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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
70/114

Route70「貴様の敗因は急ぎすぎたことだ」

 睨みあい対峙する二人。先に動いたのはアル・バイターのほうだった。触手の一つ一つが口を開き攻撃魔法を放った。百をかるく超える数の様々な中級攻撃魔法がタナカに迫る。しかもそれらの魔法はアル・バイターの底なしの魔力によって、威力だけなら高位魔法に匹敵するほどの攻撃に達していた。


「フッ、くだらんお遊びだな」


 しかし圧倒的ともいえるそれらの攻撃を前に余裕の態度を崩さないタナカ。なぜならすでに生活魔法で一帯の大気を支配下に置いていたタナカはアル・バイターの放った数々の攻撃魔法、襲い来るそのひとつひとつを完璧に捉えていたからだ。


「百を唄い、千を奏でよ、万象をうつせし夢幻の刃――『鏡の軍勢コピーキャット・トルーパー』」


 かつて世界の終わりとまでいわれた神魔の争い。その終盤、劣勢となった魔の軍勢のなかにおいてタナカが退かず動ぜず戦い続けられた理由のひとつがこの奥義「鏡の軍勢コピーキャットトルーパー」の存在である。

 敵の戦力を分析し本物と見まがうばかりの模倣を創り上げる神をも恐れぬ御業。しかし膨大なエネルギーの消費が足枷となり戦況を覆すまでには至らず、魔の軍勢は地の底へと堕とされることになる――と毎度のことながら妄想お疲れさまである。

 タナカさんが多重詠唱で放った投石魔法は的確にアル・バイターの攻撃を撃墜し、そのままアル・バイター本体に降り注ぐ。触手が次々と破裂しその巨体にみるみる大穴が生まれていく様は圧巻の一言である。しかしこちらも化け物中の化け物。すぐさま触手が生え変わり大穴もふさがれていく。


「我をみくびるなよ。貴様が力を隠していることなどとうに見通している――。見せてみろ! 貴様の真の力を!」


 最初の攻防はタナカに軍配があがった。しかしタナカは微塵も油断などしていない。相手は例の「ぼくがかんがえたさいきょうのもんすたあ」である。迷探偵タナカの推理で隠された反則能力(チート)があるのは間違いないのだから油断できうるはずもない。そしてタナカのその発言を肯定するようにニヤリといやらしい笑みを返すアル・バイター。


「さすがだよ。しかしそれに気付いていながら力を見せてみろとは、みくびっているのはそちらのほうではではないかな!?」


 その巨体によりいっそう膨大な魔力を纏う。そして構築される新たな攻撃魔法。まるで力をため込んでいるような魔法の発動は次にくる攻撃のすさまじさを予感させる。


「私は研究一筋だったのでね。戦い方など知らぬし魔法も使えなかった。しかし今、私はそれなりに戦っていると自負しているがいかがかね。自分でいうのもなんだがなかなか様になっていたと思うよ。――さて、これらがなにを意味するかわかるかね!」


 空中に浮かぶタナカを取り囲むように出現する光の柱。さらに次々と出現し続ける光が神殿を思わせる輪郭を創り出す。


「あの魔法は!」


 離れた場所から戦いを見守っていたカムイが驚きの声をあげる。それはプリン教が秘匿してきた高位魔法のひとつであり彼の仲間であった者がもつ切り札でもあった。


「私の捕食はただの捕食にあらず! その血と肉、そして骨をも取り込むというだけのものではない。そのものがもつ魔力も知識も、さらに技術も私のものとなるのだよ! この超成長をまえにはどれほどの天才であろうと虫ケラも同然! さあ、何者をも到達しえなかった境地の力。存分に味わうがいい!」


 空に浮かぶ巨大な神殿がよりいっそう輝く。


「この波動……。そしてこの輝き……。あの神殿の中はわしの高位魔法など到底及ばぬほどの地獄じゃぞ!」


 世界を照らす輝き、そして魔力の生み出す途方もない波動に眼を腕で覆いながらうめき声をあげるマーリン。しかし彼のその言葉を聞くまでもなく誰もが感じていた。目の前の光が理解を超えるレベルの攻撃であることに。

 魔力を大量に消費することで魔法の威力をあげることは可能である。しかしこの方法をとって攻撃する者は少ない。魔力の消費量に対して威力の上がる比率がよいとはいえないからだ。同量の魔力を消費するのならばより高位の魔法を使用するか同魔法で複数回攻撃するのが妥当な方法だろう。

 しかし目の前の第三位魔法はマーリンの第一位魔法をはるかに凌ぐエネルギーを生み出していた。それは人類最高峰の魔術師である大賢者マーリンが矮小にみえてしまうほどに、そして消費魔力を気にする必要がないほどにアル・バイターの魔力キャパシティーが膨大だということにほかならない。

 その残酷な事実を肯定するように破壊のエネルギーが激しさを増す。

 そしてこのまま一気に勝負がついてしまうのかと思えたとき、想像さえも超えたことが起こる。

 甲高い音とともに砕け散る光の神殿。あらわれたのはまるで吸い込まれるような錯覚さえおこす深い闇――。その目に見えるほどの高濃度な魔力を纏った漢が左手で顔を覆い笑みを浮かべていた。


「クックックッ。なるほどな……、認めよう。その力――確かにチートと呼ぶにふさわしい力だ」


 ついにあきらかとなるアル・バイターの反則能力。しかしタナカの余裕の態度が崩れることはなかった。彼にとってアル・バイターのもつ強奪系能力は実になじみのある力だったからにほかならない。

 その能力は某小説投稿サイトにおいて一時期流行し、日刊ランキングを席巻したほどにメジャーなチートである。「流行っているとはいえ麻呂のスコップを破壊するほど量産するなど言語道断! 桃色二次元板から帰ってきたおりこのままであったときは、今年は二度と二次元板での画像収集から戻ってこぬ故、心しておじゃれ!」と時の平民、田中太郎氏を激怒させたという。それほどまでに有名な能力であれば自称文豪のタナカさんが熟知していて当然である。


「無限の可能性を秘めた能力――。だがそれでは足りぬ。それだけでは完全なチートたりえんのだよ、クックックッ」


 なんとこのおそるべきプロ妄想家は強奪系能力の弱点をすでに見抜いていたのだ。このときタナカは勝利を確信する。

 そしてこれまでの過剰ともいえる警戒から解放されたせいなのか。彼のテンションはあがりまくって最高潮に達していた。身体の隅々までひろがる解放感。そしてこみあげてくる全能感。タナカの知覚がこれまでないほどに研ぎ澄まされていく。

 そして知る。自分の中に膨大な魔力が渦巻いていることを――。まるで血液のようなに流れるその一本一本がタナカの意志と同調し縦横無尽に駆け巡る。

 これまで無意識に発動させたものをのぞけば、タナカが成功させた大魔法は宴会芸レベルの奇跡でしかない。しかし今、タナカは自らの意志で大規模な大魔法を発動させる。興奮で笑みを浮かべながら――。

 そしてその上機嫌な様子をみて苛立つアル・バイター。


「なにを嗤っている! たかだか高位魔法をひとつ防いだ程度で勝ち誇らないでもらおうか!」


 さきほど高位魔法を放ったとき以上の魔力を充填させるアル・バイター。魔力が光のエネルギーへと変換されて巨体の前に収束していく。その集積されたエネルギーは勇者カムイを一撃で戦闘不能にまでおいやったときの数百倍。


「私をみくびったことを後悔しながら燃え尽きろ!」


 駆け上がる光の咆哮。そのまま上空のタナカを呑み込んだかに思われた。しかしその破壊の光が届く手前でなにかにぶつかったかのようにはじかれ続けていた。


「なんだ! なぜ私の攻撃がはじかれる!?」


 驚愕――。そしてすぐに気付く。自分を押し包むような強大な圧迫感に。


「クックックッ、もはや逃げられんぞ。いま貴様のまわりには十三層の多重結界が展開している。たとえ神であろうと破ることかなわぬよ」


 なぜに十三層なのか。もちろんなんとなくカッコいいと思ったからに他ならない。しかしただカッコいいというわけではなかった。この結界の最大の特徴は十三という素数を数えたことにより心がとっても落ち着くのである。その効能はラップ音にいちいちビクッとなることには定評のあるタナカさんさえも落ち着かせてくれるほどなのだ。すごいぞ素数結界!


「おのれ!」


 このままでは埒が明かぬと思ったのか。アル・バイターはエネルギーの放出をやめて突進する。しかしやはりなにかに行く手を阻まれたかのように巨体が弾き返された。


「おのれ! おのれぃいいいい!!」


 巨体にひしめく触手の先が硬質化し刃となって見えない壁に襲い掛かる。一瞬のうちに何百何千という斬撃が結界に放たれるものの状況に変化は訪れない。

 続けて触手を寄り集めて巨大な刺突兵器を生み出すと再び突進するアル・バイター。刺突兵器が高速回転をはじめ砂塵が舞う。再び結界に激突するがやはり前進が止まる。それどころか徐々に巨体が押し返されていく。割れないぞ素数。つよいぞ素数結界!


「ほうドリルを生み出したか……。つくづくおしい才能だな」


 漢の浪漫ドリル。アル・バイター、――いやカシウスはまぎれもなく一流の妄想家だとタナカも認める。もし彼が生まれたのがタナカのもといた世界だったなら、某掲示板でいかんなくその才能は発揮され、ネタを提供してくれる神として賞賛されたことだろう。あるいはタナカと顔知らぬ親友となりえた未来があったのかもしれない。

 しかし現実は非情。いま彼らはこの異世界で敵として相見えている。そして異世界で育まれたカシウスの妄想力は、現実世界の様々なフィクション作品に触れてきたタナカの妄想力には残念ながら及ばない。

 この戦い。逆の立場であったなら間違いなくタナカは逃げに徹していた。

 強奪系能力――物語当初からストレスフリーな高成長でヒャッハー展開ができる能力であるがこの力には落とし穴が存在した。そのままでは読者に飽きられてしまうという欠点である。それを回避するために世界は解き放つのだ。試練という名の巨大な壁を――。

 無限の可能性を秘めた強奪系能力も、その時点で自分のはるか上の存在に対してはまったくの無力。この試練はまともにいけばバッドエンド間違いなしの展開しかないのだ。

 先ほどタナカが完全なチートたりえないと切り捨てた所以である。そして完全なチートとしてここで必要となるのが主人公属性である。自分よりはるかに強い敵を前にしてご都合展開で乗り切る才能。これがあってこそ強奪系能力は完全なチートとして活躍するのである。

 そしてタナカは確信していた。「しつこいねっとりタイプな顔のカシウスに主人公属性はない」と。なんという冷静で的確な判断力なんだタナカ! 強盗から人質を無事取り返すことができるほどの判断力だぞタナカ!


「貴様の敗因は急ぎすぎたことだ」


 タナカが大げさに両腕を広げ闇を纏う。


「成長する前に我が前に立ってしまった愚行を嘆くのだな……。さて、もし貴様の生まれる場所が違ったならば、いずれ届いたであろう境地を見せてやろう。我が故郷の同朋たちが生み出した最高の業を――」


 世界が歪むほどの高密度な魔力。タナカが纏う闇が奇跡となって体現する。


「『永遠へいざないし光のエターナルフォース・ブリザード・調べ(レクイエム)』」


 それは攻撃と呼ぶにはあまりにも静かで儚い風景だった。まるで雪のようにちらつき始める光の結晶。アル・バイターが封じられた素数結界内部に降り注いだ光の粒子はただ穏やかに漂い続けた。

 これまで激しい戦いにさらされ続けたものたちは、場違いなその美しい風景に目を奪われた。しかしすぐにそれが間違いなく攻撃であることを知る。響き渡ったのはアル・バイターの絶叫――。


「なんだこれは! なぜ私の身体が凍りつく!? あらゆる属性に耐性をもっているはずの私の身体がいったい何故!?」


 アル・バイターの身体が光に触れた場所から次々と凍り始めていた。いや、正確には氷と化していた。


「おのれ、ならば治療魔法で治すまでのこと……。なに! 治療魔法が効かない……だと」


 アル・バイターは治癒を試みるがまったく状況は改善しない。それどころか次々と光に触れ氷と化していく自身の身体にあせりが隠せない。膨大な魔力に任せて再度魔法を使ってみるも同じく変化はなく、アル・バイターの混乱はさらに深まる。

 このとき冷静な判断力があればちがった対処も思いついたかもしれない。しかしその仮定も残念ながら意味をなさないだろう。両者の間には決して越えられぬ壁があったのだ。例え正しい対処法を試したとしても、圧倒的な力の差を前にしては無駄におわったことだろう。

 タナカが放った攻撃は水系の氷結攻撃の類ではない。それはどちらかといえば呪いにちかしい攻撃だった。

 その本質は物質変換――。タナカが放った光の結晶は触れたそばから物質を氷へと変換していたのだ。しかも対処を施されないために時間停止まで行うという用意周到ぶり。小物の心を忘れないタナカさんの匠の技がひかる一品である。


「馬鹿な……。私が……神を超えた私が……こんなところで……」


 アル・バイターが溶けることのない氷のオブジェと化していく。


「同じ妄想家としてのせめてもの情けだ。永遠をくれてやろう。世界が終るときまでせいぜい楽しむがいい」


 こうしてアル・バイターの時は停まる。それは二人の妄想の争いに終止符が打たれたことを意味していた。


申し訳ございません。最近忙しくて感想が返しきれていません。

感想はすべて目に通していますし、たいへん励みになっております。本当にありがとうございます。

この場を借りて御礼申し上げます。

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[良い点] やっぱりあたいが最強ね!
[良い点] ついに、あの「さいきょう」魔法が!!!
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