Route61「つええ……、だがあのひとほどじゃねえ」
「へっ、やるじゃねえか。やっぱり操られていたときとはひと味違うねえ」
「そちらこそ、まだまだこんなものではないのだろう」
カレーマンと魔族の長兄クーゲルが実践形式の訓練をおこなっていた。その様子を次兄マッドパイと末弟オランジェットが見守っている。
この三兄弟は黒魔族と呼ばれる種族でかなりの戦闘力をもっていた。高い魔力をもっているにもかかわらず魔法適正が低いためほとんど魔法は使えない。その代わり魔力を利用し身体能力を向上させるスキルを持ち、それがこの種族を強者たらしめていた。
カレーマンの脇腹を狙ったクーゲルの蹴りがギリギリのところで躱される。その攻撃のキレのよさは遠目からでもよくわかる。というより遠くからだからこそわかるのであって、相対していればほとんどの者が無防備にその蹴りを受けていたことだろう。それほどに高いレベルの攻撃だった。
しかし相手をしているカレーマンもまた並みの人間ではない。なんとか躱せたわけではなく狙ってギリギリで避けてみせたのだ。それを証明するかのようにクーゲルが蹴りをひくと同時に攻めに転じた。
左右からの襲い掛かる双剣の連撃。クーゲルは手にする小ぶりの剣でなんとかさばききる。どうやら剣術においてはカレーマンに分があるらしい。休む間もなく繰り出される連撃にクーゲルは防戦いっぽうとなる。
しかしクーゲルもまた優れた戦闘センスの持ち主だった。カレーマンが攻撃のモーションにはいったのを見切るや否や剣で受け止める所作をしながらの前蹴り。黒魔族の高い身体能力が不自由な体勢からの強力な蹴りを可能とした。カレーマンは器用に腕のふりの軌道を変えると両腕をクロスさせて蹴りを受け止める。ダメージを殺すために自ら後方に飛びながらの受けだったが信じられないほど後方へと飛ばされる。
「おいおい、まじかよ。力ありすぎだろ」
「まあこれが我らの取り柄だからな」
あきれた表情でぼやくカレーマンにクーゲルが苦笑でかえす。
「それにしても魔族ってのは特殊な能力もってたりして、やりにくい相手が多いと思ってたんだが、アンタらの場合は逆にやりやすいな」
「真っ向勝負が性にあっている。まあ不器用だから魔力で身体能力を底上げすることしかできんのだが」
「それはそれですげえと思うが……。ん? じゃああの蛇みたいなやつは?」
「あれはナワスキーが施していた術で、我ら自身でやれるものではない」
ナワスキーが施していた操魔術は彼らを操ると同時に、自律的な戦闘補助をおこなうものだったらしい。なかなか難度の高そうな術である。しかも彼らの高い魔力を利用して維持していたというのだから器用というかなんというか、ナワスキーも並みの技量ではなかったということだろう。
それにしても思うのは、なんとも豪華な顔ぶれになったものだということだろう。カレーマンが推し量るに長兄クーゲルは間違いなくAランクに相当する実力を持っていた。次兄マッドパイと末弟オランジェットもギリギリAランク、届かないにしてもBランク上位の実力はまず間違いないだろう。そして例の三人――。突き抜けすぎていて振り分けるカテゴリがない有様である。
よくもこれだけの強者が集まったものだと思う。そしてこれはチャンスでもあった。Aランク以上の実力者などそうそう会えるものではない。これはさらなる成長を望むカレーマンには願ってもない状況だった。
カレーマンは気を取り直してもうひと勝負いこうとする。そこに並はずれたという点では最たるものが、これまた並はずれただらしなさでやってきた。
「ふわぁ~……。おう、お前ら早いな」
朝のイメージトレーニングを終えたタナカさんである。
「いや、普通だろ。っていうか野宿でどんだけ長く眠れるんだよ。大物というかなんというか」
「フッ、寝ているようにみせかけて修行してるんだよ。まあそれはいいとして他のやつらはいないのか?」
キョロキョロしながら筋肉の群れを探すタナカ。念のためいっておくがいきなり襲い掛かってきたら怖いから、つねに筋肉たちへの警戒はしておこうと思ったなどという理由からではない。タナカさんは仲間となったからにはその身を心配して言っているのである。
「ああ、森人族の連中はこういうの苦手らしくってな。カクさんだっけ? あのひとを先頭に走り込みにいったよ」
「見た目はモロに戦闘向きだと思うんだが……。というかカクさんはもう完全に筋肉たちのリーダーと化してるな。スケさんもいっしょにいっちまったのか?」
「いや、起きたときから姿をみてないな」
三兄弟も首を横に振る。
「しょうがないなあ。スケさんは好奇心旺盛すぎて、ときどきどっかいったまま道に迷うんだよな」
タナカは女性キャラがいないというのに律儀にヤレヤレを披露する。これも主人公としての役割を誰よりも理解するタナカさんなればこその地道さだろう。いつか彼の努力がむくわれればと思いたいところだが、その後みせたドヤ顔にそんな気もうせるというものである。
さっそくタナカは生活魔法で辺りの空気を支配する。どことなく感じる違和感に戸惑うカレーマンと三兄弟。
「なにをやったんだ? なんだか妙な感じがするぜ」
「フッ、これはオレが編み出した世界を支配する魔法だ。この辺り一帯はすでにオレの手の中にあるといっていい。例えばこんなこともできる」
目の前の土が舞い上がり、瞬く間に竜巻へと変化する。
「うおっ! なんだこりゃ!?」
「こっ……、これは……」
カレーマンたちは突然の異常事態に驚く。同時にいつでも退避できるように身をかがめたのはさすがはAランカーといったところか。しかし彼らが危惧するような事態にはならない。竜巻はその場を動かず規則正しく土を巻き上げ続けていた。それは自然ではまずありえない現象だった。タナカがそれを操っているということは明らかだろう。
「すげえな……。アンタはもうなんでもありなんだな」
「そうでもないさ。この程度は赤子を卒業すればだれでもできることだ」
そんな冗談をいうタナカにカレーマンは漢としての大きさを感じた。まさか言ってる本人がそろそろDランク試験をうけるべきか悩んでいるとは夢にも思わないことだろう。
「おっと、遊んでる場合じゃないな。スケさんはっと……いた!」
タナカは浮遊魔法を使うとスケさんを釣りあげる。やがて空の彼方からスケさんが飛んできた。
「また道に迷ったでござるよ。空の散歩は魔力切れが欠点でござるな」
タナカにされるがままに飛ばされてきたスケさんはあいかわらずマイペースである。
「好奇心旺盛なのはいいがもう少しおちつかないとな。まあ暇だってんならコイツらの特訓につきあってみるのはどうよ。近接戦闘組同士なかよくしておいて損はないと思うぜ」
「実戦ばかりだったでござるからな。そういうのも面白そうでござる」
タナカたちのこれまでの特訓は魔法ばかりだったので、カレーマンたちとの特訓はスケさんの好奇心をくすぐるのに十分なものだった。いっぽうカレーマンたちは目の前で繰り広げられた非常識なやりとりに固まっていた。
「は……、ははは……。すごすぎてわけがわかんねえよ」
「いや、それこそなにわけわかんないこといってんだよ。とにかくスケさんと特訓してみろって。いっておくがスケさんはチームタナカでずっと前衛をつとめてきた漢だからな。あまくみるなよ?」
「……あ? ああ、そりゃわかってるよ。誰もアンタらをあまくみるやつはここにはいねえって」
カレーマンのこの答えに三兄弟も無言で頷いていた。
「じゃあ、オレはカクさんたちのところへいってくるよ。……カクさんの発想は斜め上だからな。このまま放置すると恐ろしいものを生み出す予感がしてならない」
ブツブツよくわからないことを言いながら立ち去るタナカを見送る近接戦闘組。あえていうなら一番斜め上に突き進んでいるのはタナカさんだろう。
とにかくこうして始まる近接戦闘組の特訓。結果は惨憺たるものだった。地面に転がるカレーマンと三兄弟。
「まさか、これほどの実力差があろうとは……」
クーゲルがようやく言葉を絞り出す。その声は若干震えていた。
マッドパイとオランジェットは呼吸を整えるのに精一杯だった。
そしてカレーマンは既視感を覚えていた。思い出すのは初めてタナカと対峙したときのこと。圧倒的存在と対峙したときのあの緊張感だった。
「つええ……、だがあのひとほどじゃねえ」
ほんの数手だったがタナカとのやりとりで知った恐怖。その強さは認識不能な領域のものだった。あのタナカと向かい合った時の恐怖にくらべれば、この程度の差はどうということはなかった。
「まだ理解できる強さだ……」
その動きは速過ぎて追うこともできなければ防御や回避も間に合わないレベル。まるで瞬間移動でもしているのではないかと錯覚するほどの速さだった。確かに圧倒的な差ではあるが認識できる範疇にある。
「そうでござるな。タナカ殿の強さは拙者たちの理解の及ばぬ高みにあるでござるよ」
カレーマンはスケさんの告白に驚く。この圧倒的な強者が自分と同じ枠組みに入ってしまうほど、自分が目標とする漢ははるか高みにいるのかと。強さの頂とはいったいどれほどまでに高く続いているものなのかと。
「拙者たちは幸運でござるよ。自分の上にまだ道があるということを、自分がもっと強くなれるということを教えてくれる師がそばにいるのでござるから」
それはカレーマンもどこか共感することだった。Aランクになってからというものそれほど強くなったという実感はなかった。自覚できるほどにみるみる強くなったのはずいぶんと昔のことだろう。けっして修行を怠けているわけではない。むしろ高みに登れば登るほどに厳しい修行をしていただろう。それにランクがあがることで必然的に難度の高い依頼を受けることになる。結果、より厳しい実戦を経験することになった。しかしその成長はあきらかに失速していた。
そんなときタナカとの運命の出会いをはたす。以来驚くほどに変化が訪れていた。漠然と強さをもとめていた以前とは違う。自分の上にさらなる強さが広がっていることを知って、今より強い自分が鮮明にイメージできた。まるで駆け出しのころのように夢中で駆け上がる。待っているといってくれた漢のいる高みをめざして――。
「さて、そろそろ休憩は終わりでござる。もう一戦はじめるでござるよ」
優しい人柄とは裏腹にスパルタ教育である。しかしカレーマンに怯む心などなかった。
「望むところだ。俺は駆け上がってみせるぜ……、さらなる高みに!」
「置いて行かれるのを黙ってみている性分ではないのでな。俺も続けさせてもらおう」
「兄者、我らとてどこまでもついていってみせるぞ」
いつの間にか近接戦闘組に絆のようなものが生まれていた。それぞれの思いを胸に秘め、特訓と呼ぶには激しすぎる戦いが繰り広げられた。その戦いはお腹をすかせたタナカが戻ってくる昼食どきまで続くこととなる。




