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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
67/114

Route67「ひれ伏すがいい、上位精霊が奏でる魅惑の旋律に!」

 炎凰(エンオウ)ゾンマー。その幻想的で貫禄のある姿にタナカは気圧され……はしなかった。


「あれ? 錯覚かな? なんか……すごく違和感が……」


 タナカは目頭を押さえながら目の調子を整える。そしてもう一度ゾンマーに目を移した。


「……」


 やはりなにか違和感があった。タナカはその原因が理解できていながらもどこか申し訳ない気持ちになってしまい言い出す勇気がない。

 希少な消費アイテムをここぞという場面までとっておくことにして、結局エンディングまで使わないで終わるほど慎重な漢タナカさんの気持ちを察したのかスケさんがポツリと言葉をこぼす。


「小さいでござるな」


「だよね! 遠近感が狂ったのかと心配になったよ! なんかおかしいよね? この話の流れ的にちょっとありえないくらいの小ささだよね!」


 そう、ゾンマーはその迫力ある声と幻想的な姿を顕にしながらあまりにも小さかった。

 わかりやすくいえばガムとプラモデルどっちがオマケなのかわからないお菓子の戦闘機なみに小さかったのだ。幼少期のタナカさんのハートをつかんでやまなかった魅惑の食品玩具。思わずかつての楽しい思い出に浸ってしまう。

 これはつまりゾンマーの出現にタナカさんに残る子供心が刺激されることはあっても、恐怖に小揺るぎすらしなかったということを意味するのだ。すごいぞタナカ。めずらしく頼もしいぞタナカ。


「フッ、見タ目デ相手ノ強サヲ判断スルトハ……。愚カナリ」


「ハッ、しまった!」


 タナカはすぐに自身の大きな過ちに気が付く。あまりにも都合のよい展開に思わず油断してしまった自分の愚かな過ちに……。

 一見弱そうにみえて途方もない強さを誇るというのはアニメやゲームではもはや王道といっても過言ではない。故郷の同朋たちからすれば常識といってもよいだろう。

 素人ならばゆるされる過ちだがアキバ散策玄人であるタナカさんは自分自身がゆるせない。自分の最も得意とする分野での失態。その屈辱的な敗北が冷たく彼の心を蝕んでいく。


「マア、死ニカケテ見タ目ドオリ弱イワケダガ」


「よええのかよ! いまオレの心の中で流れたシリアスな葛藤が台無しじゃねえか!」


 本当にシリアスな葛藤だったのかは疑問が残るがタナカが翻弄されているのは間違いないだろう。おそるべき超常の存在である。そしてゾンマーがみせつけたその風格を前にカクさんが逸早くその正体に気付く。


「まさか……、上位精霊」


「ホウ、同朋ガイタノカ。取リアエズ其ノ大層ナ代物ヲドウニカセヨ。今ノ消耗シタ我ニハ念話モ辛イノダ」


 炎凰ゾンマー――その正体はカクさんと同じく精霊だった。しかもカクさんより格の高い上位精霊である。


「念話とな? いま聞こえてたの普通の声じゃないわけ?」


「ソノ空気ノ壁ノセイデ音ガ遮断サレテオルノダ」


「ああ、なるほど。音は振動だから間の空気を制御されたら届かなくなるのか……。いや、知ってたからね。言われなくてもわかってたから。……本当だぞ! 当たり前すぎてあえて言わなかっただけだから! マジでオレの知識量すげえから!」


 そう言うが早いかシットリすべすべな布地を取り出すと両手に持って頭を擦る。そして布地をもったまま両手をあげると――。


「おお!」


 髪の毛が逆立つタナカ。これは一時的に五十倍強くなった気分になれるというタナカさんの秘奥義である。その間抜けな姿をみてスケさんとカクさん、そしてついでにゾンマーから感嘆の声があがっていた。


「どうよ。大気の理を知るオレならばこそ実現できるこの神業」


 まわりの好印象な反応から、なんとかリーダーとしての面目を保てたことに安心するタナカさん。


「コホン! まあ、お遊びはこれくらいにしてと――」


 まったくもってお遊びである。


「先程の提案についてだが……、 めっちゃ熱いからこの空気の膜を止めるわけにはいかん!」


 大げさな振り、溜め、そしてリーダーっぽい風格をみせつける気まんまんのドヤ顔。断固とした態度で言い放ったその姿はまさしく完璧な小物だ。


「ナラバ場所ヲ変エルトシヨウ」


 タナカさんのこってりコテコテの濃すぎる振る舞いに対し、ゾンマーはあっさりそう応えると炎の翼を羽ばたかせて火口の外へと上昇していった。


「フッ、なるほど。そう躱すとは……、なかなかやるな」


 雰囲気にのってくれなくてちょっと寂しかったのをごまかすようにとりあえずカッコいい台詞を吐いた後、タナカたちもいそいそと透明の道を引き返し火口の外へと脱出する。そして火山の上空で再び対峙するタナカたちと炎凰(エンオウ)ゾンマー。


「それで、このような場所にいったい何用だ」


「……なんか急に威厳がなくなった」


 タナカはヘリウムガスを吸い込んだような声で話しかけてくるゾンマーを前に一気にテンションがさがる。先ほどまでの威厳のある雰囲気はタナカの逃走心を刺激するものがあったが、刑事ドラマに出てくる爆破予告犯の電話口での声のような今の雰囲気も、ファンタジーの世界観を台無しにするようでやる気をなくすものがあるのだろう。なかなか難しい性格の漢である。


「まあいいか……。オレはこの山を越えようとする一団の代表だ。昔このあたりの魔物をどうにかできると言い残した粋なサムラーイを探してるうちにここまで辿りついた」


 タナカとゾンマーが会話しはじめた傍らスケさんとカクさんも相談し始める。


「サムラーイって何なんだ? 俺も知らねえんだが」


「サムラーイはサムラーイでござるよ。タナカ殿の話から察するに上様のことだと思うでござるが」


 スケさんも成長したものである。なかなかの洞察力を発揮している。


「なるほど。確かにサムラーイな感じがするな」


「かなりのサムラーイでござる」


 もはや何を言っているのか訳が分からない。そしてゾンマーもまたその鋭い感性を発揮する。


「サムラーイが何を意味するのかは解らぬが、どこか清廉な趣のある言霊だ」


「サムラーイだからな。というわけでなにか知らないか?」


 サムラーイにこだわるのはわからなくはないが、いいかげん話を進めてサムラーイ。


「たしかはるか昔、怪我をした人間を助けた折にそのような話をしたような気がするな」


「クリティカルヒット! フッ、予想通りだ」


 炎という共通する点があったことから、なんとなく予想できたことだが噂の化け物の正体はこのゾンマーだった。めずらしく順調な展開に喜ぶタナカ。


「というわけでだ……」


 タナカは空中で器用に土下座の体勢に入るとすかさず目的達成のために動く。


「上様! お力添えをいただきたく伏してお願い申し上げまする」


 下手に出るうまさには定評のあるタナカさんは見事なまでの土下座を披露していた。


「山越えが成功した暁にはこのタナカめが上様第一の家来となり、世に蔓延る悪を討って討って討ちまくる所存」


「ほほう、殊勝な心がけよな」


「ははっ、上様の顔を忘れたなどとほざく輩に暴れん坊なその雄姿をみせつけてやりましょうぞ」


「しばらくは大人しくしているつもりであったが、それほどまでにいうのなら致し方ない。表舞台にたつとしようか」


 こうしてタナカはゾンマーを担ぎ上げることにうまく成功する。


「ふう、これで一件落着だな」


「いや、まだなにも解決してねえだろうが」


 一仕事終わった気になっていたタナカに水を差すカクさん。


「なにいってんだ? 上様まじ暴れん坊なんだぜ。終わったも同然だっての! 俺なんてもうサンバ踊り始めてるよーん」


 そういうが早いか空中で微妙なステップを踏み始めるタナカさん。


「でも死にかけてるとか言ってなかったでござるか?」


 スケさんの言葉にタナカの動きがピタリと止まる。


「だ、大丈夫だって。上様降臨とわかれば魔物はみんな頭下げるって。そういうお約束のパターンなんだよ。ねえ上様」


「うむ、まあ多少気がかりな点はあるが」


「え? なにそのフラグっぽい発言。せっかく順調そうだったのにそういうの止めてよね。できる範囲でなら手伝うからさ。サンバ大会の準備とかね」


 そう言うと再びステップを踏み始めるタナカ。まったく暴れん坊な下半身さんである。


「気がかりというのは人間たちのことだ」


「む? なにかあるのか?」


 タナカもめずらしく空気を呼んだのか。サンバを中断しゾンマーの話を聞く。


「我が人間との係わりを絶って百余年。長く平穏が続いてきたがここ最近妙に胸騒ぎがしてな。そんなところにお主たちがやってきたのだ。我は此度の出会いに運命的なものを感じずにはおられぬ」


「たしかに奇遇でござるな」


「そこで確認しておきたいことがあるのだが……」


「なんだよ? 勿体つけずに早くいってよね。そういうドキドキいらないから」


 もったいつけるように言葉をきるゾンマー。ミルクをコップ一杯飲んでもお腹がくだることのないタナカさんの強靭な内臓にキリキリとプレッシャーがかかる。


「……我は麓の人間たちから上様と呼ばれているのだろうか? それともサムラーイなのだろうか?」


「そんなのどうでもいいんだよ! なんでここでボケるかなあ? いいかげん怒るよ」


「まさか! たかし君と呼ばれているのか?」


「聞こえてたのかよ! ねえ、だったら出てきてくれてもよかったんじゃないかな? おかげで封印してた悲しき過去を解き放つはめになったんだけどさあ!」


「友達になってやってもよいぞ」


「余計なお世話なんだよ! ほ、本当だぞ! 別に友達が少ないわけじゃねえからな!」


 そう言い放つと現在のベストフレンズであるスケさんとカクさんに心の中で助け舟を求める。彼らがこれまでに育んだ絆があれば阿吽の呼吸で肯定の言葉が返ってくることだろう。


「上様にサムラーイにたかし君でござるか」


「三つも名前をもらえるとは……、さすが上位精霊だぜ」


 二人は上位精霊がみせつける格の違いに驚愕していた。あいかわらずノリのいい漢たちである。


「いやいや! これ上様だから。ある意味サムラーイだけど上様一択だからね! ついでにいうとたかし君はここにはいないから!」


 あまりに皆でタナカさんの悲しき過去をネタにひっぱり続けるため、そのツッコミはもはや絶叫になっていた。


「とにかく! みんなのところに戻るぞ! そんでもって山岳地帯を横断する! でてくる魔物は上様になんとかしてもらう! 以上が当面のチームタナカ行動指針だ。作戦は『タナカだいじに』でいくぞ!」


 ついにタナカがリーダーの強権を発動し無理矢理話をまとめる。その姿はまさにエゴの権化。あまりの精神的ダメージに声を震わせる情けない姿はまさに魔王と呼ぶにふさわしい風格なのではなかろうか。


「戻るのはいいでござるが、弱っていて本当に魔物をおさえることができるのでござるか?」


「上位精霊の実力を疑うわけじゃねえが、たしかに魔物をどうやっておさえるのかは気になるぜ」


 スケさんカクさんの好奇心がゾンマーの実力へと移る。


「我は力をもって魔物を制していたわけではない。力が弱まっていようがその点に関しては問題にはならない」


「なるほど。江戸幕府の威光は伊達ではないというだな」


 ウムウムとわかったようにうなずき見栄を張るタナカさんは相変わらず平常運転だ。


「『穢土爆札(えどばくふ)』がなんなのかは知らぬが、はっきりいってお主たちの想像を超えることだけは確かだ」


「なんだよそのカッコいい魔道具は! めっちゃ欲しくなってくるじゃねえか。いや、まあそれはおいておくとして大した自信だな。いったいどんな特殊能力もってんだよ上様」


「別に特別な能力ではない。そこの同朋も使っておるだろう? 姿を代えるのだ。魔物をも魅了する圧倒的なカリスマを発揮する姿にな」


「なっ! それじゃあ俺の立場が……」


 カクさんが声をあげて驚く。ツンデレ属性でカレーマンにその地位を脅かされつつあるカクさん。いまや人化による筋肉の美しさだけがカクさんを支えるアイデンティティだったといえよう。しかしその牙城にこの上位精霊は迫ろうというのだ。カクさんの筋肉が驚きで震えるのも当然のことだった。


「安心するがいい。我とお主の目指すところは別とみえる」


「お、脅かさねえでくれ。さすがに上位精霊相手じゃ俺の筋肉も霞むってもんだぜ」


 とりあえず自分の個性が保てそうで安心するカクさん。それ以上にも増して安心したのはタナカさんだった。


「ハァハァ……、あぶねえ。あやうく世界が滅びるルートに逝っちまうところだったぜ」


 世界に蔓延する筋肉たち。人類の叡智をもってしてもこの脅威をとめることはかなわず。世界は滅びの道を歩みはじめた――そんなナレーションとともに全米を震撼させたあのバイオハザード映画が現実のものとなろうとした恐怖にタナカさんの息は乱れていた。


「我が武器とするのは可憐さだ。どれほど獰猛な魔物をも心奪われるほどのな!」


 ゾンマーのこの一言にタナカさんの乱れた呼吸が期待と興奮に彩られる。


「ま、まじで!? 」


 恐怖に乱れていた息が興奮でさらに乱れるタナカさん。さきほどのカクさんとの会話で筋肉の危険性はない。今回こそは期待できるぞとタナカの鼻の下が伸びる。


「みせてやろう……、我のもつもうひとつの姿を――」


 ゾンマーの炎の身体が光り輝く。


「ひれ伏すがいい、上位精霊が奏でる魅惑の旋律に!」


 燃え盛るように揺らいでいたシルエットが徐々に形をなしていく。


「お……、お……」


 ついにタナカの前に奇跡が体現する。


「これが我がカリスマが具現化した究極のフォルム!」


 そこには艶やかな紅にその身を染めたヒヨコがいた。


「ニャーニャー」


 相変わらずの犯人声で猫の鳴き声を披露するゾンマー。


「おお!」


 どこからツッコめばいいのかわからないその状況にスケさんとカクさんがわきあがる。その期待に応えるように愛くるしくパタパタと空を舞う紅のヒヨコ。

 本来なら空を飛ぶことなど不可能なほどデフォルメされた小さな翼とゆっくりした羽ばたき。しかし上位精霊のもつ偉大なる力なのか。紅のヒヨコは物理法則を無視してゆっくりと空を飛びまわる。

 すべての動きが見る者を魅了するために計算されているのではないかと疑うほどに愛くるしい振る舞い。スケさんカクさんは心奪われ諸手をあげて喜んでいた。

 しかしここにひとり嗚咽をもらし絶望する漢がひとり――。


「確かに……、確かに可愛いかもしれないがそうじゃない……、そうじゃないだろう……」


 両の手で顔を覆い世界を呪う。


「フッ、フォオオオオオオ!!」


 いったい何度過ちを繰り返せば気が済むのかタナカ。悲しみに奮える姿が笑いを誘うぞタナカ。


「……せめて犯人声だけはやめてください」


 この漢注文をつけるあたり、ファンシーなヒヨコが存外気に入ったようである。それだけにとどまらず肩にヒヨコをのせたダンディーな姿でモテモテになるのではなかろうかなどと恐るべき計画を練り始めた。もはや闇に染まり切ったこの漢を救う手立てはないだろう。

 そんなことをやっている場合じゃないぞタナカ。皆がお前の帰りを待っているぞタナカ。


作戦コマンド一覧

「タナカがんばれ」モテそうな場面でタナカさんが前面で交渉にあたる場合につかう作戦

「タナカだいじに」敵がやばそうな場面でタナカさんの身の安全を第一に考えて行動する場合につかう作戦

「タナカつかうな」敵がすごくやばそうな場面でスケさんカクさんだけで事に当たる場合につかう作戦

「タナカにまかせろ」敵が弱そうな場面でタナカさんのリーダーとしての地位を固めるためにつかう作戦

「ガ〇ガンいこうぜ」たかし君がよく使ってた作戦


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