・・」
眼前で繰り広げられた男たちの会話の内容に、コーデリアから思わず吐息と共に言葉が漏れ出る。
コーデリアから漏れ出た言葉にジェラルドとサイラスが会話を止めて、コーデリアを方を振り返る。しかし、コーデリアは二人の視線も意に介さず、己が思考の海に漂っていた。
幼くして両親を亡くしたコーデリアの後見となり、時には彼女の手となり足となり支えてくれた叔父。そのレイモンド叔父がコーデリアの誘拐の黒幕であったというが、どうして信じられようか。
さらに夫が「どこまでも汚い男だ」とつぶやいた言葉。これは夫が叔父について何かよからぬ情報を掴んでいたのだということではないだろうか。それをコーデリアが気に病むかもしれないと気を使って、伝えなかったのだろう。
もしかしたら、夫の様子がおかしかったのもその辺の事情によるものだったのかもしれないと思い至る。
しかし、夫がこのことをコーデリアに伝えてくれていたのならば、今回の様なことは起きなかったのではないかと、コーデリアは思う。
そして、2人の会話から推測するに、夫は彼の生国にてそれなりの立場にいるということ。
それすらも、夫は妻に打ち明けることなく、胸に秘していた。夫が自ら話してくれるまではと、コーデリアが問い質さなかったこともあるだろうが、妻には打ち明けてくれてもよかったのだ。
例え、夫の告白でコーデリアが胸を痛めることがあろうとも、それは夫婦の間の問題であり、二人で解決すべきだったのだ。
夫にとっては仮初の妻であるかもしれないが、妻は妻である。夫はコーデリアのことをどう思っているのだろうか。信頼も置けないそんな妻なのだろうか。
少なくともコーデリアは王命による婚姻という、不思議な縁で伴侶となった夫である。そして夫婦となったからには、たとえどんなことがあっても夫と一生涯連れ添おうとコーデリアは心に決めていた。
けれど、夫はどうなのだろうか。縁もゆかりもない国に身を置き、不本意ながら妻を娶り、夫をこの国に留めるだけの力がコーデリアにあるのだろうか。
そもそも夫はコーデリアを生涯の伴侶として、娶ったのだろうか。
コーデリアはたくさんの疑問が頭をよぎり、考えるにつれ自分にも夫にも腹が立ってきた。
コーデリアの隣に座る夫は心配そうな様子でコーデリアの顔を覗き込んでいる。独り言をつぶやいてから、表情を変えずに思案する妻の様子を訝しんでいた。サイラスも一言つぶやいたのち、黙り込んでしまったジェラルドの妻の様子を静かに見守っていた。
不意にコーデリアを覗き込むようにしていた夫の目を己が目でとらえた。
「ごめんなさい、ジェラルド。サレ語が分かると黙っていて、貴方方の話を聞いてしまったわ」
突然、話し始めたコーデリアにジェラルドは静かに頭を左右に振る。
「いや、こちらこそ申し訳ないことを…」
「何が申し訳ないと思っていらっしゃるのかしら」
声音こそ優しいが歯切れの悪い夫の謝罪に曖昧な返事は許すまじとばかりに問いかける。コーデリアの碧眼は強い光を帯び、夫の双眸を捉えて離さない。
「色々なことに対して申し訳ない」
「色々って、何?私は大事なことを何一つ聞かされていなかったわ。それに、こんな形でしか貴方のことを知ることができないこと?」
「それは・・・」
口を開きかけた夫の言葉を遮るようにサイラスが咳払いをする。
「ジェラルド様。夫婦喧嘩は後にしていただいてもよろしいでしょうか。そしてコーデリア様、一旦、そのお怒りを治めていただきたく」
そうして膝をつき、きわめて優雅に一礼をした。
もっともな指摘にコーデリアは恥ずかしさに頬を染めてうつむく。ジェラルドはばつの悪そうな苦笑を浮かべて、コーデリアの髪を一撫でした。
「コーデリア様も先程の話を聞いていただいてわかっているかと思いますが、我々はジェラルド様に生家に戻ってきていただきたく、海を渡ってこの国に参りました」
「ええ、お二人の会話から、それは分かったわ。そして、夫がそれを拒んでいることも」
「今、ジェラルド様の足枷となっているのはコーデリア様と推察しております。貴女が我が国に来て下さるとなれば、ジェラルド様も貴女と共に生家に戻りましょう。」
「私が足枷?そんなはずないわ」
首を捻りながら、小さくつぶやく。
「ジェラルド様は貴女を大切に思っていらっしゃる。大切すぎて、どう扱っていいのかわからないようですがね」
「---黙れ、サイラス」
薄く笑うサイラスに夫が不機嫌な表情で睨み付ける。
「私、ジェラルドの生まれ育った家を国を見てみたいわ」
一つ大きく頷くと、コーデリアは思いの丈を言葉にする。
「もちろん、ジェラルドが絶対に行くなというなら、行かないわ。でも、ジェラルド・・・私は貴方のことが知りたい。貴方の口から貴方のことを知り、貴方の育った場所で貴方のことを感じたい」
「すごい口説き文句だ」
と、呟きながらジェラルドは大きなため息をつきながら、コーデリアを引き寄せていた手を離し、髪をかきむしる。
「コーデ、君はかの国を知らない。一度、俺が戻れば、出国は難しいかもしれん。そうなれば、この国に戻ることもできないかもしれない、俺は君から生国を奪いたくない」
「・・・ジェラルド。私ね、貴方と夫婦になった時に、たとえどんなことがあろうとも一生添い遂げようって決めています」
サイラスが見ていることも忘れて、コーデリアはそっと夫の肩に頬を寄せた。
「それに、私はほとんど知り合いもいない、それに悪い噂も蔓延しているから、この国にそんなにしがらみはないわ。貴方のいる処が私の居場所よ」
庭師エルマーと丹精した庭に未練がないと言えば嘘になる。それでも、この国にコーデリアの居場所はほとんどなかった。
もう一度大きなため息をついたジェラルドは持っていた剣を長椅子の手すりに立てかけ、両手で顔を覆う。
「ああ、兄の掌の上で踊らされたという訳か。気に入らないな」
そう言うや否や、コーデリアを突然両の腕で抱きしめる。
「サイラス、帰国するには数日擁す。妻も仕度もせねばならん。少し猶予をくれ」
「御意。では出発は二か月後としましょう」
「コーデ、君には色々と話さなくてはいけないことがある。まずは我らが屋敷に帰ろう」
ジェラルドはコーデリアの頬を優しくなで、微笑した。
コーデリアとジェラルドを乗せた馬車が、王都に馬首を向け走り出したのはこの翌日のことであった。
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