Route65「あなたは私の敵よ」
「知っているのか?」
「ああ、プリン王国が誇る勇者様さ。……気をつけろよ。これまでの相手とはわけが違うぜ」
「承知した。せいぜい喰らいついてみせるとしよう」
構えを解かぬまま会話を続けるカレーマンとクーゲル。
王国兵たちの士気はさがり足は完全に止まっている。人外の域に達したものたちの戦いぶりを前にすでに戦う意志は薄れ、彼らの意識は最前線に進み出る勇者一行に向いていた。
勇者カムイを先頭にギルドAランカーのテツジン、プリン教の神官カルトビッチが後に続く。彼らは王国兵の期待に後押しされるように猛者たちの前に立った。
「ひさしぶりですね。まさかこんなかたちで再会するとは思いませんでした」
「覚えていてくれたとは光栄だね。勇者様よ」
かつて勇者パーティーへの参加を切望したカレーマンであるが、勇者を前に彼自身が不思議に思うほど冷静だった。それだけ彼の中身が変わってしまったということだろう。
「ギルドでも有数の実力者に数えられた貴方がなぜ魔物の味方をするんですか?」
「魔物の味方ねえ……。へっ、この国の考え方にはいいかげんうんざりだ。この国で虐げられる連中をみたうえでそう言ってんのかねえ? だとしたらあんたの仲間にならなくて心底よかったと思うぜ。今、俺は自分の信じる道を進んでるし、これからも進ませてもらう」
カレーマンは双剣を握りしめ闘志を燃やす。
「自分の信じる道……」
「騙されてはいけませんカムイ様。彼には王国の痛みもプリン教の崇高な教えも理解できないのです。それらしいことを言っていますが無教養な異国人の彼にたいした考えなどあるはずもありません。せいぜい私たちの仲間になれなかった腹いせに暴れていただけなのでしょう」
「なにが崇高な教えだよ。てめえはところかまわず色気を振りまくのをまずはどうにかしろ」
「プッ……」
思わず吹き出すテツジン。カルトビッチは顔を逸らした少女をキッと睨み付けると魔法を唱えはじめる。
「おい、カルト……」
「わかっていますわ! まずは失礼な愚か者を排除します!」
魔法強化を終えたカルトビッチが攻撃のためにさらなる詠唱を始め、なし崩し的に戦端の幕が切って落とされる。
「『二重詠唱――風刃』!」
見えない刃がカレーマンとクーゲルに襲い掛かる。二人は培われた戦士の勘でその場から飛び退くと、間髪入れず攻撃に移った。狙うは高レベルな魔法詠唱者であるカルトビッチ。しかしそうはさせぬとカムイとテツジンが間に割り込んだ。
「どけや!」
カレーマンは双剣を器用に操りカムイを攻撃する。
無軌道かつ素早い連撃――。カムイは自身の相棒である魔法の剣と神盾で冷静に受け止め続けた。
「はやい……、まさかこれほどとは……」
「へっ、お褒めいただき光栄ですぜ!」
軽口を吐きながら攻撃を続けるカレーマン。しかし一見油断しているようでいてじっくり相手の力量を観察していた。
双剣から伝わる感触はまるで頑丈な岩を相手にしているような手ごたえ。こちらの連撃をものともしない防御をみるに力比べでは圧倒的に不利なことが窺える。
「なぜこれほどの力をもっていながら魔物に味方する!」
バックステップして一旦間合いをとるとすかさず攻撃に移るカムイ。岩をも断ち切る斬撃をカレーマンに放った。カレーマンは勇者の攻撃を正面から受け止めるようなことはせず、双剣を使ってきれいに逸らすと、まるでさらに打ってこいとばかりに剣をさげて構える。
「なめるな!」
カムイの斬撃が激しさを増してカレーマンを襲う。カルトビッチの援護魔法「加速」でさらに加速された剣戟は、速さにおいてもカレーマンを凌駕しようとしていた。
しかしそれでもカムイの攻撃は当たらない。カレーマンは冷静に攻撃を見切り最小限の動きで攻撃をいなしていた。
「さすが勇者だぜ。力も速さも申し分ねえ。……だがな!」
カムイがさらに斬撃を繰り出そうとしたところにカレーマンの一突きが割り込む。
「なっ!」
すでに攻撃体勢にはいっていた状態を無理矢理中断しカレーマンの攻撃を防ぐカムイ。
「それだけじゃあ俺には勝てねえよ」
圧倒的な力を誇る勇者を前にカレーマンは一歩も引くことはなかった。
いっぽうクーゲルとテツジンの戦いも激しさを増していた。というよりクーゲルの防戦一方だった。
クーゲルのまわりを縦横無尽に疾走するテツジン。ときおり死角を突いて矢を放つが、クーゲルは慌てることなく剣で払い落していく。
「少女よ。できれば退いてほしいのだがな」
生き別れの妹と重なったのかクーゲルは防御に徹していた。
「……子供じゃない」
援護魔法「加速」でさらに加速したテツジンが瞬時に間合いをつめクーゲルに斬りかかった。しかしその一撃もクーゲルの剣に阻まれる。それだけにとどまらず空いたもう片方の手がテツジンを捕らえようと迫りくる。
テツジンは野生動物を思わせる反応で飛び跳ねると、即座に弓を持ち替え攻撃を加えようとして驚きで目を見開く。間合いをとったはずの相手がすでに目の前に迫っていたからだ。
「クッ!」
タナカが喜びそうな台詞を吐きながらさらに飛びのくテツジン。この場にタナカがいたならば間違いなく今後は豚人の前で使用することを要求され、さらに正式セリフ「クッ、 殺せ!」の復唱練習が開始されたことだろう。
そんなどうでもいいことは置いておくとして、このときテツジンは不可解な敵の動きのカラクリに気づく。
相手の反応が異常に速いのだ。その速さは反射神経に絶対の自信をもっていたテツジンを優に超える。そしてテツジンの動きを完全に見切ったかのような動き。クーゲルはテツジンの移動先を的確に読んで移動しているのだ。
「……戦い慣れしている!?」
スピードで上回るはずのテツジンが徐々に追い詰められようとしていた。いっぽうのカムイも攻撃の先を制されその圧倒的な力を発揮できないでいる。
後方で戦況を把握していたカルトビッチは驚愕していた。たしかに強敵といえるレベルの相手ではあったが劣勢になるなど思いもよらぬことだったからだ。そしてその驚きは時が流れるにつれ焦りに変わっていった。
「皆さん何をしているのですか!? 勇者様が敵を押さえている今こそが好機! この隙に邪魔者たちを抜き魔物どもを捕縛するのです!」
それまで勇者たちの戦いに見入っていた王国兵たちはカルトビッチの煽動により動き始める。
「あんのくそビッチが!」
王国兵はカレーマンたちが戦っている横をすり抜け高台に上がり始めていた。彼らを邪魔しようとするがカムイの剛剣がさせぬとばかりにふるわれる。
「マッドパイ!! オランジェット!!」
テツジンと戦いながらクーゲルが一帯に響き渡るほどの大声をあげた。
魔族側からしてみるとこの正面ルートの突破を許してしまえばすべてが終わりである。他の場所の援護を打ち切らせてでもここは死守しなければならないのだ。他の場所で散発している戦いに立つ魔族の負担が大きくなることを覚悟した苦渋の決断だった。
高台に駆け上がった王国兵たちは目の前に広がる状況に勝利を確信する。起伏は緩やかで自然も少ないこの場所は王国兵にとって戦いやすい環境だった。少し先には明らかに戦闘に不向きな女子供や老人たちが、隠れることもできずにこちらを見つめている。
援護を止めて駆け付けたマッドパイとオランジェットは事態をすぐに察し、溢れ出ようとする王国兵たちの前に立った。
「この先はいかせんぞ!」
新たに現れた二人の魔族に蹴散らされる王国兵。その力の差は歴然だったがこの戦いの均衡を跳ね返すほどの力ではなかった。続々と現れる王国兵の圧倒的な数を前に魔族の運命はもはや風前の灯火といったところだ。
そして王国兵たちとともに駆け上がったカルトビッチの声があたりに響き渡る。
「愚かなる者たちよ。もはや勝負は決しました! いますぐ武器を捨て抵抗を止めるのです! 我らが神の名のもとにその命まではとらぬことを約束しましょう! しかし! もし抵抗を止めぬというのであれば致し方ありません! あなたたちの今の立場がどういうものか、我が魔法で教えて差し上げましょう!」
魔法の詠唱に入るカルトビッチ。狙うのは身を寄せ合いかたまっている魔族たち。
「くそがぁあああ!!」
カレーマンが詠唱を止めようとカルトビッチに向かっていこうとするが、そうはさせじとカムイが立ちふさがる。
「武器を捨ててください! 僕らもこれ以上無駄な血を流したくはない!」
「てめえがそれを言うか!!」
カレーマンの剣とカムイの剣が激突する。双方退かず。
クーゲルもテツジンの邪魔が入って動けない。
マッドパイとオランジェットも溢れる王国兵を止めるので精いっぱいだった。
「これで少しは自分たちの立場というものを理解しなさい。『三重詠唱――火の玉』!」
三つの炎の塊が魔族たちに迫る。
「ひぃっ!」
抗うことのできな暴力を前に身を寄せ合う女子供たち。しかし彼らにおとずれようとしていた悲劇はすんでのところで防がれる。三つの炎が飛来した三つの氷の塊との衝突で霧散したからだ。
「――さすがにそれは放置できないわ」
空に浮かんだ二つの影が魔族と王国兵との間にゆっくりと降り立った。
「勇者ミコト……」
カルトビッチが悔しそうな顔で睨み付ける。
「まあやったのはわしなんじゃがの」
この緊迫した状況でもマイペースを崩さない大賢者マーリン。セーラー服教徒は伊達ではないのだ。
「さすがにこれ以上はついていけないわ。もう王国の肩を持つのはやめなさいカムイ。今のを見ても目が覚めないというのなら――あなたは私の敵よ」
魔族の危機を救ったのは勇者ミコトと大賢者マーリン。状況が様々に変化していくなか戦いの行方はどうなってしまうのか。
そしていまだ現れぬ我らが主人公タナカ。どうしたんだタナカ! 勇者ちゃんに出番をとられてしまったぞタナカ!




