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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
58/114

Route58「オレもそうとうのワルだな……」

「癒しがほしい……」


「突然なに言いだすんだよ」


 あいかわらずハル皇国への帰還の路をいく三馬鹿トリオ。しかしめずらしく……もなんともないが、今日のタナカは独り沈んでいた。


「疲れちまったんだよ。オレの狙いを見透かしたように、ギリギリまで期待させておいてエサを持ち去る世界の狡猾さにな……」


「ああ、このあいだの宿場町で名物の料理を食べそこなったのでござるな」


「ちげえよ」


 トボトボと歩き続けるタナカ。そのツッコミにはいつものようなキレがない。あの錆びついた彫刻刀のようなキレはいったいどこへいってしまったというのか。


「ハァ……。ちょっとだけでいいんだよ。可愛い娘さえいれば。でも美女もいいよな。両方ならもっといいさ。どうせなら豪勢なハーレムがほしい」


 謙虚そうでいて、どこまでも欲深い漢である。


「この王国で再スタートできると思ったんだ。今度こそ夢がかなうと思っていたのに……」


 プリン王国で出くわしたいくつものチャンスが、走馬灯のように頭に浮かんでは消えていく。すべては夢のまた夢。掴んだ手から零れ落ちる砂のようにチャンスは消えていき、後にはなにも残ってはいなかった。

 タナカは思う。こんなはずではなかったと。フラつくその背中からはこれでもかといわんばかりにくたびれはてた大人の哀愁が漂っている。

 もともと挫折にまみれた人生だった。そこに追加オプションでさらに大量の挫折を盛られたというのが今の彼の心境だ。その心に巣食う闇の深さは、幼稚園児が砂場で掘る落とし穴に匹敵するほどに深い。


「フッ……、どうせこのままいいことなしでこの旅は終わるんだ。いいさ、皇国に帰れば親友のエチゴヤさんが美女を紹介してくれるんだからな」


 勝手に親友に仕立てあげた上に、無茶な約束を捏造するタナカ。なんという身勝手さ。

 しかしこれは決して本気でいっているわけではないのだ。これはあくまで己を鼓舞するためいっていること。暗黒面に追い落とそうとする世界から、自分の心を守るための高等テクニックなのだ。

 だからタナカさんの鼻の下がのびていたとしても気のせいである。高潔なタナカさんにかぎって卑しい心などあるはずがない。


「皇国が懐かしいでござる……。あれ? よく考えると、拙者は懐かしむほど皇国で生活してないでござるな」


 一歳児おそるべし。


「まあ、あまり気にしなくてもいいんじゃねえか。俺も人間の国に興味なんてないし。俺が興味あるのは筋肉だけだぜ」


 そういって筋肉をプルンプルンさせるカクさん。「俺が求めてんのはそのプルンンプルンじゃねえんだよ!」とタナカの心の闇はさらに深まっていった。


「もうこの国はいいよ。なんかヤヴァそうな気配がプンプンし始めたし……、今後は寄り道なしね! まっすぐお家かえるからね!」


 家もないのにこの台詞。しかもちょっとオカンっぽい。タナカさんの本気具合がよくわかる芸の細かさだ。

 皇国への旅も終盤。三人は、というよりタナカは得体のしれないなにかから逃げるように旅を急いだ。

 タナカの危機察知能力は実に鋭い。そして逃げることを決めたその動きは最強生物Gのように素早い。さらにいえばいつも手遅れなのがお約束だ。

 数日後、まるでタナカを絡め取ろうとするようにイベントが発生した。


「かなりの力を感じる。いったいなにもんなんだ?」


 さすが精霊。カクさんは逸早く戦闘の気配を察知していた。


「ふーん」


 そしてタナカさん。普段なら慌てそうなものだが、どういうわけか反応が鈍い。それもそのはず、話題の戦闘は自分とは関係がないもの。そしてそれが起こっているのは、今いる街道からは少し離れた林の奥だったからだ。

 タナカは道の真ん中で立ち止まり、余裕の表情で鼻をホジホジしていた。この漢、安全とわかっているときはどこまでもユルユルである。これが休日には欠かさずアキ〇バラに通いつめていた漢だとは到底思えない。年に二回訪れる災厄のとき、戦士たちのひしめく暗黒の世界に果敢に乗り込んだ漢はどこにいったというのだ。どんなに混雑していようとも大量の薄い本を手に、必ず生還をはたしたといわれる伝説の漢はもうどこにも存在しないというのか。


「まあ、いいんでないの。オレたちには関係ないしさ。面倒に巻き込まれないうちにいっちまおうぜ」


「タナカ殿がそれでいいのならかまわないでござるよ」


「俺もそれでかまわないぜ」


 いつもなら露出度満点な絶世の美女のピンチに颯爽と駆けつけ、「素敵、抱いて」となる僅かすぎるチャンスに果敢に挑戦するところである。しかしここで動かないということは、タナカがこれまでに負った心の傷はかなり深いということなのかもしれない。


「俺としてはちょっと興味があったかも。この気配はたぶん森人族だからな。あいつらの美しさは精霊の俺からみてもなかなかのもんだ」


「……なに?」


 歩き出した矢先、カクさんが何気なくこぼした一言で足を止めるタナカ。


「な、なんだ? その森人族ってのは」


「森に好んで住み着くやつらで、森を管理する精霊とはかなり仲がいい連中だ。普通の人間に比べると耳が長いのが特徴なんだが……、それ以上に目立つのがやつらの容姿だ。どういうわけか揃いも揃って美しい」


 タナカの心が揺れる。もう二度と世界の罠にははまらないと誓ったはずだった。タイミングといいテンプレっぽさといい、はっきり言ってかなり怪しいとわかっている。しかしそれでもこのまま見逃すにはあまりにも惜しい。実に美味しそうなイベントだった。


「ふっ、ふーん……。そうなんだ。森人ねえ」


 このまま皇国へ帰ってエチゴヤの用意した美女の接待を楽しむのか。それともイベントを達成して美女のキャッキャウフフに期待するべきなのか。揺れに揺れるタナカ。

 昔、アダルトな自動販売機の前を何度も行き来した思い出がよみがえる。

 なぜか人の途絶えない道にあった自販機。コインを入れようとするたびに誰かが近づいてくるのだ。なんど「あれ? ジュースの自販機じゃないのか」とわざとらしい独り言をささやき、撤退をよぎなくされたことか。

 しかしタナカはあきらめなかった。まだ年齢的にアダルトな世界に足を踏み入れるにはアウトな年頃だったのが理由だ。タナカが大人の世界に足を踏み入れるにはこの手しかなかった。中身が確認できないためハズレの可能性が高いというハイリスクすぎる商品。しかしそれでも果敢に挑戦したあの若かりし頃。


「オレもそうとうのワルだな……」


 もしばれていれば町中を恐怖に陥れていたのは間違いないほどの悪逆非道ぶり。二十年たった今でも不良たちに伝説として語られていたことだろう。


「フッ……」


 かつてのヤンチャぶりを思い出し笑みがこぼれる。

 そして気づく。自分の中に力がこみ上げていることを。不屈の闘志で挑戦し続けたあの若かりし頃のように。かつての思い出が闇に染まったはずのタナカの心を桃色に染めあげていった。


「そういや、異世界から召喚されたやつらはエルフだかエロフだかと呼んでたらしいぜ」


 ついに林に向けた第一歩を踏み出すタナカさん。その姿はまるで疾風。


「おっ、おい! どうしたんだよ急に。帰るんじゃなかったのかよ」


「ただ事ではござらぬ様子。いったいなにが……」


 スケさんカクさんも慌ててタナカを追いかける。普段のタナカからは考えられないほどの大胆さで林に飛び込んだ。

 それもそのはず。駆けだしたときにすぐに発動させた「気流」魔法。そのおかげですでにこの辺り一帯の大気はタナカの支配下にあったのだ。瞬時に林の状況を把握したタナカは、視界の悪い林の中一直線に目的の場所に向かう。キャッキャウフフなはずのイベント会場へ。

 戦っているのは二人。いわゆるタイマン勝負の模様。それぞれの後ろには少し離れた場所に味方と思われる者たちがいるようだ。片方は三人、もう片方にはかなりの数。


「うはっ! このイベントおいしすぎるだろ! ハズレても四人のエルフさん、アタリなら百人のエロフさん! ヤヴァイよ! このゲーム会社の信者になっちゃいそうだよ!」


 運営会社破産間違いなしの大判ぶるまいにタナカさんハチ切れそう。


「大勢でかたまってるのが森人族だよ」


 カクさんのこの一言に喜びはついに天元突破。


「ヒャッハー! 二人はここで待ってろ!」


 そしてどれほど自分を見失っても欲望に忠実だった。この漢、おいしいイベントを独り占めする魂胆である。


「なにあわててんだか」


「とりあえず様子をみるでござるよ」


 言われた通り立ち止まった二人は、林の先へと消えるタナカを生暖かい目で見送ったのだった。






「まったく……、魔族は唯でさえやりにくいってのによ」


 戦っている相手を前にして人間の男が愚痴を吐く。それに対し目の前の魔族は無反応。無数の蛇の入れ墨が蠢く様相と相まってかなり不気味な相手だった。

 別に返事を期待していたわけではないが、一旦大きく間をあけると力をため込む。

 次の瞬間、バネが飛び跳ねたような動きで一瞬のうちに接近。勢いに任せて両手の双剣を走らせた。

 同じ側面から頭と脇腹を狙ったほぼ同時の連撃。しかし相手は受けるも避けるも困難な技を前になんの反応もない。反応できなかったわけではない。する必要がなかったのだ。

 先程まで魔族の身体で蠢いていた蛇が実体化し、神業ともいえる双剣をその咢で受け止めた。同時に実体化した別の蛇が男に襲い掛かる。


「ちっ!」


 天才的ともいえる反応で蛇をかわす男。さらに次々に襲い来た蛇を両手の双剣で器用にさばいてその攻撃をしのぎきる。


「さっきのは結構本気の攻撃だったんだがな。面倒くせえ相手だぜ」


「あらら、それは私の可愛いペット相手に手加減してくれているってことかしら? ずいぶんと舐められたものね」


 男のつぶやきに反応したのは今戦っている魔族の後にいた人物。左右に入れ墨の魔族を従えた人間の女性だった。


「舐めてんのはてめえだ。操られた魔族相手にやられるほどヤワじゃねえよ」


「なにをいっているの? こいつらは魔物よ。そしてこの最強の魔物たちを操る私はこの国最高の魔物使い。ナワスキー様とお呼び!」


「長年この国で自分勝手にやってきた身だが、いい加減この国の連中には反吐がでるぜ。お望み通り本気でやってやるよ。終わらせてやるからまとめてかかってきな!」


 男が吠える。その構え、その気迫からは今の言葉が嘘ではないことが窺える。しかし魔物使いナワスキーは余裕の笑みを崩さず答えた。


「やはり舐めているのはそちらのほうよ、双剣のカレーマン。Aランカー相手にそんな非効率な戦いするわけないでしょう」


 そう答えるやいなや左右にいた魔族が走り出す。目の前にいた魔族もカレーマンを無視して森人族に向かった。

 カレーマンの顔が曇る。確かに攻めあぐねていたが負ける気はしなかった。それが三人になろうともだ。

 しかしそれはあくまで自分に向かってくるならの話である。標的が森人族となったら話は変わってしまう。三人の相手から護衛対象を一人で守り抜くのは、たとえAランカーでも難しい。それが手加減していたとはいえ互角の戦いをみせていた相手だというのならなおさらだ。

 森人族が潜む繁みに飛び込もうとする魔族。しかし彼らを遮るように天から一条の光が舞い降りた。


「おっと、そこまでだ。それ以上進むのなら覚悟するがいい」


 着地すると同時にカッコいい決めポーズ。


「ここにはあの世への直行便しかないってことをな」


「あんたは!」


 その人物を見て驚くカレーマン。それは恩人にしてあこがれ。そして自分が知る最強の漢だったのだから。


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