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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
黄昏ゆく世界編
77/114

第七十七話 死合

 すべての面倒事をオモイにおしつけて逃げ出したタナカ。もとい自分の敬愛する師を信じすべてを託した漢は、とある小屋へとやってきていた。

 引き連れているのはいつもの二人。スケさんとカクさんである。


「とりあえずこの街のことはなんとかなったといっていいだろう。エチゴヤさんに『是非ともこの街のリーダーに!』と何度もお願いされたことが、あったようななかったようなな感じだったが断ってきたよ。今回、この街のまつりごとに関わったことでオレたちが進むべき道が見えてきたからな」


「進むべき道……でござるか」


 タナカが見出した政治的な成り上がりという道筋。その順調なすべり出しを見せはじめたかと思いきや。レッドカーペットの敷かれたセレブリティ御用達の道から、肥溜めにダイビングするかのような華麗な方向転換をきめたのは、彼なりの深い理由があったのだ。


「社会的地位を得てキャッキャウフフな人生を目指そうという考え方は、道義的な視点からみても正しいといっていい。問題はそれを政治家という手段にたよったことにある。政治家はだめだ。得られるものは大きいが同時に背負い込む責任も大きい。わかりやすくいうとめんどくさいからやめた。もっとシンプルにいくべきだと悟ったんだ」


「なるほど……。よくわかんねえが、なにか新しいことをやろうってことか?」


「うむ! やっぱりここはストレートにすんごいお金持ちになってキャッキャウフフってのが一番だと思うんだよ」


「よくわからぬでござるが、考えがまとまったようでなによりでござるよ」


「うむ! ここで素人ならばリバーシを大量生産して儲けようとするんだろうが……甘い! 甘すぎる! 具体的にはデートで喫茶店によったら、彼女が『砂糖いれてあげるね』と気を利かせてくれて、角砂糖28個入りのコーヒーを飲むことができるという都市伝説を信じ、ニヤニヤ妄想している彼女いない歴イコール年齢の報われぬ漢たちなみに甘すぎるわ! ってうっせえよ! 夢みたいんじゃボケ!」


「りばあし? なんのことでござるか?」


 熱弁のあまりスケさんからの疑問の声も耳に届かなかったのか。タナカさんの御高説は続く。


「確かにリバーシはいいものだ。生産性の面からしても素材の第一候補となる木材は手に入りやすいし、構造は簡単で加工の点でも不安は少ない。そして遊びとしてのルールも単純で普及の期待値も高いから、これでキャッキャウフフな人生は間違いないと浮かれるのもわからなくもない。しかし! それでは足りない。これは慈善事業ではなく商売だ! 経済は戦いなんだよ!」


 そう語る漢の顔はまさしく戦いに生きる者のそれだった。


「まちがいなくリバーシは普及するだろう。しかし商売としては生き残れない。なぜなら簡単に真似できる代物だからだ。利益がでるのは最初だけで、すぐに模造品を売る連中が現れる。『知的財産? なにそれおいしいの?』な世界でその荒波を止めれるはずもなく、在庫を処分するためには値段を下げざるをえなくなるのは必至。そうして薄利多売が際限なく進み、やがては商売としては成り立たなくなるだろう」


 でてきたのはため息。全日本ヤレヤレ選手権、地方予選敗退の実力者がみせるその仕草は限りなく渋い。


「そもそも困ったときのテンプレ頼りというその浅はかさが気に食わん。どんだけ楽がしたいんだ! もっと自分で考えろよ! もっと熱くなれよ! 『友情・努力・勝利』はまだまだ通用するんだって! 今こそ基本に立ち返ろうぜ!」


「いや、なんの話だよ。まったく意味がわからんのだが……」


 タナカのあまりの暴走ぶりはカクさんの筋肉を震撼させるに至った。その震えから生み出された超振動波はタナカの副交感神経を刺激し、憤りに我を失っていた漢を現実に戻すことに成功したようで、タナカは落ち着きを取り戻す。決して業界関係者からお叱りをうける危険性に気付いたので、言葉を控えたなんておそまつな理由などないし、ごまかすために適当な難しい解説をいれたわけでもない。


「ゴホン……。つまり、オレが何を言いたいかというとだな。みんなあまりにも視野が狭すぎるということさ。リバーシで手軽に儲けてモテモテになろうだなんて、プロのオレからしてみれば稚拙な考えと言わざるをえんな。オレならばもっと簡単確実に大儲けできるような道を模索できるね」


 いったい何のプロなんだタナカ。そして自信満々に安直な道をひけらかそうとするこの流れには、不安しか感じられないぞタナカ。


「知りたいだろう? その答えがこれだ」


 タナカは小屋の中にはいり積まれた箱のそばまで進むとそこからあるものを取り出す。それは簡単に形容するなら手の平サイズの板のようなもの。しかしそれはただの板にあらず。造形にはこだわりがあるとみられ細部にまで加工されており、中央で直角に曲げられたフォルムはバランスがよく、どっしりと手の平の上に鎮座していた。


「オレがこれまでにため込んできた素材を加工してもらった特注品だ。全財産失うことになったが後悔はしていない」


「この箱のなか全部がそれなのかよ……」


 タナカのキリッとした態度とは対照的に、カクさんはあまりの驚きに言葉がかすれていた。


「それにしても不思議でござる。拙者の魂を震わせるなにかを感じるでござるよ」


「そうだろうそうだろう。さすがに勘がいいなスケさん。これは武にかかわるものならば決して無視できぬ伝統の遊戯だ」


 それを聞いたスケさんは、タナカの手の中でこれでもかと存在感を見せつけるそれにますます釘付けになる。


「すべての武の源流にして、礼儀の大切さを伝える徳の原典。それは人の知り得る真理のひとつにして、神と人とをつなぐ始まりの儀式――『SUMO』。これはその究極ともいえる大魔道の恩恵を、ひろく人々に伝えるために考えだされた簡易式魔道遊戯、その名も『とんTONスモー』」


「『とんTONスモー』……だと……」


 世界の管理者たる自分ですら知りえない古代の知識にはカクさんも驚きを隠せない。そして同時に戦慄する。自分たちのリーダーがもつ膨大な知識の底知れなさに……。いつもどおりノリがよすぎるぞカクさん。


「そんじゃあ、ためしにやってみるか。まずはこの漢たちの血と汗と涙の結晶といわれる『疑似決戦場(ド・ヒョウ)』を用意する。ああ、スケさんはそこの箱の中から気に入った『闘士(リキシー)』を選んでくれ」


 決戦の場を用意しながらスケさんをこの場から遠ざける。そして決戦場に目を奪われているカクさんの隙をついて、タナカは手にしていた闘士をアイテムボックスにしまうと、素早く別の闘士を取り出した。

 そう――、すでに勝負は始まっていたのだ。漢が手にしているのはその頑丈さと重量において、通常の闘士の三倍にも匹敵するというまさに化け物だった。赤くもなく角もないのに三倍とは恐れ入る。

 さらにもしもの場合には、三回勝負を後出しにすることまで視野にいれた戦略も練り上げていた。

 この勝つためならば仲間に対しても非情になれる彼自身の冷酷さには、誰もが恐怖を覚えずにはいられないだろう。

 さらにいえばその恐るべき裏の顔をまったく気付かせることのない演技力も人並み外れている。そむけられた顔、忙しく泳いでいる瞳、焦りから音がかすれている口笛。まさに完璧だ。

 伸びきった鼻の下からも、世界的ブームを巻き起こした『とんTONスモー』界に不動の地位を確立し、世界中の美女からキャッキャウフフともてはやされる野望をもっているなどとは露ほども感じさせない。

 この漢ほど勝負の世界に適した資質を兼ね備えたギャンブラーは存在しないだろう。あまりにもすごすぎて説明が大変なほどである。

 いっぽうスケさんはというと過酷な勝負が始まっていることにつゆほども気付かず、楽しそうに闘士をもって歩み寄ってきた。


「ほう、ダークスターRX型か。そいつはブラックドラゴンの骨を加工して造られた一級品だ。『もうこいつだけでいいんじゃないか』といわしめるほどに汎用性の高い闘士だな。なかなか固いところをついてくる。だがしかし! オレの鍛え上げた月影カスタム零号機にはたしてついてこられるかな。貴重なドラゴンタートルの角を使った装甲(マワシ)は伊達ではないことを教えてやる」


 決戦場にセットされる闘士たち。


「ルールは簡単だ。先に倒れるか場外にはじき出されたほうが負け。シンプルだがそれゆえに過酷な闘いになる。覚悟しろよ? 目突き、金的、噛みつき……。闘士がどれほどボロボロになろうとも、先のルールに抵触しない限り闘いは続けられるからな」


「ま、まじかよ……」


 あまりにも危険すぎるルールに言葉が続かないカクさん。いったいどうやったら目突きなどができるのかは謎だが、とにかく恐ろしい競技だ。


「上位者の『はっけよい』の掛け声に、相手が『のこった』と返したときが死合のはじまりだ。ではいくぞ……」


 カクさんの心配をよそに、二人の闘いはついに始まってしまう。


「はっけよい――」


「のこった!」


 開始と同時にタナカのフィンガーテクニックが冴えわたる。

 ゆれる決戦場――、そして激しくぶつかり合う闘士たち。


「どうした? なにをボサッとしている! 闘いはもうはじまっているんだぞ! 闘志を燃え上がらせろ! おのれの指先にその熱き魂をこめて突いて突いて突きまくれ!」


 スケさんは慌てて決戦場に干渉しようとするが、その指使いはあまりにも頼りない。見よう見まねでなんとかしようとしているのだろうが、ふたりの経験の差は歴然としていた。


「むっ、むずかしいでござるよ!」


「当然だ! 神々の時代から連綿と受け継がれてきた武の集大成だぞ! そう簡単にモノにできると思うな! 確かにスケさんは成長した。それは認めよう。もはや一人前の戦士といってもいい……。しかし! そこから先、一流の戦士となるためには大きな壁が存在する! いい機会だ。ここでもう一段上の戦いというものを教えてやろうではないか!」


 さらに激しく揺れる戦場にスケさんは防戦一方。いや、どうしてよいのかわからないといったほうが正しいだろう。闘士たちは何度もぶつかりあっているが、その度にスケさんのダークスターRXが一方的に吹き飛ばされていた。


「つ、強ええ……。まさかこれほどとは……」


 カクさんにとってタナカが強いということはわかりきっていた。しかしこれほど一方的な展開になるとは思っていなかったのか。驚きのあまり言葉少な目である。

 そして二人の戦いはついに佳境へと突入した。


「これが戦場を支配するということだ! この教えを――、敗北を魂に刻み込め! カラーテ奥義『百裂大陸間弾道貫手スティックチーズ・ハリケーン』」


 怒涛の攻めに決戦場はまさに地獄。小さな箱を挟んで二人の漢が相対する様は説明しがたいほどのものである。

 やがて月影カスタム零号機の強烈な体当たりがダークスターRXを襲う。


「あっ!」


 スケさんの悲しげな声を背景にダークスターRXが宙を舞った。

 時の流れが遅くなったと錯覚するほどに、スケさんの目には吹き飛ばされる自分の闘士の姿がありありと映しだされていた。

 そして、ダークスターRXは無残に何度もその身体を大地に打ちつけ、やがては動かなくなる。ピクリとも動かなくなったその様は、まるで無機物を彷彿とさせる。まさか死んでしまったのかダークスターRX。


「拙者の負けでござる……」


 地面に転がったままの自分の闘士をみつめながら、スケさんはなんとか言葉をしぼりだしたのだった。


「いい戦いだったぜ……。くっ、物理干渉さえできれば俺がだまってないのに……」


 カクさんが悔しそうにスケさんを慰める。


「『戦場を支配したものが戦いを制する』。身をもって学んだこの教訓を忘れるなよ」


 隠しきれないそのドヤ顔が彼の正直さを物語る。しかし二人の沈み込んだ様子にようやく気付いたのか。フォローに走る。


「敗北は決して恥ずべきものではない。真に恥ずべきは敗者を蔑む醜い心をもつ者のほうにある」


 さすがタナカさん。先ほどまでドヤ顔をみせていた者とは思えないほどの説得力である。


「敗北は多くのことを学ばせてくれる。オレはいつだって信じているよ。次に敗者がみせてくれるのは希望の光だということを。二人はもちろん見せてれるんだろう? さらなる高みに駆け上がったオレの親友たちの姿を」


「タナカ殿……」


「へっ、おめえには敵わねえな」


 拳をつき合わせる三人。

 そこにあったのは依然と変わらぬ友情。いや、さらに絆を深くし、前に進もうとする漢たちの熱き魂があった。

 タナカさんにはおのれを殺し、悪者となることでさらなる友情を育もうとする深い思惑があったのだ。だから陰でなんとかごまかせたと、ホッとひと息するその姿も幻に違いない。


「まあとりあえず二人にもわかっただろう? 『とんTONスモー』がいかにすばらしいかが。オレにはもう見えているよ。この『とんTONスモー』で大富豪となったオレ自身の姿がな。クックック……、華麗なる変身をとげたオレの姿に、街中のみんなはアッと驚くだろうぜ」


 不敵な笑みを浮かべるタナカの姿に二人も強く感じていた。この漢ならば間違いなく実現してくれるだろうと。

 そしてしばらくのときが流れ。この街の酒場では全てを失いミルクに溺れる漢の姿をみることができたという。その名状しがたい醜態で訪れた者すべてをアッと驚かせてくれたのはいうまでもない。

 その身を犠牲にしてまでも有言実行するその姿は、涙なしには見れないものがあると言わざるを得ない。がんばれタナカ。負けるなタナカ。


名前:タナカ レベル:867 ギルドランク:E

体力:3.17e15/3.17e15 魔力:7.00e15/7.00e15

力:2.83e14 器用さ:2.90e14 素早さ:3.65e14 賢さ:5.33e14 精神:6.15e14

スキル:剣(4.42) 魔法(10.00) 信仰されし者(10.00) 竜殺し(7.81) 精霊主(8.07) 詠唱破棄(10.00) 多重詠唱(10.00) 大魔法(1.02) 創世と破界(-) 深淵の詐欺師(-) 鈍器(1.13)

装備:看板 格好いい服 黒いマントセカンド

お金:794G


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[一言] お金ナクシちゃったのか(´;ω;`)
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