第八十四話 皇国の闇
一陣の風が吹き抜ける。それは巨大な鎌を振り回して駆けたエクレアの残痕だった。
「賢者様、何かおっしゃりましたか?」
「……いえ、なんでもありません」
タナカが妄想で我を忘れている間に事は終わり、まわりでは倒れ伏した男たちがうめき声をあげていた。
「しばしお待ちください。わたくしはこの者たちから情報を聞き出さねばなりません。それを持ちかえることができれば、お嬢様のデレ顔を見れること間違いなしなのです」
「なるほど。紳士淑女協定第三項か。どうやら精進しているようだな」
「恐縮です」
タナカに一礼したエクレアは、手慣れた様子で次々と男たちから情報を聞き出していく。主に拳を使って。
やがて一通り話を聞き終わるとエクレアはタナカのもとに戻ってくる。
「どうやら末端の者たちばかりだったようです。大した情報は集まりませんでした」
相変わらず感情の乏しい表情である。しかし若干気落ちしているようにも見えなくはなかった。
「厄介ごとを抱え込んでいるようだな。よし、ここはオレとキミの仲だ。お嬢様を喜ばせる策を授けようではないか」
「本当でございますか!」
「うむ! これでお嬢様のデレ顔はオレたちのものだ。なあに感謝などいらない。オレとキミの仲だからな。HAHAHA」
何度も「オレとキミの仲」を強調するタナカ。そんなにそのフレーズが使いたかったのか。平成元年の消費税率ほど増しに増したドヤ顔が彼のうれしさを物語っている。
「さて、話もまとまったところで首を長くして待っているお嬢様のもとへいくとしよう」
「はい!」
こうしてタナカはいつものごとくその場のノリで行動しはじめるのだった。
「……で? 何故にそやつがいっしょなのだ?」
ここはとある屋敷の一室。エクレアの主人であるトルテは、自分の前で「褒めて褒めてオーラ」を放ちながら、見えない尻尾を振り続けている侍女に冷たい目を向けていた。
「フッ、それはオレから応えよう。先ほど偶然にも街中で再会してな。なにやら君たちが厄介ごとを抱えているようなので、協力を申し出たというわけさ」
タナカは必要もないのに髪をかきあげる仕草をつけながらアピールした。
「そうなのです! 賢者様にはなにやら秘策があるご様子。ここは賢者様の知恵をお借りして、強硬派どもに目にもの見せてあげましょう!」
感情の乏しい表情で熱く語るという器用な真似を披露するエクレア。しかし彼女の主人であるトルテの反応はいまいちだった。
「ご安心ください。先ほど賢者さまと『屋敷に帰るまで石を蹴って帰れたら願いが叶うゲーム』という願掛けをいたしまして、見事石を蹴って屋敷まで帰りつきました。もはや今度の作戦は成功したも同然です」
「いい勝負だったぜ」
エクレアとタナカが互いにサムズアップする。その様子をみて「子供か! おぬしらは!」と叫ぶのをグッと我慢するトルテ。しかしため息までは我慢することができなかった。
「駄目じゃ……。いつにもましてポンコツになっておる」
しかしため息をついてばかりもいられなかった。トルテは気持ちを切り替える。
「ありがたい申し出じゃが断らせてもらおう。言っておくが別にお主に含むところがあるわけじゃ……。いや、ないわけでもないな。いつもいつもエクレアをポンコツにしよって……」
思わず話が脱線してしまう。それに気づいたトルテは咳払いしてもう一度仕切りなおした。
「別にお主に含むところがあるわけではない。どうやら我らは嵌められたようでの。急いでこの街を発たねばならぬのだ」
「なんと! それは一体どういうことでございますか?」
「強硬派に動きがあった。『ガナッシュの城にて出陣の兆候あり』とのことだ。まさか王自らが囮になっていたとはな。奴の気性からそれはないと思うておったがやるではないか。いや、それともこれは参謀のシュトレンの入れ知恵かな。どちらにしてもまんまと嵌められたわ」
考え込むトルテ。仕草こそ少女らしいがその考え、態度は大人のそれと変わらず、彼女が歩んできた道のりが平坦なものではなかったことを物語っていた。
「感心している場合ではありません。そういうことでしたら急ぎ出立の準備にかかります」
ポンコツから瞬時に戦う侍女モードに切り替わるエクレア。
「うむ、急ぎ魔族領へ戻り態勢を整えねばな。王が囮となって動いたほどだ。今回の戦い、やつらもかなりの本気とみえる」
そして二人が勝手に話を進めてしまい空気と化してしまったタナカ。このまま気まずい状態で放置プレイとなってしまうのか。
二人が部屋を出ようと歩き出したところで助け舟が出される。それも予期せぬ人物から。
「そう結論づけるのは早いかもしれんぞ」
そういって扉から現れたのはタナカも知るよく人物だった。タナカの知る姿とは違い髪は整えられ髭も剃られていたが、その声と頼りがいのある雰囲気は間違えようがなかった。
むしろイケメンの顔を覚えないタナカにとっては、そういう直観的な特徴がなければ認識できない気がしなくもない。
「兄貴!」
「ひさしぶりだな、友よ」
タナカが最も頼りにする漢――勇者ヤシチの登場である。
「なんじゃ、おぬしら知り合いじゃったのか」
「ああ、運命を共にした仲さ。彼の協力なしに王国の手から逃れることはできなかった。それよりこちらこそ驚いたよ。君らが知り合いだったとはな」
「ふん、こちらは一度顔をあわせた程度じゃ」
腕を組んでふんぞり返るトルテ。大物ぶったその愛らしい姿は紳士淑女をポンコツに変える。
「ツンデレですね」
「ツンデレちゃんめ」
「デレたことなどないわ!」
先ほどの自分の態度が子供っぽかったことを自覚していたのか。やや赤面しながら怒鳴っていた。しかしその反応は紳士淑女にとって逆効果である。
「さすがです、お嬢様。あまりの破壊力にわたくし鼻血が……」
「うむ、お嬢は間違いなく天下が狙えるな。オレのお墨付きだ。自信をもって頂点目指してけ」
「うるさいわ! このたわけどもめ!」
そんな騒がしい三人をヤシチは微笑ましい気持ちで見守っていた。
「フッ、仲がよさそうでなによりだ」
「よくなどないわ! 何処に目をつけているのだ、この天然勇者め!」
あいかわらずどこに需要があるのかわからないが、勇者ヤシチの天然は健在らしい。
「そういう兄貴たちこそどういう関係なんだ? っていうかどこに行ってたんだよ。トビーのヤツも心配してたぞ」
「ん? そういえば最近戻ってなかったか。ここしばらく魔族強硬派の連中を探るためもぐったままでいたからな」
「この街で偶然出会ったおり我が頼んだのじゃ。勇者ヤシチは魔族の間ではある意味伝説じゃったし信頼できるからの」
「お嬢様、わたくしです。幼き頃に勇者ヤシチを目にしたことがあった、このわたくしが彼を見つけたのです」
「ああ、そうじゃの。えらいえらい」
トルテは横やりをいれてきたエクレアを適当にあしらう。しかしポンコツ化したエクレアにはその適当な態度もご褒美らしく、満足そうな笑みを浮かべていた。
「ああ、そういえば兄貴は昔から魔族びいきなんだっけ」
「べつに魔族をひいきしていたわけではないんだがな。ただ理不尽な行為に納得がいかず行動していただけさ。その結果、魔族の側に立つことがほとんどだったが」
そういって肩をすくめるヤシチ。このとき勇者ヤシチの見せたヤレヤレの完成度の高さに、タナカが驚嘆したことを後の人類のために書き記しておく。
「お互いの紹介はそれくらいでよかろう。そろそろ我らが立ち去るのを止めたお主の意図を聞かせてほしいのじゃが」
「ああ、現在皇国では貴族派が幅を利かせているが、十年以上前から徐々に勢力を伸ばし続け今のような状況になった。そして当時勢力を伸ばしていた貴族たちに力を貸していたのが魔族強硬派の連中らしい」
「人間を嫌いながら人間に力を貸すか……」
トルテの表情は厳しい。その矛盾した行動の奥底にある真意はわからないが、不気味なものを感じているのだろう。
「以来、貴族と魔族の協力関係は続いているが、貴族が皇国で権力を得たのに対し魔族の側は何も得てこなかった。しかしここにきて魔族に新たな動きが出ている。なにか企みがあるように思わんかね」
「……確かに。しかしあまりにも情報が少なすぎるのう。それだけでこちらを本命と見るには――」
「まだ情報はある」
トルテの言葉を遮りヤシチが話を続ける。
「貴族が勢力を伸ばし続けるなか手を出せないでいた分野があった。それが皇国闘技祭だ」
タナカにいやな思い出がよみがえる。頭を横に振りそれを忘れようとしたが、その意味深な行動が他の三人の注目をひいていた。さすがタナカさん。無意味な行動に定評のある漢である。
「……皇国闘技祭は創世神と関わりのある行事で、皇族が一切を取り仕切ってきた。しかしその伝統も今回からは様変わりしているようだ。かなりの貴族が関わっているようで貴族主導の大会になっているらしい」
「なるほどのう。皇国闘技祭は皇国民であれば誰でも参加できる祭りじゃが、あくまで人間に限っての話じゃった。しかし今回からは魔族の参加も受け付けておる。それが怪しいというのじゃな」
納得がいったという感じのトルテ。ヤシチも頷いている。
「強硬派ひもつきの魔族もかなりの数が参加しているようだ。魔族が貴族から報酬として得たものがこれだったとすると何かあるのかもしれん」
「しかし皇国闘技祭でなにが得られるというのじゃ? 強硬派の連中に得になるものがあるようには思えんのじゃが」
「あるいは皇国闘技祭に我々の知らぬ秘密があるのかもしれん」
「ふむ、何があるにせよこのまま放置するわけにはいかぬか……」
ポンコツたちが立ったまま寝ているのに気づかず、トルテとヤシチは答えの出ない問題に頭を悩ますのだった。




