第七十九話 皇都へ
ギルドの日雇い仕事を再開して幾日かすぎたとある日。タナカはいつものように依頼を受注するためギルドに出向いていた。そこでひさしぶりに顔をあわせたエチゴヤと立ち話。いつのまにかギルドの一室を借りて談笑を続けていた。
「タナカさんとこうやってのんびりとお話しするのもひさしぶりですね」
「たしかに。だが油を売っていていいのか? エチゴヤさんめちゃくちゃ仕事ためこんでそうなイメージがあるんだが」
「問題ありません。この街のことはすでに別のかたにお願いしてありますから。うやむやなうちにこの街のお世話を続けてまいりましたが、そういったことに商人である私が長くかかわるのはあまりよろしくありませんからね」
「おっ、後釜きまったんだ。辞退したとはいえオレの代わりみたいなもんだ。ちゃんと頭良くてカッコいいやつ選んだんだろうな」
キリッとした表情にかわるタナカ。太いタッチで描かれたような顔のタナカをみて、なんでそんなことができるんだと心のなかでツッコミをいれるエチゴヤ。口に出してあげたほうが喜びますよエチゴヤさん。
「ええ、もちろんです。タナカさんも絶賛していたオモイ氏にやってもらうことにしましたよ」
「ほう、先生か。確かに先生なら適任だな。……で、でも怒ってたりしなかった? 今思うとなすりつけてた感じがしなくもないんだが。先生起こるとマジやばいよ。やる気なさそうな笑顔の奥にとんでもない闇抱えてたりしそうだからね。世界破壊マッスィーンとかマジで作りかねないから」
「なにをいっているのかよくわかりませんが大丈夫ですよ。あのかたは何でもそつなくこなしますからね。昔は私もいろいろと教わったものです」
どこか昔をなつかしむような様子でこたえるエチゴヤ。
「それよりもタナカさんがオモイ氏の知り合いだったとは思いませんでした。執務室にあの方を引き連れて現れたときは驚きましたよ」
「エチゴヤさんも知り合いだったのか。顔がひろく有能ながらもあえてそれを隠し、ボッチでオタクっぽさを前面に出し陰キャからのギャップ萌を誘発する高等戦術……。さすが先生だぜ」
「何気に失礼なことをいっている気がするのですが。くれぐれも本人の前でそういうことを言うのはやめてくださいよ……」
聞いているのかいないのか。タナカさんは目を閉じてウンウンと頷き続けている。
「そういえば仕事を再開しなさったそうですね。ギルド職員の方々から喜びの声があがっていると耳にしましたよ」
「フッ、まあな」
「なんでも雑用などの依頼を大量に消化しているとか。ああいった仕事は報酬も低く次から次へとたまっていきますからね。私も街のお世話をしていたときには、なかなか依頼が減らずに苦労しましたよ。それにしてもなぜもっと実入りのいい仕事をうけないんですか? タナカさんほどの実力があればもっといい仕事があるでしょうに」
「確かにそうかもしれん。だがオレはコツコツと地道にやっていくタイプの人間だからな。それにお金よりも人々がみせてくれるささやかな笑顔のほうが、オレにとっては嬉しい報酬なのさ。フッ……。ちなみに今のトコ知り合いの美女とかに広めていいからね」
「はぁ」
あいかわらず自分の道を進む漢だ。エチゴヤは気の抜けた返事をかえすことしかできなかった。おそらくタナカさんの誠実さに言葉もでないといったところなのだろう。かつて幼少の頃、その頭脳明晰さと徳の高さから過去の英雄になぞらえ「今劉禅」と称された漢は今もその輝きを失ってはいない。
「だいたい金に釣られて痛い目を見るなんてのはゴメンだっての。最近はリスクも顧みず、一発ドカンとひとやま当てようなんて浅はかな連中が増えているらしいが、ビシッと言ってやりたいね。『おまえら世の中舐めすぎ。もっと現実をみろ』ってね」
「この街にそういったタイプのかたはいないとは思いますが、もしいたらタナカさんのほうからぜひ注意してみてください。タナカさんの言うことならみんな聞くでしょうから」
最近この街で大儲けしようと企み、娯楽製品を大量生産し破産へと全力疾走した浅はかな漢がいたので、今後ふたたび間違いを犯さないように是非ともビシッといってほしいものである。
「ところでタナカさんに折り入ってご相談があるのですが」
「む、エチゴヤさんが相談とな? ま、まさか! ひょっとしてついにアレのお誘いか? 報われぬ漢たちが美女との出会いを得ることができるという伝説のイベント……コンパ。てっきり都市伝説だとばかり思っていたのだが実在したのか……。いや、なんでもないよ、なんでも。フッ、それにしてもさすがエチゴヤさん。オレをコンパに誘うとはやるな。なにを隠そうオレはコンパについてかなり精通しているといっていい」
いつもながら自信に満ち溢れた様子のタナカさん。ついにタナカさんが持つレジェンド級隠しスキル「飲み会などの場では無口になる」能力が発揮されるのか。
「勝手に盛り上がっているところ恐縮なのですが、そういう話ではありません。まあ、そういうのがお好みでしたらご用意できますが……」
「ほんと!? マジで!? いやあ、いってみるもんだぜ。クックック、ついにくるか。オレの時代が――」
早くも浮かれ気味のタナカを前に遠慮気味に話を続けるエチゴヤ。
「あの……、相談というのはコンパのことではなくてですね、タナカさんにご依頼したい仕事があるんですよ」
「なんだ仕事か。最近は日雇いの依頼しかやってなかったからな。今日はまだ仕事をうけてないし問題ないぜ」
「今回お願いする仕事は難しい仕事です。場合によってはかなりの時間を要することになるでしょう。それを踏まえて考えてみてください」
「問題なし!」
考えているのかいないのか、即決するタナカ。コンパを前にしてはすべてが些細なことなのだろう。
「この仕事を成功させることができるのは、アナタをおいてほかにはいないと私は思っています。どうかよろしくお願いします」
「なんだよ急にあらたまって、調子くるうなあ。いつもの感じでビビッといこうぜ」
神妙に頭をさげるエチゴヤとは対照的に平常運転のタナカ。少しの間雑談したあといつもの調子を取戻したエチゴヤは仕事の話に移った。
「それではまずやっていただきたいことなのですが――」
あくる日、エチゴヤの率いる商隊がナナシの街を発つ。大量の食物を乗せた数台の荷馬車が皇都へ向かい進む。護衛たちを乗せた馬車もあとに続いたがそこにタナカの姿はなかった。
さらに数日後。タナカはスケさんカクさんをつれずにひとり街を旅立ったのだった。
とある街の宿屋の一室――。一人の少女が書類を手に物思いにふけっていた。彼女が考えていたのは魔族の未来について。
不毛の大地で散り散りになって生きながらえてきた魔族たちに一つの勢力が生まれ、時を経て魔族全体の運命を左右しかねないほどに拡大しつつあった。彼らが欲するのはかつて自分たちの祖先が手にしていた肥沃な大地。強硬色がつよい彼らには、たとえ人間たちと争うことになろうとも、魔族の国再興のために立ち上がろうと考えるものが多かった。
もしもその考えに沿って動き始めたならば、魔族の国再興が達成されようとされまいと、魔族人間双方におびただしい数の犠牲者がでるのは間違いない。その未来を良しと考えなかったのがこの少女トルテである。
彼女は自身に賛同するものたちを糾合し、新たな派閥を形成した。いわゆる穏健派と呼ばれるものたちである。
こうして強硬派は人類に対抗できる力を集めるために奔走し、穏健派は彼らの勢力拡大を阻止し続けてきた。
幾度となく調略、謀略と繰り返した結果。戦争できるだけの力を持つはるか手前で勢力拡大は限界を迎えるかに見えた。しかしここにきて強硬派がこれまでとは違う動きを見せ始める。
「いったい何をするつもりじゃ……」
トルテがそう呟いたとき、タイミングよく扉がノックされる。
「入れ」
入ってきたのは彼女が最も信頼する部下、戦う侍女エクレアである。
「潜ませていた紅魔の者からの報告です。王が動きを見せ始めたとのこと」
「ヤツもようやく動くか……。何を企んでいるのやら」
トルテは立ち上がると出立の指示を出す。
「ヤツの目的地は?」
「おそらくハル皇国皇都オーエドかと――」
まるで手繰り寄せられるように集められる様々な思惑。そこにあるのは希望か絶望か。もしかするとコンパなのかもしれない。
「タナカの異世界成り上がり」第二巻 発売一週間前を記念いたしまして。
ガ○ガリ君の実物写真を公開いたしました。
興味のある方は活動報告をのぞいてやってください。




