第1話
---夫の様子がおかしい。
結婚して半年ほどたつが夫の様子がおかしいと感じたのはつい1週間ほど前のこと。もともと無口で穏やかな夫ジェラルドはコーデリアにとって優しき思いやりのある夫であった。
あまり話さない夫の様子がおかしいと感じたのはその身にまとう雰囲気だった。気のせいならばよいがとコーデリアは思う。
そもそもジェラルドと結婚したのは王命によるもので、コーデリアに否やという選択肢はなかった。両親を早くに亡くし、叔父を後見人としてキャリントン家の爵位を守るために細々と生きてきたコーデリアにとって、王命による結婚は叔父を喜ばせた。
ほとんど社交界にも出ず、キャリントン家の別邸で慎ましやかに生活していたコーデリアには寝耳に水のことであったし、夫となる人となりが伝わってこないことに一抹の不安を覚えていた。
いざ、叔父と共に王城に呼ばれ、夫となるジェラルドとの初対面となったときはその彼の容貌に圧倒された。巌のような体躯、決してコーデリアも身長が低い方ではなかったが頭一つ分高い身長。黒髪に黒曜石を思わせる深い黒の瞳。しかし、その瞳にたたえる優しい雰囲気に少しコーデリアはほっとしたものだ。
ジェラルドは元は傭兵であり、隣国との間で続く小競り合いでその戦いと傭兵をまとめ上げた手腕を買われ、この国にとどまることを王に乞われた男だと王自らがコーデリアに紹介した。
言わば彼をこの国にとどめるための爵位と領地を与えるのに都合の良い娘がコーデリアだったのだと理解した。
有無を言わせない結婚は彼と対面を果たして間もなく、国王の立会いの下婚儀が執り行われコーデリアはジェラルドと夫婦となった。そして、キャリントン伯爵という爵位はジェラルドに受け継がれることとなった。
結婚生活は穏やかに過ぎた。コーデリアは別邸を引き払い、叔父があずかってくれていたキャリントン家の本宅に身を寄せ、夫と2人で生活を始めた。
ジェラルドが元傭兵と聞いていたため、粗野で乱暴な人だと思っていたが生活を同じくしてみると、思慮深く、穏やかであった。最初は怖がっていた侍女や侍従たちも彼の穏やかな人柄に触れ、安心したように仕えていた。
夫がおかしいと感じたその日も城に出仕する夫をいつもと変わりなく無事に送り出した。その後、コーデリアは庭いじりをしたりといつもの生活を送り、ジェラルドが戻ってくるころに執事と共に出迎えた。
出迎えた夫の様子がおかしいと感じたのはコーデリアだけだろう。執事のダドリーは何も気が付いた様子はなく夫を出迎えていた。
それから、数日・・・ジェラルドの様子がおかしいと気が付いたコーデリアは注意深く夫の様子を見守っていた。
(やっぱり、おかしいわ・・・)
寝室で就寝の準備を整え、寝台に身を横たえながらコーデリアは考えていた。夫が何か失態をしたのならコーデリアの耳に入ってもおかしくない。しかし、そのような報せがないということは仕事上のことではないはず。国境付近での隣国との小競り合いは時々起きることであり、出兵となっても夫は何もなかったように兵を率いてかの地に赴くであろう。
でも、あの日の城勤めの間に何かがあったに違いないのだ。大きくため息をつくとギシッと寝台が軋んだ。
「何か、考え事でも?」
眉間に人差し指を当てられて、コーデリアはジェラルドが寝台にその身を横たえたのに気が付いた。
「あら、気が付きませんで申し訳ありません」
「構わないよ、俺は寝るから。コーデリアも考え事で夜更かししないで、なるべく早く寝るといい」
そういうとジェラルドは上掛けを自身とコーデリアの肩まで引き寄せると、コーデリアを優しく抱きしめて、あっという間に寝息を立てる。
結婚してから、今日に至るまで夫と体を重ねたことがない。いわゆる白い結婚である。夫にとっては意に沿わぬ結婚だったのかもしれない。同じ寝台で眠ってもいつもコーデリアを優しく抱きしめて眠るだけである。
どのような意図があるのかはわからないが、嫌われているわけではないのは分かる。嫌っていればこのようにやさしく抱きしめたりしないであろう。誰にも言わないが、密かに離婚の覚悟もしている。それでも妻として見られていないのかと思うと胸が苦しくなり涙がこぼれる。そんな夫婦関係であるが夫のことが心配になる。夫がただ安らいだ毎日を過ごせればいいと思いながら、コーデリアはいつの間にか眠っていた。
深夜にそっと起き上がったジェラルドは隣で眠る妻コーデリアの涙の跡をその指で拭い、飴色に輝く妻の髪を掬い取り口づけを落とす。
「すまない」
絞り出すような声で妻にわびる夫の姿をコーデリアは知らないでいた。
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