第七十五話 再会
ナナシの街に留まらずどこの街にも少なからず塩漬けになっている依頼というものが存在した。これらは大きく二種類の問題に分けられ、一つはうま味が少ないため人気がなく塩漬けされる依頼。もう一つは達成が困難なため放置されてしまう依頼である。
前者についてはいよいよとなれば強制依頼で解決するという手があるが、後者についてはそうもいかない。
強力な魔物の討伐をはじめとして、過酷な環境下に存在する貴重な資源の入手から、高度な知識を必要とする魔道具の製作など多岐にわたった。それらの問題が解決するには相当なレベルの強者あるいは知者が偶然立ち寄るのを待つか、より大金を積んで高ランカーを招聘するしかないのである。危険性が極めて高いものなどは国家に要請することもあるがそのような事例はまれであり、塩漬けの依頼は各ギルドの悩みの種となっているのが現状だった。そしてどういう巡りあわせか。ナナシの街には類まれなる実力者たちが集まっていた。
同時期、魔族の過度な流入でナナシの街は存続の危機に直面する。その対応に悪戦苦闘していたエチゴヤが彼らに目をつけるのは必然だったのかもしれない。
エチゴヤは近隣のギルドに連絡をとり状況を確認すると、ミコトたちに塩漬け状態にある依頼の消化を持ちかけた。もちろんこれはお願い程度のものでありギルドに彼らの移動を強制する権限などない。塩漬け依頼が達成されたとしてもそれは達成した者の功績である。エチゴヤに、ひいてはナナシの街になにかメリットがあるというわけではない。しかし、各ギルドの悩みの種となっていた塩漬け依頼の解決のため働きかけてくれたという事実は残る。その感謝という感情が起因し、物資の不足していたナナシの街への輸送が多少優先されるようになったとしても、その程度のことを問題視する者はいなかった。
こうしてなんとか延命していたナナシの街にミコトたちが戻ったのは、厳しい寒さが静まりようやく春の様相を見せ始めた頃のことである。
そんな彼らが目にしたのは奇妙な噂に沸き続ける街の人々だった。突如として発見されたという巨大な湖。長い間秘密裏に作り上げられていた一大耕作地帯。とある一夜を恐怖のズンドコに陥れた伝説の魔獣。
それはひさしぶりに帰ってきたミコトたちを驚かせるには十分すぎるほどの内容だった。そして――
「これは……予想のはるか斜め上ね」
荒野に突如出現したと噂される巨大な湖を前に、勇者ミコトがようやく口にしたのはこの一言だった。あいかわらずのセーラー服姿が風景と相まって実に絵になっている。
「魔法の域を超えておるわ。これはもはや神や精霊の領分じゃろうて。大魔法とはいったいどれほどの可能性を秘めた力なのか。ぜひご教授いただきたいものですぞ精霊殿」
「これほどの規模の世界への干渉なぞ、世界の管理者たる我らとてそうそうできるものではない。まったく一体何があったというのだ」
ミコトのとなりにいた大賢者マーリンが知の探究者らしいコメントを残すと、すかさずミコトの肩の上でさえずるようにツッコミをいれる上位精霊の炎凰ゾンマー。あいかわらずのヘリウムガス性ボイスが怪しいことこの上ない。もしこの場にタナカさんが居合わせたなら「犯人はお前だ!」という決めポーズとともに迷推理が披露されたことだろう。
「へっ、相変わらずやることがいちいちでかすぎるっての。まあ、ダンナらしいっていえばらしいぜ」
「ああ、それでこそついていく甲斐があるというものだ」
民を救うためならば惜しみなく力をふるうその生き方に惚れ直すカレーマンとクーゲル。彼の弟たちも感動のあまり言葉少なめだ。
「さすがご主人……」
「さすごしゅ……」
そして本日の「さすごしゅ」いただきました。某小説投稿サイト史上これほどにずっしりとくる「さすごしゅ」があっただろうか。あまりの重さに読者の胃もたれや吐き気が心配されるほどの「さすごしゅ」である。某小説投稿サイトの先生方にはぜひとも「さすごしゅ」がもつ危険性についてご再考いただきたい。危険物の乱用にはくれぐれも気を付けてほしいものである。
このときすでに伝説の魔獣ギャラパゴッメスの襲来からひと月ほどがたっていた。
湖のほとりに立つミコトたちの目にはちらほらと浮かぶ小舟が移っている。この場所はすでにカクさんの大魔法によって管理され生態系を取り戻しつつあった。もはやこの地は世界の管理者たちに見放された大陸北部にあって、唯一ひとが安全に暮らしていける場所へと生まれ変わっていたのだ。
「おお! 勇者殿たちではござらぬか」
「ひさしぶりじゃねえか。元気にしてたか?」
湖を前に唖然としていたミコトたちに話しかけてきたのはこのところ暇を持て余していたスケさんとカクさんであった。
「おう! アンタたちに鍛えられてんだ。そう簡単にやられたりはしねえよ」
不敵に笑みを返すカレーマン。他の者たちもその思いは同じだっただろう。
「ところで、これをやったのはタナカさんなのよね?」
ミコトはなかば確信していたが念のためにタナカの朋友たるスケカクコンビに確認する。
「ああ、なんか街もかなりやばい状況だったからな。タナカのやつもめずらしく気合がはいってたぜ」
「そうでござるな。あのときタナカ殿が語った民を思う気持ちには拙者も心うたれたでござるよ」
神や精霊をも超える圧倒的な力。そしてその力を弱きもののためにふるう気高き精神性。ミコトはこの混迷した世の中を切り開くことができるのは、彼をおいてほかにはいないのではないかと感じていた。
「それでアヤツは一体何をやったのだ?」
「んー? まあいつものごとくだな――」
ゾンマーこと上様はタナカのしでかしたことをしきりに聞きたがった。上位精霊たる彼にとって世界への多大なる干渉は把握しておきたいところなのであろう。どこかの筋肉の管理者と違って、世界の管理者としての責任を持ち合わせているようだ。
ちなみに上様は勇者ミコトのことを気に入り彼女と行動を共にしていた。上様を寝取られるかたちとなってしまったタナカの胸中やどれほどのものであったのか。しかも寝取ったのが自分の未来の嫁だというのだからその複雑な思いは我ら凡人でははかり知れぬものがあったであろう。おそらく「ここから切れます」な醤油袋がビローンと伸びたときに襲われるあの焦燥感。それを優に超えるほどのストレスに襲われたのはほぼ間違いないだろう。それほどの窮地にあっても精神崩壊を免れたのはさすが我らが主人公タナカさんである。
「かー! 俺もその場に居合わせたかったぜ」
「ところで主はどこにいるのだ?」
「たぶん畑を見回ってるんじゃねえかな」
「まだ街が救われたというわけではないでござるよ」
スケさんとカクさんの言葉にあらためて街の現状に気づかされる。表面上立ち直ったかにみえるがそれはかき集められた物資でギリギリ保たれた危ういものだということを。そしていまだタナカがその問題と戦い続けているということを。
「しかし、こればかりはワシらの手には余りある問題じゃしのう」
「確かにそうかもしれない。でも私たちにだって街のためにできることはあるはずよ。小さな依頼だって解決すれば街のためになるわ。そうやって少しずつでもみんなの不安を解消してあげればきっと――」
「うむ、さすが勇者ミコト。我が見込んだだけのことはある」
そして彼らも再び歩み始める。理想を追い求める挑戦者の道を。
「へっ、なんとも気の長い話だぜ。まあ乗り掛かった舟ってやつだ。つきあってやるよ」
「主があきらめぬというのだ。ならば我らも力をつくすのみ」
カレーマンたちもそれに続く。タナカたちの理想をかけた挑戦はまだ始まったばかりなのである。
いっぽうその先頭をきって走り続けているはずの漢タナカさんはというと自分が生み出した耕作地帯の真ん中で立ちすくんでいた。
「やばい……。あいかわらずなんの芽もでてこないぞ。いったいどういうことだ……」
エチゴヤに自慢の耕作地帯を披露してからおよそひと月。タナカはなんの変化もみせない畑を前に焦燥にかられていた。
「オレはなにかを間違ったのか。いや、そんなはずはない。生物で赤点を取った時だってなんとか補習で切り抜けたオレが、この程度のことでつまずくわけがない。そうだ……、まだなんとかなる。次の瞬間には『そのときふしぎな事が起こった』というナレーションがどこからともなく聞こえてきてすべてがうまくいくはずだ。空から女の子が降ってきたりしてハーレム人生がはじまるだぜきっと。やばいな、まだ心の準備が整ってないんだが」
そんなナレーションなどない。そしてタナカのハーレム人生に芽がでないがごとくなんの芽もでない畑に混乱し妄想にふけっているところにスケさんとカクさんが現れる。
「おーい! おめえにお客さんだぞー!」
やってくる三つの影。スケさんとカクさんの間にいたのはタナカにとってもはや懐かしいと思えるほど久しぶりに出会う相手だった。
「ようやく会えましたね」
「せ、先生!」
それは覇気のない弱々しい姿と厨二心くすぐる魔道具を生み出す才能でタナカのハートをガッチリつかんだ漢。勝手にタナカに慕われることになった研究者オモイであった。




