第八十二話 予期せぬ再会
ひとりの漢が皇都オーエドの街を歩いている。その様子は近寄りがたく、まるで幽鬼のごとくフラフラと彷徨い歩いていた。もちろんそれはただのタナカさんである。
「落ち着け……、落ち着くんだオレ。まだ大丈夫だ……、まだすべてが終わったわけじゃない」
ブツブツとなにやら呟きながら歩き続けるその姿は怪しいことこの上なかった。せわしく往来していた人々も思わず立ち止まり彼に注目している。そんななか頻繁にみられるのが――。
「ママー、何あれー?」
「しっ! 見ちゃダメよ!」
そしてそそくさと立ち去る親子。
もしもこの場を元の世界の人間がみることがあったならば、涙を流さずにはいられなかっただろう。己が身を犠牲にしてまで現代日本のお約束を広めようとするその様はまさに芸人の鑑。もはやその芸人魂は神の域に達しているといっても過言ではないのではなかろうか。カッコ笑いがつく類の神であるが。
「……大丈夫。オレは冷静だ。この程度のことでオレは歩みを止めたりはしない。そうさ、べつに何も失ったわけじゃないんだ。たしかに皇国闘技祭は惜しいイベントだった。しかし! そもそもここにきたのはコンパに参加するためであって。闘技祭はあくまでついでだし。本命のメインイベントでモテモテは確実なわけで、定期的に発生する汎用イベントのことなんて、べつにそれほどショックではないしぃ。もうコレは忘れてしまうに限るな」
たしかに定期的といえるかもしれないが、四年に一度のイベントを汎用イベントとみなし、あっさり切って捨てた彼のゲーム脳には恐れ入る。そしてどことなく悲劇の主人公っぽい自分に酔いしれている感があるのは、まだまだ彼に余裕があるということのあらわれだろう。是非ともその余裕をなくして醜態を――、いや、本物の主人公らしさというものを我々に見せつけてほしいところである。
「そうさ、今はコンパに向けて心を切り替えるべきだ。未練よ、なくなれ~。煩悩よ、立ち去れ~。悪! 霊! 退! 散! はい! 切り替えた! これでコンパの成功は間違いなし! いやあ、これでオレもモテモテ人生まっしぐらかあ」
なんという切替の速さ。そしてなんという煩悩まみれな姿。先ほどまでのエセ悲劇の主人公ぶりが嘘であったかのように、今では鼻の下をのばしただらしない顔で街を闊歩していた。
「――アレ? エチゴヤさんじゃないっすか! 無事だったんっすね!」
「なに!? エチゴヤさんだと! どこだ?」
「いや、それアンタだから! ひさしぶりにあったっていうのに……、なにいきなりボケてんすか」
そんなうれしいツッコミをいれてきたのは、この世界にもツッコミができるものが存在するとタナカに希望を与えた漢――。タナカが次代のツッコミ役として期待してやまないトビー・ザールそのひとであった。
皇都オーエドのとある酒場――。場所を移したタナカとトビーはお互いにこれまでの経緯を語り合っていた。
「なんというか、もうどこからツッコんでいいのやら……。そもそもなんで偽名なんて使ってたんすか」
「ああ? そりゃお前……。本名隠すとか……、なんかカッコよくね? 有名人が身分を偽って旅するとかモテそうなシチュエーションだろ」
「そんな理由かよ! 監獄に閉じ込められて絶体絶命なときに、アンタそんなこと考えてたわけ? ショックだよ! 運命をともにした仲間がそんなしょうもない理由で名前隠してたとか、恥ずかしくて誰にも言えないよ!」
「オレのモテモテテクニックをしょうもないとか失敬だな。まあそのキレのいいツッコミに免じて許す! さあ、どんどんツッコんでこい!」
「うっさいわ! なんでそんなにうれしそうなんだよ!」
コップ片手に猛り狂うトビー。アルコールがはいっているせいかいつになく好戦的だ。しかし長い間ツッコミに飢え続けてきたタナカにとって、それはむしろ好都合だったといえる。
タナカは自分の時代がもうそこまできていると確信していた。さきほどからツッコミまくるトビーを前にして実にごきげんで、満足そうな笑みを浮かべながら好物のミルクが進んでいる。
「それに魔族の街のリーダーとか……。それ絶対ウソっしょ? タナカさん、いい加減そういう嘘やめたほうがいいっすよ。そもそも魔族の街なのにリーダーが人族ってなんか間違ってるから!」
「フッ、お前がそう思うんだったらそれでいいさ。だが覚えておけよ。自分が正しい信じている常識なんてもんは、実際ただの虚像だったりするもんだからな。そう……、たとえばあの壁際で渋く佇んでるオッサン。実は昔生き別れとなっていたお前の妹だったりするんだぜ」
「絶対ねえよ! しかもアレが妹とか怖すぎでしょ! だいたいなんであんなやばそうなオッサンをネタにしてんすか。アレ絶対かかわっちゃいけない類のヤツっすよ」
「そうか?」
タナカは今一度壁際のオッサンに注目してみる。たしかに青白い肌をしているが、しばらくの間魔族と生活をともにしてきたタナカには気にならなかった。
「前にヤシチさんとこの街を見て回っていたときに出会ったんすけど、なんかこっちを観察してるみたいでとにかく不気味なヤツなんすよ」
「へえ、まあべつに気にしなくていいんじゃね。なんかあったら兄貴がワンパンで沈めてくれるって」
「いや、それがアイツ結構強いらしくて割と有名らしいんすよ。異名までもってるヤツで……、たしか『大剣のカレーパン』とかなんとか――」
「ブホァッ!」
その言葉を聞いてミルクを思いっきり吹き出すタナカ。
「ちょっ! 汚っ! なにやってんすか!」
エロスの欠片もないぶっかけられぶりを披露しているトビーを無視し、タナカはもう一度件のオッサンに目を移す。
長髪だった髪は今では見る影もなくスキンヘッド。精悍な体つきはあいかわらずだったが、その青白く変色した肌には無数の傷が刻まれていた。指摘されなければこのオッサンが以前みかけたことのある「大剣のカレーパン」だとタナカには気づけなかっただろう。
しかしあらためて観察してみてタナカは納得していた。その瞳の奥に潜む悲しみには見覚えがあったからだ。それはまぎれもなくカレーパンという名前のせいで、幼少のころからイジられ続けた漢だけが持ち得る悲しみの光であると。勝手に他人の過去を生み出すんじゃないタナカ。
「――なるほど。たしかにあれは『大剣のカレーパン』だ。死んだと噂で耳にしたが……、どうやらひとまわり大きくなって帰ってきたようだな」
いまの彼ならば例え机の奥から食べ残しの給食のパンがカビだらけで発見されたとしても、間違いなく乗り越えていける。そんな頼もしさを感じさせてくれる漢の成長に、タナカは心からの賛辞を送った。
「なに感心してんすか。こっちはアイツと試合であたるかもしれないんでヒヤヒヤしてんのに」
「試合ってなに? お前、まだカードゲームとかにはまってんの? あんだけひどい目にあっておいてまだ続けてるとか……。母さんそんな子に育てた覚えはないよ!」
タナカは田舎の母ちゃんっぽさを醸し出しながら、裏声でトビーをしかりつける。
「誰だよお前は! そうじゃなくって、皇国闘技祭っすよ。知らないんすか? てっきりタナカさんも参加するのかと思ってたのに」
「ああ……、闘技祭のことか。お前のようなやつをみてると羨ましくなるよ。こういったイベントに素直に熱くなれる若者ってやつがな」
そのミルクをあおる姿は限りなく渋い。とてもさきほどまで闘技祭というイベントのため右往左往していた漢と同一人物とは思えないほどの落ち着きぶりだ。
「オレはそういうのとっくに卒業してるからさ。まあ、お前は兄貴の顔に泥を塗らないようがんばれよ」
つい先ほど卒業したばかりだというのに、その漢はベテラン卒業生の貫録をもってトビーを応援する。
「ヤシチさんも目立ちたくないとかで参加は見合わせてたけど、なんで俺のまわりの人間はこう枯れてんすかねえ」
「そういや兄貴はどうしてんだ?」
「なんか調べたいことがあるとかで最近は別行動とってるんすよ。俺は闘技祭に参加するっすからね。タナカさんは闘技祭にでないのなら何しにきたんすか?」
「オレは仕事だよ、仕事。まあオレほどの漢になればご指名の仕事が入ってくるわけよ」
ここぞとばかりにドヤ顔になるタナカ。
隙あらば自分のほうが上であることを強調し攻めていく。自分より弱い相手に強気なスタイルなのはあいかわらずである。
「ちょうどいい。お前、キノクニヤ商会って知らないか? ちょっと用事があるんだけど」
「キノクニヤ商会……。なんか最近聞いた気が……」
考え込むトビー。それほどの時間もかからずその商会のことを思い出す。
「たしか最近火事になって潰れた商会がそんな名前だった気がする」
「なん……だと……」
その商会はエチゴヤと合流するはずだった場所である。このときタナカは、掴んでいたはずの宝石が砂となって零れ落ちていくような感覚に襲われていた。はたしてタナカのコンパでウハウハ計画はどうなってしまうのか。
先月発売されました「タナカの異世界成り上がり」第二巻ですが好評を頂いております。これも応援していただきました皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。
さて、書籍版「タナカの異世界成り上がり」でありますが、HJノベルスから出させていただいることはご存知の方は多いと思います。
そのHJノベルスから刊行されている「異世界はスマートフォンとともに。」がなんとアニメ化され7月11日から放映されます。興味のあるかたは是非チェックしてみてください。私も当日は忘れずに寝る前に歯を磨こうと思います!
すいません。あまりの興奮に混乱してました。
そういえば拙作の主人公であるタナカさんですが、異世界転移する前のサラリーマン時代にスマホの月額料金をケチりガラケーを使い続けたという設定があります。
今つくった設定なわけですが「異世界はスマートフォンとともに。」と「タナカの異世界成り上がり」はスマホつながりだったなんて奇遇ですね! まさかこんなにも縁があったとは思いもよりませんでしたよ!
というわけで「異世界はスマートフォンとともに。」をよろしくお願いいたします。




