Route72「これでしばらくは羨望の声がやむことはないわけか……。やれやれだぜ」
年が明けた創世暦5965年初春――。
ハル皇国北の国境から数日の距離にある北方の荒野。時期的に寒さの真っただ中にあるナナシの街は熱気冷めやらぬほどの賑わいを見せていた。最近開拓され始めた街であるのだから賑やかなのは当然と言えるのかもしれない。しかしこの街が異常に忙しい原因は実際には別のところに理由があった。
いつのころからかプリン王国からやってくる魔族の数が急増したのである。タナカさんもびっくりの謎現象だが、この予想外の人口増加により街の成長は徐々に落ち着いていくという憶測は覆された。このことを喜ぶものは多かったがその影には苦労を背負いこんだものたちもいた。半ば街の統治者となっていた商人のエチゴヤもそのうちのひとりで忙しい毎日を送っていた。
そんな最中に街を揺るがす大ニュースが舞い込んでくる。
千人を超える規模の入植者の到着――。
疲労のピークを維持し続ける苦境の最中にあったエチゴヤにとって、まさに卒倒したいニュースだった。しかし彼もまがりなりに実力を認められている商人である。その意地かプライドか。エチゴヤはこの一団と協議するため自ら先頭にたって対応する。
そんな彼を待ち構えていたのは、我らが主人公タナカさんのこれでもかといわんばかりのドヤ顔だった。思わず言葉にならない言葉をあげてしまったエチゴヤを誰が責められよう。むしろ心のうちを隠すのに定評のあった商人の感情をさらけ出させた、そのドヤ顔を生み出した者をこそ評価すべきである。シェフを呼べエチゴヤ。
そんなどうでもいい一幕を経てタナカ率いる魔族の集団は無事ナナシの街に入る。かなり省略した説明になるが、タナカたちが山を越え街に到着するまでの間にも涙なしには語れない物語はあった。とある漢が勇者ちゃんと手をつなぐという恐るべき野望を抱いた物語である。様々な大冒険を経て見事その野望は達成されなかったわけだがやはり深くは語るべきではなかろう。
そしてエチゴヤが王国内で自分と同じ名を語る商人がいたことをタナカに問い詰める暇がないほど忙しい日々が続き――。
「フッ、ついにこのイベントを体験するときがやってきてしまったか」
感無量の表情で佇むタナカ。
そこはナナシの街の中心部。大小様々な店が軒を連ねる通りの一角である。仕事斡旋所、もといギルドの前でタナカは腕を組んで悦に浸っていた。
タナカが狙うのは異世界作品の定番。「オレのすごい潜在能力があきらかになって皆から注目がきついわあ。本当は目立ちたくないのに皆の羨望のまなざしを止められなくてつらいわあ。美女から『素敵、抱いて』オーラがひしひしと感じられて硬派なオレやれやれだわあ」イベントである。
「各能力値はあいかわらずスズメの涙程度だが、ギルドではその辺りはわからんからな。ギルド職員はオレのレベルのすごさに驚いて思わず叫び声をあげてしまうんだろうなあ。クックックッ、この先おとずれる未来が手に取るようにわかるぜ」
封印された地にて非常識なレベルアップを果たすことに成功したタナカは、ここでその強力なカードを切り、一気に主人公街道を進もうと画策していたのだ。
「それにしても、本来ならここでスケさんの更新もやって『強力デュオ誕生。芸能界へ殴り込みか!』なニュースが世を騒がせる予定だったのにな」
この場に彼の相棒スケさんの姿はない。それというのもタナカがナナシの街で予定していたこの計画を頓挫させるような出来事があったからである。
目論見では千名を超える魔族たちを新天地へと無事にたどり着かせた自分が、英雄として祭り上げられるはずだった。
こうしてこの街での確固たる地位を築き上げた後、スケさんをデュオの相棒としてデビューさせる。大事なのはあくまでタナカが上であることを皆に顕示した後にスケさんの名も売ること。これでタナカのプライドも満足、チームタナカも安泰というものである。
これがタナカがこの街についてから実施予定だった成り上がりシナリオだ。
しかしこの街に到着した後、話題となったのはタナカではなかった。皆が注目したのはやってきた勇者ミコト、そしてちょうど同時期にやってきたらしい凄腕の強者たちだったのだ。しばらくの間、ナナシの街ではその手の話題で持ちきりとなる。
再び挫折を味わうことになったタナカはしばらくの間引きこもった。しかしタナカさんも自称不屈の漢。ただ卑屈にいじけていたわけではない。引きこもっている間も頓挫した計画を練り直し続け、今まさに再起のための第一歩を踏み出そうとしていたのだ。
「勇者ちゃんはいいとしてなんて間の悪い連中だよ、まったく。おかげでオレのハーレム人生がほんのちょっとだけ遠のいてしまったじゃないか」
ブツブツと愚痴をこぼすタナカ。もしかしたら勇者と自分の二人で話題をさらい、公認カップル的な流れもあったかもしれないのにと都合のいい展開を妄想し勝手に怒りを覚えていた。考えれば考えるほどタナカは千載一遇の好機を失ったような気がして仕方がないのだ。
「くそっ! いまいましい。一体どこのどいつだよ! まあ知りたくもないけどね!」
タナカは不愉快でしかないこの話題に出くわすと、プンスカと怒りをあらわにすぐに立ち去っていたので噂の強者についてはよく知らないままだ。そして今後もその犯人を知る気はさらさらなかった。
小物界の帝王たるタナカさんが、おもてだって強者と対立するなど断じてあってはならないからだ。知ってしまえばそこは正直すぎる漢のタナカさんである。そのつもりはなくとも彼らとの間に火をつけてしまうなんてことが起きかねない。
結局のところ知らないほうが身のためなのだ。タナカさんにできることといえば陰でコソコソと見知らぬ強者に文句をたれることだけ――。実に理想的な小物である。
それにしても我らが主人公タナカさんの野望を邪魔するとはいったいどこのカレーマンたちだというのか。タナカさんの精神衛生上事を明らかにすることができないとはいえなんとも締まらない幕引きである。こうして「タナカさんハーレム主人公当確取り消し事件」は犯人不明のまま闇に葬られた。
このこととは関わりのないことだろうがタナカさんが見知らぬ強者を呪っていた同時刻――。カレーマン、黒魔族三兄弟、そして大賢者マーリンの背筋に悪寒が走ったのはこの作品最大の謎といえよう。
「まあいいさ。いやなことはさっぱりと忘れてしまおう。軌道修正は完璧だからな。この最強カードをきることで少なくとも『俺TUEEE』主人公の仲間入りは確実だ」
タナカは首を横に振りながらため息をついた。
「これでしばらくは羨望の声がやむことはないわけか……。やれやれだぜ」
台詞とは対照的にその表情からは喜びが隠しきれてない。そんなごまかしはみえみえだぞタナカ。その程度のごまかしでここまでついてきた報われぬ漢たちの批判をかわそうなど愚の骨頂である。
しかしいつになく輝く腐りきった瞳からは彼の本気度がひしひしと伝わってくる気がしなくもない。今回こそは本気だというのかタナカ。本当に自分だけこのままぬけがけしておいしい思いをするというのかタナカ。
「さてと、それじゃあサクッとモテモテ主人公になっちまうとするか」
タナカは足取り軽く爽快とギルドの中へ消えていった。
そして半刻ほど時は流れ――。タナカがギルドから姿を現す。一躍時の人となったタナカさんに湧きあがったはずのギルドは依然静かなままである。
ギルドに入っていった先程と比べ心持ち力の感じられなくなった足取り。そしてその身体はわずかだがプルプルと震え続けていた。
「なんで……、なんでオレのレベルが計測できないんだよぉおおおお!!」
人の往来する通りであることも忘れ絶叫するタナカ。冷静沈着でカッコイイ主人公のタナカさんらしくない行動である。それほどショッキングな出来事だったということなのだろう。
いったいギルドのなかで何がおこったというのか。
タナカはいつも通り受付にいきギルドカードの更新を行った。しかしなぜか結果は無反応。何度もやり直すが計測器たる魔道具はまったく反応することはなかった。ためしに他の人間を計測したところ問題なく作動する。タナカだけが何度やっても計測できなかったのだ。
タナカはしつこく食い下がったが事態が好転することはなく、結局タナカのギルドカードは西域へ転移事故を起こす前に更新したレベル24のまま。とりあえずDランクへの昇格試験は受けられるもののそれはなんの慰めにもならなかった。このレベルではCランク以上への挑戦は無理なのだから……。
なぜこんなことになってしまったのか。タナカは愕然としながらも考える。レベルアップをやりすぎたせいなのか。魔道具の計測限界を超えてしまったせいでこのような事態に陥ってしまったということなのか。
このままスケさんもDランクで行き詰まり、チームタナカ最強伝説の夢は塵と消えてしまうのか。
否――。そうではない。タナカは現代社会でぬくぬくと培われた野性味のない直感で察知する。この世界が自分に用意したオチがその程度でおわるはずはないと。
「おそらくスケさんはギルドカードの更新ができる……。そして一躍時の人となって芸能界のトップへと羽ばたいていくんだ。オレの屍を越えて……」
童の帝でありながらハーレムを確信できるほどポジティブシンキングなタナカさんが、いったい何故これほどまでに悲観的になっているのか。
それはこのような事態に陥っている原因にうすうす気づき始めていたからに他ならない。皮肉にもその答えは劇的なレベルアップを達成した同時期におきた出来事にあった。例の神の力を手にした一連のイベントに原因があるのではと考えていたからだ。
異世界の神に抗うために必要となる武器。世界の理を超える力「創世と破界」。大魔法の上位互換ともいうべきこの力については問題ないだろう。
問題はもう一つのほう。神の力を受け継ぐものを守るための力「深淵の詐欺師」。神の力の秘密に触れようとするものを拒絶する神の法。
例えとてつもないイケメンが能力強奪を行おうとしても、例え豪華なハーレム持ちのリッチメンが能力コピーを狙ったとしても、か弱く清純無垢なタナカさんを守ってくれたであろう。しかし、この力。はたして危害のないギルドの魔道具には柔軟に対応してくれるといった優しさを持ち合わせているだろうか。今回の件で答えは明らかだろう。
タナカの夢、ここに潰える――。
「ばあさん……、なんてことしやがったんだよ。こんちくしょうがぁああああ!!」
空に哀しい叫びが木霊した。己が身を犠牲にした芸が実に絵になる漢である。
感情に身を任せていたタナカが見た空は、その胸中に反してやたらと美しく、おまけに深淵の魔女ベアトリスが茶目っ気たっぷりにウインクする幻影をみせてくれた。
「ばあさんの可愛い仕草とかいらねえんだよ! そんな需要あるわけねえだろうがああああああ!!」
すかさず世界にツッコミをいれるタナカ。漢の哀しみが遠吠えとなって辺りに響き渡る。やがてその声は、新しい時代の到来に活気づくナナシの街の喧騒に呑み込まれていった。
今年最初の投稿でなんですが、これにて王国放浪編は終了となります。
実は年末に切りよく完結させて「作者さんのセンス素敵。抱いて!」と持ち上げられて、気持ちよく正月をむかえようとしていたけど、忙しくて間に合わなかったなんてことはありません。
ありませんからね!
いやあ、それにしても昨年はいろいろとありました。月曜日があったり火曜日があったりとなかなかに忙しい一年でした。しかし忙しいだけではなく嬉しい一年でもあったと思ってます。
皆さんもご承知のとおり本作は超硬派な作品ですが、今回女性の可愛いしぐさをいれるという冒険をしています。この執筆をしたおりに気付いたのですよ。これほどの冒険ができるようになったとは、自分も少しは成長しているのではないかと。いやいや、この小さな気付きには嬉しさを隠せません。あらためてがんばっていこうとガ○ガリ君を食べながら思いましたね。
というわけであいかわらずの遅筆で申し訳ありませんが、今後とも「タナカの異世界成り上がり」をよろしくお願いいたします。




