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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
黄昏ゆく世界編
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第八十八話 名推理

 世界最古の国家といわれるハル皇国。長き歴史が流れていくなかで皇家の力はゆるやかに衰退の一途をたどってきた。しかしそれは皇国の力が衰えたことを意味するわけではない。皇家は蓄えたその富を惜しみなく各地に振り分け国家を繁栄させてきたのだ。

 大陸東端に位置するこの国は自然災害が多い地域としても知られる。この地域の人々は古くから一丸となって自然と戦ってきた。時に森を切り開き、沼地を埋め立て、決して豊かとはいえぬ土地を開拓して生活圏を広げていったのだ。この自立心が養われていた人々に力が移りゆくのは、時代の流れとしても間違ったものではなかったといえよう。

 近年勃発したプリン王国との戦争も、ハル皇国は皇家の名のもとに各地の力を結集し王国の大軍を見事に撃退していることから、国家としての力が衰えていないことは証明されている。

 皇家の理想は着実に人々を良き方向へと向かわせている――はずだった。

 その理想に陰りが見えたのは、皮肉にも王国との戦争に勝利した時期と重なる。皇国貴族たちのもつ力が大きくなりすぎていたのだ。

 日に日に増していく貴族たちの権力。

 その流れがとまらないなか立ちあがったのが若かりし頃のエチゴヤである。皇族の一員だったエチゴヤは貴族の権力拡大に歯止めをかけようと数々の政策を打ちだし、精力的に動いた。しかし俊英を誇った彼も海千山千の俗物が闊歩する貴族界に太刀打ちすること叶わず、逆に自分の立場を危うくしてしまう。

 貴族たちの矛先が皇家全体におよぶことを懸念したエチゴヤは、自分が皇籍離脱することで事態を収拾し、以後は商人となって皇国内を転々としてきた。胸の奥底に小さなしこりを残したまま。


「え? やっぱり聞き間違いじゃなかったのか。そうか……、エチゴヤさんは皇族だったのか……」


「いえ、あくまで元皇族ですから。いまの私はただの商人ですよ。ですから――」


「いやー、まいったなあ。これでオレも権力者の仲間入りってわけかよ。あーあ、別に権力なんてほしくないんだがなあ。こまったなあ。どうすればいいのかなあ。ねえ、義兄さん」


「いったい何を言ってるんです? あなたは」


 チラッチラッとニヤけた顔を向けてくるタナカ。エチゴヤはキレそうになる自分をグッと抑えて会話を続けた。


「とりあえず、タナカさんの話を聞かせてもらえませんか」


「ん? そうだな。オレはエチゴヤさんがナナシの街を出たあと予定通り一人で皇都に向かったんだ」


 タナカが語る。この皇都につくまでの過酷な道のりを。そう、この旅で思いもかけず関わることになった光と闇の戦いについてである。


 旅先で起こった数々の奇妙な事件。迷探偵タナカは華麗に事件を解決していったが、その類まれなる嗅覚で妖しい気配を察知していた。さすが慢性鼻炎は伊達ではない。

 そしてタナカはこの世界を影で操ろうとする、邪教エロミナティという存在を知ることになる。硬派な主人公を自負するタナカは彼らのような軟派な存在とは相いれない。必然的に彼らとの戦いが始まってしまう。

 各地に眠る聖遺物として知られる性異物。邪教の実働部隊であるニップル騎士団とタナカはこのアダルトグッズをめぐり熾烈な争奪戦を繰り広げた。

 延々と続く争い。その終わりの見えない戦いのなか、ついに明かされる邪神エロス復活の陰謀。

 タナカはこの旅で知り合ったセーラー服教徒たちの力をかり、節度ある紳士の名のもとに邪教エロミナティの野望を粉砕するのだった。


 そんなタナカ自身も経験したことのない体験談を熱く語り、皇都までの旅路の過酷さを力説していた。


「な、なるほど。なかなか大変な目にあっていたのですね」


「そうなんだよ。さすがのオレも今回はつくづく考えさせられたね」


 この決して表にでることのない聖戦という名の妄想はタナカに教えてくれたのだ。際限のないアダルティな路線は様々な弊害をもたらすということを。もしも邪教エロミナティが望むような世界が実現したならば、この作品は政治的圧力により潰されていたのは間違いないのだと。

 タナカはPT●という邪教などよりも恐ろしすぎる存在を思い出し気を引き締めるのだった。


「まあ、ここまでの話は終わった話だからいい。問題はこの後だ」


 タナカはこの皇都で知己である勇者ヤシチとの再会をはたした。しかしそれは新たなる戦いへの序章に他ならなかった。

 皇国闘技祭に沸く民衆たちの影で妖しい動きをみせる魔族強硬派。魔族穏健派に協力していたヤシチの要請で力を貸すことになったタナカは、かつて「今劉禅」と呼ばれた戦略家としての才覚を如何なく発揮し、皇都を舞台に頭脳戦を繰り広げるのだった。

 そんなここ最近の出来事をタナカは手短に伝えた。


「すでにそこまで動き始めているとは、相変わらずタナカさんの有能さには驚かされます」


「いやあ~。まあ、それほどでもあるがな」


「私がタナカさんに依頼しようと思っていたのも、まさにその件に関わることだったんですよ。ですが――」


 エチゴヤは再び皇国の歪みに立ち向かうことを決意した。用意周到に準備を整え皇都へと戻ったのだが彼には誤算があった。エチゴヤが考えている以上に、皇国貴族たちは彼の存在を警戒していたのだ。

 タナカとの合流地点だったダミーの商会は襲撃され、エチゴヤ自身も囚われの身となる。しかしこの事態に皇家も気付かなかったわけではない。貴族側との交渉の末、エチゴヤはオーエド城にて幽閉されることとなり今に至る。


「貴族たちの動きを調べ、タナカさんに動いてもらう予定だったのですが、残念ながら私は身動きのとれない状態となってしまいました」


「え? なに? オレに依頼しようとしてたのって権力闘争なわけ……」


 流されるまま適当にやっていたら、権力闘争という名の豪華客船のプール際で美女を眺めていた状態に陥っていたのは確かである。しかし、これは決してタナカが望んだ状態というわけではない。重大事件にかかわるようなポジションは小物が関わってはいけない領分なのだから。

 それなのに事もあろうか小物の棟梁たる自分に重大案件を任せようとしていたのだ。いくらなんでもこれは自分にまかせるような仕事じゃないだろとタナカは唖然とする。


「ええ、しかし私が依頼せずとも動いてくれているとはさすがです」


「ま、まあな。オレにとっては力なき庶民たちに代わり、権力に肥え太る貴族どもを懲らしめるなんてのは当たり前のことだからな」


 少し褒められるとすぐ調子にのるところはさすがである。趣味の範囲を時代劇にまで広げていたことも役立ったようだ。


「それにしても貴族と魔族にそれほど深い繋がりがあったとは……」


 考え込むエチゴヤ。そのいっぽう我に返ったタナカのほうも何か適当な理由をつけてこのヤヴァそうな一件から手を引こうと画策していた。

 たしかに皇女ちゃんとのキャッキャウフフはタナカにしてみれば大いに魅力的なイベントだ。しかし魔族の対立に皇家と貴族の権力闘争と、ヤヴァい案件がてんこもり状態である。実際に襲撃やら幽閉と過激なイベントを経験したエチゴヤを前にして、さすがのタナカさんも気づく。このイベントは難易度が高すぎると。バッドエンドルートはかなり悲惨な結果が待っていると考えざるを得なかった。

 真剣に逃げる方法、もとい戦略的撤退を考え始めるタナカ。その様子に気づき自分も負けてはいられないとエチゴヤも敵の策略について考えこむ。

 タナカに現状を確認してからエチゴヤはなにか釈然としないものを感じていた。いったいそれは何なのか。まず魔族強硬派の実働部隊が動き出したことについては問題ないと考える。いまやナナシの街もかなりの規模になっていた。戦える者の数もかなりのものになる。なによりかの街には名だたる強者が集っていた。この街が魔族穏健派に協力するとなれば、たとえ強硬派の本隊であろうとそうやすやすと負けることはない。というより殲滅してしまうのではないかという余計な不安まで沸いてしまうくらいだった。問題はこの皇都での魔族強硬派の動きだ。


「魔族強硬派が皇国闘技祭での健闘。仮にその目的が優勝だとしてもかなり違和感がありますね」


「そのへんは兄貴たちも悩んでいたな。でもヤツラの動きが闘技祭にしか見られない以上はここに介入するしかないって感じだった」


 エチゴヤは少しの間考え込む。


「彼らが優勝を目指すのならば最大の障壁は私の妹でしょう。しかし貴族たちが彼女の闘技祭参加を邪魔するような動きはありません。この矛盾はなんなのでしょう」


「皇女ちゃんが? ああ、そういえば前回優勝してるんだっけ。でもそれってマジな話なの? いっちゃ悪いけど出来レースとかあったんじゃないか。そうでなくても皇女なわけだろ。かなり人気があるみたいだし、みんなが気を遣っちまって接待的な感じで進んで優勝しちまったとかないかな」


 タナカは先程自身が受けた攻撃から、それほどの強さを感じなかったためエチゴヤの言葉を疑う。


「それはないでしょう。そういったことを嫌う娘でしてね。強さのほうも確かだと思いますよ。昔はよく訓練につきあわされましたが、よく打ち負かされたものです」


 エチゴヤが苦笑しながら答えた。


「うーむ、なんなんだろうな」


 ここでタナカはふと気付く。そういえば観客として闘技祭に足を運んだが、かなりレベルの低い戦いだったと。実は皇国闘技祭などと大層な名を掲げているが実質ただのお祭りで、レベルの低い大会なのではないかと疑い始める。エチゴヤは自分の妹を高く評価しているようだが、そもそも元皇族で商人なのだから彼の評価はたいしてあてにはならないだろう。それに実際試合にはバラの騎士などという色物参加者がいたのもいただけない。

 これだけの情報がそろうとタナカがただのお祭り説を考えてしまうのも無理はなかった。タナカはもし自分が出場していた場合を考える。対抗馬は武器を装備したときの強さが未知数であるニクメン選手くらいしか思いつかなかった。

 しかし今回は参加を逃したが、こんな難易度の低いイベントを世界がタナカの前に放置するも考えられない。となると残る可能性は皇女ちゃんがタナカにひとめぼれして手加減してくれていた場合だろうか。


「なるほど! そういうことか!」


 そうだタナカ。宮城県復興を願ってここはひとめぼれ推ししかない!


「なにか解ったのですか!」


 期待をよせるエチゴヤ。


「いや、これはまだ義兄さんに話すことではないだろう。とりあえず今後オレは闘技祭のほうにつきっきりになる。貴族のほうは調べづらいし、手を出すのも難しいだろうからな。ここは何かある闘技祭の監視に注力するのがベストだろう」


「そうですね……。たいしたことはできませんが貴族の動きは私のほうで調べてみましょう」


「そうと決まればオレは兄貴たちに報告だ。今後は夜にくるから貴族についてなにかわかったらそのときに」


「ええ、よろしくお願いしますね」


 窓から爽快に出ていくタナカ。その顔は晴れやかだった。

 適当なことをいって権力闘争からは距離をおいたし、これからは皇女ちゃんが参加している闘技祭につきっきりである。なにかあってもたいしたレベルの大会ではないし、頼りになるヤシチもいるので問題ない。


「ついに不遇の時代から抜け出るときがきたようだな」


 真実にたいして華麗なバックステップには定評のある漢がついに動き出す。夜空を進むタナカにはキャッキャウフフな未来しか見えてはいなかった。


イルミナティ……、テンプル騎士団……。うっ、頭が。

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