Route60「お前には力がある。零れ落ちる命を救う力がな」
「それで、こいつらどうすんだ?」
筋肉たちの崇敬を集め、もはやVIP筋肉となったカクさんが話をすすめる。彼の視線の先には、腰まで地面に埋もれたままの三人の魔族がいた。彼らはタナカに襲い掛かるために、今も地面から這い出ようともがき続けている。見捨てられたというのに未だナワスキーの命令を忠実に守ろうとしているのだ。操り人形と化した彼らの行動はひどく滑稽で、それ以上に哀れだった。
「カクさん、正気に戻してやってくれ」
タナカは三人を救う決断を下す。三人の魔族が割とイケメンだったにもかかわらず優しさをみせたのは、正気を失った彼らに友人の姿を重ねあわせたからかもしれない。かつて救うことのできなかった友人を――。
「おう、まかせておけ! ビューティーフォーム! メイクアップ!」
カクさんは空に高く舞い上がると後光を背にオリバーポーズ。筋肉たちはそのあまりの神々しさに我を忘れて見とれていた。タナカは「いや、なにも変わってないから」というツッコミをしそうになったところで言葉を呑み込んだ。なぜならカクさんの手に禁断の魔具があるのに気付いたからだ。
「アブドミナルぅ~・アぁ~ンド・サぁ~イ! マッスルタッチで正気にもどぉーれぇー」
華麗にポージングを披露して満足すると、新体操のリボンを高く掲げてクルクルまわし始める。リボンがクルクル伸びていき三人の魔族を包み込む。
「おおっ!」
魔法少女の必殺技っぽいナニカに魅了される筋肉たち。やがて彼らから感嘆の声が上がった。クルクルまわり続けるリボンの隙間。そこから覗き見れる魔族の様子が目に見えて変化したからだろう。彼らの身体で蠢いていた蛇の入れ墨が苦しむような挙動をしたかと思うと、次々と消えていったからだ。それにあわせたように、彼ら自身は地面から這い出ようともがくのをやめ大人しくなっていった。それをみてタナカは魔法を解除するが、彼らからはなんの反応もなくただ茫然と立ちすくんでいた。
「何だかよくわかんねえが、どうやらうまくいったようだな」
カレーマンは魔族たちを救った謎チカラに感心する。同時にやはり自分の目に狂いはなかったと笑みを浮かべるのだった。その笑みの先ではひと仕事終えたカクさんが地上に舞い降りようとしていた。サイドチェストポーズでVIP筋肉を暖かく迎えいれる筋肉たち。なぜかスケさんまで筋肉たちにまじってサイドチェストポーズをしている。
筋肉たちがおりなす生暖かすぎるドラマを前に、ついにタナカさんの吐き気が最高潮に達する。タナカが深刻な顔でリフレッシュできる木陰をさがし始めたとき、もっと深刻そうな表情で絶望するものたちがいた。件の魔族たちである。
「我々は取り返しのつかない罪を犯してしまった……」
ナワスキーに操られている間にどのようなことがあったのか。周りの者たちに知る由はなかった。
しかしこの国の魔族にたいする偏見を考えれば、碌でもないことに加担させられてきたことは想像に難くない。なによりつい先ほどまでここにいる筋肉たち、さらに追加オーダーでタナカさんを襲おうとしていたのだ。彼らの自責の念は並々ならぬものだろう。
「皆様方、まことに申し訳なかった。謝って済むことではないことは重々承知している。どのような仕打ちであろうと受けるつもりだ。しかしとりあえずは謝らせてくれ」
そういって土下座する三人。それにたいし謝られた本人たちはというと戸惑っている様子だった。たしかに襲われはしたが、結果的に誰も被害を受けてはいないというのもあるのだろう。これほど苦悩し謝られては、気のいい連中の彼らでは怒ることもできないといったところか。
そしてタナカさんはというとすでにリフレッシュして晴れやか表情だった。「異世界にも土下座文化があったか」と鼻ホジする余裕が生まれるほどに復活していた。
「まあ、操られていたんだ。あんまり気にすんなよ」
「そうでござるな。どうやら今回は被害はなかったようにござるし、もう謝罪は十分なのではござらぬかな」
この中で良識派のカレーマンとスケさんが話をまとめようとする。ここで小さなプライドを刺激されてしまうのがタナカさんたるゆえんだろう。自分をおいてけぼりで話が進むのをよしとしない。
「まあまて。罪を負ったものにとっては、ときに優しさが重荷になることもある。ここはオレが――、チームタナカのリーダーであるこのオレが、この場にいる者たちを代表して罰を与えよう」
さりげなく自分の地位を固めるタナカさん。すでにチームタナカのリーダーとして確固たる地位を築いているタナカは、序列においてスケさんカクさんをおさえているといってよい。そしてカクさんの信者たる筋肉たち、過去に格付けをすましているカレーマン。ともにタナカのほうが有利な立場的にあった。先程の一言は、優勢な状況からなし崩し的に序列を確定させる妙手だったといえよう。小狡いぞタナカ。狡賢いぞタナカ。
「もとより覚悟の上。死して皆様方にお詫びしたい。ただ弟たちの命まではとらないでいただきたい。勝手な言い分だとわかっている。しかしそこをどうかよろしく頼む」
再び土下座をする長兄と思しき魔族。弟たちも兄にならい土下座するが、その瞳には涙が浮かんでいた。
「お前たちは生きろ。この方々についていき、生きて償いをするのだ」
「兄者……」
弟たちは言葉が続かない。しかし兄の最期を目に焼き付けようとでもいうのか、涙にぬれる目はしっかりと兄を見つめていた。
貫手を構える兄魔族。特殊な能力なのか黒いオーラのようなものが手の先を覆っていた。なんだか話が勝手に進みボーッと眺めているだけだったタナカさんは、それを見て厨二心をときめかせる。空気を読むんだ! タナカ!
「すまぬ……、妹よ。志半ばで果てる無能な兄を許してくれ」
タナカさんの眉がピクリと動く。そして兄魔族が貫手を首に添え、貫こうとした瞬間――。
「なんば勘違いしよっとか。このバカちんが!」
「ぶるぅおああああ!!」
タナカさんの愛のビンタが飛ぶ。そのあまりの威力に兄魔族も回転しながら空に舞う。そのまま大きく放物線を描いた後、地面に大きくバウンドして転がり続けた。
「あ、兄者ぁああああ!!」
兄魔族に駆けよる弟魔族たち。そんな兄弟愛をみせつける魔族たちに向かって吠えるタナカ。
「弟に生きろと言うとったとに、なんでそげんなっと! 死んだらいかんばい!」
なんという熱い漢。たしかにタナカは罰を与えようとした。しかし過剰な罰を与える気などサラサラなかったのである。そこにあったのは罪びとの心を軽くしようとする、実に漢らしいはからいだけだったのだ。その証拠に償いに死を選ぼうとする魔族に、怒りをもって応えたではないか。
断じて「妹」のキーワードに反応して、おのれの野心を満たすために魔族をとめたわけではない。「イケメンな魔族だし、妹はさぞ可愛い魔族だろうな」というようなことは、これっぽっちも考えたりもしていないはずだ。もし「妹」発言がなかったら、首を貫こうとしているその腕の肘を「イケメン、死すべし」と後押ししていたなんてこともない。たとえタナカさんの鼻の下が伸びていたとしてもだ。強くてカッコよくて心優しい僕らのヒーローのタナカさんがそんな身勝手な理由で動いたりするわけはないではないか。まったくフォローする身にもなってほしいものである。
「あー、なんだ……。アンタの言いたいことはなんとなくわかるんだが、このままじゃアイツ死んじまうんじゃねえか?」
カレーマンの言葉に我に返るタナカ。
「おっと、つい怒りで我を忘れてしまったか。……やれやれ、相手がイケメンなんでつい力が入りすぎちまったぜ」
誰にも聞こえないところで古式天然主人公流ヤレヤレを披露するタナカ。このタイミングでこの技を使いこなせるのは、世界広しといえどもこの漢だけだろう。芸においてはどこまでも妥協しない漢である。とにかくタナカはピクピク痙攣している魔族のもとに駆け寄ると回復魔法をかけた。
「ハッ! 私はいったい何を……」
復活した兄魔族は記憶が少し混乱している様子。こんなときちょうどいいと強引に突き進むのがタナカさんである。
「聞け! 死をもって償おうとするお前の行動は、一見正しいように見える。だがそれは自分勝手な逃げであると心せよ」
「なっ! 逃げるつもりなど毛頭ない! ただ、我々が犯した罪はあまりにも大きすぎるのだ。その罪に見合うものなど、とてもじゃないが思いつかない。だからこそ私のすべてで、命で償おうと――」
「だまりゃ!」
言葉の先を折るタナカ。ときがときなら中納言に登りつめたであろうほどの覇気をみせた。
「お前が真に償う気があるというのなら、何故にあらたな罪を犯そうとするのか! その身勝手な逃げが弟たちの――、そして妹の悲しみを生むということに何故気付かん! 死んでしまったお前にはもはや償う手立てはないのだぞ!」
クワッとした顔で兄魔族を威嚇するタナカ。
「お前も生きて償うのだ! 背負った罪が重すぎて、どう償っていいかわからないのならオレに聞け!」
だんだん自分でもなにをいっているのかわからなくなってきたが、とにかくクワッで乗り切ろうとするタナカ。勢いに任せてクワッ。熱すぎるほどにクワッ。しつこすぎるぞクワッ!
「ど、どうすればいいんだ……」
「甘ったれるな!」
聞けといっておきながらこの言い様。勢いに乗りすぎである。タナカはまわりの微妙な空気に気が付くとひとまず咳払い。
「コホン……。いいか? オレは今ここにいる者たちの未来を背負っているといっていい。そしていずれはより多くの魔族を、ひいては魔族の国を背負ってたつ漢になるだろう」
「魔族の国……」
「そうだ、魔族の国だ。オレが背負うであろうすべての魔族の未来を想像してみろ。その重さはお前が背負った罪に決して劣らぬ重さだとは思わんか? オレが進む道はなだらかなものではない。世界の意志が多くの試練を与えてくることになるだろう。その苦難はオレだけではなく、オレの背負う者たちにまで及ぶかもしれない」
タナカは近くの小岩まで歩いていくと片足を乗せる。見つめるは林の隙間に輝く太陽。風にマントをなびかせて、サムズアップで自分を指し示した。
「オレについてこい。お前が納得できる償いの場があるとすれば、それはオレの背中だけだ」
兄魔族は話のスケールの大きさについていけない。しかしひとつだけわかることがあった。それは目の前の漢がとてつもなく大きな存在であるということだ。そして――。
「お前には力がある。零れ落ちる命を救う力がな」
兄魔族の心に一筋の光明が差し込む。それは贖罪への道。兄魔族は頭を下げると決意するのだった。
「我ら兄弟。魔族の未来のためアナタの進む道にお供させていただきたい」
兄魔族にならい弟たちも頭を下げる。ここに新たな仲間が誕生した。
そしてこのノリと勢いで適当にごまかしたタナカの行動は、後の世を大きく変えることになる……かもしれない。
いまはっきりしているのは背中を見せつける誰にも見えないタナカさんの顔が、まだ見ぬ妹キャラへの期待で鼻の穴を大きくふくらませているということだけだった。




