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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
62/114

Route62「とりあえず上様と呼べ!」

 プリン王国とハル皇国の間に横たわる山岳地帯。険しい山が連なりそのほとんどの場所が横断不能となっている。

 そんななかにも困難ながら両国間を行き来できるルートがいくつか存在した。両国をつなぐ数少ない道ではあるが、普段はあまり利用するものはいない。

 第一にあまりよい関係とはいえない二国の間を行き来する理由のあるものが少ないという点。第二に一応通り抜けられはするというだけで、実際通るには険しすぎる道のりだという点にある。

 そんな人気がなかった山岳地帯もいまは多くの人影を目にすることができた。両国間をつなぐルート近辺にこのところ張り付いているプリン王国軍の兵士たちである。プリン王国はこれ以上の魔族流出を防ぐため国境封鎖におよんでいた。

 それはタナカたち一行にも影響する。国境となっているこの山岳地帯を前にして立ち往生となってしまったのだ。しかし封鎖がとけるまで待っているというわけにもいかない。

 このまま動かずにいれば王国兵もしくはギルドに依頼された者たちに見つかり、望まぬ争いにまきこまれるのは明らかである。

 どうすることもできないタナカたち一行はやがて北上を開始した。王国軍の敷いた封鎖に穴がないか確認しながらの移動である。しかし、そうそう都合よく抜け道がみつかるはずもなく、彼らはズルズルと北上し続けることとなっていく。






「だめだ……、この先も王国兵が見張ってやがる」


 一行からひとり抜け出し、越境ルートを確認してきたカレーマンが戻ってきた。結果は芳しくない。


「むう、さらに北上するしかないか。しかしこのままでは王国を北側から脱出することにもなりかねんな……」


 自らリーダー的ポジションに居座ったタナカさんがため息をつく。こんなことならリーダーなんぞならなければよかったなんて思ってるわけではない。仲間たちを心配するあまりについたため息である。その証拠にタナカ自らが考案した「女の子にモテるためのため息のつきかた」にならった仕草だ。その計算しつくされた顔の表情、手の動き、タイミング、まさに完璧。とおりすがりの美女がいたならば間違いなく素通りしたことだろう。


「それはまずい。山地を避けて通る前に永久凍土の荒野に入ってしまう。王国で暮らしてきたものたちには耐えられないだろう」


 王国の北側といえばかつて多くの魔族が追いやられた土地である。帝国主義をこじらせたプリン王国が手を出さないだけあって、その環境は想像以上に厳しいものなのだ。

 黒魔族も北に追いやられた魔族のうちのひとつで、もともと北の魔族領で暮らしていたクーゲルたちはこのままの北上が危険であることを説明した。


「食料が調達できないのは確かに厳しい。すでにカツカツだしなあ。それになんかめっちゃ寒そうだし。九州男児のオレにその寒さは耐えられそうにないな」


「キューシューダンヂとはなんでござるか」


「第一種背中語り免許をもつ漢のことだ。だが国家機密にかかわることだから誰にもいうなよ。これが本州の人間に知れたら嫉妬に狂った連中との間で戦争になりかねんからな」


「よくわからないでござるがわかったでござる」


 これまで皇国への脱出がままならないまま北上を続けていたところ、同じように立ち往生していた魔族と出会っていた。押しに弱いことでは定評のあった元サラリーマンのタナカさんに、同行を希望する彼らを拒むことができるはずもなく、なし崩し的に勢力を拡大させていった。タナカ御一行様はいまや数十の部族、総勢千名を超える集団である。

 獲物を狩りながらの生活は苦しく、タナカの貯蔵庫(アイテムボックス)から食料を開放するまでに至っていた。しかしそれにも限界はあるのだ。

 深夜孤独に星を眺めるタナカのみせる表情から、魔族を背負って立つ漢の苦労が思いやられる。皆の脱出に真摯に取り組むその姿は魔族たちの信頼をゆるぎないものにしていた。星を眺めながら「これだけ集まってもオレの食指が動く美女があらわれないなんて……」と涙していたタナカさんの絶望は、どうやら誰にも理解されることはなかったらしい。

 とにかくタナカたちは状況を打開することができず徐々に追い込まれていた。それ以上にタナカさんは癒しのない人生に追い込まれていたが、とくに語る必要はないだろう。


「いっそのこと封鎖を破るか。これだけ集まったんだし、ゴリ押しでいけるんじゃないか?」


「そりゃいくらなんでもまずい。そこまであからさまにやったら皇国に引き渡すよう文句言うだろうよ。皇国は王国を嫌っちゃいるが、無駄に揉め事を起こしたくないだろうから引き渡しに動くと思うぜ」


「東もダメ。北もダメ……か。いまさら西に戻るわけにもいかないしなあ」


 かつて決断できない漢と名をはせたタナカはおおいに頭を悩ませていた。


「いや……、封鎖されてない場所で越えられそうなルートはある。実際越えられるかどうかは別にしてな」


 カレーマンが助け舟を出した。もっともそれほど丈夫な舟ではないようではあるが。


「含みのある言い方いいかただな。いったいなにがある?」


 タナカをおいてけぼりにクーゲルが問いただす。カレーマンはAランクだけに一般にはあまり知られていない情報をもっていた。彼の話によると間もなくこの山岳地帯でもっとも険しいといわれる場所に到着するらしかった。

 針の山のように山々が切り立つその場所。そこにひと際目立つ壮大な火山が存在するという。この火山の麓になんとか通りぬけられるルートが存在するらしいのだ。

 しかしこの辺りでは火属性をもつ魔物が活性化しているため、強力な魔物たちの縄張りと化しているらしい。


「なるほど。その強力な魔物を押しとおる力があれば踏破できるというわけか」


「ああ、だがこの火山の魔物は半端じゃねえ……」


 かつてギルドでも指折りの実力者たちがこのルートを確保すべく、魔物討伐に乗り出したことがあったらしい。その仕事は困難を極め多くの者たちが脱落していった。

 そのさなか火山でとんでもない化け物に遭遇する。炎を纏い変幻自在にその姿を変える異形の化け物に、すでに満身創痍だったものたちはひとりを除いて退散してしまう。そして残った一人は決死の覚悟で化け物に挑んだという。


「この情報は最後まで戦った男がもたらしてくれた情報だ」


「ほう、生き延びていたのか。てっきり帰らぬ人となった的な流れだと思ったが」


「その化け物が重傷で逃げることもできなかったその男を治療して、近くの村まで届けてくれたらしい」


「イイ奴じゃねえか! それならなんの問題もねえだろ!」


 いままでの流れは何だったんだといわんばかりにツッコむタナカさん。


「いや、まじでこの辺りの魔物はやばいんだって。単体相手でもやばいレベルのやつがウジャウジャいるらしいんだよ」


「それで我らで越えられそうなのか?」


 冷静なクーゲルが重要な点を確認する。


「俺らだけなら可能だと思うが、皆を引き連れてだと難しい……」


「ならば考えるまでもなく却下だと思うが」


「いや、さっきの化け物の話に続きがあって、どうしても山を通り越えたいなら自分に相談しろと言い残してたらしい。なんでもしばらくの間なら魔物をどうにかできるとかなんとか」


「めちゃめちゃイイ奴じゃねえか! なんでお前はそれを知ってて化け物って呼んでるんだよ!」


「いや、名前知らねえし」


「とりあえず上様と呼べ!」


 どうでもいいことに問答しつつタナカたちの行き先は決まる。タナカたちは上様の待つ火山を目指し一路北上を続けた。

 そして半月後、一行は目的の火山を目指せるところにまで到着していた。その間にも仲間は増え、カクさんのトレーニングで筋肉たちの艶は増し、近接戦闘組は着々と力をつけていったが、特に真新しいことはなかった。もちろんタナカさんの待ち望むようなイベントも起こっていない――。


「それで……、上様に会いに行くのはオレたちなわけか」


「失敗は許されないからな。そうなるとアンタたちに頼るしかねえ」


 カレーマン、黒魔族三兄弟、各部族長が見守るなか三馬鹿トリオが出発しようとしていた。


「責任重大でござるな」


「そんな不安そうな顔をしてんじゃねえよ。まかせておけ」


 カクさんが不安な顔の部族長たちにモストマスキュラーのポーズで勇気を与えた。ついでにタナカの吐き気も燃え上がるのはもはやお約束である。


「しかし、ほんとに大丈夫なんだよね? 上様ちゃんといるんだよね?」


「ギルドで聞いた話だし大丈夫だと思うぜ。まあ百年以上前の話みたいだが」


「そんなに前の話なのかよ! 大丈夫か? 本当に大丈夫なのか?」


 まるで熱湯の前で「押すなよ! 絶対に押すなよ!」と言っているかのような雄姿が頼もしい。


「んじゃ、とりあえずいってくっからあとよろしくな!」


 レビテーションで飛び上がる三人。その姿が瞬く間に火山方面へと消えていった。


「あれだったら三人でいく必要はなかったのでは……」


 豆腐より柔らかいとまで評されたタナカの強靭な精神力を理解しないクーゲルの言葉もついでに寒空に消えていった。

 そんな彼らの様子を遠くからうかがう者たちがいた。


「本体に報告しろ。魔物の集団を発見したとな」


 それはプリン王国軍独立大隊の偵察部隊だった。隊員のひとりが伝令のため静かに部隊を離れていく。残りの者たちは気配を消したままじっと監視を続ける。本隊の到着を待ちわびながら……。


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