第13話
「ジェラルド…」
思わず口からこぼれた夫の名前。 無事を祈っていた夫の姿がコーデリアの眼前に突然現れた。ジェラルドの立ち姿を頭からつま先まで何度も確認したが、重傷どころか擦り傷一つない。それどころか髭におおわれたその顔には少しやつれたようにも見えたが、微笑みすら湛えている。
(無事でよかった…)
夫が重傷だと報せを受けたその日、思いもよならない報告にコーデリアは倒れそうになった。夫が赴いた港町セガン---災害派遣ともなれば危険をはらんだ任務であり、それなりの覚悟を決めていたにもかかわらず、コーデリアの覚悟など露ほどもなかった。コーデリアはただ動揺するしかなかった。
夫が重傷かもしれないと想像するだけで、血の気も引く思いであった。豪雨の被害で家をなくしたり、家族を失った者もいたであろう。それに比べたら夫の重傷くらいでと後ろ指を指されるかもしれない、それでも家族と呼べる者が夫と叔父しかいないコーデリアには驚愕の出来事であった。
夫の無事を祈って、少しでも詳しいことを知りたくてレイモンド叔父と共に王城に向かって、右頬に傷のある男他2名から襲撃を受けてから3日。夫の情報がコーデリアに耳に届くこともなく、夜も眠れないほど心配していた。
「ジェラルド・・・怪我はないのね」
夫の無事をその手に確かめたく、手を伸ばして腰を掛けていた長椅子から立ち上がろうとするも、コーデリアの四肢にまったく力が入らず、結局腰が抜けて椅子に体を預けることになった。
コーデリアの様子を見てジェラルドは長椅子にその身を預けているコーデリアのもと身にゆっくりと歩み寄ってくる。
「コーデ、無事でよかった。迎えが遅くなってすまない」
ジェラルドはコーデリアの傍まで歩み寄ると膝をついて、コーデリアの頬を両手で包むと、いつの間にかコーデリアの双眸から零れ落ちていた涙を親指の腹で何度も拭った。いつもの優しく温かな黒い瞳がコーデリアの碧玉の瞳を覗き込む。
「怖い思いをしたね、怪我はないかい?」
嗚咽で声にならないコーデリアは、何度も夫の問いに首を縦に振った。ジェラルドはコーデリアが無事であることを確認すると、コーデリアの頭を撫ぜ、額に口づけを落とす。そして、コーデリアの背中に左腕を回すと、コーデリアを引き寄せた。
「コーデの持たせてくれたこの石が君のところまで導いてくれたのだ」
ほら、とジェラルドが淡く光る青い石を取り出して、コーデリアに見せる。夫の持つ石もまた淡い光を放っている。この石は魔力を有する者が使えると、右頬に傷のある男がコーデリアに教えてくれた。
ディルク王国を擁するシエンタ大陸では、魔力を有する者はすでに失われた存在である。夫はその魔力を持っているのだろうか、そんな疑問が頭をよぎった。が、今ここで尋ねるべきことではないと思い、コーデリアは口をつぐんだ。
今はただ、右頬に傷のある男が何の目的でコーデリアを攫ったのか確かめなくてはならない。そして、夫と共に夫婦の住まう屋敷に帰ることが、コーデリアの急いでやらねばならぬことだと思っていた。
コーデリアは自分を攫ってきた男をじっと見ると、ジェラルドがこの部屋にやって来たのを驚いた様子もなく受け止めている。それどころか腰に佩いていた剣をいつの間にか、左手に持ち、その身を己が背面に隠している。
ジェラルドを襲う様子もなく、ただコーデリアとジェラルドのやりとりを静かに窺っている。
ジェラルドはコーデリアの視線の先にたたずむ、右頬に傷のある男を見遣る。夫の優しく温かな瞳が一転、静かな怒りを孕み、冷たく鋭い視線を男に向けた。コーデリアが見たこともないような夫の鋭い視線にコーデリアの背筋がゾクッと寒気を覚えた。
そんなコーデリアの様子に気が付いたのか、ジェラルドはその表情を少し崩して、苦笑いをした。
「俺が怖いか?」
優しい声音で尋ねる夫にコーデリアは静かに首を左右に振る。
「いいえ。ごめんなさい、貴方の見たこともない視線に驚いただけよ」
夫は「そうか」とコーデリアの頬にその大きな手を滑らせて、小さく笑うと
「もう少しだけ、コーデの見たことのない俺が現れるかもしれん」
その言葉を受けて、コーデリアは首肯すると、夫の背中にその細い腕を巻きつけた。ジェラルドは静かに妻の背中を片手でさすった。
ジェラルドは大きく息をして、右頬に傷のある男を一瞥すると、コーデリアに語りかけていた優しい口調が一転、静かな怒気を含んだ口調で尋ねた。
『さて、サイラス。なぜ君がここにいる?』
更新に間が空きましたこと、お詫びいたします。
そして、10月末までこのような感じになりますがご容赦ください。
誤字・脱字等気が付いた方はご連絡ください。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




