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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
69/114

Route69「願わくば救ってほしい……。魔族も……すべての者たちを……」

 アルバイターと対峙する戦士たちは目の前の化け物の動向に神経を尖らせていた。そんななかミコトが口を開く。


「さっきカムイが攻撃したけれどまったく効いてなかったわよね」


「まだ全力じゃない」


「アレは少し威力があがったくらいでどうにかなる様子じゃなかったわ」


「……」


 自分でもわかっていたのだろう。カムイもそれ以上なにも言わなかった。


「攻撃力という一点でいえば、その勇者様が俺らのなかでは一番かもな。その攻撃が効かなかったとなると物理攻撃には期待できねえんじゃねえか。まったく厳しすぎて笑えねえぜ」


 そう言いながら不敵な笑みを消さないカレーマンもなかなかに図太い性格である。


「となるとわしの出番かの。他に誰か魔法に自信のあるものはおるか?」


「魔法はあまり得意じゃない。基本の単体攻撃魔法くらいしか使えない」


「……普通。使えるのは基本の範囲攻撃魔法まで」


 カムイとテツジンが端的にマーリンの問いに答えた。


「使える魔法は基本の単体攻撃だけだぜ。最近は剣ばかりだったからなあ……、こんなことなら範囲攻撃も覚えとくんだったぜ」


「俺は魔法はまったく駄目だな」


「ハハッ、お前どうすんだよ」


「フッ、せいぜい引っ掻き回してやるさ」


 カレーマンとクーゲルがいつも通りのやり取りをしていた。絶望的な状況で暗くなりすぎないようにと彼らなりの気配りなのかもしれない。


「私は基本の範囲攻撃魔法までだから……、中位魔法以上が使えるのはマーリンだけってことになるわね」


「こうなるとあの嬢ちゃんが最初にやられてしまったのは痛いのう」


 カルトビッチの最期を思い出したのか、剣を握るカムイの拳に力が入る。そしてその瞳はアル・バイターを睨みつけていた。


「とりあえずわしは後方で様子見じゃ。あやつが魔法に対してどう反応するか見てみんことには話しにならんでな」


「そんじゃあ、やっこさんがどれほどのもんか俺らで試してみるとしようぜ」


「誰も捕まらないでね。わかってるだろうけど捕まったら一巻の終わりよ」


「一人でも脱落したら戦力ガタ落ちじゃからの。それがわしら全員の敗北につながることを忘れるでないぞ」


 マーリンを除く面々が前に出る。各々は警戒しながらじわじわとアル・バイターを取り囲むような位置取りをとっていった。

 そしておとずれる沈黙。その異様な風体を前にして全員が本能的な拒絶感にまとわりつかれ動けないでいた。


「どうした? かかってこないのか?」


 上から目線な態度の物言い。それに応えるように魔法攻撃が一斉掃射された。

 その攻撃はまるで示し合わせていたかのように炎一色だった。アル・バイターは四方八方から襲いくる炎に包まれる。

 第九位の魔法で攻撃する場合には「氷の塊を飛ばす」「風の刃を飛ばす」「火の玉を飛ばす」「石を飛ばす」という選択肢になる。

 この水風火土四元素の攻撃のうち水風土は生みだしたものは四元素に適ったものだが、それをぶつけることによる物理的攻撃の側面が強い。物理攻撃に対する強さをみせていたアル・バイターに効果は期待できないと判断したのは決しておかしくはないだろう。

 そして唯一残された手段の火だけが属性特有の熱を武器とした攻撃である。この場面で全員が一斉に炎の攻撃を行ったのは道理に適っていたといえよう。

 巨体が炎に包まれ触手たちは苦しがるようにうねっていた。魔力を足に集中しすばやく接近したクーゲルがそれらをかいくぐり、巨体の上にそびえ立つ翼の一方に強烈な一太刀浴びせる。


「硬いな……、たいした傷もつけられぬとはなかなか自信を失う」


 さらに二撃、三撃と攻撃を加えるがダメージと呼べるレベルには至らなかった。さらに攻撃を加えようとしたクーゲルだったが彼にむかって触手たちが一斉に群がる。それらを飛び退いて躱すが触手はしつこくクーゲルに追いすがった。

 その隙を突くようにクーゲルが傷つけた翼の根元に魔法の集中砲火を浴びせる面々。クーゲルを追っていた触手が追撃をあきらめ、しつこく続く魔法攻撃から翼を守ろうと射線に割り込む。しばらくの間攻撃にさらされ続けた翼のほうはというとたいしたダメージもなく顕在だった。


「さすがに頑丈ね」


「まずは動きを封じてえところだが、そう簡単にはやらせねえってか」


 ミコトとカレーマンが魔法攻撃を続けるが邪魔な触手が燃え上がるにとどまっていた。しかも崩れ落ちた触手はその断面から新たな触手を再生させてその数を減らすことはない。


「馬鹿正直に翼を落とそうなどと考えんでええ! 飛膜が傷つくだけで飛行能力は充分に低下するぞい!」


「たしかにそうだろうが、あの触手の再生力をみるに飛膜を傷つけた程度でおとなしくしてくれるかどうか……」


 アル・バイターから距離を取ったクーゲルがマーリンの忠告に言葉をこぼした。


「瞬時に再生するわけじゃない……。それなら飛び立とうとする瞬間に攻撃すれば十分に動きを止められるはず……」


 冷静に相手を観察していたテツジンがそれに応えた。


「それなら先に足をつぶす!」


 カムイがアル・バイターの巨体を支える足をめざして駆ける。その狙いに気づいたのか大量の触手たちがカムイを狙おうと集まり始めた。それが動きだすより先にカムイの後方で準備をしていたテツジンの第七位魔法が発動する。


「『吹雪(アイスストーム)』」


 暴風にさらされた触手たちは動きが鈍くなりやがて凍りついていく。邪魔するものがなくなったカムイは大きく振りかぶると剣を巨大な足に叩き付けた。


「グッ、こっちも硬い!」


 めり込んだ剣を引き抜くとすばやくバックステップ。次の瞬間、目の前に巨大ななにかが落とされ地面が爆発する。

 それは打ちおろされた巨人族の強靭な拳。獲物を捕まえようとその巨大な手を広げてカムイを追う。援護のためテツジンが矢を連射するが巨人の手は止まらない。


「『地割れ(アースシェイク)』」


 アル・バイターの足元に地割れが起こりその巨体が揺れる。バランスを崩したアル・バイターはカムイの追撃を諦め体勢を整えることを優先した。


「ならこっちはどうだ!」


 別方向から攻撃魔法を放ちながらカレーマンが距離を詰める。狙うのはアル・バイターの尾部で蠢く蛇竜。


「おらぁ!」


 素早く双剣を握ると蛇竜の首に斬りつけた。


「って(かて)え! こっちも無理かよ、クソッ!」


 すかさずカレーマンを捉えようと触手が迫る。カレーマンは片方の剣をしまうと攻撃魔法を連射して触手を防ぎ後退した。


「残るは巨人の身体にその上の本体ってところだけど常識的に考えて守りは固いわよね……、でもやるしかない!」


 ミコトは身構えると自分ができる最大の攻撃魔法を放つ。アルバイターの前面、巨人の身体を包み込むには十分すぎる炎が吹き上がった。

 アルバイターはそれほど慌てた様子もなく後退して燃焼魔法から抜け出す。


「マーリン、どう?」


「ふむ……。それほど効いた様子はないが、今のはおぬしが未熟なだけで十分いけると思うぞい」


「……未熟で悪かったわね」


 ジト目でマーリンを見かえすミコト。その振る舞いはある意味安堵の表れだったのかもしれない。この絶望的な状況にわずかな光が差したのだから。


「どうしたよ? なんかわかったのかい?」


 彼女たちの変化に逸早く気付いたカレーマンが二人のもとに後退してきた。


「マーリンの切り札を使うわ。本当はもっと勿体つけたいところだけどね」


「あやつに様式美などわかりゃせんだろうに仕方なかろうよ」


「へっ、だったらその切り札とやらに賭けさせてもらうぜ」


 軽口を叩きあう三人。しかし状況は確実に不利になりつつあった。圧倒的な防御力と非常識な再生力を前に、一方的に攻撃しているようでいてこちらだけが消耗し続けているのだ。このままでは敗北は必至だろう。


「あまり近づきすぎるでないぞ。巻き込まれるからの」


「伝えておくぜ!」


 カレーマンが元気よく駆けだす。その姿を見送ると二人はアル・バイターを見据えて身構えた。


「わしの魔法で十分ならばそれでええが、もしものときは……」


「ええ、私の力を使うわ。まだうまく使いこなせないけれど、ここで使わないでいつ使うってのよ」


 二人はアル・バイターの周りを動き回り攻撃を続ける仲間たちを注視しながら攻撃のタイミングを計るのだった。






「クックックッ、世界でもトップクラスの実力者たちがなにもできず飛び跳ねるだけとはなかなか愉快な催しだな」


「ケッ! 言ってろ!」


 群がる強者たちを前に余裕の態度を崩すことのないアル・バイター。

 カレーマンは襲いくる触手を躱しながら毒突くことしかできなかった。他の戦士たちも有効な手立てを打てないままであるがさすがに有数の実力者たちである。未だ危うい場面もなくアル・バイターの攻撃から逃れ続けていた。


「しかしさすがに飽きてきた。まずはどれか一匹いただくとするか――」


 ある意味膠着状態だった戦況にアル・バイターがなにか動きを見せようとした瞬間、大賢者マーリンが切り札を発動させる。


「テル・メ・バロス・イ・クリ・クスィ――『恐王の焔(エクスプロージョン)』」


 突如生まれた閉鎖空間に閉じ込められるアル・バイター。突然のことに動きを止めてしまった瞬間、その巨体は本命の攻撃に晒される。

 そこに存在するもの全てを押し潰す圧力とその上で全てを焼き尽くすほどの高温が閉鎖空間内部に荒れ狂う。

 光が瞬き続ける閉鎖空間を前に声もでない戦士たち。それは人の世で失われた高位魔法、その中でも最上位に位置する魔法である。味方とはいえそんなものを間近で見せられては驚きを隠せないのも当然かもしれない。しかし本当の驚きはその後だった。

 外側からははっきりとはわからない内部の様子。しかし大きな影が――アル・バイターが閉鎖空間を押し破ろうとする姿が朧げながら浮かんできたのだ。


「化け物め……」


 誰からだっただろうか。見ていた全員が感じていた言葉を吐き出していた。

 しかし攻撃を放った大賢者は予想の範疇とばかりに構えを取ったままだった。そして――


「ダブルキャスト!」


 さらに続けての高位魔法。それはマーリンにとっても身体に大きな負担のかかる攻撃だった。さらに激しく瞬く閉鎖空間。そのなかでは地獄といってさしつかえない暴虐の嵐が続いていた。しかしそれでもなお崩れないアル・バイターの影。


「ミコト!!」


 マーリンが厳しい表情でミコトに呼びかける。いつの間にか武装をとき自然体となって目を閉じていたミコトがその叫びに応えるように覚悟のこもった瞳をあらわにした。閉鎖空間を睨み付けその身に宿る力を開放する。


「創世の神よ。今こそその力を我が前に――」


 光瞬く閉鎖空間が闇に染まる。ミコトはマーリンの魔法に自分を加護する力――創世神の力を付加したのだ。それは無から有を生み出しそしてすべてを無に帰することが可能な真なる神の力だった。

 それは来るべき時に訪れる終末の力。今は存在してはならぬ漆黒の光。その輝きが徐々に膨れ上がり閉鎖空間を埋め尽くす。ついには限界を迎え最上位魔法の結界はその力に耐えきれず砕け散った。

 荒れくるうっていた灼熱のエネルギーも暴力的な圧力も、そして化け物もすべてを無に帰す。そしてそこに残ったのは焼け焦げた大地だけだった。それは二人の死力を尽くしたまさしく最強の攻撃だったといえよう。

 息を乱したまま同時に膝をつくミコトとマーリン。いまはただ消耗した身体の回復を図ることしかできなかった。そして――


「やったか!」


 カムイから放たれる不吉な一言。タナカさんがいれば間違いなくここぞとばかりにイケメンを責めたてることに没頭しただろう。なぜならその台詞はこういう場面では絶対に口にしてはならぬ禁断の言葉だったからだ。

 それを証明するかのように黒焦げの大地から芽吹く不気味な触手。触手の先端は徐々に膨らんでいきやがて花が開いた。そこにあったのはカシウスの上半身。


「すばらしい! まさか勇者にこのような力があったとはね」


 満面の笑みを浮かべた狂人の口調は研究者のそれに戻っていた。息を乱しながら今も自分を睨み付けてくる少女をうれしそうに観察する。


「みんな逃げて!!」


 それは今ともに戦っていた仲間たちだけではない。この人外の域の戦いを離れて見守っていた王国兵たちも含めたすべての者に向けた言葉だった。

 もはや希望は絶たれたのだ。今できることといえば一人でも多くの犠牲者を減らすことだけ。

 しかしそんなミコトの必死の叫びも叶うことはない。


「ふむ……、極上の贄を前にして他のゴミなどもはやどうでもいいのだが、今の私は運動したせいか少々空腹でね」


 カシウスから膨大な魔力が膨れ上がったと思った瞬間、世界が灰色に染まった。


「おいおい、どうなってんだよ。こりゃあ……」


 慎重に身構えたままカレーマンが思わず呟いていた。それはこの場に集ったすべての者たちが思った疑問だっただろう。そして一人だけその解答に辿りついた者がいた。


「これは……、まさか神や精霊がもつという奇跡の力――大魔法による結界か!」


 マーリンは世界を浸食した恐るべき力に驚愕する。


「クックックッ、もはや誰一人と逃さんよ」


 閉じ込められたすべてのものがカシウスが見せる冷たい笑みに恐怖した。


「さてと……、まずは君が献上したまえ。その力は勇者ごときには宝の持ち腐れというものだよ」


 地面から次々と芽吹く触手たち。

 そうアルバイターは神の力に焼かれながらも地中へと逃れていたのだ。無事だったのは僅かな肉片のみであったがそれこそがアルバイターの本体。これまで吸収し続けた膨大なエネルギーと取り込んだすべての生物がもつ情報を溜めこんだ本体というべきものだった。

 このわずかな期間にまわりの物質を徐々に浸食し自身の身体を復元し続けていたのだ。そしてついに大地を揺らしながらアルバイターの巨体が復活する。


「さあ! よこしたまえ! その極上の力を!」


 触手の群れがミコトに押し寄せる。もはや彼女にはわずか未来にふりかかるであろう悲惨すぎる最期を前に歯を食いしばることしかできなかった。

 しかしその絶望の間に割り込む影があった。


「神盾よ! 真の力を解き放ちたまえ!」


 両の手で掲げられたカムイの盾が光り輝き目の前に光の壁が出現する。


「カムイ……」


「ふん……、そんな危険な力を化け物に渡すわけにはいかないさ!」


 神盾から解放された力に歯を食いしばりながら耐えるカムイ。そこにアルバイターの触手が激突する。光の壁にぶち当たることによって生まれた衝撃も加わりカムイからたまらず苦しげな声が上がった。


「クックックッ、邪魔をするのはもう一人の勇者か。面白い……、どれ? 君の力も見せて貰うとしよう」


 魔力によって生み出されたエネルギーが光の粒子となってアルバイターの前に収束していく。


「期待を裏切らないでくれたまえよ」


 彼の呟きに続いたのは轟音と衝撃――放射されたエネルギーがまるで地を這う流星のように勇者に襲いかかった。カムイが生み出した光の壁と破壊の奔流が激突し世界がゆれる。

 圧倒的な力を前に傍観するしかなかったものたちは力の激突で生じた輝きの眩しさに状況を知ることさえできなくなった。

 いったいどれだけ続いただろうか。光の奔流は徐々におさまっていき結果が顕となる。

 勇者カムイは未だ確かに存在していた。その後ろにいたミコトとマーリンも無事だ。最悪の結末だけは回避されたといえる。しかし――。

 乾いた音が辺りに響き渡った。カムイの手を離れた神盾が地面に横たわる音だった。続いて膝から崩れ落ちる。なんとか両手で倒れ伏すのだけは防いだものの苦しげに呼吸を繰り返すカムイ。

 この結果に誰もが絶望に陥る。強靭な身体をもつ勇者ですら一撃しか耐えられない攻撃をふるうもの。それが今目の前にいる化け物なのだと。


「やれやれ……、こちらの勇者は少々期待外れだったよ。なんの力も発揮できずじまいかね」


 カシウスはすでに興味を失った目でカムイを見つめていた。


「まあ、この空腹を満たすのには十分役にたつだろう」


 彼を捕らえようとアル・バイターから触手が伸びる。カムイの背後にいたミコトもマーリンも消耗したまま未だ動くことはできない。

 ついに触手が獲物を捉えようとするという寸前、勢いをなくした触手が地面に転がり落ちた。


「まだまだ悪あがきさせてもらうぜ」


 カレーマンが疾風のごとき身のこなしでそれらの触手を両断していたのだ。続けてクーゲル、テツジンも触手に攻撃を加える。

 もはや次元の違う敵なのは明らかだった。対峙しているのは技術や経験では到底及ばない圧倒的なまでの力である。しかしそれでも抵抗をやめなかった。


「やれやれ、いい加減うんざりしてきたよ。君たちの相手は」


 さらに伸びてくる触手。再び両断しようとカレーマンの剣閃が走るが触手を僅かにめり込ませたところで止まる。


「なにっ!」


 すばやく剣を引き抜くと距離を取るカレーマン。


「その気になれば君らの攻撃など無効化できるのだよ」


 ならばとカレーマンとテツジンが魔法攻撃を放つが触手はこれまでのように焼き崩れるようなことはない。三人にはもはや触手から逃がれることしかできなかった。


「それではいただきやすいところから――」


 一本の触手が膨らみ食虫植物を思わせるその口をひらく。カルトビッチの最期と同様である。その巨大な口が向かうのはもっとも消耗し身動きのとれない勇者カムイ。

 せまる触手にカムイは死を覚悟する。しかしその破滅の前に立ちふさがる漢がいた。巨大な大口の淵を両手でがっちりと掴みそれ以上進むのを許さなかった。


「あなたは……」


 勇者カムイを救ったのはクーゲル。一時的に共闘したとはいえ何故そこまでして自分を守ったのか。カムイからは自然と疑問の言葉がこぼれていた。


「フッ……。自然と身体が動いてしまっていたよ……」


 なんとか危機を回避したカムイたち。しかしもはやこの程度の抵抗で化け物を止めることはできなかった。

 大口の触手の首元から新たに分裂した触手が先端を鋭い刃と化して襲い掛かる。大口を押さえるクーゲルはかわすことができずその身を触手に貫かれた。


「がはっ!」


 幾カ所も触手に貫かれ膝をつくクーゲル。しかしなおも大口を押さえ続けていた。


「何故そこまでして僕を……」


「さてな……、なんとなくだが感じたのさ。ここで失ってはならぬ存在であると……」


 吐血するクーゲル。それでも化け物に食い下がる。


「願わくば救ってほしい……。魔族も……すべての者たちを……」


 その命の灯火の最後の輝きを前に超常の存在は無慈悲な裁定を下す。


「くだらん見世物だな。しかしはっきりとわかったよ。もはや勇者であろうと何者であろうと私にとってはゴミ以下の存在だと。私が間違いなく神の領域にいるということがな!」


 大口がさらに巨大化する。


「クソがぁああああ!」


 カレーマンはなんとか勇者たちのもとへたどり着こうとするが剣も魔法も通じない。テツジンも同様に前に進もうとするが触手をよけながらの前進は困難だった。

 そしてクーゲルの手を離れた大口はもはや抑えられるレベルを超えた巨大な大口へと変化していた。


「皆まとめて食らってあげるよ」


 巨大な大口が目の前の獲物を食らおうとゆっくりと動き出す。そのとき世界を切り裂く甲高い音とともに天上から飛来したなにかが肥大化した触手を貫いた。物理攻撃も魔法も効かぬはずの触手が爆音とともに霧散する。

 そこに残っていたのは剣と呼ぶには武骨すぎる巨大な剣。その大剣が禍々しき力を漂わせて大地に突き刺さっていた。

 突然のことに皆が唖然とするなか――。


「こうもギリギリのところまで働かされるとは……、今度の主は存外に厳しい」


 死を目前にしながら笑顔を見せるクーゲル。


「まったく、待たせすぎだっての!」


 おなじく憎まれ口をたたきながらも笑顔のカレーマン。

 皆が理解できなかった。なぜ歴戦の戦士二人がこの深刻な状況にこれほどまでに安心しきっているのか。

 しかし一人だけなにがおこったのか気づいた者がいた。


「またしても私の邪魔をするか……」


 他の誰でもない。いままでこの場の支配者だったアル・バイターことカシウスである。


「いいだろう……。こちらも十分に力を付けた。今こそ決着をつけようではないか……。魔神よ!」


 空を睨み付けるカシウス。大魔法によって隔離された世界――それを証明する灰色の空に亀裂が生まれていた。やがて亀裂は全天に広がり甲高い音とともに砕け散る。

 そして現れるもとの世界。その青空に浮かぶ漆黒の漢。我らが主人公タナカさんである。

 美少女を救うイケメンといううらやまけしからんお約束。そのイケメンをかつての敵がその身を挺して守るという熱血王道。それらを経て最後におっさんを救う役が回って来るタナカさん。

 どうしてこうなったタナカ。童の帝に課せられし運命はそれほどまでに重いのか。その雄姿は笑いなしでは見られないぞ。もとい涙なくしては見られないぞタナカ。


「なんだかよくわからんが……、好き放題やってくれたようだな。バイト戦士」


 チャンスを無にしたことを無意識のうちに察したのか。ふつふつと怒りの感情が燃え上がるタナカさん。

 怒りの感情とともに膨大なエネルギーが二人の間で衝突し激しくスパークする。

 元正社員とバイト戦士――現代日本が生み出した待遇差という雇用問題の闇。

 はたしてタナカさんはこの社会問題を解決し日本を救うことができるのか!? できるわけがない!


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