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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
黄昏ゆく世界編
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第七十三話 動き出す野望

 大陸北部――一得られる物は無きに等しい不毛の大地。戦に敗れた魔族がこの地に流れ着いてよりおよそ一千年、ここは長きにわたり冷たく静かな時が流れ続けてきた。これから先もこの均衡が変わらず続くことを望むものはいただろう。しかし、世界のそこかしこで生まれた小さな揺らぎは、いまや確実に世界に影響を与えつつあった。それは世界の外れであるこの地も例外ではない。

 この地の厳しい環境は天候が崩れるとよりいっそう獰猛な顔をみせる。固い大地をまるで削り取るように吹き荒れる強風。舞い上がった砂塵は光を遮り、昼間だというのにうす暗く灰色一色の世界と化してしまう。ほとんど視界が奪われたその世界に悠然と立ち尽くす人影があった。

 そこにいたのはわずか十名ほどの集団。全身をローブで包み隠したその姿からは彼らが何者なのかはわからない。強風から身を守るためなのであろう頭を覆った頭巾も僅かに目元が開いているのみ。かろうじて確認できる蒼白な肌と燃えるように輝く紅い瞳から、彼らがただの人間ではないことだけは確認できる。


「……きたか」


 そのうちの一人がこぼした短いささやき。荒れ狂う砂嵐のなかにあってなお、その小さな声を聞き漏らすことなく警戒感を強める魔族の集団。これは彼らがすぐれた感覚と集中力をもつことを証明していた。その統制のとれた動きと立ち振る舞いからは相当な実力がうかがえる。

 ほどなくして砂嵐にまぎれて聞こえてくる異音。徐々に大きくなるその音が暴風のなか風を切り裂いて近づいてくる者の存在を教えてくれた。

 現れる複数の影。黒き翼を羽ばたかせながら姿を現したのは数名の翼人族だった。まるで暴風などないかのようにゆっくりと舞い降りることができたのは彼らの翼が天然の魔道具であるがゆえ、そして高い実力があってこそ成し得る振る舞いである。

 その翼人族たちは魔族の集団のトップとおぼしき者のところまでその足で近づくと頭をさげた。


「長きにわたる作戦ご苦労。早速だがその成果物を見せてもらおうか」


 魔族のリーダーと思しき男の言葉に恭しく頷くと一つの箱を前に差し出す。それは古めかしいが頑丈な造りの長い箱だった。

 リーダーの男が無言で部下を見る。それで察した部下が翼人たちの前までいき箱を開けた。その途端にこの場の空気が変わる。それほどまでに濃密な魔力が噴出したからだ。


「おお!」


 そこにあったのは一振りの剣。この剣を手にした一千年前の魔王は人類の軍にとどまらず、彼らを守護する神々とも対等に渡り合ったと伝えられる伝説の遺物。


「この秘宝を見つけ出すため、そしてその奪取のためにあまたの戦士たちの血が流されました。しかしその犠牲は決して無駄ではなかったと愚考いたします!」


 その力にあてられたのか。部下が興奮気味に剣を見つめていた。

 魔剣バーンダム――。空気を伝わってピリピリと感じられる強大な力にリーダーの男のみならず、その場にいた魔族の精鋭たちも見入っていた。その魔剣にまるで魅了されたように。

 その様はさながら人気アクションスターに釘付けのB級映画マニアたちといったところだ。この場にタナカさんがいたならば「木曜……」と驚きの言葉を発したであろうことは間違いない。魔剣バーンダムがいかにヤヴァい存在かお分かりいただけただろうか。いろんな意味でヤヴァいのである。


「――ん? この強力な波動にまぎれるように隠された力は……」


 伝説の剣を前に魅了されるだけだったリーダーの男が、目を覚ましたかのように現実に戻ってくる。


「お気づきになられましたか。この魔剣バーンダムには神の力が宿っております。我らが宿敵モリナーガの力が」


「なに! どういうことだ!? なぜ魔剣に神の――よりによって不倶戴天の敵であるモリナーガの力が……」


 疑問を投げかけられた翼人は魔剣の収まった箱を見つめながら応えた。


「かつての大戦に辛くも勝利した人間ども、そして神々は恐れたそうです。最強の神モリナーガと対等に渡り合った魔王様に――その力の源泉たるこの魔剣の力に……。しかしモリナーガの力をもってしても魔剣を滅することかなわず、モリナーガはこの魔剣に封印を施し、さらに魔力を遮断するこの神具を用いたうえ厳重に隠したそうです」


「封印されているだと……。これほどまでの力を放ち続けるこの魔剣バーンダムが……」


 信じられないといった様子の魔族。その驚きようは憧れのアクションスターがスランプに陥っていたことを知ったときのタナカさんに匹敵するかもしれない。いちいちタナカ比を算出するのはめんどくさ……、専門的すぎてわかりづらいかもしれないのでこのあたりで控えることにする。


「封印されているとはいえこの力は本物です。この魔剣バーンダムこそが魔を統べるものの証。この神の封印を解き、魔剣の真の力が解放されたとき我ら魔族の時代がおとずれるはず。そしてそれができるのはガナッシュ様をおいてほかにおりません」


 魔剣の力にあてられたのか。高揚した様子の翼人が力説する。


「そうだな……、ガナッシュ様であれば神々を駆逐し魔族の世界を手にできるであろう。しかしさすが神というべきか、まさか封印をほどこしていたとはな。封印か……」


 リーダーの男はしばらく考え込むような様子をみせたあと冷たい笑みを浮かべる。


「ククク、丁度いいものがあったな。なんという好機! まるで世界が我ら魔族の世を後押ししているかのようではないか!」


 ひとしきり笑い続けたあと、男はその野望に向けて動き出す。


「道はしめされた! ゆくぞ!」


 魔族たちの姿がまるで砂嵐に溶け込むように消え去る。世界の外れで生まれた新たな波紋がひろがり始めた。今はとても小さな揺らぎでしかない。しかしこの波は世界を揺るがしかねない危険性を秘めていた。






 ところ変わってナナシの街――入植者の到着、そして勇者をはじめとした場違いな強者たちの噂に浮足立っていた人々も落ち着きはじめたころ。ギルドでは食料、住居、雇用、治安など急激な人口増によって噴出してきた問題の対応に追われていた。

 今もギルドの一室でエチゴヤとギルドの職員が今後の方針について相談しているところだった。


「――話は聞かせてもらった!」


 派手な音を立てて扉から現れたのは我らが主人公のタナカさん。先日練りに練った策が砕け、負け犬の遠吠えが似合う漢にクラスチェンジしたあのタナカさんである。

 しかし今の彼は挫折した様子を微塵も感じさせないほどにご機嫌なご様子。「漢なら一度は言ってみたい台詞ランキング(ボビージャパン社調べ)」で「こんなこともあろうかと」と双璧をなす「話は聞かせてもらった」を使うことができて満足しているのはほぼ間違いないだろう。だが、自信にあふれた笑みをみるに、どうやらそれだけというわけでもなさそうだ。守りたくないそのドヤ顔。打ち崩せエチゴヤ!


「どうかしましたか? 言っておきますが、今こちらには雑談に興じていられるほどの余裕はありませんよ」


 早々に話を切り上げ仕事に専念したいエチゴヤは先制のジャブを放つ。しかし空気の誤読には定評のある漢を冷たい対応程度ではとめることなどできるはずもなく。


「フッ、えらく虫の居所が悪いようだな。しかし! そんなエチゴヤさんに朗報だ。なにを隠そうこのオレは内政についてはちょっとばかしうるさい漢だ。はっきりいってオレの最も得意とするところだといえるだろう」


 内政ではなくNAISEIなのがタナカのタナカたるゆえんだろう。さらにいえば(笑)が後ろにつくのは確実。しかし、異世界人であるエチゴヤにその落とし穴に気付けというのは酷な話だ。しかしてふたりの会話は続く。


「……ほう、それは初耳ですね」


 しかしそこは有能な商人であるエチゴヤさん。NAISEIを知らずとも予想を斜め上に飛び越えてくる危険を察知し、警戒しながら話を進めた。


「いま我々は人口の急増による様々な問題を抱えています。正直、状況はかなり悪いといってよいでしょう。その上で確認しますが、本当にタナカさんはこの惨状を打開する自信がおありなのですか?」


「もちろんだとも。まあ街の命運にもかかわることだ。いくら親友であるとはいえ、おいそれと新リーダーをまかせられんのはわからなくもない」


 質問にドヤ顔のまま応えたタナカはエチゴヤの額にピクリと青筋がたったのに気づかない。「いったい誰と誰が親友なんですか! というかいきなり街のトップになるつもりだったんですかアナタは!」と小一時間問い詰めたい気持ちをぐっと我慢し、タナカの話につきあうエチゴヤさんは実に立派な社会人である。そして空気が読めないタナカさんの話は続いた。


「そ・こ・で・だ。まずは問題をひとつまかせてみるということでどうだろう。ちなみにいま契約すると『タナカさん政界デビュー前夜祭』の記念特典で今回に限り経費はオレの自腹でやってやらんこともないがどうだ? フフン」


 なんとも怪しいことこのうえない営業マンである。悪魔と契約するほうがまだましと思えるほど暗雲立ち込める未来が待っていそうだ。


「それではお聞きしますが、もしここで契約したとしてタナカさんがまず最初に取り組んでいただける問題はなんですか?」


「オレを試そうというわけか。フッ、いいだろう。オレがまず解決してみせる問題は……、ズバリ! 食糧問題だ!」


 学級委員を思わせる威厳でズバリ答えるタナカさん。めずらしくもなくそこには確かな自信が感じられた。

 しばらくの思案の後エチゴヤはこの怪しすぎる漢の提案を受け入れる。費用がかからないのだから勝手にやらせて、こちらは地道に対策をしていれば問題ないという考えであった。もしタナカがうまくいけば儲けもの程度の期待しかしてなかったわけだが、そうとは知らないタナカさんは政界進出まったなしといわんばかりに勢いよく部屋を飛び出していく。こうしてエチゴヤはようやく立ち去ったタナカを尻目にたまりにたまった仕事を続行したのだった。

 いっぽうのタナカさんはというとニヤニヤ顔で歩きながら今後の予定を考えていた。


「まさかこんなにうまく話が進むとはな。これはもうビッグウェーブきまくりだろう。乗りに乗りまくるしかない!」


 サーフボードに手も触れたことのない海の漢タナカさんは「今の自分+ビッグウェーブ=黄色い声援をおくる浜辺のギャル」くらいの楽勝モードにはいったと確信していた。

 これほどの自信が生まれる彼が考えた食糧問題の解決策はスタンダードに農業である。NOUGYOU(笑)を期待した読者には申し訳ないが、今回のタナカは異世界テンプレモテモテ成り上がりを本気で獲りにかかっていた。

 彼が実際これまでに経験した豊かな知識をもとにした完璧すぎるシナリオができあがっていたのである。もはや栽培学習でチューリップを育てた確かな経験をもつタナカに資格なし。そして死角あり。


「フッ、植物なんてもんは水があればどうにかなるもんなんだよ。生活魔法で水はいくらでも用意できるし、まわりには好きに使っていい土地が広がってるんだ。農業しろっていってるようなもんだろ」


 なんという博識。そしてなんという恐るべき計画。貧乏生活でもやしの自家栽培に手を出していたのは伊達ではないということか。

 タナカさんの軽すぎる頭の中ではもはや食料問題など解決したも同然であり、すでに政界デビューでいかにモテモテになるのかに議題は移りつつあった。


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