Route71「小僧、貴様なにを勘違いしている」
「ハハッ、さすがだぜ! まったくどうなってんだよ!」
カレーマンが笑いながら走り出す。負傷したクーゲルも笑顔で歩を進める。
その先にあるのは巨大な氷の彫像。そして因縁の戦いに決着をつけたタナカがゆっくりと空から舞い降りてきていた。
そんな彼らをこの場に生き残った者たちは見つめることしかできない。そして彼らの瞳には様々な思惑が入り乱れていた。
驚愕、安堵、興奮、そして恐怖。
アル・バイターによって部隊をほぼ壊滅させられたプリン王国兵たちは特に負の感情が強かった。とりあえず生き延びたとはいえ異常な存在が今まさに目の前にいるのだから当然だろう。自分たちの運命はいまだその者の手にゆだねられているという絶望感にさえさいなまれていた。それは勇者たるカムイやテツジンも例外ではない。
それに対し単純に驚愕していたのがミコトとマーリンである。その濃すぎる恰好の漢は二人の記憶にしっかりと焼きつけられ残っていた。
「前に一度会ったことがある人よね?」
「そのようじゃ……、というかわしはほとんど話しとらんからの。お
前さんのほうがわかるだろうに」
「そうだけど、たいした話をしていたわけでもないし……」
なによりも以前出会ったときと雰囲気が違い過ぎた。
アル・バイターを前にしても揺らぐことのない圧倒的存在感。そして見せつけられた絶対的な力。
以前のアホっぽい雰囲気とは違い過ぎていて本当に同一人物か疑うレベルだった。
「まあ、あの恰好は間違いなくあの人よね……」
ミコトはどう話しかけていいものか悩み続けながらゆっくりと歩を進め始めるのだった。
そんな人々にうずまく様々な思惑などつゆ知らず、タナカたちは再会を喜んでいた。
「おいおい、どうしたんだよ。ボロボロじゃねえか……。まったく、なに無茶やらかしてんだか」
「さすがにアレ相手に無事じゃすまねえっての」
「厳しい戦いだったのだが、そんなに軽く扱われるとは思わなかった」
「ああ、わかったわかった。とりあえず治してやるから待てって」
包容力のある上司っぽさを前面に押し出すタナカさん。それはこの場に勇者ミコトがいるのをめざとく見つけていたからに他ならない。相変らず切替の早い漢である。
タナカが二人に手をかざす。カレーマンとクーゲルが光に包みこまれみるみるうちに回復していく。とくに瀕死の重傷をおっていたクーゲルの変化は顕著で、アル・バイター顔負けの再生力をみせていた。
あいかわらず規格外の魔法を使うタナカにあきれかえるカレーマン。
「まったくとんでもない魔法だな。まるでさっきの化け物の再生力をみてるみたいだぜ」
「だははは! クーゲル、お前化け物だってよ」
「いや、これは主のほうがおかしいのだろう」
「え?」
「え?」
微妙な空気が辺りに漂う。しかし逸早く復活したタナカがこの場を盛り上げるべく話を続ける。これもひとえに勇者ちゃんへのアピールのためだ。コミュ力をみせつけ大人の魅力をアピールしようとするタナカさんの恐るべき計画が見てとれる。
「まああれだ。おまえらもスケさんに修行してもらってんだから、さっきのヤツくらいはチャチャっと倒せるようにならないとな」
「いや、アイツめちゃくちゃ再生しまくるから、物理攻撃が主体の俺らじゃ倒せねえよ」
タナカはカレーマンのその答えにヤレヤレとため息をつく。微妙に勇者ちゃんに流し目を送ることも忘れていない。
「わかってないなあ。その手のやつは小さい核が本体でコソコソと隠れているもんなんだよ。物理で倒すならまずはでっかい図体を切り刻んで、司令塔になってるその核を見つけ出すのが基本だ」
再生能力持ち怪物など漫画やアニメでは実にありきたりな存在で、この手の攻略法はオタクたちのあいだでは常識なのだそうだ。本当にそうなのかタナカ。
「まあスケさんなら見つけ出すまでもなく『核まで細切れで結局見つけられなかったでござる』で終了なオチだな」
「はは……、ありそうで笑えねえ」
「たしかに……」
スケさんと実戦形式の特訓を繰り返してきた二人にはその経験からか。勝利したスケさんの姿がやたらとリアルに想像できた。
「師匠であるスケさんの顔に泥をぬるところだったんだ。明日からの特訓は厳しくなるから覚悟しておけよ」
びしっと二人にむけて二本指で指さしカッコよさをアピールしたところで、ようやく勇者ミコトがやってくる。この異世界でさんざん煮え湯を飲まされ続けたタナカさんが、期待と興奮で鼻の穴を大きく膨らませたのを誰が責められよう。
「ひさしぶりね、エチゴヤさん。私たちのこと覚えているかしら?」
「もちろん覚えているさ勇者ちゃん。ちなみにエチゴヤとは世を忍ぶ仮の姿だ」
左腕を斜め下四五度の角度にカッコよくビシッと伸ばし、同時にバッとマントをなびかせるタナカ。そしておもむろに伸ばした左手を顔にかざし指の合い間から死んだ魚のような目をのぞかせる。
「オレの本当の名はタナカ。混迷を極める世界に心を痛めるひとりの漢さ。いまは世界を渡り歩きながら将来性のある者たちとの人脈を拡げているが、ゆくゆくは起業しこの人脈と経験を活かした国の境を越えた事業を展開する予定だ。あらためてよろしく」
おわかりいただけただろうか。今回彼はこのチャンスを確実にものにするためついに禁断の領域「意識高い系」に足を踏み入れたのだ。
人生経験の少ない無垢な元女子高生を大人の魅力でからめとろうとする老獪な手法。心なしか顔のパーツが真ん中に集まっているようにみえるのはタナカさんの自信の表れだろう。オフィスでパソコンのキーボードを「ッターン!」と叩き終える大人っぽさが強く感じられる。
「結局なにをやる気なんだ?」
「そういえば主のことをなにもしらんな」
外野からカレーマンとクーゲルの話声が聞こえてくるが華麗にスルーするタナカさん。
「ああ、そういえば。さっきは獲物を横取りしたようで申し訳ない。あの化け物とは多少因縁があってな。オレのほうでケリをつけさせてもらった」
そしてあやまるべきところはきちんとあやまる。すごいぞタナカ。いつにも増して頼もしすぎるぞタナカ。
「ううん、むしろ助かったわ。本当にありがとう」
この一言にはさすがのタナカさんも胸キュンである。
謙虚さももちあわせているセーラー服女子高生勇者。「どんだけ設定盛り込めば気が済むんだよこんちくしょう! 今だけは感謝します! 異世界さん!」と心の中で狂喜乱舞するタナカ。幾度となく裏切られた世界に感謝をささげるほどとは、タナカさんの喜びがいかに大きいものか計り知れよう。
「まあこんな場所で立ち話もなんだ。向こうで仲間たちが休んでいるからそっちへいって話をしよう」
「みんな無事なのか?」
「ああ、みんなが慌てて逃げてくるところに出くわしたからな。いまはスケさんとカクさんにまかせている。上様もいるし問題ない」
カレーマンが話に割り込んできたが、勇者の手前不満な表情をつゆほどもみせず、それどころか頼もしい上司的ななにかを演じるタナカ。いつになくノッっている。
「やっぱり上様はいたのか! これで山越えできるぜ!」
カレーマンとクーゲルが喜ぶいっぽう「上様?」と疑問顔のミコト。
「まあ、オレだけは運命的なものを感じたからこちらにきたわけだが。どうやら正解だったようだな」
チラッチラッとミコトに流し目を送りながらドヤ顔のタナカさん。やばいぞタナカ。いつもの自分にもどりはじめたぞタナカ。一進一退、手に汗にぎる攻防が続く。
「そうね……。もうここにいる意味もないだろうし。いっしょに山を越えるのもいいかもね」
ついに山が動いた――とタナカは心の中で転がりまわり喜びに身を任せていた。
「……後は彼自身が決めることだわ」
最後の不穏な一言に漢は現実に戻されるタナカ。山を動かしてそのまま衰退していった政治団体が思い出されタナカをよりいっそう不安にさせた。
そしてまるで示し合わせたかのようにこの場にやってくる人物――勇者カムイ。
「これ以上なにを言っても無駄だろうし、ここでお別れよ。あとはあなたが自分自身で考えて決断しなさい。次に会ったとき、剣を交えるはめにならない事を期待しておくわ」
ミコトのこの言葉から、二人がそれほど親密ではないことがわかりとりあえずほっとするタナカ。
「そう簡単に考えをかえるわけにはいかない。僕はたくさんの人たちの願いを背負っているんだ。カルトだって……」
それ以上言葉を続けることができず俯くカムイ。そこにはミコトと戦っていたときの力強さなど微塵も感じられない。
アル・バイターとの戦いも怒りや憎しみを糧に猛っていただけにすぎず、その憎む相手がいなくなってしまっては強い自分を保つことはできなかったのだ。彼の心に残っているのは大事な仲間を失ったむなしさだけ。
それでもミコトの言葉に首を縦に振らなかったのは僅かに残った勇者としてのプライドからか。彼自身がいったように背負っているものがあるのだ。例えどれほど憔悴しようとも、これまで自分が歩いてきた道をそう簡単に否定することはできなかった。
そして空気を読んでいるのかいないのか。タナカがコソコソとカレーマンに話しかける。
「なんかあったのか? やたらとシリアスな雰囲気醸し出してるんだけど? オレこういうの苦手なんだよなあ」
「アイツのツレがやられちまったんだよ。プリン教の神官かなんかで中身はいろいろとアレだったんだが……。まあ、それを差し引いてもかなりの美女だったし、もったいなかったな」
「なん……だと……」
幸薄そうなイケメンをみて「イケメンなんてみんな爆発すればいいと思ってはいるが、まあ調子にのらないのなら許さなくもない」と僅かでも慈悲の心をもってしまった自分自身の甘さを後悔するタナカ。何様なんだタナカ。
「小僧、貴様なにを勘違いしている」
当然かけられた声にビクッと反応してしまうカムイ。それは今最も顔をあわせたくない人物からの言葉だった。そして勇者という立場上さけては通れぬ相手。
「……どういう意味ですか。僕がなにを勘違いしているというんですか」
自分が相手にすらならなかった化け物を軽く屠った相手である。カムイは慎重に言葉を選びながら応えた。
対峙するタナカとカムイ。
「人の願いは言い訳をするための道具などではない」
「……っ」
カムイはその言葉、そして感じるプレッシャーに言い返すことができない。
「そうならぬためあくまで自らの意志で歩を進めなくてはならない。人の思いを背負うというのは、誰かの操り人形になることではないのだからな」
「……自分の意志かそうじゃないかなんて誰にもわからない。やることが同じならそんなの自己満足にすぎないじゃないですか」
「違うな。この世に同じ人間などいない。人の数だけ思いがありその違いは千差万別なのだ。たとえ背負ったのが一人であろうと、その人間の思い通りに行動することなど不可能でしかない。人の思いを背負うというのは、裏切る裏切らないということよりも、背負うことにこそ意味があり価値があるということだ」
タナカから強まるプレッシャー。カムイはただただ圧倒されるばかりであった。
それもそのはず、タナカさんが背負うのは様々なむくわれぬ漢たちの悲しみ。そこにはたとえ娘さんが反抗期であろうとも家族のためにがんばるサラリーマンのお父さんたちも含まれているのだ。娘さんたちが望むダンディでイケメンのリッチな父親像に届かなくとも、一家を背負い毎日汗水流して働くおっさんたちのため決して退くことなどできないのだから。
「貴様はこの先どうするか悩む前にやるべきことがあるだろう。もう一度考えてみることだ。自分が本当に背負うべきものがなんなのかを――。そして自分がどう行動するのかを。その答えをはっきりさせないかぎり貴様は前に進むことはゆるされない」
漢はマントをひるがえし背を向ける。ようやく押しつぶされそうなプレッシャーから解放されどこかほっとしたカムイ。しかしその隙をつくような一言がカムイに突き刺さる。
「――大事な人を失ったそうだな」
「!」
「お前は彼女の想いを背負わなくてはならない。そしてその想いを捨てさることは決して赦されない。もし背負わないというのならそのときは……」
立ち去る漢。カムイはその背中をただ見つめることしかできなかった。
最後の言葉はそれまでうけていた強烈なプレッシャーよりもある意味衝撃的な一言だった。
魔族側に立つのならプリン教は最も敵対関係にあるといってもよい。その神官だったカルトビッチのことを気遣うような言葉。しかし先ほど彼自身が語った言葉が真実であるのならばそこに裏表はないように思われた。
彼は言っているのだ。愛に敵味方など関係ない。彼女の想いを背負っていけと。そのうえで彼に選べというのだ。彼女の願いを受け止めるか裏切るか。どちらに進むにしても彼女の想いを背負って進んでいけと。
カムイは複雑な思いで立ち去る漢の背中を見送り続けるのだった。
「きびしいねえ。愛弟子だからこそってか」
「あん? 何言ってんだお前は」
カレーマンの冷やかしに動じる様子をみせないタナカ。
お気づきだろうか。タナカはあろうことか勇者の顔をまったく覚えていなかったのである。しかしそれもそのはず。タナカがカムイを見たのは異世界に召喚される前の一度だけ。しかも位置的には後方からであり、まともに顔を見たわけではないのだ。ただでさえイケメンの顔を覚えるのは至難の業であるというのに、この悪条件では覚えているほうが奇跡というものである。というわけで満場一致でタナカさんは無罪となりそうだ。
それにしてもなんだかんだでイケメンであろうと気遣うことのできるタナカさんは漢のなかの漢である。そのタナカさんの今の表情はというと――。
「クックックッ、あのイケメンに楔を打ち込んでやったぞ。これであのイケメンはお亡くなりになった美女をひきずることになる。貴様に勇者ちゃんは渡さん! 渡さんぞ!」
今日も実に良い天気である。それはまるで険しい山越えで脱出を図るタナカさんたちを祝福するかのようであった。




