第七話 魔法Ⅱ
場所は再びハル皇国とプリン王国の間に横たわる山岳地帯。
タナカは魔法の制御を身につけるため、鍛錬の日々を送っていた。あるときは天に向かい青い光の柱を出現させ。また、あるときは轟音を轟かせながら巨大な水塊を崖下に振り落す。はたから見ればまさに人外の所業。
本来であれば新米魔術師は1日数回しか魔法は使えない。しかしタナカはそんな基本的な常識はすっかりと忘れさっていた。そしてただひたすらに魔法を連発し続けたのだった。その結果、タナカは異常ともいえるペースで成長していった。
そんな毎日が続いていたのだが、ある時からおかしなことが起こり始める。それまでは修行の成果はあらわれ始めていた。徐々にだが魔法の規模を小さくすることに成功していたのだ。しかしある時を境にどんどんと規模がまた大きくなっていった。
「おかしい……、手ごたえは悪くない。ちゃんとこれまでのとおり、魔法の規模を小さく制御できている感覚はある。それなのにむしろ魔法の規模はだんだん大きくなる……。うーん、賢さや精神の能力値があがったか? それともスキルのほうかな? いや魔法スキルはあがってら制御能力もあがるはず……」
タナカは魔法制御の腕があがるよりも、魔法関連能力のあがるスピードのほうが速くなったのかと予想した。とりあえず自分の状態を確認してみる。
魔力:2.4e13/2.4e13
賢さ:2.4e12 精神:2.4e12
「……大してあがってないし。アレ? 目から汁が……」
タナカは涙をぬぐうとさらに確認してみる。するとなにやら覚えのないものがあった。
スキル:剣(2.00) 魔法(0.31) 信仰されし者(0.32)
「魔法スキルが思ったよりあがっている! 後2週間もあれば1.00到達するんじゃね? ……ってそこじゃねえよ! なんだよ信仰されし者って!?」
ちなみに魔法スキルは第十位魔法をつかっても1.00以上はほとんどあがらない。そこからは第九位以上の魔法を使わないと成長は微々たるものである。これは1.00刻みで次第に条件が上がっていく。つまり9.00以上は第一位魔法でしかほとんどあがらないというわけだ。
しかし、とりあえずその件についてのくわしい話は今は置いておこう。今の問題は魔法云々の話ではない。いつの間にか存在していた「信仰されし者」というスキルである。タナカがこの見慣れないスキルに意識を向けているとふとそのスキルの詳細が思い浮かんだ。これはかつてホワイト将軍が言い忘れたことである。意識を自分のステータスのある部分、たとえば魔法スキルに向けると魔法スキルの詳細が解るというものだ。当時のタナカにはスキルがなかったため説明し忘れたのである。
そしてタナカがみたスキルの詳細は……
信仰されし者:魔法の効果が上昇するレアスキル。多くの者に信仰され一定の数を超えると得ることができる。スキルは信仰者が増えるとランクがあがっていき、やがては奇跡を起こせるようになる。
「なんかすげーのキター! って今の俺には迷惑この上ないスキルじゃねーか!!」
地団駄を踏んで世界に対する怒りを顕にする。どうやら今のタナカの状態は、制御が上達し魔法の規模を下げること自体はできるようになっていた模様。しかし賢さ、精神の成長と、信仰されし者のスキルによる魔法の効果の上昇が、制御能力を上まってしまったのだ。その結果、延々と魔法の規模があがっていく。まさに最凶へと至るコンボにハマっていた。
「なんでだー! なんでこうなるんだよ!! こっちの世界にきてからツッコミまくりだよ! ……ハァハァ」
こちらの世界にきてから、タナカは世間をあまり気にすることもなくなっていた。そのため厨二病全開での独り言が多くなっている。その上こちらの世界ではツッコミどころが多すぎた。結果的にタナカの独り言の多さはさらに拍車がかかって増していく。
「だいたいなんでこんなスキルが手に入ってるんだよ。最近だれとも会ってねーぞ。……アレ? また目から汁が……」
タナカは再び涙をぬぐいながら考える。そして例によって微妙な結論を導き出す。
「そうか……、黒角ウサギどもめ。ついに我を魔の棟梁として認める気になったのだな。フッ、我とてその気がないわけではない。いずれ魔の者どもを統べ、天に昇ってみせようぞ。しかし! 今の我は封じられし力を取り戻すため、魔の真理を追究せねばならんのだ……。許せ!」
タナカの妄想が加速していく。もし元の世界にもどることができたとしても、もはや彼は厨二病を隠して社会人生活を送ることはできないかもしれない。まさに事故が生んだ悲劇であるが実にどうでもいいことである。その後もタナカの妄想は暴走し続け一大叙事詩が完成されようとしていた。そこでようやく我に返り現実に戻ってきたタナカは、テンションがあがったまま叫び声をあげる。
「うぉおおおお! やってやるぜ!! どうせ俺は賢さも精神も大してあがらねえんだから問題ねえ。レアスキルがなんぼのもんじゃい! このまま力押ししたる! 絶対魔法の制御をものにしてみせるぜ」
こうしてタナカは前にもまして魔法の修行にのめりこむこととなる。
この日より3週間、山岳地帯ではそれまでより一段と増して、青い光の柱が激しく瞬き続ける。そしてかわるがわる轟音も鳴り響き続けた。
そして3週間後、山岳地帯の切り立った崖の上。そこには満足げな表情を浮かべたタナカがカッコイイポーズをとっていた。その顔はなにかをやりとげた漢の顔。
「ふふふ、修行をはじめて早一月。俺は赤子の限界を超えてしまった自信がある。言い換えるなら今の俺はスーパー赤子!」
……自分で言ったことながら、若干微妙な表情になってしまった。気を引き締めなおし今後の予定を考え始める。
「そろそろ修行を終わらせてもいい段階だな。最後にちょっと復習してみるか」
そういうとカッコイイポーズ(本人談)をとりなおし集中しはじめる。
「イグニッション!」
そしてまずは点火の魔法を唱えた。すると指先から火炎放射器並の炎が噴き出す。かなりの勢いのようで怪しくうなり声をあげていた。そして高圧縮された炎のエネルギーは青白く輝き、まるで巨大な剣のようだ。ときおりチリチリとプラズマ状の怪しいなにかが発せられている。
「……うむ、完璧だ。……許容範囲のはずだ」
タナカはこまかいところは見なかったことにする。すぐに魔法をとめ次の魔法のために再び集中を始めた。
「ウォーター!」
目の前に直径1メートルほどの水の塊があらわれる。タナカは急いでアイテムボックスから桶を取り出し、桶をもった手を前に掲げる。腰を直角に曲げめいっぱい腕をのばすその姿は実に滑稽であった。しかしその姿を見るものは誰もいないし、見られていたとしても気にしない。それがタナカ。
現れた水の塊はすぐに重力にひかれ、地面に落ち水しぶきがあがる。
「なんとか水は……汲めたな。うむ問題ない……」
水の勢いのせいでかなりこぼれてしまったが、桶には水が充分たまっていた。靴やズボンが水浸しであったが見なかったことにする。
「うむ、これにて修行は完了だ。完了ったら完了だ! 俺は帰るぞ!!」
厨二心全開で修行に取り組んでいたが、所詮はぬるい環境で育ってきた元現代人。1か月もの間山にこもって、同じことを狂ったように繰り返してきたその代償は確実にあらわれていた。魔法が未知の領域であったとはいえ、ずっと同じことを続けては当然だが飽きもする。人恋しくもなれば、ベッドも恋しい。そしてうまい食べ物が恋しかった。
つまりのところタナカは、いろいろと限界に近かったのである。そういうわけで声をあげて確認をした。そうして自分を納得させ、修行の終了をここに宣言する。
「そうだな。最後の記念だ。ひさびさ普通の魔法で派手にやってみるか」
再びカッコイイポーズをきめながら、魔法を唱える準備をする。
「我に封印されし全てを滅する青き炎よ。我が導きに従い顕現し天を貫け! イグニッション!」
不必要な呪文をアレンジで加えつつ魔法を唱える。もちろんそのアレンジの効果はない。しかし現実は無常。ひさびさに天を貫くほどの青い光が指先より発せられた。ただしいままでの何倍もの大きさになって……。光の柱が発する超エネルギーは空を覆っていた雲を消滅させていく。それはまるで波紋が広がるように曇り空を青空へと変えていった。
「……」
制御がうまくなり、強大な力を抑えて使用することが可能となっていた。しかしそれは同時に、より出力をあげ、巨大な力をふるえるようにもなっていたのだ。
「ゴホン! どうやらちょっとハッスルしすぎちゃったみたいだな。まあ今日も体調はいいみたいだしなによりだ。……さてと帰るとしますか!」
すべてを見なかったことにするタナカ。準備をすぐに整えると山岳地帯を疾走し駆け下りていく。夢にまでみた暖かい食事とやわらかい寝床はもうすぐそこだ。テンションがあがり機嫌よく叫び声をあげる。
「ヒャッハー! 我が眷属たちよ。我が覇道を歩みしときは疾くかけつけるがよい。さすれば黒角ウサギの未来は輝かしいものとなろう。それではしばしの別れだ。さらば黒角ウサギたち。HAHAHAHA」
笑い声をあげながらタナカは森の中へ消えて行く。魔物たちは怯えた目でただ見つめるのみ。この謎の生き物が立ち去るのを見送るしか術はなかった。
ハル皇国とプリン王国の間に南北に走り横たわる山岳地帯。その南方の麓にこの辺りでは1番大きな街――モリモリの街があった。
ハザマの街より遠く南西に位置するこのモリモリの街。そこはもともと広い森の中にある普通の街であった。
しかし20年ほど前にあったハル皇国とプリン王国の戦争により、街の状況は変化する。
この街の西の山岳地帯は特に険しい地形で、プリン王国側から攻めてくる危険性はなかった。そのため周囲の街から避難民が集まり、人口が急激に増えていったのだ。
森を切り開き、街を広げ農地も広がっていく。いつの間にかこの辺りでもっともにぎやかな街となっていた。安全で豊かな環境もあってそのまま発展は続いていく。
しかしそんな長きにわたる平穏な日々に異変が生じる。
それは創世暦5963年夏のことだった。その日遠く山岳地帯に突然青い光の柱が出現した。すぐに光は消えたが、その後地響きが続き近くの川の水かさがあがるという怪奇現象に見舞われる。特に被害者はでなかったが、人々は人知を超えた現象に恐怖した。
やがてその後も怪奇現象は断続的に起こり続ける。「山には神がすんでおり、山からの恵みへの感謝を忘れた人々に怒っているのだ」いつのころからかそういった噂が流れ始めていた。
それからは皆が山に向かい祈りを捧げるようになる。半月も過ぎたころからであろうか。徐々にその現象はおさまっていき人々は安堵する。
そして怪奇現象が起こり始めてからちょうどひと月ほどたった頃。街の人々は奇跡を目の当たりにする。山からそれまでとは違う巨大な光の柱が出現し、曇り空を瞬く間に青空へと変えてしまったのだ。
この年、近年悩まされ続けていた魔物の被害が激減する。モリモリの街の人々は名も知らぬ山の神に感謝し、以後もこの神を信仰し続けたという。
名前:タナカ レベル:12 経験値:532/1200 ギルドランク:E
体力:2.3e13/2.3e13 魔力:3.2e13/3.2e13
力:2.3e12 器用さ:2.2e12 素早さ:2.2e12 賢さ:3.2e12 精神:3.2e12
スキル:剣(2.00) 魔法(1.03) 信仰されし者(1.01)
装備:小剣 布の服
お金:1522000G