第九十八話 王道邁進
「がぁああああああ!」
カムイは電撃を浴びたような衝撃を受けてたまらず叫び声をあげる。まるで見えない何かに磔にされたかのように四肢が伸ばされ、体は宙に浮きあがっていた。
「フフフ、驚いたかしら。でも勇者という巨大な力になんの制約もかけていないなんて、貴方も本気で信じていたわけではないのでしょう」
魔術的な輝きを放っているララ王女の瞳。彼女がカムイの身に起こっている現象を引き起こしているのは明らかだった。
「なにをしている!」
テツジンがララ王女に飛びかかろうとするも、それを遮るように立ちふさがったのはプリン王国からともにやってきていた従者たちだった。ローブを脱ぎ捨てた彼女たちの背にはモリナーガの使徒である証の白い翼があらわになっている。天使キャラメルのような特殊な個体はいないが、通常の人間にとっては十分脅威といえるほどの戦闘力をもっていた。それを瞬時に感じ取ったテツジンはその足を止めざるを得なかった。
その様子を横目にララ王女は会話を続ける。
「さて勇者様、ようやく最後の務めを果たす時が参りました。その身をモリナーガ様に捧げるのです。あなたの身体は神の依り代として、みなに信奉されることになりましょう」
激痛に顔をゆがませるカムイを相手に静かに語りかけるララ王女。その陶酔した様子から彼女の異常性が垣間見えていた。
「超常の存在が実体をもつことは弱体化するも同じと言われますが、我が国の研究によりそれもすでに過去の話。適切な人選と適性を高める処置を施すことで、なんのデメリットもなく現界できることは証明されています。それどころか存在するための魔力消費がなくなり、より大きな力をふるうことも可能となりましょう。モリナーガ様が貴方の身体に降りたとき、いったいどれほどの力をふるわれるのか。期待で心がはずみますわ」
自身にふりかかっている呪縛から抜け出そうと足掻くカムイ。しかし四肢をまともに動かすことすらかなわなかった。
『恐れることはない。汝の魂は我が糧となり、その身は我とともに永遠に生き続けよう』
「ぐぅおおおお!」
上空に浮かんでいた光龍がついに動き出す。カムイは迫る顎門を目前にして、いまだ呪縛を破れず叫ぶ。
そのままモリナーガに呑み込まれるかに思えた瞬間、両者を弾くように閃光が煌く。
「同郷の者の危機を黙って見過ごすわけにはいかんな」
割って入ったのは勇者ヤシチ。両手をかざし立ちふさがるヤシチの身体から発せられる神の力にモリナーガは動きを止めていた。
『真の勇者か』
「この手の術は苦手なのでね。強引に破らせてもらう!」
ヤシチの身体が輝きを放つ。その解放された神の力を浴びてララ王女の顔が苦痛に歪む。
「おのれ……」
自身を襲った激痛に頭を押さえいたララ王女が閉じていた瞳を再び開いたとき、先ほどまで瞳に宿っていた怪しげな光は消え失せていた。
呪縛が解け地面に降り立つカムイ。しかしそれまでの呪縛による身体への負担は思いのほか大きく、片膝をついて息を切らせていた。
「大丈夫か? とりあえずの危機は脱したが状況はまだ悪い。すまんが無理にでも立ち上がってほしいところだ」
カムイのそばに降り立ったヤシチは油断なく武器を構えていた。
「あ、あなたは?」
「ずいぶんと前に召喚された君の先輩さ」
「その邪魔者を殺せ!」
それ以上二人に会話の暇を与えることなく、ララ王女の命にモリナーガの使徒たちが動く。
「追加で邪魔をさせてもらうわよ!」
横から奇襲をかけた勇者ミコトの飛び蹴りで吹き飛ばされる一体の使徒。そのまま数体を巻き込んだその強襲にモリナーガの使徒たちの足は止まる。
この隙に膝をついてカムイの前に立つミコト、そしてテツジン。
「君も来ていたのか、すまない」
「今はこの危機を脱出することだけ考えなさい。まさかこの状況で彼女たちに義理立てするつもりはないでしょう」
「とっくに彼女たちとの関係なんて壊れていたさ。いや、初めからそんなものはなかった……。思い知らされたよ。勇者ともてはやされてはいたけど、実際僕に与えられた選択肢はなきに等しかったってことがね」
カムイは立ち上がる。身体的には満足な状態ではなかったが、心のなかはどこかすっきりとした気分で闘志が漲ってきていた。
「この混乱を鎮めるために戦うよ。たとえ相手がプリン王国でも……、神であっても!」
カムイは剣を構える。その先にいるのはモリナーガの使徒、そしてララ王女。
「すまないテツジン。なんだか僕の都合で振り回されるかたちになってしまって」
「気にしなくていい。最初からアイツら気にくわなかった」
テツジンは剣を構えたまま相変わらず感情に乏しい態度だった。それがあまりにもいつもどおりの反応だったのでカムイは笑みを浮かべる。
「――モリナーガを相手にしようとは命知らずなやつらよ」
ガナッシュはモリナーガの使徒と対峙する四人を少し離れた場所から見ていた。
「上から目線でよう言うわ。口を動かす前にまずは立ち上がったらどうじゃ。この混乱の原因はおぬしであろうに」
モリナーガの一撃を受け立ち上がれずにいるガナッシュに文句をいったのは、この場に駆け付けたトルテであった。そばにはエクレアもしっかり付き添っている。
「ふん、偉そうなのはお互い様だ。それにしても何をしにやってきた小娘。このまま我が死ねば魔族の棟梁となれるだろうに」
「見くびるでないわ。そんなカタチで魔族を率いようなど思いもせぬ!」
「さすがでございます、お嬢様」
ない胸を張るトルテとその雄姿に感動するエクレア。エクレアがいったい何にたいして心を躍らせているのかはここで言及しない。
「第一、モリナーガをこのままにしておけば遠からず魔族の命運は絶たれよう。ならばやることは一つ。あの勇者たちの可能性にかけねばなるまい」
「なんとも頼りない可能性よな」
立ち上がるガナッシュ。その足が向かうのは目の前の戦い。
「よかろう。今はただモリナーガを、あの使徒どもを倒すための剣となろう!」
魔剣バーンダムを強く握りしめ、その歩みが駆け足とかわる。
「ゆくぞエクレア! あの馬鹿に遅れをとるでないぞ」
「はい!」
魔族三人がモリナーガの使徒に向かったのが戦闘開始の合図となった。数の上で勝るモリナーガ陣営であるがララ王女の護衛に数体の使徒がついているため、ほぼ同数での戦いとなる。
人間の基準からみれば最強クラスといえる勇者たちであるが、やはり使徒相手では苦戦を強いられるのは明らかだった。ただでさえ魔力量が桁違いなうえに無詠唱が当たり前の敵なのだ。
しかし勇者たちは自分たちがもつ長所を生かすことでこの劣勢を凌ぐ。勇者ヤシチがもつ圧倒的な速さ。魔剣バーンダムをもつガナッシュの火力。そしてタナカさん以外の描写がどうでもいい作者。すべてが絡み合い戦いは勇者たちの勝利に傾こうとしていた。
『我に歯向かうというのならば真の勇者とて容赦はせぬ』
勇者たちの戦いを傍観し、それまで動きを見せなかったモリナーガがついに動く。それに気づいた勇者たちは使徒たちとの距離をとり警戒を強める。とくにカムイの身体を奪われるわけにはいかない。ヤシチとミコトはいつでも創世神の力を発動できるように構えていた。
モリナーガからの圧力がひと際強まる。その超常の力によって一人の人間の身体が宙を舞う。
「えっ……」
突然のことに混乱するララ王女。
『王族には我が使徒と交わったものも多い。その血筋であれば充分に馴染むであろう』
「わっ、私は――」
そのままララ王女の身体が光龍に飲み込まれた。やがて光龍の身体が放つ輝きがより一層強まる。徐々に龍の形が崩れ始め、ただまばゆい光が空に輝いていた。
その中心に蠢く一つの影。それは宙に浮かんだララ王女の身体だった。背から浮き出てくる六対の十二枚の翼。その翼は純白でまるで輝きを放つかのような美しさだった。まとめられていた髪はほどけ黄金が波打っている。まだ少女らしさを残していた身体はその面影を失い、代わりに女性らしい肢体に変貌していた。
「切りふせやすく変貌してくれるとは、なかなか親切ではないか」
「馬鹿を言うでない。奴から放たれるこの力。先ほどまでの比ではないわ」
ガナッシュは強がるがトルテが言うように状況はあきらかに悪化していた。モリナーガから感じる力がよりいっそう強まる。
『愚かなる虫ケラどもよ。この地もろとも消し飛ぶがよい』
皇都一帯を破壊するのに十分なエネルギーが大地に向かって振り下ろされた。堕ちてくる一条の光。臨界点に達したエネルギーが爆発へと転化する。
「これはさすがに――」
ヤシチが諦めに似た冷静さで無理を悟る。そして空がまばゆい光に染まった。しかしその轟音が響き渡ることなく一瞬にして元の青空に戻る。
四方に浮かんでいるのは四体の悪魔。グルグル目でフラフラしているがそれは間違いなくガナッシュとの戦いで現れた魔神像であった。
そして勇者たちを守るようにモリナーガとの間に割って入っているのはこの漢。光龍が美女に変身するというこの作品にあるまじき展開に心を躍らせるタナカであった。
「フッ、待たせたな」
いまだ顔色がすぐれない様子のタナカ。しかし彼は知っていた。スポーツ漫画で怪我をするのは王道であることを。それをおしてドライブシュートを決めるのが主人公の役割であるということも。
逝けタナカ! 勝負は九回スリーアウトからが本番だ!




