Route66「オレは待ってたんだよ、その答えに辿りつくのをな」
時はタナカたちが上様に会うために火山へと飛び立ったところまで遡る。
それほどの時間もかからず火山に到着したタナカたち一行は、しばらくの間探索を続けたあげく噴煙のあがる火口を上空から眺めていた。
「……やっぱりここにいるのかな?」
「俺の感知にひっかかったのは強力だが普通の魔物たちだったからな。他にいるとすればこの奥くらいだろうよ」
火山のエネルギーが強すぎて火口の奥の探知はカクさんにも不可能だという。目的の上様を見つけるためには実際火口の奥にいってみるしか方法はないだろう。
「マジでこの中に入らないといけないのか? めっちゃ暑そうなんだが……、ってそれどころじゃねえだろ! 燃えつきるわ! ハーレムに萌えつきる前に燃えつきるわ!」
未だ構成員ゼロ名のハーレムにいったいどうやって萌えるというのか。さりげなくタナカさんの強がりを含んだ絶叫が火口に響き渡っていた。
「あいかわらずデリケートなやつだな。ちなみに俺は熱さなんてまったく問題ないぜ」
本体は実体のない小さな光の玉であるカクさんがサイドチェストポーズで自慢する。
「拙者も熱いの平気でござるよ」
対抗するようにカクさんに向き合ってサイドチェストポーズを決めるスケさん。
「いやいや、スケさんはダメだから! 熱くなくてもあの赤いのに触れたら燃えちゃうからね!」
「なんと! あの赤いドロドロはそんなに熱いのでござるか!?」
「そーだよ! めっちゃ熱いんだよ! まったく迂闊すぎるっての……こんなんじゃオチオチボケることもできないぜ」
手のひら水平式ヤレヤレを披露するタナカ。その美しく水平に広げられた手のひらは水の入ったコップをのせてこぼさず半歩は歩けるという伝説級のヤレヤレである。これほどの絶技を披露するほどにボケることが大事だというのかタナカ。
「とりあえずここから呼びかけてみるか。出てきてくれたら楽だしな」
迷ったときはあえて楽な道を往く漢。まさしく我らが理想の主人公である。タナカさんは早速行動に移るのだった。
「たーーかしくーーん!!」
「いや、誰だよ」
「しょうがねえだろ! 本名知らねえんだから!」
「言われてみればそうだな」
「手当たり次第試すしかないでござるな」
その後、小学校時代に玄関先から友達を誘ったあらゆるパターンを試してみるタナカ。しかしそれほどレパートリーはなかった。涙目になるタナカさん。
「割と賢い子だったんだよ! 周りを気遣えるおませな感じがモテるかなとか思って、呼びかけるのは控えるようになったんだよ!」
小学生でありながらなんという飽くなき欲望。おそるべきおませさんである。というわけで決して友達が少なかったわけではない。タナカさんの名誉のためにもう一度いっておく。タナカさんは友達が少なかったわけではない。
「やはり実際奥にいってみるしかないのではござらぬかな?」
「しかしいくら九州男児のオレでもこの熱さには耐えられんぞ。世界に物申す! 春か秋の快適さが好みです! よろしくお願いします!」
どこまでも繊細な漢である。明後日の方向に向かって直角お辞儀を披露するその様は漢らしすぎて涙をさそう。はたして世界は応えてくれるのか。
「おめえ空気操れるんだからどうにかできるんじゃねえの?」
「……」
しばらくの間をおいて不敵な笑みを浮かべるタナカ。短髪のくせに無意味にサッと髪をかきあげる仕草をとったかと思うとピシリと決めポーズ。
「フッ、ようやくそこに辿りついたか。オレは待ってたんだよ、その答えに辿りつくのをな」
ピシリとカッコよく二本指で指摘するその様はまさにリーダー。
「これからの戦いはよりハイレベルな攻防になるだろう。そんなときものをいうのが閃きだ。これを鍛えることでほんの僅かだがアドバンテージが生まれる。これからの戦いはこの僅かな差が勝負の決め手となるだろう。極めれば攻撃回避百パーセントだから確実にものにしろよ」
「なんと! 拙者気付けなかったでござるよ」
「まじかよ……」
こうして無事小さなプライドを守ったタナカさんは生活魔法で空間制御を試みるのだった。
「とはいえ実際どうやる。こういうときの方法は……アワアワか。アワで高熱との間に冷却空間を維持するか。フッ、これでオレも究極の生め……いやダメだ。とてつもなく嫌な予感がする。そもそもアワつくれねえだろ。気絶してアワふくくらいしかオレにはできねえよ」
ナマケモノを思わせるほどの鋭さで各方面からお叱りを受ける危機を回避したのはさすがといえるが、火口侵入の方法はなかなか定まらない。
こんなとき頼りになるのはタナカに秘められし潜在能力だ。それは彼の深層心理――タナカ自身すら認識してない心の奥底に住まう恐るべき獣。今、タナカの内なる世界では十一匹のハムスターが討論を交わしていた。ホワイトボードに並んだ謎の象形文字。さらに激論が白熱し次々に書き足されていく落書き。この難解な方程式こそが世界に隠された真理のひとつ。
「クックックッ、なんとなくイケる気がしてきたぞ。……『ホメ・ル・シカル・ハ――チ・イサイ・トキカラ!』」
子育てに苦労する世の中の親たちにエールを送りながら、タナカの生活魔法が見事に発動する。それを証明するようにタナカたちの前方の景色が妖しく揺らいだ。その正体は高速移動で空気が循環し続ける大気の膜。まるでビニールに指を突き刺し伸ばしていくかのようにニョキニョキと火口へ向かって伸びていく透明の道。
「フッ、さすがオレ。なんだかよくわからんがうまくいく気がするぜ」
「不思議でござる。どうなってるのでござるか?」
好奇心旺盛なスケさんが空気の膜に触れようとする。
「ダメだからね! それに触れたらマジでやばいから! 具体的にいうとカクさんの範囲魔法なみにヤヴァーイからね!」
「なんでそこで俺の魔法がでてくるんだよ!」
「自覚ねえのか! 血塗られた大地事件は今もオレのトラウマなんだよ!」
さすがタナカさん。最も自分の力に無自覚な漢がいうと説得力が違う。
「拙者はやく火口とやらの奥にいってみたいでござる」
「ムッ、そうだな。こんなところでくっちゃべってる場合じゃねえ。そんじゃあいってみますか!」
火口へ向かって降りていくタナカたち一行。高熱化した空気をはるか後方へと排気し、代わりに常温の空気を補充して常に循環し続ける大気の膜の内側は外と変わらぬ環境を維持していた。
「わりと適当に言ったんだがまさか本当にやるとは……」
カクさんの感心をよそに進んでいくタナカ。ここで調子にのって自慢しないということはタナカさんも成長しているということなのだろう。決してビクビクしながら奥に進んでいるためカクさんの言葉が耳に届かなかったわけではない。挙動不審に揺れるタナカさんの死んだ魚のような目がなによりの証拠だ。
やがて赤く煮えたぎるマグマが蠢く火口の底へと到着する。そこはとても生物が存在するとは思えない世界だった。
「こんなとこに住むやつはマジでおかしいと思うね。とりあえずでてきたら説教してやんよ。協調性がたりないってね。回覧板届けるのどんだけ大変だと思ってんだよ」
誰もいないとわかれば怖いものはない。ここぞとばかりにリーダーとしての器を見せつけるタナカさん。取り出したのが小物としての器だったのは些細な間違いだろう。
「フム、ヨクワカラヌガ我ヲバカニシテオルコトダケハ理解デキルゾ」
どこからともなく聞こえてくる声。その重厚で迫力のある声に思わず下半身がヒュンとなるタナカさん。
「お、お、お、脅かすんじゃねえよスケさん。ようやく声変わりの年頃か? それにしてもちょっとばかし内臓スピーカーの調子がよろしくないんじゃないかな」
そんなことを言いながらタナカはあたりを見回す。とくにあやしいものは見つからない。
「拙者なにもいってないでござるよ」
「そ、そうか。なんだよ、気のせいかよ。まあ最近睡眠不足だったし、幻聴のひとつやふたつあってもおかしくないよな」
日が暮れるころに床につき昼近くまでイメージトレーニングに励むという過酷な日課を続けるタナカさんにもついに限界が近づいてきたということなのだろうか。
「さっきの声だろ? 俺にもバッチリきこえてたぞ」
「いやいやいや、そんなはずないから! オレは二十歳になるまで幽霊見えなかったからね? まぢで幽霊とかありえないから!」
火の玉プラズマ説を信じる超現実主義の漢は頑なに霊の存在を拒む。仲間に精霊がいたような気がしなくはないがそれでも拒絶する。
やがてタナカさんは「ファンタジーなんて現実にあってはいけないのだ!」と拳を握りしめて力説までし始めた。このように本作の存在意義まで否定するほど混乱の極みにあったタナカさんを現実にもどしたのは、突然目の前で噴出した火柱だった。
「ヤカマシイゾ人間」
そしてそこに現れたのは羽ばたく鳳を模した炎の化身。
「我ハ『炎凰ゾンマー』。炎ヲ司ルモノナリ」
ついに出現した超常の存在にタナカたちの運命やいかに。




