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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
黄昏ゆく世界編
80/114

第八十話 予兆

 ナナシの街から南へ。皇国領内にみえてくるエチゴヤの街をさらに南に進んだ先。街道から少し外れた森の中にタナカはいた。


「ハァハァ、駄目だ……。あの時の感覚が戻らない」


 片膝をつきながら息を乱すタナカ。彼はひとり皇都に向かう道すがら特訓をおこなっていた。

 挑戦していたのは大魔法「ハーレム創造」。それは報われぬ漢たちに希望の光をもたらすという奇跡の御業である。

 タナカはここ最近正攻法でハーレム実現を目指してきたが、今回一人旅の機会を得たことで心置きなく邪道に手を染めていたのだ。それもかなり勝算の高い挑戦のはずだった。

 以前のバイト戦士との戦いで経験した全能感。あのとき自分が強力な大魔法を使いこなしていたという確かな自信があった。それゆえに大魔法「ハーレム創造」にはかなりの期待を持っていたのだが……。


「クッ、何故だ。あのとき確かに大魔法を自在に操れていたのに……」


 そのまま両手を地面につき悔しさをにじませるタナカ。あいかわらず挫折した姿には定評のある漢である。

 しかし腐った魚のような目はまだ死んではいない。ギリギリの致命傷でなんとか踏みとどまっている。なぜなら皇都にいけばエチゴヤ主催のコンパが待っているからだ。


「もう少しで世界の悪意に押しつぶされるところだった……、あぶなかったぜ。エチゴヤさんには頭が上がらないな」


 立ち上がると身だしなみをちゃんと整えるタナカさん。花丸の出来である。


「いまごろ皇国じゅうの美女にエチゴヤさんの招待状が渡ってんだろうなあ。クックック、これはキテルかも。タナカ対美女比が一対百は超えるんじゃないか? これはもう勢いに乗ってハーレム完成確実だろ!」


 ひとり妄想を膨らませながら幸せに浸り続ける。


「おっと、いかんいかん。時間は有限だからな。皇都でハーレム実現はまず間違いないし、今は修行に集中しよう」


 ひさしぶりの単独行動で暴走しがちのタナカ。なにゆえタナカは危険を顧みずひとりで行動しているのか。それはいくつかの理由があるがエチゴヤの要望だったというのが大きい。

 今回の依頼は機密性の高いものになるとのことで、タナカ個人に仕事を受けてほしいと言われたからだ。

 ナナシの街には勇者をはじめとして高ランクに位置する強者たちが集まっている。そしてタナカは彼らとの友好度が非常に高い。彼らとともに仕事を受けられては注目を受けすぎて作戦に支障が出る。そうエチゴヤが心配したのは無理もないことだろう。

 しかしその心配は杞憂にすぎない。コンパが勇者ちゃんにばれるのを避けたいタナカさんにとって、彼女と行動するという選択肢は今回に限ってはありえないからだ。

 さらに美女の注目を得るためには常日頃からスケさんカクさんと別行動をとっているタナカが、イケメン属性をもつカレーマンや三兄弟、さらに特上のカゥワァウィイィー属性をもつ上様をつれていくなどもってのほかである。

 ここで一見唯一の選択肢に思える大賢者だが、タナカはこの漢こそをもっとも危険視していた。異世界人でありながらセーラー服の神秘性を見抜いた慧眼。この漢こそ異世界においてライバルたりえる漢だとタナカは警戒している。

 というわけで両者の利害は一致しタナカは単独で皇都に向かうこととなったわけである。エチゴヤとは彼の知り合いの商会で合流する手はずになっており、皇都での具体的な活動内容については合流後に指示するという。あきらかに危険な香りがプンプンする仕事ではあるが、タナカさんにとってはコンパを前にして些細なことなのだろう。


「さてと、おやっさんがあやしいこといってたし。この機会に少しはパワーアップしておくか!」


 カッコいい構えをとるタナカ。そのキリッとした表情で一時的に戦闘力が一倍にアップ。さらに輪郭が太いタッチで描かれたように濃くなり戦闘力が一倍に上昇。


「コホォオオオオ!」


 そして息吹。なんとなく気分が乗ってくる効果音に乗って、ついに戦闘力はトータル一倍にまで上昇した。森の中たったひとりという状況でこれほどのボケ。今回の修行にかけるタナカの本気度がうかがえる。


「神の力とやらを鍛えておきたいところだが、現状は下位互換である大魔法ですらうまく使いこなせていないからな。まずはこちらをある程度使えるようにならないと。さて、どうしたものか」


 どうせ使いこなすのであれば何か役に立つものを作っておくべきだろう。タナカはそう考え――。


「魔法対策が万全の敵を相手にした場合の新たな手札をつくるか。単独行動中のオレに戦略的撤退の一択しかないというのは、あまりにも危険すぎるからな」


 これまでチームタナカでは先攻がスケさんの物理攻撃。タナカの魔法による搦め手。そしてカクさんの火力で一掃。最後にタナカさんの決めポーズで完了という流れの戦術を採用してきた。

 これは長所である魔法の圧倒的な火力が、諸刃の剣となることを防ぐための布陣なのである。魔法反射などの魔法対策をなされた場合、自身の火力によって瞬時に自滅という結末は十分に考えられるからだ。

 いままではほとんどの場合スケさんの先制攻撃で決着がついてしまっていたのだが、そのことはひとまず置いておくとして。火力で一掃する前に搦め手の魔法でひと当てし、魔法使用不可と判断したならばそのままスケさんの物理攻撃で押し切るしか手はない。無理となれば戦略的撤退となる。それがこれまでの戦いにおけるタナカたちの暗黙のルールだった。


「いつまでも欠陥をそのままというわけにはいかんだろう。ならばアレを完成させねばなるまい……。『大罪三重奏殲滅陣』を――」


 それはタナカが構想途中の魔道奥義のひとつ。地獄の三大悪魔の力を借り、魔法反射不可能な攻撃を加えるという今のタナカたちにうってつけの技だ。

 タナカが力を借りるのは「タンスの角に小指をぶつけたときの悲嘆」「用を足して紙がないときおとずれる絶望」そして「足がつって目が覚めたとき響き渡る慟哭」を司る悪魔たち。人々がもっとも恐れると言われるこの負のエネルギーに目をつける点からして、恐るべき発想と言わざるを得ない。

 タナカがこの技を完成させたとき、人々は真の恐怖を知ることになるだろう。






 ちょうどその頃の皇都オーエド――。皇国一の市場を横切る大通りは行き交う人々で賑わっていた。そんななか二人の漢が観光さながらに通りをみてまわっていた。


「以前に訪れたのは十年以上前だが、そのときと比べるとずいぶんと賑わっている」


「そのころは王国との戦争の影響がまだ残ってたっすからね。ずいぶんと変わったでしょ。まあ、もうすぐ四年に一度のお祭りだから、その影響もあるんでしょうけど」


 勇者ヤシチとトビーは各地を転々とし皇都へとたどり着いていた。

 ちなみにトビーは王国での問題がいろいろと祟り、所属していた商会からはすでに解雇されている。おそまきながらギルドデビューをはたし、今では立派な日雇い業者となっていた。

 悪条件にもかかわらずそれなりの生活が送れたのは、いまも隣を歩いている歳の離れた友人の存在が大きいだろう。そして王国での事件で知り合った変わり者から預かっている「絶の魔剣スクリームヴァスタ」という巨大な力。いまや彼もそれなりに名のうれたギルドメンバーなのである。


「それにしても俺ばっかり名前が売れてしまって、本当にこれでよかったんすか?」


「ああ、勇者の看板は余計な揉め事も引き寄せてしまう。とくに俺の場合は王国に目をつけられているからな」


「たしかにそうっすね。でも皇国にいれば問題ない気もするけど」


「そうでもないさ。お偉方に目をつけられやっかいなことに巻き込まれるなんて、昔は当たり前のようにあったよ」


「うわー……」


 雑談をしながら呑気に店をまわる二人。唐突にヤシチが振り向く。彼がいつになく張りつめているのを察しトビーも警戒する。

 彼らの目線のはるか先。行き交う人々のなかに立ち止まり、二人をじっと見つめ続ける者がいた。

 それはがっしりとした体躯の大柄な男だった。気味が悪いほどに目立つ青白い肌が込み合っている通りにあっても彼を際立たせていた。

 しばらくの間、無言で見つめあっていたが男はなにもせずにどこへともなく立ち去る。その背に背負った見事な大剣がその男は只者ではないことを教えてくれた。


「なんかすごく怖かったんすけど……、知り合いっすか?」


「……いや、知らんな。あれほど特徴的な男、出会っていれば忘れることはないだろう」


「何者ですかね。かなり強そうなやつだったっすけど」


「今さら気にしても仕方あるまい」


 二人は再び観光に戻る。


「さて……、何も起きなければいいが……」


 ヤシチは賑やかな街並みを目にしながら、小さくそうこぼしたのだった。


「タナカの異世界成り上がり」第二巻発売を記念いたしまして。

活動報告にてカラーイラストを公開いたしました。

興味のある方はのぞいてやってください。

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