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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
57/114

Route57「むくわれぬ漢たちの魂を救うため、旅を続ける一陣の風さ」

 夜の宿場町――タナカとエクレアが二人並んで夜道を歩いている。何処からともなく聞こえてくる酔っ払いたちの笑い声。有頂天のタナカには、その喧騒がまるで二人を祝福しているかのように聞こえていた


「フッ」


 思わずこぼれてしまう笑み。しかし今日のタナカさんは一味違う。ひとつひとつの仕草がこれでもかといわんばかりに渋い。それはもう頭の中でハムスター七兄弟が狂喜乱舞しているとは思えないほどに渋い。そしてくどいくらいに渋さを演出しながらふと考える。かつて自分の人生でこれほどのキャッキャウフフなイベントがあっただろうかと。

 まちがいなく人生最良の時だと確信したに違いない。それは渋さを演出しながらも、興奮で抑えきれない鼻の穴の大きさがすべてを物語っていた。

 突如、タナカのもつ気配が変わる。ついにくるべき時がきたのか。すでに彼はこのまま見送って終わり、などというオチで満足するような漢ではなくなっていたのだ。苦汁をなめさせられ続けた異世界での過酷な日々。溜まり続けた負の力が、人畜無害な小物を絶対悪と見紛うばかりの小物に変えてしまっていた。


「そういえば……、オレがかつて賢者見習いだったころ、食い物のことでしか怒らないといわれる伝説の民と交流があったんだ。その彼らから教わった占いがあるのだが、ためしてみないか? なにか役に立つかもしれないぞ。いや役に立つに違いない!」


「占い……ですか?」


 ついにタナカが動く。獲物にエサを撒きはじめたのだ。


「おっと、占いと言ってもそんじょそころの占いとはわけが違う。情報を読み取り、解析し、未来を予測するというプロセスを長年に渡り磨き上げた職人技! 信頼と実績のタクトフゥーでエレガンスなシークレットのオピニオン! アルティメット・スーパー・ヴィズィォゥンヌ・スキル! その名も『TESOU』!」


「ある……て……すーぱびぃ……てそ……?」


 このまま勢いにまかせて主導権を握ろうというのか。タナカさんの攻勢が続く。


「フッ、常人には発音すら叶わないか……、まあいい。肝心なのは中身だろう。簡単に説明すると、この技術を使えば手にやどる生命の軌跡から未来を予測できるのだよ。つまり! この後、君が魔王の情報を手に入れられるかわかるかもしれんということさ」


「そのような技術が……」


 驚きに目を見開くエクレア。


「今すぐご決断をしていただける方には安心安全の保険つき! もし魔王の情報が手に入らないとなった場合には、実にお得な情報がついてきます。なんと! その後どのように行動すれば状況を打開できるのか助言を得られるのです!」


「おお!」


 さらに畳み掛けたタナカ。完全に彼のペースだ。

 それにしてもこのメイド。クールで有能そうな見た目とは裏腹に、とても残念な性能をお持ちのようだ。消防署のほうからやってきた人から何度も消火器を購入し、真っ赤にデコレートされた部屋で幸せに暮らすタイプの人間である。間違いない。


「それではお手を拝借」


 タナカがエクレアの手相をみようと手を差出す。そう、これが彼の狙い。むくわれぬ漢たちが夢にまでみた「女性と手を触れ合う」というときめきシチュエーション。それを全く下心を見せぬまま達成しようというのだ。誰もが及ばぬ恐るべき智謀、そして残酷なまでのマキャベリスト。

 人類史上これほどまでに女性を弄ぼうとしたものがいただろうか。P●Aからの抗議が殺到し、廃刊に追い込まれること間違いなしの暴挙。童の帝(わらべのみかど)に信望を寄せていた漢たちが今の彼をみたらどう感じることか。おそらく誰もが崩れ落ち世界に絶望することだろう。いったい彼はどれほどの闇に染まってしまったというのか。このまま世界は絶望の闇に包まれてしまうのか。

 なにも知らないエクレアが手を差し出す。お互いの手がゆっくり近づいていき、ついにタナカの野望が達成され――。


「おぬし達、いったい何をやっておるんじゃ」


 触れ合おうとしていた手がすんでのところで止まる。タナカの首がギギギギギと声のしたほうへ向きなおった。そこにはひとりの少女が腕を組んで立ち竦んでいた。彼女の名はトルテ。エクレアの仕える主人である。

 闇夜においても浮き立ったように目をひく白い肌。黄金に輝く髪に、燃えるような紅の瞳。ゴスロリチックな服装も相まって、まさに理想的な美少女が体現したといってもいいほどの逸材だった。

 とりあえず反射的に目の前の美少女を未来の嫁候補に登録するタナカ。アグレッシブビースト! 危険だ。今の彼はあまりにも危険すぎる。しかし、ここで奇跡が起きる。


「フッ、残念だが少女の君にはまだ早すぎるな。五年後になっても今の気持ちを忘れないでいたとき。いまから私が教える魔法の言葉を唱えるんだ。そう、『タナカさん、素敵。抱いて』とな。そのときこそすぐに駆けつけた私からレクチャーを受けることができるであろう」


 なんという紳士。例えどれほどの闇に染まろうとも、YESロリータNOタッチの掟を守るというのか。紳士の気高き精神は、例え絶対悪の存在へと堕ちてしまっても失われないということなのか! 今、我々は人間の中に眠る無限の可能性を目の当たりにしているのかもしれない。


「なるほど、『TESOU』には年齢制限があるのですね。なるほどなるほど……、しかし! それは想定の範囲内でございます、お嬢様」


 キリッとした顔で応えるエクレア。


「わたくし最初から予想しておりましたから。ええ、そうですとも。だからこそわたくし自身が『TESOU』に挑もうとしたまでのことです。それにしても、わたくしの身を案じて迎えに来ていただけるとは……。お嬢様に仕えて十余年。これほど嬉しいことはございません。やはりこれはもはやわたくしが、お嬢様にとってなくてはならない存在。たよれる右腕としてお認めいただけたと考えてよろしいのでしょうか。ええ、そうでしょうともカッコカクシン。わたくしこれからもお嬢様のため、身を粉にして尽くす所存でございます!」


 そして鼻息荒く自身をアピールし始めるエクレア。これでもかといわんばかりに「褒めて褒めてオーラ」を放ち続けていた。トルテは思う。


「駄目だ……こやつ。いままでないくらいにポンコツさが増しておる」


 そしてその原因であろう漢のほうを観察する。先程からしきりにトルテとエクレアの二人にたいし、器用に流し目を送り続ける漢を。


「危険じゃ……。エクレアのポンコツさに気づき、これほどポンコツに落とし込むとは……」


 トルテの紅の瞳が妖しく光る。


「おぬし、一体何者じゃ」


 忙しく流し目を送り続けていたタナカは、バッと身をひるがえすとカッコいいポーズで応えた。


「オレの名はタナカ――」


 本名を名乗った。ということは引き続き本気モードのタナカさんである。


「むくわれぬ漢たちの魂を救うため、旅を続ける一陣の風さ」


「なんと風の精霊様でしたか。賢者におさまらぬ驚くべき知識だと感じてはいましたが……。やはりわたくしの勘は当たっていたようですね」


「ちょっと黙っておれ」


 割り込んできたエクレアに冷たい一言。たとえどれほどポンコツになろうとも長年仕えていた主人である。その僅かな違和感を敏感に察知し、シリアスモードにチェンジするエクレア。


「おぬしが只者ではないことくらい気付いておる。おぬしも我らが魔族であることは当に見抜いておるのであろう」


 なにやら怪しい流れ。タナカの期待するキャッキャウフフな展開から大きく離れていく。しかしこれはこれでタナカの厨二病心をくすぐる展開でもある。


「フッ、どうやら気付かれてしまったようだな。いいだろう、教えてやろう――」


 タナカは浮遊魔法で飛び上がるとクルリと後方に大きく一回転。近くにあった木の天辺にスタリと着地する。この行動に特に意味はない。敢えて言うならカッコいい。


「我こそは魔を統べる運命を背負いし漆黒の翼。近い将来、すべての魔に属する者が我がもとに集い、新たな時代を築くことになると断言しよう」


 カッコいいポーズで美少女のハートを射抜いた。つもりだった。


「ほう、たいした自信じゃ。しかし魔の国が落ちてより千年、そううまくいくかのう?」


 そしてこちらはタナカの言葉にまったく揺るがない。


「困難は百も承知! だが我が真の力が目覚めしとき、例え神が立ち塞がろうとも我を止めることはできんだろうよ」


 盛りに盛りまくるタナカ。これだけの魅力的な設定を盛ったのだ。どれほどツンであろうともデレへと堕ちずにはいられないという、超心理学的次元変異法則「KOI」が発動するとタナカは確信したに違いない。しかし今日のタナカは一味違う。ここでトドメとばかりに最終奥義零式「NADEPO」の発動を試みる。

 のちにタナカさんは語る。ここが運命の分かれ道だったと。ここで最終奥義弐式「NIKOPO」を選択していたならば違う未来が開けていただろうと……。

 そう、さきほどタナカは自身の魅力を存分に引き出すため、おのが陣地を木の上に移動させていたのだ。最終奥義零式「NADEPO」は超接近戦用の技。この距離での発動は無意味なのだ。そのわずかな油断、動揺。うまれてしまったわずかな空白の時に少女が動いてしまった。


「いいじゃろう。その刻とやらがくるのを楽しみに待つとしよう」


 身をひるがえし颯爽と立ち去るトルテ。当たり前のようにエクレアも付き従う。そのあまりに華麗な退場ぶりは言葉を割り込ませる隙も与えてはくれなかった。それでもタナカはあきらめず最後の悪あがきを試みる。


「あ……、ちょっと待って。あともう少し続けてもらえば、オジサンの魅力がわかってくるから……」


 タナカが投げかけるささやかな望み。しかしお約束のように訪れた一陣の風に邪魔されて、その言葉が彼女たちに届くことはなかった。西部劇などでよく見られる回転草がどこからともなく現れ、まるでタナカのことを笑うかのようにカサカサと転がっていったのは、タナカさんの芸の細かさゆえであろうか。実にどうでもいい謎である。






「お嬢様、突然どうなされたというのですか」


 タナカから充分に離れたところでエクレアが己が主人に質問した。


「あやつの力、妾の眼をもってしても測れなんだ。いったいどのような力を隠し持っているのやら」


「なんと……」


 言葉が続かないエクレア。トルテの持つ眼――魔眼は相手の能力を垣間見ることができる。これまで幾度となく強者の力を暴きみてきたが、通用しなかったのはたった一度きり。その一度きりの相手は能力を見せる代わりに、圧倒的強者の存在を教えてくれた。


「それではわたくしが試しに――」


 再びタナカのもとへ赴こうとするエクレア。トルテはエクレアの後ろ襟をわざとつかんで止める。


「ぐへっ」


「やめんか、まったく……。妾たちもあまり遊んでいる時間はないのだぞ。今は放っておくとしよう」


 ふと真面目な顔になるトルテ。


「もしあやつがただの道化ならば、すぐに大言を吐いた報いをうけるであろう。話題の魔王とやらに叩き潰されてな。しかし、あやつの隠し持つ力が本物なら――、いずれ再び相見えることとなろう。そのとき正面から叩き潰せばよい。そうであろう?」


 振り向いたトルテの瞳は、その幼さとは不釣り合いなほど力強いものだった。


「はい、お嬢様」


 かつて様々な種族からなる国があった。そして世界の国々を巻き込んだ大きな戦も――。

 その国が滅んでおよそ一千年。最期の王につらなる血筋の少女が立ち上がろうとしていた。かつて存在した国、その理想を追い求めて――。


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