第九十話 神の力
『――どうした? 我と戦うのではないのか?』
タナカにされるがまま静観していた破界の化身の言葉が頭の中に流れてきた。
タナカはその言葉に反応することなく、浮遊魔法を駆使してとにかく皇都から離れようと急いでいた。先ほどのトビーやエクレアの反応から深淵の魔女の話を思い出したからに他ならない。
この世界は生まれたての赤子のようなものなのだ。いまだ管理者が直接干渉しなければ安定しない世界。そこに住む人たちも神秘の力を受け入れることに慣れ過ぎていた。そんな人間が神の悪意にさらされたとき、その影響は計り知れない。破界の化身を目の前にしただけで、自ら死へと向かいかねないほどに。
だからこそタナカは急ぐ。皇都から遠くへ――、人の営みから離れたはるか上空へと。
『ならばこのまま消え去るがいい』
破界の化身は呆気ないほど簡単にタナカの浮遊魔法の干渉から抜け出る。空中で静止した状態から手をかざすと、タナカに向かってすさまじいスピードでせまった。両の手だけではない。その真っ黒な身体から次々と生み出された腕が、タナカを捉えんがためまるで一本一本が生き物のように伸びていきタナカにせまったのだ。
タナカの頭の中に警報が鳴り響く。
ソレに触れたらまずい――と。
タナカは避ける。次々に襲いくる手を避ける。よける。ヨける。
圧倒的なスピードで迫りくる破界の化身の攻撃を凌いでいた。
『恐るべき速さよ。しかし神の力の前には無駄なこと』
破界の化身が繰り出す攻撃の速度が増す。それでもタナカは捕まらない。さらに腕が加速する。それでもタナカを捉えられない。
繰り返される加速。さらにそれを上回るタナカ。イタチごっこのように速度をあげていく両者。
しかし両者には決定的な違いが存在していた。それにタナカはまだ気が付いていない。
現在タナカの心の奥底では、彼の力を司るハムスターズ24がお祭り状態にあった。その中心では一匹のハムスターが必死に自転車用空気入れでシュコシュコやっている。周りでは他のハムスターたちがまるで儀式のように踊り狂っていた。
シュコシュコ――。シュコシュコ――。
徐々に涙目になってくるハムスター。やがてプルプルと体が震えはじめ疲れが限界に達する。すかさず他のメンバーに交代してシュコシュコ続行。
どういう原理なのかはわからないが、タナカはうちに秘めたその巨大な力を次々に解放していた。しかしいつまでたっても終わらない破界の化身との根競べ。
このお祭り状態のさなか二十四匹のハムスターのうち、一匹だけが祭りに加わらず静観していた。
それは始まりのハムスター。タナカが成長をする度に、その力の肥大化を象徴するかのように増殖してきたハムスターたちのオリジナルハムスターである。
知的ランキング序列一位である彼はこの戦いが始まってからずっと分析を行っていたのだ。そして今、彼は恐るべき未来を予測していた。
このまま戦いが続けば遠からずタナカのほうに限界がきてしまうと。
この世界に存在するあらゆる者たち。神や精霊と呼ばれる世界の管理者たちを含めてもタナカの戦闘力は突出している。そのうちに秘めたるエネルギー量にしてもそれこそ十桁以上に違いがあった。そんな彼でさえも真の神に比すれば力が不足しているのかもしれないが、現在相手にしているのはあくまでもその化身である。その力は神の力のひとかけらにすぎず、単純な力関係で言えばタナカのほうが上なのは確かだった。
しかしそれにもかかわらず戦いは拮抗していた。この原因にたどりつけなければ敗北の予測は現実のものとなってしまうだろう。
オリジナルハムスターはその秘密にたどりつくべく集中するため、カッコよく回し車に飛び乗ったのだった――。
「しつこいんだよコンチクショー!」
回避一辺倒だったタナカがさらに加速する。そのまま上空へと距離をとると両手を水平に広げ反撃の体勢に入った。
「トレデキム・マギア――」
タナカの背後に現れる十三の魔法陣。この非常事態にあってなお見栄えを気にするあたり、相変わらず心憎い演出家である。
「『星々の嘆き』」
魔法陣から次々に掃射される巨石。これまでタナカは投石魔法の威力を抑えて使ってきたが今回それはなしだ。
高速で飛来する巨石が摩擦で真っ赤に燃え上がりながら破界の化身に降り注ぐ。必殺の一撃となりうる攻撃だった。
しかしこの化け物は襲い掛かる巨石が見えていないかのように、これまでと同じような反応。ただタナカに向かってくるだけの有様である。そしてその後に起こった不可思議な結果に愕然とするタナカ。
なんと破界の化身はまるで幽霊が壁を通り抜けるように、巨石の影響がなかったのだ。躱すことなく、当たることもなくタナカに迫りくる破界の化身。
「ふざけるなよ……。この世に幽霊なんかいないんだ……。すべてはプラズマが引き起こす現象だって言ってんだろうがぁああああ!!」
今はそんなことを言ってる場合ではないぞタナカ。選ばれし小物のなかの小物たるタナカさんが幽霊なんて恐ろしいものを認められないのはわかる。幽霊プラズマ説を頑なに信じるタナカさんがこの結果に怒りを覚えるのも痛いほどにわかるが、ここは戦いに集中すべきである。
実際、破界の化身の危険性はこれで証明されたのだ。一見素通りしているように見えて、巨石群は化身の身体に触れるそばから次々に消滅していたのだから。まるで氷が高温の物体に触れて溶けて蒸発するかの如く消えてなくなっている。タナカを捕まえようとせまる化身の手は間違いなく危険な攻撃なのだ。
タナカは再び回避一辺倒に追いやられる。
「くそっ! おっ、お前! 心霊現象で怖がらせるとか……。人として最低だろ!!」
落ち着けタナカ。ソレは人でもないし幽霊でもないぞ。
破界の化身は意図したわけではではないだろうが、もはや心理戦では圧倒的優位に立っていた。そして本質的にも破界の化身が戦いを制していたといっても過言ではない。この戦いは最初から勝負がきまっていたようなものなのだ。
まずは最初の行動。タナカの浮遊魔法から簡単に抜け出たが、魔法的防御などを行ったわけではない。魔法そのものをなかったものとしたのである。無から有を生み出し、有を無に帰する神の力をもってすれば児戯にも等しいことだっただろう。
そしてその後。速さを競い合っていたように見えて、その実はタナカのほうが圧倒的に速かった。それでも互角の勝負になりえたのは破界の化身が神の力の使い方を知っていたからである。破界の化身はこの世界に、時間の流れに干渉していたのだ。タナカがどれほど速く動こうとも時を操られればそのアドバンテージはなきに等しい。
最後にタナカの攻撃魔法も神の力で難なく排除した。
この戦いは最初からここまで神の力と魔法の競い合いになっていたのだ。どれほど巨大な力であろうとも神の力で無効化され、触れられるだけで問答無用で消滅させられる理不尽な勝負。これではタナカに勝ち目がないのは当たり前の話である。
圧倒的な速さをもつものと時間に干渉するもの。両者の攻防は第三者からみればほんの短い間の出来事にすぎない。しかしその短い時間で高レベルな戦いは勝負が決まってしまうのである。すべての要因は神の力を理解できていなかったタナカにあった。
破界の化身はトドメとなる時間干渉を行う。あくまで化身であるこの存在は振るう力に制限があった。そのため段階的に世界に干渉を続け、自分をとりまく時間という頸木をゆるめてきたのだ。そしていまや破界の化身から見た世界はほぼ停止した状態といってもよかった。時がとまった世界で普通に行動ができてしまうというあり得ない現象。それが可能なのは神の力ゆえである。
ゆっくりとタナカに近づいていく破界の化身。もはや規格外の力をもつタナカをもってしても認識できなかった。破界の化身は手刀を構えその首を刈り取るように腕をふり払った――。
しかしまるで世界が切り替わったように、標的が破界の化身の視界から消えてしまう。
「――なるほど。これが神の戦いかたというものか」
ゆっくりと振り返る破界の化身。そこにはドヤ顔で腕を組むタナカの姿があった。
「たいしたものだと言いたいところだが……、ハイレベルな攻防において時間干渉など当たり前のこと。まあ、オレたちオタクにとっては常識だ」
おそるべき日本のオタクたち。彼らはいったいどれほどの知識を貯蔵しているというのか。ハードディスクにムフフな画像が貯蔵されているのは間違いないだろう。
それはともかくまだ勝負はおわっていない。
「オレも熱くなっていたとはいえ、こんな罠に陥っているとはまだまだ青いな」
お約束のヤレヤレを披露するのは余裕の表れか。しかしいまだ危機を脱出したというわけではない。
この世界の事象である以上、神の力でなくとも時間への干渉は可能である。タナカは大魔法を使いとりあえず危機を脱出していたにすぎない。皇都へ向かう最中に行った大魔法の修行は無駄にはならなかったわけだが、いまだ神の力を自由に扱えないタナカは不利な状況にあった。
「これもいい機会だ。神の戦いとやらをじっくり教えてもらうとしようか」
創世神の信じた人間の可能性。はたしてタナカは神の力を使いこなせるようになるのか。そしてタナカはこの先生キノコることができるのか。
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/三三三\
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