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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
黄昏ゆく世界編
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第九十六話 伝説の龍

 ひとりは失神。ひとりは嘔吐という壮絶な決着に場内は騒然。さらに言えばこの後どうなるのか。誰もが予想のつかない状況にただ時間だけが無駄に流れていた。


「……と、とりあえずこれで一件落着よね」


「そうじゃの。さすがのガナッシュもあの有様ではどうしようもあるまい。というか我ならばこんな結末、恥ずかしゅうてもう表に出てこれぬわ」


 そんな会話をしているのはミコトとトルテ。直接誰かさんの醜態に触れないのは優しさゆえであろうか。


「奥義マッスルハリケーンか。恐るべき技だ」


「ええ、さすが最強を名乗るだけのことはあります。他の奥義も是非見せてもらいたいところですね」


 いっぽうヤシチとバラの騎士は最強武術カラーテについて熱く語り合う。傍らではしきりにうなづくニクメンの姿もあった。この漢たちに限っていえば、現在進行形で行われているタナカさんの醜態は本当に見えていないのかもしれない。

 そしてひとり闘技場を真剣な表情で見つめるエクレア。


「お嬢様。皇都観光のお土産はあの凛々しき魔神像にしたく思います。つきましてはお嬢様にお預けしているわたくしの全財産をお返しください」


 そんなことを言いながら、懐からシャキンと子供用おこづかい帳をカッコよく取り出すエクレア。間髪いれず頭をはたかれ説教をくらうその姿は、ポンコツメイドとしてどこに出してもはずかしくない姿だった。






「――なにやってんすか。勝手に戦いを始めたと思ったら、どう収拾したらいいのかわからないようなオチで終わるとか。ありえないっしょ」


「……な、ナイスツッコミだ、トビー」


 タナカのもとに近づいたトビーの第一声がツッコミであったことは、タナカも芸人として本望だっただろう。しかし今はそれどころではなかった。滝づくりの創作意欲がとどまることを知らないタナカさんは再び創作を始める。

 そんなタナカの様子にため息をつくトビー。しかし徐々に雲行きがあやしくなる。


「なんだか見てるこっちまで気分が悪くなって……」


「お、お前、この状況でボケに転じるとか……。絶対に許さんからな!」


 なんと二人はこの苦しい状況で芸人としてのポジション争いを始めたのだった。なんともあきれるほどの芸人魂である。そんな醜い争いをまるで無視して皇女カリンがタナカに礼を言う。


「ありがとう。首領が倒されては彼らに残された手もせいぜい悪あがき程度だろう。あの男ほどの強さを持つものが他にいるとも思えないしな」


 本来であればここぞとばかりに恩を盾に、あんなことやそんなことを要求するところなのであるが、今のタナカさんにそんな余裕はなかった。これも由緒正しき平民の血の宿命ゆえなのか。レアな皇女ちゃんの笑顔を見ることもかなわず、創作活動に勤しんでいた。


「首領ってなんのことっすか? それってあの男の――」


 トビーが息をのむ。彼の目線の先、闘技場に突き刺ささっていたガナッシュの身体が動いているのに気付いたからだ。


「お……、おのれ。まさかこれほどの化け物がいようとはな……。しかし、まだ終わるわけにはいかぬ」


 ガナッシュは懐に手をやり小さな結晶を取り出す。それは近距離限定とはいえ転移が可能となる魔道具だった。


「アレを手にしていたのは幸いだったというべきか。いや、化け物に出会った不運を嘆くべきところか。クックック、それにしてもなんとも無様なものよ」


 転移の魔道具が発動し、ガナッシュの姿が闘技場から消える。


「あ、あいつ逃げ出したっすよ。どうするんすか!」


 タナカさんのギャグ補正、もとい慈悲のこころが裏目に出てしまったかたちである。


「あれだけの攻撃を受けてまだ動けたとは……。それにしてもまずいな。あの男をこのまま放置すればまた我が国に災いをもたらすだろう」


 カリンが最優先でガナッシュの捕縛を指示しなかった落ち度を嘆く。そして彼女の懸念はすぐに現実のものとなる。






「――ガナッシュ様!」


 ガナッシュの転移先は目と鼻の先にある儀式場だった。負傷したガナッシュのもとに配下のシュトレンが駆け寄る。緊迫が増す魔族たちとは対照的に、捕まっている皇族や貴族には別の空気が漂っていた。


「あれはいったい何者なのだ?」


 ビンタハル14世はガナッシュが転移してきたにも関わらず、愛娘の近くにいる正体不明の漢に注目したままだった。


「心配には及びません。彼は私の知り合いです」


「なんと! あれほどのものを呼び寄せていたとは。我が子ながらたいした先見の明よ」


「それは誤解です。まさかこのような事態になるとは予想もしていませんでしたよ」


 エチゴヤはタナカから目を離さないままそう応える。まわりを安心させるため落ち着いたふうに装ってはいたが、タナカが見せたあいかわらずの非常識さに心底驚いていた。

 しかし驚いてばかりもいられない。せっかくタナカがつくってくれたこの好機を逃すわけにはいかなかったからだ。エチゴヤは魔族たちの動向に目を戻し、脱出の機会をうかがうのだった。


「大きな口を叩いておきながら無様なものよな」


「すぐに回復を――」


「よい、もはやこの期におよんでは我のことなどどうでもよいわ。だが、魔族の希望は残さねばならぬ。シュトレン! あれをもてい!」


「はっ!」


 シュトレンの指示のもと運ばれてきたのは厳重に封印された箱。ガナッシュは微塵の躊躇もなくその箱を開ける。その瞬間、この場にいるすべてのものを圧倒する力が解放された。






「――いったい何? この強力な波動はなんなの?」


「巨大な力だ……。しかし、それよりも気になるのはこの奇妙な感じ……。まるでいくつもの力がまざりあっているような……」


 突然出現した巨大な力にミコトやヤシチが観客席から儀式場を見上げていた。


「まさかこれは! いかん! ヤツの力が復活する!」


「え? どういうこと?」


 肩にとまったゾンマーのただならぬ雰囲気に緊張感が増すミコト。


「はるか昔、ひとつの戦いがあった――」


 ゾンマーが語るのは一千年前に起こった魔族と人族との争い。

 それはありきたりな人間の国どうしの争いだった。しかしその争いは他国の様々な思惑も絡み、やがて世界規模の戦争にまで発展していく。その過程で国々の相関図は様々に移り変わり、いつしか魔族と人族の争いになっていた。

 ときの魔王はこの大戦に大いなる意思が働いていることに気づく。やがてそれが神や精霊の頂点にたつ大神モリナーガであることにも。

 大戦となった争いもそうだが、モリナーガはそれまでに幾度となく人の世に干渉を続けてきた。そしてそんなモリナーガの姿勢に反感をもつ神々も少なくなかった。

 魔王はそんな神々や精霊に助力を乞い、その力を結集してモリナーガの力を封印することに成功する。しかし、この戦いで魔王は命を落とし、協力した神々も消滅してしまったという。

 あとは世に広まっている歴史のとおり、魔王を失った魔族の国は破れ、魔族たちの過酷な時代へと続く。


「でもモリナーガって……」


「うむ、力の大半を失いはしたがやつは顕在だ。その後もコソコソと歴史に干渉していたようだな」


 プリン王国にプリン教。モリナーガが表立って人の世に干渉することはないが、かの神を信仰するものたちはその意思に強く影響された行動を今もとり続けている。


「なんだか魔族も不憫よね」


 ここでトルテがゾンマーとミコトの会話に割り込んだ。


「情けは無用じゃ。所詮は戦争、そこに正義や悪があったわけではあるまい。かの魔王とて国家の利益を考えていなかったわけではなかろう」


「そういった話は後にしよう。それで? そのモリナーガが復活しようとしているということかな?」


 ヤシチがゾンマーに尋ねる。


「うむ。この力の波動、これはかの魔王や我らが同胞の力の残照――。そして当然ヤツの力も感じる。なにがあったのかは知らぬが封印が解けたのだ」


「創世神様の祝福は皇国の守護者としての力を授けると言われていますが、その際に闘技者の傷も癒してくれると噂されています。なかには闘技祭とは関係ない古傷や呪いでさえも」


 以外にもまともな知識も豊富だったバラの騎士が答えを導き出す。


「なるほど。創世神様の力であればあの封印もとけよう。となるとやはりヤツの復活は間違いないか」


「モリナーガがこの力を取り戻し、再び好き放題しはじめるか。なかなかやっかいなことになりそうだな」


 儀式場を見つめながらヤシチが厳しそうな表情に変わる。いっぽうミコトは行き場のなくなった感情をモリナーガにむける。


「それにしてもなんなのよモリナーガは。なんでそんな身勝手なのがあなたたちのトップにいるわけ?」


「あれも最初はまともだったのだ。だがその後いろいろとあって、少々こじらせてしまってな……」


「ふむ、話を聞くに少々どころではないように思うがの。なんにしても今のこの状況、すでにガナッシュのせいで混乱しているというのに、とんでもないことになったものよ」


 トルテは自分でも気が付かないうちに立ち上がり空を見つめていた。

 暗雲が垂れ込める空――いつのまにか変わり果てていた空に誰もがなにかが起こることを予感していた。

 そしてついに事態が動く。巨大な稲妻が儀式場に走り、世界がまばゆい光に染まる。誰もが目を覆ったわずかな時間にソレは現れた。

 巨大な光――。儀式場の上に浮かぶそれはまるで東洋の龍を模したような姿だった。その神秘的な姿に誰もがくぎ付けになっていた。





「なっ、なんなんすかいったい!?」


 トビーは突如現れた光の龍にただただ驚いていた。しかしこの場にいるもの全員がそうだったといえるだろう。この漢を除いては。


「まさかあれは!」


「知ってるんすか!?」


 その漢とはもちろん我らが主人公タナカさんである。


「ああ、あれは世界に散らばった百八個の勾玉を集めると現れるといわれる伝説の龍。まさか本当のことだったとは……」


「えっ……。それはちょっと難易度高すぎじゃないっすか」


「そうか? だったら半分に減らすか」


「いやいや! そういう問題じゃないから。タナカさんそれ明らかに作り話っすよね? 今適当に思いついたこと言ってるだけっすよね!」


 トビーのツッコミにどこか満足そうな笑みを浮かべるタナカ。それを見てトビーはちょっとイラッとしたのだった。

 ますます緊迫するこの非常事態、いったいどうなってしまうのか。このままこのコンビは引き裂かれてしまうのか。


「タナカの異世界成り上がり」第三巻の発売がせまってまいりました。

イラストを公開してますので、興味のあるかたは活動報告をのぞいてあげてください。

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