第九十二話 集結
タナカは見事に破界の化身を退けることに成功した。しかしそれは神々の戦いが終わったことを意味するわけではない。なにより彼には一つの懸念があった。それは「『大罪三重奏殲滅陣』には三分間の時間制限がある」という設定にしたほうがモテるのではないかという崇高な悩みである。
この重要案件のため彼が思考の闇に沈んでいたころ――。はるか北の地、ナナシの街では魔族穏健派の受け入れが行われていた。第一陣の受け入れは特に問題も起こることなく完了し、続けてに二陣、三陣と受け入れは順調に進む。
そんなさなか町長の執務室では、この部屋の仮の主であるオモイと大賢者マーリンが顔を突き合わせていた。
「……なるほど。予想通りこちらは陽動だったわけですね」
「うむ、じゃが強硬派の執念はわしらが思った以上に深いのかもしれんのう」
魔族強硬派の実働部隊の足止めに動いていたカレーマンたち戦闘脳チームであったが、強硬派が予想外の動きを見せたため手を出せずにいた。強硬派は整然と行軍を続けているのだが、頻繁に転進を繰り返したためだ。
彼らの進軍を足止めしようと埋伏すること数回。カレーマンたちはいずれも肩透かしをくらう。以後は遠方からの監視にとどめ情報収集に力をいれていた。そうしているうちにある疑念を抱き始める。この部隊が強硬派の主力部隊ではないのではないかという疑念だ。
不規則な動きをみせるこの部隊が一度だけ穏健派の集落に近づいたことがあったのだが、穏健派の戦力が駆けつける前にその場を引いたのである。戦力的には圧倒的であるのにもかかわらず。しかも集落に手を出す時間は十分にあったのに何もせず引いていたのだ。
この疑念を確かめるべく上位精霊こと上様は空を駆けた。向かったのは強硬派頭目であるガナッシュの居城だ。結果はもぬけの殻というほどではないが明らかに人が少なすぎた。つまりこれで今行軍している部隊は精鋭ではなく見せかけだけの寄せ集めの可能性がでてきたのだ。
「皇都での謀を隠すだけではなく、主力の精鋭も隠していたとは驚きですね」
「驚いてばかりもおれん。強硬派の精鋭はおよそ千名程度。それがまるまる行方知れずなんじゃからのう」
「軍事的な衝突が起こるとして、人間側の戦力からしてみればそれほど脅威とはならない規模でしょう。しかし……」
オモイの表情が若干曇る。いまの状況で起こりうる予想のなかであまりよくないものが頭をよぎったからだ。
「そういえば今回の闘技祭は魔族の参加が認められたんじゃったのう。観客の魔族もさぞ盛り上がっていることじゃろうて」
台詞の内容とは裏腹にマーリンから正の感情は感じられない。彼もまた最悪の状況を案じているのだろう。
「急ぎ皇都に連絡をいれましょう。酒場のご主人経由が一番早いでしょうか」
「そうじゃの……。このさい状況を詳しく説明するためにも助っ人を送るのがいいんじゃなかろうか。大精霊殿であれば皇都への転移も可能じゃろうし」
皇都の郊外で謎の集団昏睡事件が発生したという噂が、皇都のそこかしこで囁かれはじめてから数日。被害者全員が何事もなかったように回復したということもあって、その噂は皇国闘技祭の熱狂の前に消えていった。
闘技祭はすでに本戦が始まっており、いままで以上の激闘が観客たちを魅了し続けている。しかしタナカたちは闘技祭を楽しめるような状況ではなかった。
彼らの心配事としてまず挙げられるのが、先日目の当たりにした破界の化身という存在のことである。戦うまでもなくトビーとエクレアを昏倒させたことからもあまりに危険すぎる相手だというのは明らかだった。一応の決着をみたものの化身が残した言葉から再襲来が予想される。これは単純に危険度という点からみれば最も警戒すべき案件だった。
しかしこの問題はタナカがすべて自分が引き受けると宣言したことであっさり終了となった。トルテは納得いかなかったようだがヤシチの推薦もありタナカの担当と決定する。これにはタナカさんもニッコリ。それもそのはず。彼は復活怪人弱体化理論に精通するといっても過言ではない漢なのだから。そしてこれを機に、闘技祭の開催期間中ほかの面子が忙しく働くなか、タナカは遊びまわることになったのだがそれについては割愛する。
話は彼らの懸念事項に戻り、魔族強硬派の皇都での暗躍については結局分からずじまいの状態だった。とりあえず牽制として闘技祭に送り込んだ件についても、エクレアのほうは運悪く試合順が早かったために回復が間に合わず棄権。すべてはトビーの手にゆだねられることになった。
タナカの「なんか皇女ちゃんが優勝しそうだしべつにいいんじゃね」という一言で多少肩の荷がおりたものの、トビーは相変わらずヤシチの厳しい修行の日々を続けた。
エクレアのほうはもともと大して闘技祭に興味があったわけではないので、トルテと一緒にいられる時間が増えひそかに喜んでいた。破界の化身担当となり暇を持て余していたタナカさんが囁いく甘い誘惑に負け「お嬢様とイチャコラ大作戦」を決行し、二人仲良く爆死したのはいい思い出である。
そして新たに浮上した問題。魔族強硬派の精鋭部隊についてであるが特に解決策はみつからなかった。ハル皇国はもともと魔族に寛容な国である。そのうえ今回から闘技祭への参加が認められたということもあって、現在皇都にいる魔族の数は膨れ上がっている。もしこのなかに紛れ込んでいるとしたら発見は困難であるし、さらに無力化するとなれば不可能に等しい。もはや別の場所に隠れていて、どこかの町でも占拠してくれることを祈るしかなかった。そうなれば国が動き解決してくれることだろう。これには多少の犠牲はでるだろうが、現在の皇都でなにか起こされるよりはましな可能性が高かった。
こうして魔族強硬派に対して有効な手が打てないまま皇国闘技祭は進んだ。
あるときは暑苦しい男たちにまざってバラの騎士にブーイング。またあるときは偶然出会ったニクメンとともに遊びまわり友情を深める。そしてエチゴヤのところへ足しげく通い新しい家族になるべく奮闘した。まさに闘技祭本戦にふさわしい盛り上がりである。
そんなさなか世間をアッと驚かせるニュースが持ち上がる。プリン王国のララ王女が皇都に来訪したのだ。そばには王国の勇者の姿もあったという。
不仲だった両国に新たな関係を構築するためとの発表があったが、実際両国の間にどのような話し合いがもたれたのかは民衆に知るすべはなかった。ただ貴賓席から闘技祭を観戦するララ王女の姿に、平和な未来への期待が増し皇国の人々は喜ぶ。
そして闘技祭というドラマは佳境を迎え、ついにあの漢が舞台にあがった。
「お前は!」
先に闘技場にあがっていた皇女カリンは見知った顔の登場に思わず声をあげる。
「フッ、毎日のようにエチゴヤさんのところに通ったが、結局会えずじまいだったな。だが、こんな晴れ舞台で顔を合わせることになるとは、オレたち二人の間には運命的な何かがあると君も感じたのではないか。というわけであんな感じでそんな感じのアダルティックな関係をお願いします」
そう、満を持してついに我らが主人公タナカさんの登場である。これでもかと言わんばかりのアフロヘアーが自己主張していた。
「ちょっと君! 君はただの付き添いだろう! はやく闘技場からおりなさい!」
強面の係員に注意されすごすごと舞台から降ろされるタナカ。
「一気にテンションさがったっすよ俺。真面目にやってくださいよ」
舞台から降りたタナカを待ち受けていたのはトビーの冷たい一言だった。そう、タナカはこの決勝の舞台でトビーのセコンドを買って出たのである。
「バッカお前。これは作戦だよ。サクセン! これで皇女ちゃんは当分オレに夢中なのは確実だ。このチャンスを活かせよ」
「絶対ないっすよ! むしろ怒りで戦力増強な感じっすよ!」
さすが天災軍師タナカ。その冴えは今日もマシマシホカホカである。
「落ち着けよ。今日の作戦はしっかり頭にはいってるだろうな」
「ハア……。わかってるっすよ。地力は向こうが上っすから。開幕速攻でって話でしょ」
「違う! 試合が終わったら皇女ちゃんとオレのデートの約束をとりつけろって話をしただろ」
「もう帰れよ!」
トビーとタナカの微笑ましい日常が闘技場脇で繰り広げられるなか、それを観客席から眺めていた少女はため息を漏らした。
「なにやってんだか……。彼がすごいことは知っているけど、もう少し真面目にやったほうがいいと思うの」
「まだまだ人を見る目が甘いな。あれはトビーの緊張をほぐすためにわざと道化を演じているのさ。相変わらず頼りになる漢だ」
ミコトとヤシチ。二人の勇者は闘技祭最後の戦いを見守っていた。
ちなみにナナシの街から助っ人としてやってきたミコトを目にした夜。タナカは枕を涙で濡らした。嫁候補の勇者ちゃんにバレずにコンパイベントを達成するのはもはや絶望的といってもよかったからだ。いったいどうなってしまうのかコンパ。夢はかなうのかハーレム。
「なるほど、アレも彼の作戦というわけですか。僕も彼の罵倒には散々苦労させられましたからね。まったく大した役者ですよ彼は」
「……」
何故かヤシチのとなりにいるバラの騎士。実に高品質なヤレヤレを披露している。さらにそのとなりではニクメンがトビーに向けて無言のサムズアップ。これにはトビーも百万の援軍を得た気分になったことだろう。気づいていればの話だが。
「結局、開催期間中にやつらが動くことはなかったのう。もっとも今日が無事終わればの話じゃが」
「ご安心くださいお嬢様。このエクレア。なにか事が起きればお嬢様の剣となって敵を打ち払ってみせましょう」
そして油断なく闘技場を見つめるトルテと頬を染めながらアピールを忘れないエクレア。この美少女と美女のコンビがまわりの注目をあつめてしまうのはいつものことだが、今日注目の的になっているのはメイドのアフロヘアーが原因であるのはあきらかであろう。ちょっと恥ずかしそうなトルテの表情がそれを証明していた。
「エクレア、今日はちょっと離れておれ」
「そんな!」
そんなこんなで様々な思惑が入り乱れるなか闘技祭決勝は始まろうとしていた。




