Route59「ヒューッ! とんだはねっかえりだ」
「いきなり現れたかと思ったら、その不遜な言い様。ずいぶんと自信が御有りなのね」
突然の来訪者に臆することない魔物使いナワスキー。言葉は丁寧だがその顔には、自分の策を邪魔した漢への苛立ちがありありと見て取れた。
「フッ、降参するなら今のうちだぞ」
珍しく強気なタナカだがそれには理由があった。この争いの場に見知った人物がいたからである。
「それと久しいな。ずいぶんといい面構えになったじゃないか」
「へっ、アンタも相変わらずおせっかいが好きだな」
タナカの挨拶に憎まれ口を返すカレーマン。しかしその表情からは再会の喜びがありありとみえる。ツンデレキャラでカクさんに対抗しようとでもいうのかカレーマン。
とにかくこのカレーマンの存在こそが、さきほどからタナカが強気だった理由である。低ランカー揃いのこの王国で知り合ったEランカー(タナカ推測)のカレーマン。タナカと同ランクではあるが過去の手合せから、格のうえでは自分のほうが上だという自信がタナカにはあったのだ。
その男が互角に戦っていた相手ともなれば、もはや楽勝な展開は間違いない。小物界の超エリートであるタナカさん的には、この場面で調子に乗らなくていつ調子に乗るんだといった場面だろう。
「知り合い……、なのかしら?」
ナワスキーは二人の様子に警戒感を高める。
ギルド最高峰Aランカーと親しげに話す相手。いや、むしろ二人のやりとりからは、謎の漢のほうが上の立場のようにみえた。ナワスキーが警戒するのも当然といえるだろう。
「ひとつ忠告しといてやる。完全にお前の勝ちはなくなった。降参するのが身のためだぜ」
カレーマンがナワスキーに答えた。
「さっきまで慌てた様子だったくせに、大した余裕ね。いいわ……、その余裕がどこまで続くのか。確かめてあげる!」
カッコいいポーズをとり続けるタナカをよそに話はまとまった。再び戦端が開かれる。
「私の可愛いペットたち、その漢をズタズタに切り裂いておやり!」
タナカの前で立ち止まっていた三人の魔族が、ナワスキーの言葉に反応し一斉に襲い掛かろうとする。
対して調子に乗りまくりのタナカさんはというと余裕の表情。おもむろに片手をあげると指をパチンと鳴らした。ほとんどかすれた音だったのは、小物としての運命を背負いし漢の悲しい性か。
そしてその指パッチンの瞬間、タナカに迫ろうとしていた魔族たちが一瞬にして地面に埋まる。
「なっ!」
予想外の攻撃に思わず声をあげるナワスキー。これにはカレーマンも同じく驚いてただ茫然と見ていた。
腰まで地面に埋もれた魔族たちは脱出しようともがき続けるが、流体化した地面がそれを許さない。完全に呑み込まなかったのは、操られる魔族にたいするタナカの優しさだろう。
タナカはもがき続ける魔族を残し前へ進み出た。
「降参しろ。操る魔族を解放するのならば、命までは取らないと約束しよう」
とことん勝ちを目指すタナカ。エロフだけにとどまらず、敵であるナワスキーまでをも手に入れようというのか。
たしかにケバケバしい恰好のナワスキーだが、顔立ちは悪くない。年齢も三十そこそこといった感じで、タナカ的にはまったく問題ないといえるだろう。
それにしても敵であろうと、狙えるのならばモノにしようとするその貪欲さ。あいかわらず獣のような漢である。
「あら、お優しいこと。でも降参するのは、もう少し考えてからにしようかしら!」
未だ距離のある状態で、ナワスキーは鞭をしならせタナカに襲い掛かった。
タナカは動ずることなく、瞬時に愛剣を取り出すと横一閃。すでに無詠唱で強化された魔剣デスアビアゲーテが神器を超える力を発揮する。
しなりと遠心力で目に見えぬほどに加速された鞭を正確に捉える魔剣。鞭は魔剣に触れた端から消滅してしまう。さらに一閃された魔剣から生み出される暴風に揺れる林。ナワスキーを怯ませるには十分な迫力をみせつけた。
「本格的に戦う姿を見たのは初めてだが……、これほどかよ」
カレーマンは見知らぬ魔法、魅せる業物、轟く剣閃、そのすべてに圧倒される。
そして同時に胸が高鳴っていた。まだまだ自分の上には、見知らぬ強さが存在するということに。まるでついてこいといわんばかりに、強さを魅せつけてくれる漢の姿に。
「ああ……、ついていくさ。そしていつか……、隣に立ってみせる」
高みを目指す戦士は、あらためて自分の理想を胸に刻みつけたのだった。
いっぽう、追い詰められたナワスキー。彼女は最強の漢を前にして自分の運のなさを呪う。
初めはただの憂さ晴らしのつもりだった。王国において最高の魔物使いと呼ばれるまでになったナワスキーだが、その過程は彼女が望んだものではなかった。かつて同じ師匠のもと修行にはげみ、常に競い合ってきた好敵手ムチスキー。彼が一都市を守る軍ごと行方不明になったのが、ほんの一月ほど前のことだった。
大衆の面前で自慢の魔物を披露し、ムチスキーとの長年の勝負に決着をつける。そして晴れて王国最強の魔物使いとしてのデビューを果たす――彼女が抱いていたその野望は叶わぬ夢と消えた。そして王国最強の魔物使いの地位は勝手に転がりこんできてしまった。
無性に腹立たしかった。そんなとき憂さ晴らしに引き受けたのがこの仕事だったのである。ここ最近頻発している魔族の失踪。彼らを捕縛するのが今回の依頼だった。失踪した魔族たちが皆東へ、皇国側へ逃亡していることはもはや周知である。玄関口近くで待ち受けるだけの簡単な仕事、あとは適当に力をふるえば終わるはずだった。
しかし獲物がかかったところで邪魔が入る。それがギルドAランカーのカレーマンだった。さらにそれを超える化け物が現れたとなれば、自分の不運を呪いたくもなるだろう。
「まったく……、ついてないわね。まさかこんなどうでもいい仕事で躓くなんて」
「そうでもないさ。このオレという漢に出会うことができたのだからな」
いったいどこからその自信が湧いてくるのか。そのドヤ顔は類をみないほどに腹立たしいものだった。
「でも残念。あなたたちに捕まるわけにはいかないわ。望まないかたちで背負ったとはいえ、最強の魔物使いの看板は安くはないのよ」
上空を横切る黒い影。その正体はナワスキーのペット飛竜だった。見た目は二足歩行のドラゴンといった感じだが、通常のドラゴンより小型でその飛翔速度はドラゴンを優に超える。
急降下してきた飛竜に見事に飛び乗ると、この場から速やかに立ち去ったのだった。
「ヒューッ! とんだはねっかえりだ」
理想的「ヒューッ」で見送るタナカ。まぎれもなく三枚目の「ヒューッ」だった。
それにしても飛行できるタナカならば、今からでも追撃が可能なはず。それどころか急降下してきた飛竜を迎え撃つのも、タナカにとってわけもないことだったはずなのに、なぜそうしなかったのか。
「これでフラグはたったはずだ。彼女の攻略は後の楽しみにとっておいて……、今は確実にエロフをとりにいく!」
なんとすべては計算の上での行動だったのである。底なしの貪欲さをみせながら、その心の奥底はどこまでも冷静だった。すべてを手に入れるという一見不可能に思える野望を、最低限のフラグをたてておき、時間差を利用してひとつひとつ確実にモノにしようとする周到さ。まさしく幾千幾万のゲームを乗り越えてきた漢だからこそできる発想だ。
「どうやら終わったみたいでござるな」
「飛竜がやってきたみたいだが大丈夫か?」
茂みから現れたスケさんカクさんに、瞬時に臨戦態勢をとるカレーマン。
「ああ、大丈夫だ。ヤツらはオレの仲間だからな」
「アンタの仲間かよ。驚いて損したぜ。それにしても……、アンタらすげえな」
観察眼に優れたカレーマンは、タナカだけでなくその仲間たちからも強者の気配を感じとっていた。
「それにしても、一体全体どういう状況なんだ?」
「俺も飛び入りで首を突っ込んだ口なんだが、おそらくは――」
タナカの疑問に答えるカレーマン。最近プリン王国で問題となっていた魔族の失踪。さらに魔王出現という事件も発生し、ついにプリン王国は重い腰をあげたらしい。しかし軍の再編で余力のない王国は、僅かの兵で国境封鎖をするにとどめ、魔族失踪の対処はギルドに協力を求めたという。
「まあ俺にはかかわりのないことだったんだが、さすがに目の前で襲われるのを見ちまったらな」
照れくさそうに目をそらすカレーマン。その潜在的ツンデレの才能を見抜いたのか。カクさんの目には静かに闘志の炎が灯っていた。なにゆえこの漢たちは、需要のないところで争おうとするのか。
「それにしても当事者のエロ……、いや、森人族はなんで姿をみせないんだ?」
「ああ、あいつら結構臆病な性格だからな。おーい! もう安全だから出てこいよ!」
カクさんが森人族が隠れる茂みにむかって声をかける。しばらくするとようやく決心がついたのか森人族はゾロゾロと姿を現す。
「なん……だと……」
子供から老人まで男女問わず二メートルを超す巨体に、はち切れんばかりの筋肉を溢れさせていた。
「ようやく出てきやがったか。まったく……、見た目は強そうなんだが、臆病なのはあいかわらずだな。それにしても……あいかわらずいい筋肉してやがるぜ」
「おお、アナタは精霊様ですな。まさかこのような場所でお会いできるとは――」
瞬く間にタナカたちのまわりが筋肉であふれかえる。
森人族の感謝の言葉に照れ笑いのカレーマン。筋肉に共感を覚えたのかすぐに人気者となるカクさん。そしてその雄姿に見惚れるスケさん。集うものたちのみなから笑顔が絶えないなか、フラフラとひとり離れていく漢がいた。
そして膝から崩れ落ちるタナカさん。あれほど世界の悪意を警戒していたはずなのに、まんまと罠にはまってしまった自分の愚かさを呪う。
「わかっていた……、わかっていたはずなのに……」
まるで悲劇の主人公のような台詞をこぼすタナカ。しかしその姿に笑いを誘われてしまうのは、彼が笑いの神に愛されし漢ゆえか。実に悲しき運命である。
タナカはある夏の日を思い出していた。夏の砂浜にはパラダイスがあると信じ、ひとり戦場におもむいたあの惨劇の日を。
浜辺で戯れる天使たちはタナカに見向きすらせず、ナイスガイな筋肉たちとともにどこかへと消えていった。ひとり寂しく浜辺を去るとき漢は知ったのだ。自分では筋肉には勝てないという悲しい現実を。
「オレだって……、『まったく簡単だ』の広告さえ見ていればオレだって!」
そんなどうでもいい独り舞台をよそに、危険を無事乗り越えられたことを皆が喜んだのだった。




