第九十四話 義憤
皇国闘技祭に集まった観衆が見守る中、ガナッシュが儀式場から闘技場へと続く階段をゆっくりと降りてくる。動揺のあまりざわついていた観衆も徐々におさまっていき、いつのまにかすっかり静まり返っていた。そんななか、ようやく闘技場に降り立ったガナッシュは抱えていた皇女カリンを無造作に放り出す。
「今日よりこの皇都オーエドが魔族の国となる。だが不安になることはない。皇国が魔族に寛容であったように、我も人間たちに寛容である。皆に今までと変わらぬ生活を保障しよう。ここに集まった多くのものたちにとって、今日という日はただ国家の首がすげ替えられただけの出来事となろう」
ガナッシュはそこで一旦言葉を止め、この場に集まっている観衆たちを見渡した。
「しかし当然これに納得できぬものもいよう。ならば前にでるがよい。もし我を屈服させることができたならば、潔く身を引こうではないか。その後は皇国を存続させるためあやつらを担ぐのもよし」
儀式場に顔を向けるガナッシュ。儀式を中断したためいまだ光の柱が顕在化している。そこにはビンタハル14世をはじめとした皇族や貴族たちが、見える位置にまで移動させられていた。
「自分がなり替わってこの国の王となるもよし。好きにするがいい。それとここにいる魔族たちにも言っておくが、自分こそが魔王にふさわしいというものがいれば遠慮することはない。堂々と挑戦し我に勝ってみせよ。そのときは我も恭順の意をしめし、魔族の繁栄のために尽力することを約束しよう」
観衆に混ざってこの言葉を聞いたトルテは鼻で笑う。
「随分と殊勝なことを言うではないか。もっともあの不敵に笑みを浮かべる態度をみるに、そんな状況になるとは微塵も考えておらんのだろうがな」
「それで? あのガナッシュとかいう男。どの程度の実力なのか教えてもらえるかな?」
それまで黙って観察していたヤシチがトルテに尋ねた。
「あれの一族は戦いに特化した荒々しいやつらでの。常に争いごとの絶えぬ一族だったのだが、あやつが生まれたことですべてが変わったそうだ。戦闘力の高いものたちのなかにあってなお、随一ともいえる圧倒的な力で一族を完全に支配した。悔しいが今の我ではエクレアとの二人がかりでも勝てんだろうな。間違いなく魔族最強の男よ」
「ほお、それほどの男なのか」
ヤシチはもう一度その視線を闘技場の男へと移す。
「闘技祭の優勝者を足元に転がしておいて、何も言わないところがまた憎らしいわね」
さらに言えばその転がされた優勝者が女性であったことも、ミコトが不愉快な態度を示した要因だろう。もしこの場にタナカさんがいたならば、いったいなんの事後なんだとあんなことやそんなことを妄想してお楽しみに、もとい怒りに震えたに違いない。
「相当に怒っているようだなミコト。今の我は万全とはいいがたいが、お主が望むのなら我がいってきてもかまわんぞ」
その漢気あふれるセリフは、それまで一言もしゃべらずミコトの肩の上でオブジェと化していた上位精霊ゾンマーこと上様のものだった。
「なっ! それはオシャレな飾りではなかったのかい!? というかしゃべったよその小鳥。いったいなんなんだいソレは?」
そしてこれにひときわ驚いたのがバラの騎士。オシャレには人一倍気を遣う彼にとって、ミコトが肩につけていた小鳥のオブジェは斬新かつ魅力的に感じていたのだろう。ひそかにチューリップの鎧とのコーディネートまでも考えていた彼にとって、それが飾りではなかったというのは衝撃だった。
そのとなりではニクメンが上様に向かってサムズアップしていた。上様の漢気あふれる言葉は漢として何か通じるものがあったのだろうか。
「おぬしら……。もうちっとばかり真面目にせい。一応この国の危機なのであろう」
この団体のなかで最年少ながら一番の常識人であるトルテが注意をうながした。しかし自分のつれであるエクレアがキラキラした目で上様をみつめているのを見て、それ以上なにもいうことができずため息をついたのだった。
「――これで皇国も終わりですか。かつて辛酸を嘗めさせられた相手ではありますが、いざ目の前でその最期をみせさせられると、なかなか感慨深いものがありますね」
貴賓席から一部始終を眺めていたプリン王国のララ王女はそう呟く。それは誰かに向けた言葉というわけではなかったが、近くにいた勇者カムイが反応をしめし彼女のほうへ顔を向けたため会話を続けた。
「なにか言いたげですね、勇者カムイ」
「……いいえ」
魔王討伐を境に王国の勇者への期待は低下していた。それは惨憺たる顛末もさることながら、カムイが王国の姿勢に疑問を持ち始めたのも理由のひとつだろう。そのためカムイと王国との関係には微妙な距離が生まれはじめていた。
しかしこれまでの宣伝効果などもあって、勇者カムイの影響力は未だ大きい。ある意味王国は勇者の存在を持て余しているといってもよかった。今回、王国がいろいろと画策していることについても、カムイはまったく知らされていなかった。この闘技祭についても王女の護衛ということで来訪したにすぎない。
そしてカムイと王国の関係の冷え込みは、カムイとララ王女の関係にも如実に表れていた。ララが余計な知恵をつけ始めたカムイと距離を置き始めたというのが直接の要因であるが。
「そんなに緊張しなくても心配ありませんよ」
緊迫した様子を垣間見せるカムイにララは笑みを浮かべた。ひさしぶりの二人の会話であったが、カムイには以前のような親しみをもつことはできなかった。
「危険な状況に思えるかもしれませんが、これも私たちにとっては想定内の出来事にすぎません。そうでしょう?」
「はい、すべては我らが神の導き。いずれここにいるすべてのものが知ることになるでしょう。この世界を統べるべきものが誰なのかを」
ララに話をふられた女性がなんのためらいもなくそう答える。彼女の背にあるのは純白の翼。天使キャラメルのような特別な力はもっていないが、まぎれもなく彼女らの信望する神の使徒である。
「あなたたちが翼人の真似事までしたのです。彼らにはせいぜい派手に踊ってもらいましょう」
ララは闘技場で衆人の注目を集めているガナッシュに目を戻していた。
「もしそれでも心配だというのなら、カムイ様があの男を倒してきてくださっても結構ですのよ。そのほうが盛り上がりますし、慌てた彼らが自身の手で首をしめるのを見れて面白いかもしれませんね」
まもなく事が成就するということもあってか、どこか上機嫌のララ王女とは対照的にカムイはあいかわらずどこか緊張の面持ちであった。しかしそれはララ王女が心配したようなことが要因ではなかった。
そもそもカムイは目の前で起こっている魔族の騒ぎについて、微塵の心配もしていない。なぜならばこのような強引な手法を――、力で他を押さえつけようとうする理不尽をあの漢がゆるすはずがないと知っていたからだ。そう、盲目だった彼の目を開かせてくれた恩人ともいうべき漢のことである。
カムイは決勝の際にその漢の姿を目にしたとき、以前とはあまりに違う雰囲気に唖然としてしまったが、恩人の姿を見間違うはずもなかった。
「僕はあなた方のその企みも、あの人を前にしては無意味に終わるんだろうなとただ憐れんでいるだけですよ」
カムイは憂鬱そうに小さくそう呟いたが、隣でポップコーンのようなものを無心に頬張っているテツジンの姿を見て、すべてがどうでもいい気がしてきた。闘技祭がはじまってからというもの、夢中になって闘技場を見つめていたこの同僚の姿を思い出す。長らく一緒に冒険してきたけど、彼女のこと何も知らないなとぼんやり思いながら自分も闘技場へと目を移したのだった。
闘技場で一人不敵に佇み続けるガナッシュ。時間はたてど挑戦者が現れることはなかった。その原因が彼のそばで横たわる皇女カリンにあったのは明らかある。今回の優勝者である彼女の無様な姿をみては、二の足を踏むというのも無理はない。
「一人くらいは挑戦者がおらぬと盛り上がりにかけるではないか」
そんなことを呟くガナッシュ。こんなことなら優勝者が決まってから、すぐにこの場で戦うべきだったと後悔する。もともとはそのつもりであったのだが事情が変わってしまっていた。今回の企みにおいて儀式がより重要性を増していたのである。そのため儀式を行わない可能性がでてきてしまうような順序で戦うわけにはいかなくなった。彼自身が優勝するという案もあったが、闘技祭のような茶番につきあう気はさらさらなく、儀式が始まった後に行動することにしたのだ。その状況で闘技場で戦おうと馬鹿な提案をするわけにはいかず、儀式の邪魔をしかねない皇女はその場で排除するしかなかった。結局このようなかたちで力をみせつけようとしたわけだが、事はうまく進まないものである。
「直接力を見せつけたかったが仕方がない」
そう判断し計画を次の段階へ移そうとしたとき――。
「なんばしよっとね!!」
静まり返った会場にどこか空気の読めていない怒りの声が響き渡った。それはやむにやまれぬ事情で会場を離れていた漢が戻ってきてあげた第一声である。その怒りは我々が想像もつかぬほどのものだった。あえて言うことがあるとすれば、あんまんが食べたいのに肉まんが二個セットの四個入パッケージしか売っていないことへの義憤、それを優に超える怒りであることは間違いないだろう。
「ちょっと! 落ち着いてくださいよ! よくわからない状況だけど、あんな男相手にそれはまずいっすよ。なんか滅茶苦茶強そうっすから!」
なんとかタナカのまんじゅうに対する執着を抑えようとするトビー。しかしタナカの食へのこだわりを阻むことなどできるはずがない。
「バカヤロー! お前この状況を見てわかんないのかよ!」
タナカはこの場を一目みて状況を的確に判断していた。皇女ちゃんの接待のためセッティングされたこの祭りに、空気を読めず乱入した荒くれものが目の前の男であり、蝶よ花よと育てられてきた彼女に抵抗できるはずもなく御覧のあり様になった。というのが自称政治評論家であるタナカさんの見解だった。
「もしも事後だったら……、オレはヤツを殺す」
思わず考えてしまった妄想に、ちょっとだけ興奮してしまったことをごまかすようためカッコいいセリフをトビーに残すと、ひとり闘技場へと足を進めるのだった。




