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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
64/114

Route64「その命ここで賭けてくれ!」

 魔族の集団を追い山岳地帯へと入ったプリン王国軍独立大隊。まず彼らを待ち受けていたのは先行していた騎兵隊である。

 彼らは戦闘回避命令を忠実に守り誰一人かけることなく健在だった。この先行部隊との合流を手早くすませた本隊は、再び魔族を追い続ける。

 先の合流で多少の遅れが発生したもののそれが問題になることはなかった。なぜなら目的の集団は山岳地帯の奥へと深く進むことなく、まるでこちらを迎え撃つかのように陣を構えていたからだ。


「まるで要塞だな」


 独立大隊の隊長は魔族たちが陣取った小山を見つめながらそうつぶやいた。

 目の前でたたずむ高台は険しい崖に囲まれており見るからに登頂は困難だ。正面には申し訳ない程度の道らしき地形が上方へと続いているが、隊を進めるには厳しすぎる道のりである。


「報告します。こちらからは見えませんが側面に上方へたどり着けそうなルートがいくつか確認できました。しかしいずれもこの正面のルートより踏破は困難と思われます」


「ご苦労」


 隊長は部下の報告を吟味し、この高台の攻略を練り始める。そこに勇者カムイが訪れた。


「隊長殿、なにか問題でも起こりましたか?」


「ええ、どうやらこの高台は天然の城や要塞といったところですな。侵入ルートが限られてるうえに道がせまい。集団の運用を得意とする我らですが、今回は少数での戦闘を余儀なくされるでしょう。ですが立て籠もったところをみると件の魔王がいるということはなさそうですぞ。噂の魔王の力を考えれば守りに入る道理はありませんからな」


「僕らが前に出ましょうか。こういった場所での戦いには慣れています」


「いえ、それには及びません。対魔王の切り札たる勇者殿の戦力をこのような場で消耗したくはありませんからな。攻略は我々で行いましょう。できればこのまま包囲して終わりたいところですが、そういうわけにもいかんでしょうな」


 戦いを前にしたカムイの勇ましい表情が疑問の顔に変わる。隊長は苦笑しながら答えた。


「我らの目的はかの集団を無力化し押さえることです。確かに戦って無力化することができますが、もっと簡単に無力化できるのならばそちらを選択すべきでしょう」


 隊長は魔族の籠った高台に目をやりながら続ける。


「たしかに城のようではありますが、本物の城ならばあるべき物資の蓄えがありません。この山の広さを考えるに、あれだけの数を養うだけの食料を確保することもできないでしょう。ならばこのまま包囲しておくだけで数日後には無力化は完了というわけですよ」


「なるほど」


「ですがそう時間をかけてはいられません。これほどの場所を陣地に選んだということは少なからず戦いに心得のある者がいる可能性があるでしょう。その者が物資のことを考慮しなかったというのはいささか不自然ですからな」


 隊長は再びカムイに向き直る。その表情は真剣そのものだ。


「籠城には援軍がつきもの。しかし彼らにそのような組織力があるはずもない。もし当てがあるとすれば強力な個の力になるかと……」


「魔王がやってくるかもしれないと? それが僕らを温存する理由ですか」


「杞憂に終わればいいのですが、とにかく攻略は我々にお任せください」


 隊長は高台攻略のために動き出す。


「一騎打ちが得意なものを選出し突撃隊を編成しろ! 何としても正面ルートを確保するのだ!」


 こうしてプリン王国軍独立大隊は魔族の籠る高台の攻略に乗り出すのだった。






「正面は俺とクーゲルで受け持つ。戦えるやつらは崖に沿ってばらけて監視だ。敵が登ってくるようなら岩でもなんでもいいから投げ落として邪魔をしろ。いざとなったら応戦になるから覚悟しろよ」


 高台ではカレーマンが魔族たちに指示を出していた。


「マッドパイとオランジェットは順次応戦をサポートしてやれ。ある程度かたづいたら早めに切りあげて他へまわれよ。やつらどこから攻めあがってくるかわからねえからな」


「了解!」


「戦えないやつらはここに待機。怪我人がでたらここに運ぶことにするから後の世話は頼むぜ」


 皆が真剣な表情でカレーマンの指示を一字一句逃さぬように聞いていた。カレーマンはひとしきり彼らを見回すと最後に声をかける。


「よし、各自持ち場につけ!」


 戦える者たちが一斉に配置につくため動き出す。カレーマンも自分の担当の正面に向かって進んだ。


「もう何人かつれてきたほうがよかったのではないか」


 後ろから声をかけたのは同じく正面で敵を迎え撃つクーゲルだった。


「いや、これでいい。はっきりいって手がたりなすぎる。一斉攻撃されたらマッドパイとオランジェットのサポートもいずれ追いつかなくなるだろうからな。敵にはこの正面の攻略に専念してもらう」


「そのために二人だけでの防衛というわけか。なかなか面白い趣向だ。できればこのままにらみ合いが続いてくれるとありがたいのだがな」


 高台を下りながら下方の様子を確認するカレーマン。その瞳には活発に動き回る王国兵の姿が映った。


「そううまくことは運ばねえようだぜ。どうやら相手はやる気まんまんのようだ」


「フッ、ならばこちらもやる気をみせるとしよう」


 ここ最近修行をともにこなしていたカレーマンは、後ろを向かずとも戦いを前にクーゲルに覇気が漲るのがわかった。


「あんまり張り切って飛ばしすぎるなよ。目的は時間稼ぎなんだからな」


「なるほど、努力するとしよう」


 前方から人の気配が漂ってくる。


「さあて、始めようか」


 カレーマンは両手に双剣を握り正面を見据えた。






「――突撃失敗! 敵はこちらに打撃を与えたあと後退したとの報告が入っております!」


「突撃は一旦中止だ。救助隊を組織し負傷者の救助にあたれ」


「了解!」


 部下の一人が救助任務のため走り去る。高台正面のルートを確保すべく突撃したのは今ので八回目。いずれも失敗に終わったことになる。隊長は高台をにらみながら考え続けていた。


「またか……」


 隊長の視線の先には負傷した兵たちが運ばれている。数からして突撃した者のほとんどが生還したことになるだろう。


「これは明らかにわざとだ。それにしても……」


 負傷した兵たちを運ぶ部隊から一人の者が走り寄ってくる。


「全員重傷なものの死者はいない模様! それと遭遇した敵はやはり双剣の人間と素手の魔族だそうです!」


「やはりか……。これだけ負傷者を出されると救助に時間がかかりすぎる。それにこの数の負傷者を見せられると士気への影響も大きい。敵の目的が時間稼ぎにあるのは間違いないだろう。しかしそれにこちらがそれに乗ってやる義理はない。相当の手練れのようだが他に人員がいないというのならば戦いようはある」


 隊長はそう呟くと指示を出すため待機している突撃隊のほうへと向かった。






「くそっ! 待ちやがれ!」


 戦っていたカレーマンとクーゲルの隙をついて二人を出し抜こうとする兵がいた。カレーマンは手早く目の前の相手を戦闘不能に追い込むと先へ進もうとする兵を追った。


「こいつ!」


 後ろから迫るカレーマンに気付かないはずがない。しかし王国兵はなりふりかまわず進んでいく。


「この野郎!」


 こちらを相手にする気がないと解ったカレーマンは予備のナイフを投げつける。ナイフは見事に王国兵の足に突き刺さった。王国兵は短くうめき声をあげて倒れ込んだが、ゴロゴロと転がりながら追跡から逃れようとする。


「いい加減にしやがれ!」


 カレーマンはタイミングよく相手の顔面に蹴りつけ意識を刈り取る。


「まったく手間とらせんじゃねえよ」


 転がる王国兵の足からナイフを抜き取り前線へ戻ろうとしたところで敵の意図に気付く。


「おいおい、そうくるかよ」


 カレーマンの視線の先には続々と迫りつつある王国兵の姿があった。さらに向こうではクーゲルが一人の王国兵と戦っている。その兵の戦いようは自分から手をだすことをせず完全に受け身の戦い方だった。クーゲルをやり過ごした兵もせっかく挟み撃ちの形に持ち込めるというのにそれをせず、先へと進むことを選びこちらに向かってくる。

 カレーマンは迫りくる王国兵に素早く駆け寄ると、すかさず蹴りを入れ思いっきり後方へ吹き飛ばす。後ろにいた兵も巻き込んで後退させることに成功するが、その脇からさらに別の兵が迫ってくる。


「クーゲル! いったんここまで後退しろ!」


 目の前の敵を警戒しながら後退するクーゲル。その間にもカレーマンは差し迫る兵を抑えようと奮戦するが徐々に戦線が後退していった。ようやくカレーマンのもとにたどり着いたクーゲルは疑問をぶつける。


「こいつら一体なにを考えている! 後ろから攻撃されるのも顧みず進もうとしていたぞ!」


「とにかく上に出ちまおうって腹なんだろうよ! くそっ! こいつらまともにやりあう気がねえ!」


 押し寄せてくる王国兵を相手にしながら愚痴を吐くカレーマン。敵の後ろを見ると途切れることなく王国兵が続いていた。これまでの突撃部隊の突入とは違う戦いかた。

 カレーマンは多人数で戦い辛いこの地理的状況ならば、クーゲルと二人で十分防ぎ得ると計算していた。しかし相手はまともに戦わず大量の兵を投入することで、カレーマンとクーゲルの処理限界を超える飽和攻撃を実現したのだ。


「まずいぞ! このままでは!」


 一人が前線に立ち相手を防ぐが隙をついてすり抜けていく王国兵。後方で待機していたもう一人がそれを防ぐがやがて目の前にはひとりまたひとりと隙を伺う兵が増えていく。あらたな前線の完成である。旧前線にたっていた者をカバーさせるため後方にさげさせざるを得なくなり戦線はじりじりと後退を続けた。


「くそ! 迎撃が追いつかねえ!」


 多少の心得はあったがやはり専門外である。対処法もみつからぬままついに崖の突破が目前に迫った。ここに至りカレーマンも覚悟を決める。


「クーゲル!」


 目の前の王国兵との間合いを瞬時に詰めると双剣を一閃。王国兵の首が戦場に舞う。王国兵の目がそちらに移った瞬間、さらに別の兵に詰め寄ると心の臓を一突き。そしてさらに戦場を走る。


「その命ここで賭けてくれ!」


 クーゲルはカレーマンの戦いぶりにすべてを察する。カレーマンはこれまでの攻守バランスの取れた戦い方を捨て、すべてを攻撃に注ぎ込んでいたからだ。確実に敵の数を減らしていくカレーマン。しかしその身には戦力的に数段劣るはずの王国兵によってつけられた傷が刻まれていった。


「もとよりその覚悟!」


 クーゲルもまた己を捨て目の前の兵たちのなかにその身を投げ入れる。彼の前に溢れるほどいた敵は次々と駆逐されていった。

 突破まであとわずかのところで進撃がとまる。それをなしたのは鬼神のごとく荒れ狂う二人の戦士たち。その身を己と相手の血で染めあげ、屍の山を築いてなお止まらぬその戦いぶりに飲まれる王国兵たち。

 攻略失敗なのではという考えが兵たちの頭によぎりはじめたころ、待機している兵たちを割ってこの壮絶な戦場に進む者たちがいた。


「へっ、このタイミングで出てくるかよ」


 カレーマンのギラついた目にはこちらに近づいてくる勇者の姿が映っていた。


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