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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
黄昏ゆく世界編
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第九十五話 不敗の奥義

 対峙する二人。

 ひとりは多くの魔族たちを背負い、世界を変えることを望む漢ガナッシュ。

 ひとりはスープに浮かんでいる油をつなげ、一つにしようと夢中になれる漢タナカ。

 両雄並び立たずとはよくいったものである。

 まさに一触即発の状況。漢たちの戦いの幕が切って落とされようとしたとき、それを止めるのが美女なのはお約束だろう。


「待て……。私はまだ戦える」


 ようやく意識を取り戻したのか。倒れ伏していた皇女カリンが立ち上がろうとしていた。ここで目ざとく衣服の乱れがないかチェックし、事後でなかったことに安心したのはタナカさんだけの秘密である。


「おいおい、無理をするな。あとはオレにまかせておけって。君のために戦うこのオレに」


 ここで「君のために戦う」というフレーズをやたらと強調していたことを記しておく。


「皇国のため……、私が敗けるわけにはいかない。この国の人々を守るため……、私は何度でも立ち上がってみせる」


 タナカはカリンの言葉に軽くため息をつくと得意のヤレヤレで応えた。


「君は勘違いをしている」


「なに?」


「国家に力が必要なのは確かだが、この国の人々が君たち上に立つものに力や強さを求めているわけではない。真に求めているのは彼らに誇りをもたせてくれる姿勢だ。君がその姿を見せてくれるだけで彼らの心は、この国は一つにまとまることができる。それがこの国の力となるのさ」


「そんなわけがあるか。それで人々が納得するわけがない。上に立つものがその程度のことでゆるされるべきではない」


「ならば証明してやろう。今、君が見せているその尊き姿に力があることをな」


 タナカはトビーを呼ぶとカリンを退避させる。皇女に肩を貸すといううらやまけしからん役目を担うことになったトビーだが、役得だと考えられる余裕はなかった。背後から感じるタナカさんの「何かしたらしばくからね」というプレッシャーに気が気でなかったからだ。


「君は間違いなく役目をはたした。この俺の魂を震わせることができたのだからな。見ているがいい、君が奮い立たせてくれた漢の力を」


 肩をかされこの場をあとにする皇女の背にむけて、タナカがそう言葉をおくるとお互い離れていく。


「医療所とかにいったほうがいいんすかね」


「いや、すまないがもう少し肩を貸していてほしい。見ておきたいんだ。この戦いを」


 闘技場から降り立ったカリンは、この戦いを見届けるためこの場に残ることを選択する。






 いっぽう、カリンの側から見えないタナカさんの表情はというと鼻下がだらしないくらいに伸びていた。


「やばい……、なんかキてるよこのシチュエーション! これはもう決まりだろう。この先の展開はキャッキャウフフしかありえない! クックック、これが勝ち組の居心地というものか」


 敵を前にしてのこの余裕。なんという自信。皆さんにもタナカの成長が感じられたことだろう。


「茶番はそれで終わりか。もう少し骨のありそうな相手がほしかったところだがやむを得ん。貴様には我が力を示すための道具になってもらう。せいぜい大衆が力を実感できる程度には持ちこたえてみせよ」


「吠えるなよ大男。空気の読めない荒くれもの風情が、それらしいことを言ってモテようとする魂胆は哀れだぞ」


 と空気の読めていないタナカさんが申しております。これには大男さんも青筋をたててニッコリ。


「口だけは達者なようだな小男。演出の道具だからとて壊さんとは限らんのだぞ。大衆の反応如何によっては、貴様の死をもってこの舞台の幕引きとさせてもらおう」


「演出の道具はお前だよ。この舞台はオレが華麗に勝利して皇女ちゃんの『素敵、抱いて!』エンディングをむかえるためのものなんだからな」


「どうやらただの馬鹿だったようだな。寛大な我にも限界があることを教えてやろうか」


「ああ、わかったわかった。素人相手に武器は使わんから安心しろ。お前も漢ならウダウダ言ってないであとは拳で語れよ」


 ここで会話は途切れる。闘技場の上、無言のまま対峙する二人。先に動いたのはガナッシュのほうだった。


「気が変わった。今すぐに貴様を殺し、我が力をしめす! 貴様の愚かなる振る舞いが、恐怖による支配を生んだと知れ!」


 巨体とは思えぬほどの俊敏さでタナカに迫るガナッシュ。その速さに観客席で見ていたヤシチも感心する。


「たいしたスピードだ。魔族最強というのもうなづける。しかし――」


 命を簡単に刈り取ることのできる拳をタナカの頭部めがけて放つガナッシュ。しかし、その攻撃は空を切る。徒手空拳においても高い戦闘力を誇るガナッシュは、慌てることなく即座に二撃目を放とうとするがそこで動きが止まった。


「馬鹿な……」


 ガナッシュは完全にタナカの姿を見失っていた。そして彼の言葉はこの戦いを見ている観客すべての代弁でもあった。


「ど、どうなっておるのじゃ!」


 観客席のトルテから誰に問うでもなく言葉がこぼれた。彼女のいる場所からは闘技場が一目で見渡せる。しかし、その彼女ですらタナカの姿を見失っていた。


「どうなってるのかしらね……」


 これにはミコトも答えを返すことができなかった。タナカの非常識な強さを知る身ではあるが、それを説明できるとは限らない。


「よく耳をすませばわかる。俺も速さには自信があったが、これほど完璧に姿を消すことは無理だろうな」


 そう答えたのはヤシチだった。彼に言われた通り耳をすました面々は、いままで聞いたことのないような音が鳴り響いていることに気づく。






「……いる……のか?」


 闘技場の上のガナッシュはあたりを見渡しながらそう呟いた。身構えたまま警戒するその姿は、さきほどまでの激情にかられていた男とはまるで別人のようである。彼も一流の戦士。このわずかな攻防で気持ちを切り換えていたのだ。自分が相手にしているのが油断のならない相手であることを肌で感じていた。


「見えぬほどの速さだとでもいうのか。ならばすべてを焼き尽くすまで!」


 ガナッシュの体が炎に包まれる。彼ら一族は炎を自在に操ることのできる特殊能力持ちなのだ。ガナッシュは飛び上がると地面にむけてその拳を繰り出す。彼がすべてを焼き尽くすと言い放っただけの火力がその拳から放出された。

 地面と衝突し広がる炎。その火力はすさまじく、一瞬にして闘技場を覆いつくし観客に迫らんばかりの迫力だった。

 しかし、その炎は奇妙にも闘技場の端で遮断されていた。その原因だと予想されるのは、いつのまにか闘技場の四隅に出現していた謎の魔神像。その正体はタナカが新たに手にした力「大罪三重奏殲滅陣(アーディ・アマルタ)」。一体増えているのは破界神との戦いがタナカに大いなる成長をもたらした証だろう。あらたに「相手の名前が思い出せないまま会話を続ける虚栄」の悪魔を加え、さらなる完成をみた「大罪四重奏殲滅陣(アーディ・アマルタ)」にとって炎を遮断することなど造作もないことだった。


「なんだこれは?」


 地面に降り立ったガナッシュは自分の炎を防いでみせた謎の魔神像を警戒する。すでに炎は消え去り、四体の悪魔像とガナッシュだけが闘技場に残されていた。






「な、なんだかちょっと可愛いかも」


 思わずそんな感想をもらすミコト。勇者とはいえ相手は恐るべき悪魔を模した魔神像である。魅了されてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。実際、お嬢やメイドも突然現れたハムスター像に目が釘付けだった。これにはタナカさんも嫉妬不可避である。


「さて、正体は分かりませんがこれだけは確かに言えます。あれは芸術界に革命を起こす恐るべきデザインであるということを」


 そう自信をもって答えたのはオシャレマスターことバラの騎士。彼のとなりではニクメンがマンガ肉をホットにしていた。オシャレマスターが断言した革命児は漢ですら虜にしてしまうというのか。それにしても原理が謎すぎるぞ肉マスク。






「ハァ、周りへの迷惑も考えられんかねえ。これだから素人は」


 いつのまにか現れたタナカが芸術的ヤレヤレを披露していた。小物的直感でハムスター像に人気をとられることを察知したが故か。いつもより濃い目のヤレヤレだった。


「これ以上試合を長引かせてもオレの評価が下がるだけだな。次の攻撃で終わらせてやる」


「言ってくれる。確かに貴様の強さは予想外のものだった。だが我がそう簡単に倒れると思うなよ」


「クックック、なかなかにお約束な敗北するやつのセリフだな。その潔さ免じて教えてやる。オレの名はタナカ。世界最強武術カラーテの正当継承者だ。そして! お前をこれから地に沈めるのはカラーテ三大奥義のひとつ! カラーテの不敗伝説を体現するこの技で敗北することは恥ではないから安心するがいい」


「なめるな! 大技がくるとわかって受けてやる道理などない!」


 再び炎をまとうガナッシュ。大きく後方に飛んで距離をとると、まるで弾丸のように炎を掃射する。


「フハハハ、もっとだ。もっとこい! 話を盛り上げるためにも、もっと派手にかかってこい!」


 タナカが炎の雨をかいくぐりながらガナッシュを煽る。


「おのれ!」


 さらに攻撃の速度をはやめるガナッシュ。しかしタナカをとらえることはできない。それどころか徐々に間合いをつめていくタナカ。そして――。


「なっ!」


 突然ガナッシュの目の前に現れるタナカ。これにはガナッシュも驚きを隠せない。しかし彼もただ驚くだけでは終わらなかった。間髪いれず炎をまとった拳をタナカめがけて振り下ろす。しかしその拳に手ごたえがない。かわりに返ってきたのは恐るべき衝撃。

 自分の身体を突き抜けたその威力に、たしかに奥義というだけのことはあるとガナッシュは納得していた。しかしそれは彼の勘違いである。この攻撃はただ奥義へ繋ぐため、ガナッシュの身体を蹴り上げたにすぎないのだ。


「ゆくぞ!」


 なんとか意識を保っていたガナッシュが見たのは、吹き飛ばされて空を舞っている自分に向けて飛び上がってくるタナカの姿。蓄積されたダメージで重くなった両腕を、ガードのため必死に持ち上げる。

 しかし、タナカはあっさりとガナッシュの横を通り過ぎてしまう。あっけにとられるガナッシュを置き去りにしたタナカは、まるで足場があるかのように方向転換すると再びガナッシュに迫る。空中でなすすべのないガナッシュの背中にタナカの膝が突き刺さる。


「グアッ!」


 吐血が宙を舞う。まさに回避不能。必中の攻撃。しかしこの攻撃すらも奥義への繋ぎでしかなかった。


「カラーテ三大奥義がひとつ!」


 タナカの身体が後方回転する。空を飛べるタナカなればこそ可能な動き。空手でいうところの後ろ回し蹴りである。背中への膝蹴りでえびぞりとなっていた無防備なガナッシュの首にタナカの蹴り足が喰らいつく。

 もしも奥義の本質が蹴り技だったならば、彼の首はそのまま刈り取られていたかもしれない。しかしこの技は蹴り技にあらず。攻撃かにみえたタナカの足がガナッシュの首をロックしていた。さらにもう一方の足がガナッシュの太ももをロック。


「マッスルハリケーン!」


 そのまま回転を始める二人。えびぞりになっていたガナッシュの背がさらに軋む。遠心力が生み出す凶悪な力に、ここまで保っていたガナッシュの意識もあっさりと吹き飛ばされた。

 思いついたばかりのタナカの必殺技がついに炸裂。恐るべき奥義マッスルハリケーン。止まるどころか速度を増していくその攻撃はまさに無慈悲。なんというアロガント!

 やがて人知を超えたその回転は闘技場には巨大な竜巻を降臨させる。その現実離れした光景にこの戦いを見守っていた観客も静まり返っていた。本来ならば迫りくる暴風に騒ぎが起きようものだが、「大罪四重奏殲滅陣(アーディ・アマルタ)」で空間が遮断されているためそよ風すら感じられない。それがかえって不気味すぎて目の前の光景をただ見つめることしかできなかった。

 やがて巨大竜巻からはじき出されるように舞い降りる一つの影。タナカが闘技場に華麗に着地した。まさに「ズサー!」という感じである。いっぽう竜巻が消えてゆき、文字通り振り回され続けたガナッシュの身体が闘技場へと突き刺さる。死んでいてもおかしくない有様だが、「大罪四重奏殲滅陣(アーディ・アマルタ)」のおかげでなんとか命をとりとめていた。

 この場はタナカさんの慈悲の心により不殺エリアと化していたのだ。ここでギャグ補正だと思った読者にはぜひとも反省してほしい。強くてカッコいいタナカさんに限って、ギャグ補正などとは無縁といってもいいだろう。

 この劇的な情景にすべての観客がこの戦いは決着したと悟ったことだろう。しかしドラマはここから始まるのだ。

 華麗なる「ズサー!」を披露したタナカはとどまることを知らず、相変わらず「ズサー!」を続けていた。見せつけるように「ズサー!」を続けるタナカ。たしかにドラマチックかもしれないがやりすぎではありませんかね、その「ズサー!」。やがて「ズサー!」をし続けたタナカが「大罪四重奏殲滅陣(アーディ・アマルタ)」の結界をも突き破る。そのまま場外へと突入し、勢いあまってゴロゴロと転がり続けるタナカ。あまりのドラマチックさに場内は騒然である。

 大観衆が静まり返っているなか、横たわったままのタナカ。

 しばらくしてタナカはようやく動き出したが、その動きは緩慢でまるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。ようやく身体を持ち上げたところでその動きが止まる。


「目がまわって気分が……」


 次の瞬間、激しくリバース。汚い滝と汚い虹を体現させる漢。これには観衆も言葉が出ない。こうして皇国の興廃をかけた一戦は、タナカの場外敗けという壮絶なる最期で幕を閉じたのだった。


「タナカの異世界成り上がり」第三巻が発売されることになりました。

イラストを公開してますので、興味のあるかたは活動報告をのぞいてあげてください。

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