第12話
「すごいわ、ここがセガン・・・」
ディルク王国の北端にある港町セガン。貿易港を擁するこの街はディルク王国の交易の要所でもあり、輸出入する物資が所狭しと並んでいる。飛び交う言葉もティルダ王国の公用語であるシエンタ語の他にもテレム公国語、北にある大陸で使用されるというサレ語など多くの言葉を耳にすることができた。
幼いころに話を聞いたり、王国の経済を学んだ時に港町のことも聞いていたが、目の当たりにする街の様子は想像していたものと全く違っていた。
(百聞は一見にしかずとはこのことね---)
馬車の窓の向こうにはコーデリアが目にしたこともないような物が溢れかえり、街を行きかう人々も多様な衣装を身に付けていた。王都とはまるで違う様子にコーデリアの好奇心がくすぐられると同時に、傍でこの感動を分かち合う夫がいないことを残念に思った。
この日もしとしとと雨が降っているのにもかかわらず、街は熱気と活気に満ち溢れている。災害派遣を受けいれた街というのはにわかには信じがたいものであったが、街にちらほら外壁や屋根が崩れている屋敷や建物を見てこの地域の豪雨の被害をうかがい知ることができた。
災害派遣の命を受けてこの街に来ているはずのジェラルドがまだこの街にとどまっているのだろうか、駐留しているとするならば夫と連絡を取る方法はないのだろうか、と思案していると目の間にいる男が声をかけてきた。
「今日、明日とこの宿で休む。馬車から降りていただこう」
気が付けば街を走っていたはずの馬車は、漆喰で塗られた白く立派な建物の玄関先に停まっていた。右頬に傷のある男に手を取られて、馬車から降り立つ。
外に降り立つとふわりと嗅いだことのないような匂いが鼻孔をくすぐる。
「この香りは・・・」
独り言のようにつぶやくとコーデリアの手を取っていた男が「潮の香りだ」と答えた。
「海が近いのですか?」
まだ見ぬ海の姿を一目見たくてコーデリアは尋ねた。
「ああ、すぐ近くだ」
男は言葉少なに言うと、コーデリアを宿屋に案内する。見た目と違い、コーデリアに付き添う男の所作は流れるように優美で隙のない動きであった。粗野な男かと思っていたが、かなりしつけの行き届いた教育を受けられる身分にいるのかもしれないとコーデリアは思った。
ますます、この男やその仲間の目的が分からなくなってきた。
コーデリアに監視は付くものの、男たちの言うことさえ聞いていれば不自由なことなく過ごすことができた。男に付き添われてやってきた宿屋もセガンでも最高級のものであろうところを当たり前のように手配する。ジェラルドを目的としているのならば、夫の前身もまたそれなりの身分にあるのだろうか。
コーデリアが過ごすその部屋は大きな寝台に天蓋が付いている。部屋の大きな窓から望む景色にコーデリアは目を奪われる。
「あれが海・・・」
世界にあるという4つの大陸を繋ぐ広大な海。ディルク王国のあるシエンタ大陸の他、北方にある大陸はセガンから船で7日ほどかかると言われている。そして東に広大な大陸があり、さらに東に幻の大陸があると言われている。黄金色に輝くその大陸は豊穣の大陸とも言われており、船乗りたちの冒険心をあおるには充分であったが、いまだ上陸した者はいない。
雨に霞んだ水平線を眺めながら、コーデリアは2日間流せなかった体の汚れを落としたいと強く思った。部屋に備わった扉を開くと湯が用意されていた。そして、着替えのドレスと下着が用意されていた。自分のためのものだと思ったが、部屋の前に監視として立っている男に尋ねるとコーデリアのために用意したものだと肯いた。
2日間の垢を落としたコーデリアは用意されたドレスに身を包む。コーデリアのサイズを正確に把握していたのか、ドレスの大きさはコーデリアにぴったりと合っていて、海のような深い青色はコーデリアの白い肌をより美しく引き立たせていた。いつもはアビーにまとめてもらっている髪の毛は緩く編んでうなじのところでまとめた。これなら外に出ても恥ずかしくない。
(なぜ、男たちは私の服の寸法が分かったのかしら---)
疑問は湧いてくるが、今は考えることがほかにもたくさんある。
さてと、とコーデリアは思案する。
夫がこの街にいるのかどうか、調べるにはどうしたらよいのだろう。外と連絡を取る方法はないのだろうかと。夫婦石の存在を思い出し、首から下げている小さな袋から石を取り出す。
(光っている?)
半透明の青い石が自ら光を放っている。対となる石を夫に渡した時はコーデリアのものも、夫のものも光など発してはいなかった。お互いに共鳴しあい、対になる石と引かれあうという夫婦石。王都の市場で買い求めたこの古ぼけた石が、夫の持つ石と引かれあうのならば、夫の居場所も突き止められるのではないかと、コーデリアの気持ちも明るくなる。コーデリアの掌にある、光を発する青い石をじっと眺めた。
突然、部屋の扉が叩かれ、驚いたコーデリアは石を取り落してしまった。掌から転がり落ちた石は扉の前に転がっていく。
「入るぞ」
と、声をかけられて扉が開かれ、石は男のつま先に当たった。
「申し訳ない。返事がなかったので、扉を開けた・・・ん、この石は?」
つま先にあたった石を右頬に傷のある男が拾い上げる。親指と人差し指でその石を掲げ、じっと見つめた。
「これは・・・ユグノーの魔石・・・」
男は小さく呟いて、開いたままのコーデリアの掌に石を乗せた。そして男はコーデリアの手を取り、部屋に置かれた長椅子にコーデリアを座らせた。そして男は部屋の壁に寄りかかり腕を組んだ。
「あの、貴方はこの石のことをご存じなの?それにユグノーって、どこかで聞いた覚えが・・・」
長椅子に座ったコーデリアは身を乗り出すように男に尋ねる。
「これは、ある魔女が魔力を与えた石。対になる石があったのでは?」
「ええ、あったわ」
「これは魔女が使役していた者の居場所を把握するために使用したと言われている」
男はコーデリアの掌に転がる石を眺めながら、
「魔力を有する者が石を持つ者の姿を念じれば、そのものの居場所をその石が囁くというが」
真偽は定かではないと男は首を左右に振る。
「魔力を有する・・・それでは私はこの石を使えないのね。でも光っているのは何故かしら」
首をかしげたくなるコーデリアは男を見る。
「対になる石を持つものが魔力を有しているのかもしれん、貴女が石を渡した相手とは・・・」
顎に右手を当てて、突然鋭くなった視線をコーデリアに向け、尋問のように強い口調になった男の言葉が途中で遮られた。
「俺だよ」
聞きなれた、低く響く声が発せられた方をコーデリアは振り返る。
部屋の扉の枠に半身を寄りかからせ、腕を組んだ夫がそこに佇んでいた。
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10月末まで更新が遅くなるかと思いますがご容赦いただけたらと思います。
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