第七十四話 伝説の魔獣
人々が寝静まった深夜の時間帯。ナナシの街から少し離れた荒野に三馬鹿トリオが揃っていた。
「お前がこんな時間に起きてるなんてめずらしいな」
「いったいなにを始めるのでござるか、タナカ殿」
タナカは眠気にも負けず不敵な笑みを浮かべていた。
「フッ、どうやら街のみんなが困っているようだからな。街のリーダー当確間違いなしと噂されるこのオレが何もしないというわけにはいかんだろう? その上、エチゴヤさんにどうしてもと頭をさげられてはそれなりのことをやらんとな」
タナカは大げさな素振りで「オレに頼りすぎのエチゴヤさんにも困ったもんだ。あまり目立ちたくないというのに」と極上のヤレヤレを披露する。
「というわけで頼れる漢ナンバーワンのオレはまずはみんなの食糧事情を解決してやろうというわけだ」
二人の尊敬を集めるため、親指で自分を指さしビシッとポーズをきめるタナカさん。忠誠心をあげるため自分を大物にみせる努力をこまめに続けるあたり、あいかわらず小物の心を忘れない漢である。
「なるほどでござる」
「でも、別にオレらいなくてもよくね?」
「だまらっしゃい!」
興奮したのか。やや裏返った声でカクさんの疑問を切って捨てるタナカ。
「もはや失敗は許されんのだ! 様々な問題を抱えた街にもはや余裕はない。そして誰にも解決する力がないという状況だ。ここでオレたちが食い物の問題だけでも解決してやらねば、人々は絶望し街は崩壊するかもしれんのだぞ!」
拳を強く握り力説するタナカ。そのにごりきった瞳からは人々を心配するタナカさんの愛がそこはかとなく感じられる気がしなくもない。
「オレの実力をよく知る二人がオレにまかせれば間違いないと考えてしまうのはわからんでもない。強くてカッコよくてモテモテのオレならば失敗なんてありえないというのは確かにその通りだ! しかし!! 今言ったように絶対に失敗は許されん状況なんだよ! 故郷を旅立つ前に『強きを助け弱きをくじく』と桃園で誓いあったのを忘れたのか!? ここでチームタナカの一員として万が一に備えるという心構えをもたんでどうする! もっとチームタナカの一員としての自覚と責任感をもってもらわんと困るなあ!」
否定の言葉を封殺するかのような怒涛のマシンガントーク。タナカさん的には「強くてカッコよくてモテモテ」あたりはとくに死守したいところだろう。
「……わかったよ。たしかに最近はエルフたちにVIP筋肉ともてはやされて、少し調子に乗っていたかもしれねえ。すまん」
「拙者も近接戦闘組の師匠をまかされてうかれていたでござるよ」
タナカの勢いに負け反省する二人。反省するのはいいがタナカの発言はこのまま放置でいいのか二人とも。いろんな意味で間違っている気がしなくもないが気のせいなのだろうか。
「フッ、誰にでも間違いはある。大事なのは気付いた後にどうするかってことだ。ついてきてくれるんだろう?」
「おめえにはかなわねえな。これからも頼むぜリーダー」
「今一度誓うでござる。どのような困難も共に立ち向かうと」
拳をつき合わせ揺るぎない友情を確かめ合う三人。このなかに「こんな暗がりに一人だけ残していくとか難易度高すぎだろ!」と冷や汗を流している漢がいたなんてことはないはずだ。
「そんじゃあそういうわけで早速やってみるか。二人は後ろで待機な。……絶対に見守っていろよ! 絶対だからな! 黙って帰ったら泣くから!」
タナカは後顧の憂いを絶つと渋い顔で暗い荒野を見据えた。
「まずは器をつくる!」
マントをひときわ大きくなびかせるとバッっとカッコいいポーズ。
これで九割方は作業を終えたと言ってもよいわけだが、ここで疑問をもった読者はなかなかに鋭い。これほどの大事業をモテるために利用しないというのは、あまりにもタナカらしくないのである。その疑問は確かに当を得ているといえよう。しかしタナカには急ぐ必要があったのだ。
現在ナナシの街には勇者ミコトをはじめとした強者たちが集まっていた。本来であればこのような辺境にこれほどの人材がかたまることはない。
たしかに大陸北部に位置するためナナシの街の環境は厳しい。危険な魔物の出現もめずらしくなくそれなりの実力者をもとめてはいる。しかしギルドのトップランカーが請け負うほどの仕事ではないのだ。
Aランククラスの実力者であればその実力に見合うもっと過酷な戦いの場を求めているだろう。あるいは権力者たちの知己を得て富や名声を得る道もありうる。他にも道はあるだろうが確かにいえることは、中途半端な難度のこの街の仕事は彼らに不釣り合いであるということだ。
タナカの「なんで強者の噂はなくならないんだよ。早く出ていけっての! ただし勇者ちゃんは除く」という思惑をよそに一向に邪魔者はいなくならなかった。溜まっていた依頼が瞬く間に解決されていきホクホク顔のエチゴヤとは対照的にタナカの焦りはつのる一方となる。
ここでなにもしないタナカさんにがっかりしたなどと言わないでほしい。頭脳明晰なタナカさんはいつチャンスがきてもいいように準備は着々と進めていたのである。
スケさんの近接戦闘組特訓にミコトを加えるというナイスアイデアにより「勇者ちゃんひきとめ工作」は成功。さらに女の子との出会いの幅をひろげるためカクさんまでも参加させ魔法関連の特訓もはじめていた。成果は勇者のツレの爺さんただ一人だけではあるがたまにはタナカさんにも失敗はあるのだ。その努力だけは認めるべきだろう。
しかしその後も邪魔者は出ていかずタナカの行動は縛られ続けた。誰もが認める小物のなかの小物であるタナカさんが街中で強者と肩をぶつけるなどといったクソイベントを起こすわけにもいかず、ただ時間だけが過ぎることとなる。
そんななかようやく訪れたチャンス。強者たちが遠出の依頼を受けたらしくしばらくのあいだ街にいないというのだ。話題を一身にさらうにはもってこいのタイミングが今なのである。
タナカが急いだのはこういった深い事情があったからなのを心にとどめておいてほしい。
間の悪いことにミコトやその他もろもろの知り合いは用事が重なってしまったためこの場にはいない。そのためタナカさんのカッコいい雄姿にミコトが心を奪われてしまうというおいしいイベントはおきないし、タナカさんのスゴイぱうわあを見せつけることでカレーマンたちにリーダーが誰なのかきっちり格付けをすませるということもできないわけなのだが、ようやくおとずれたチャンスをふいにするわけにはいかないので致し方ないだろう。
「天にうとまれし混沌の大地よ――。我が命に従え――。零れ落つは彷徨えし魂――。支えるは千手の器――。吠えろ――。奈落の門!」
タナカが垂れ流した厨二心に呼応するように目の前の荒野が沈む。毎度おなじみの生活魔法で土を操っているのだ。
「おお! よくわからないでござるがスゴイでござるよ!」
「あいかわらず無茶やってんなあ」
目の前で起こっている天変地異に興奮気味のスケさん。そして上位精霊の大魔法ですら無理な規模の自然干渉にあきらめ顔のカクさん。
「クックックッ、見るがいい。天然の器の完成だ! さらに!」
タナカがバッと両手を天にかざすと上空に巨大な水の塊が出現する。水は重力に従いタナカが用意した天然の器に落下した。辺りに鳴り響く地鳴り。
「うはっ! すんげえ迫力! でもまだまだ余裕で入りそうだな。ならば二倍でどうだ!」
さっきより巨大な水塊が再び落下。
「まだまだいけるぜ! さらに三倍!」
闇夜に鳴り響く轟音。近所迷惑だぞタナカ。しかしそれでも止まらないタナカさん。
「ならば四倍! ――今ならば十倍! ――二十倍だぁああ!」
「……これはいったいどういうことなんでしょうかね」
あくる日、なにやら得意げなタナカに催促され、ついていったエチゴヤが見たのは見渡すばかりの巨大な湖。
「どうよ? この街に帰ってから食料問題が発生すると予想したオレがこんなこともあろうかと、こんなこともあろうかとと何十日もかけてようやく作り上げた水源地だぜ」
なぜ二度言った。と心の中で考えつつも目の前の湖に言葉もでないエチゴヤ。いっぽう「漢なら一度は言ってみたい台詞」を言えて満足そうなタナカ。
「……こんなものを作ってるなんて話、私の耳に入ってないのですが」
「ああ、エチゴヤさんを驚かせてやろうと考えてたオレに気をきかせて、皆だまっててくれたんだな。まあ細かいことは気にするなよ親友!」
イラッとするエチゴヤさん。
「……昨夜、地鳴りが響き渡って、怯えた住民からの相談が山ほど来たんですが」
「ああ、あれね。アレはアレだよね。……えっと、なんだったかな。ああ! そうそう。ギャナパギッメスだよね! いやあ、アレにはオレもあせったわあ。まさかアノ伝説の魔獣ギャラパゴッメスが現れるとはね。俺も水源地の最終チェックしながらあせったわあ。こっちこないかとヒヤヒヤもんだったぜほんと。でも通り過ぎただけでよかったよねギャルァンドォゥ……ガッデム?」
エチゴヤは「さっきから言うたびに名前変わってますよね」とツッコミたいのをグッと我慢しながら、さらにいうとイラッとするタナカの顔にグッと我慢しながら目の前の湖を観察する。
水質はかなり良好。タナカさんが自分が溺れないようにと調整した水辺はなだらかで危険性も少ない。見渡す限り青一色の水面から考えるに、ナナシの街どころか皇国の北部一帯を支えることが可能なほどの水量が予想される。
飲み水をどうにか魔法でカバーできていた現状を考えるとこの水だけでもありがたいものであろう。
そして先ほどからタナカが目で「アッチ見ろ」といわんばかりに催促してくるその先。湖のほとりにはきれいに整備された耕作地が広がっていた。
「どうよ? さすがにすぐにってわけにはいかないだろうがこれで食料もバッチリだぜ」
「……正直いって驚きました。まさかこれほどの準備がなされていたとは。見直しましたよタナカさん」
そう答えるとエチゴヤはもう一度奇跡としか思えないその風景を目に焼き付けたのだった。




