Route56「はてさて出てくるのはどんな化け物なのやら」
プリン王国王都カスタード――。本格的な寒さに包まれる王都から出撃する一団があった。このたび新たに編成されたプリン王国軍独立大隊である。粛々と大通りを進むその一団に目が釘付けとなる王都の人々。すでに王都はおろか国中に魔王出現の噂は広がっていた。独立大隊の目的など発表があったわけではないが誰もが察していたのだ。この出撃が魔王討伐のためのものだということを。
静かに進む独立大隊の王国兵たち。その中に一際目立つ者たちがいた。周りの兵とは明らかに違う立派な鎧、たなびく純白のマント。もはや彼らの英雄となった勇者カムイである。パーティーメンバーであるプリン教神官カルトビッチとギルドAランカーの少女テツジンも後に続いた。魔物討伐などで何度もパレードをしてきたが、これまでと違いその表情は硬い。それに気付いた人々は魔王出現の噂が本当であると改めて実感したことだろう。そして今回の戦いがこれまでとは違う、大きな戦いであるということも……。
そして期待と不安で揺れ動く人々の中。強い意志のこもった瞳でこの一団を見送る者がいた。当代の真の勇者ミコトとその相棒大賢者マーリンである。
「――まったく大事になったものね。それにしても魔王か……。マーリンはどう思う?」
「さて……。この国の連中はいろいろ偏った思想の持ち主じゃからのう。何をもって魔王とみたのやら……」
髭に覆われた顎に手をあて思案するマーリン。
「魔族の現状を考えるに、彼らを率いる王が誕生したということはないじゃろうな。となると彼らを魔物と蔑む連中のことじゃ。おおかた強大な力をもつ魔族にしてやられて、慌てて大騒ぎしたといったところか。たとえば例のヤツとかのう」
「今になって慌てるなんて、カムイは王国に報告していなかったのかしら。まああっけなく惨敗しましたなんて報告したら、王国の連中がどう動いたことか……。他人事ながら想像したくもないわね」
ミコトにとってもこの国の人間の性質はあまり好ましいものではないらしい。顔を曇らせてため息をつく。
「まあおかげでこちらも多少は悪あがきができたんじゃ。それをよしと思うんじゃな」
「いよいよご対面ってわけね」
再びため息をつくミコト。しかし先程とは違いそこにはどこか明るさが垣間見えた。
「はてさて出てくるのはどんな化け物なのやら」
ここ数か月の修行は彼女が自信を持つのに十分なものだったのだろう。出陣していく独立大隊をよそに彼女たちもまた新たな一歩を踏み出す。
数奇な運命に導かれし者たちが、再び相まみえようとしていた。
プリン王国東部――ハル皇国へと続く街道に点在する宿場町。そのひとつである小さな町の酒場にて、だらしなくミルクに溺れる者がいた。
「ねえ、おやっさん。聞いてる? オレもがんばったんだよ? でもさあ、ダメなんだ……。これ以上シリアスには耐えられないんだよ!」
「ああ、聞いちゃいるが……。さっきから言ってる意味が全然わからん」
カウンターで愚痴をこぼすタナカ。最近のシリアスな展開は、小物界の超エリートである彼には耐えられないものがあったらしい。昼ごろにふらりと酒場にやってきてはずっとこんな調子である。延々と醜態を晒し続けるタナカをずっと相手していた酒場の親父は、相当にできた人物なのではなかろうか。
日も傾き始めた夕暮れ時、徐々に客が集まり始めた酒場。小さな町とはいえかなり賑やかになりつつあった。それはどこの街でも訪れるありきたりな日常風景。しかしこの賑やかさを凍りつかせる者が現れる。
それはこの場に不釣り合いなくらいの美女。酒場の入り口からカウンターに向かうその姿に、酒場の喧騒が徐々におさまっていく。息を呑むほどに整った顔。艶やかな白い肌。酒場の明かりを反射してキラキラ輝く黒髪。そのすべてが見る者を魅了していく。
それにしても惜しいのは艶やかな髪が後ろで束ねられている点だろう。さらにいうと服装は地味なメイド服である。メイドとしては申し分ない身だしなみだが、この場の誰もが髪をおろし、ドレスアップされた姿を見てみたいと思ったに違いない。
酒場の皆が沈黙を保ちながら、この美女の動向に注目していた。コツコツという足音だけが静まりかえったこの場に響きわたる。歩みを進めるその様はどこか機械的で女性らしさ、というより人間味を感じさせない立ち振る舞いだった。静まりかえった酒場のそこかしこから、ヒソヒソとした声が生まれ始め、失われた酒場の喧騒が再び戻ってくる。
ある意味この場を支配したといってもいい彼女ではあるが、ここは酒場。声をかける酔った男のひとりやふたりがでてくるのは必然だったといえるだろう。
「よう、姉ちゃん。俺たちと一杯やらねえかい? もちろんそれ以上でもかまわねえがなあ」
声をかけた男のテーブルから下品な笑い声があがる。それに対し無表情なままの美女が応えた。
「申し訳ありませんが、飲食のために訪れたわけではありません。私はある情報を仕入れるためここに訪れたのです。そうですね……、あなたは情報にお詳しいのでしょうか?」
「情報ねえ……。いいぜ、俺たちがいろいろと教えてやるよ」
男は立ち上がると他の客にとられないようにするためか。いや、見せつけようとする魂胆があったのかもしれない。彼女をテーブルに誘おうと、抱くように肩に手をかけようとする――。
その刹那、その美女から強烈な殺気が放たれた。意表を突かれたというのもあるのだろうが、そのあまりにも強烈な殺気に硬直する男。彼だけではない。テーブルの男たちも動きが止まる。そしてこの美女に注目していた客たちも一瞬にして静まり返っていた。
先程の静けさとは違う。冷たい沈黙があたりを支配していた。いったいどれほどの時間がすぎただろうか。誰もがこの耐えがたい緊張した空気をどうにかしてくれと願う。そしてついに待望の者が現れる。この硬直した世界を打ち崩す漢が――。
「そこまでにしておけ。それ以上は逆鱗に触れることになる――」
カウンターにカッコよく佇む漢。美女は背中で語るその風格が只者ではないことを感じる。
「酒場の帝王たるこのオレのな」
その漢とはもちろん我らが主人公タナカさんである。一時的にダンディー度をアップさせている彼に隙はない。
「いや、誰だよお前……」
そして散々醜態を見せられてきた酒場の親父は、その変身ぶりに思わずツッコミをいれていた。実にご苦労様である。
それにしても恐るべきは、タナカという漢の潜在的な戦闘センスだろう。鈍感系主人公という属性を発揮しての、殺気に気付かないというボケ。この高等技術により硬直という状態異常を見事に回避していたのだ。キャラ設定を利用するという、禁じ手ともいえる暴挙。それを無意識にこなしたというのだから、規格外の漢としか言いようがない。
そして計算していたかのような間をおいて、行動に移るタナカさん。もちろんすべては瞬時に作り上げた彼の綿密な作戦にしたがって進められている。酔っ払いに絡まれた美女を救うというこのおいしいシチュエーション。自称男女のイロハを知り尽くした漢の彼がこれを見逃すはずがなかった。もっとも実際救われたのは酔っ払いの男たちなのだが、彼の立てた綿密な作戦にとっては些細なことなのだろう。きっとそうに違いない。
ひかえ目に振り向くタナカ。そのキリッとした顔からは、小物の王たるにふさわしいダメな人間のオーラが漂っていた。いきなり最初から敗戦濃厚である。しかし謎の美女はそんなタナカの怪しさに気付いていないのか。あるいはただ鈍感なだけなのか。殺気をおさめるとタナカのそばに歩を進める。
「失礼しました。なにぶんこのような場所は初めてで」
「フッ、かまわんよ。誰でも最初は戸惑うものさ」
話しながらチラッチラッと美女に流し目を繰り返すタナカ。それに気付いた酒場の親父がイラッとしたのは決して悪くない。
「ある情報を集めているのですが、ここではどのように振る舞えばいいのかわかりません。なにかルールのようなものがあるのでしょうか?」
「そうだな。ここはそもそも飲食を楽しむ場だ。まずは一杯たのむのがマスターへの礼儀だろうな」
タナカは流し目をやめて酒場の親父に顔を向ける。その顔はどこまでも渋い。
「マスター、同じものを彼女に。もちろんオレの奢りでな」
流れるような立ち振る舞いのタナカ。場を支配しようとする意気込みが感じられる。「マスターっていったいなんのことだよ……」そんな疑問を浮かべながらも、ちゃんと準備に入る酒場の親父はやはりできた人間だ。
「とりあえず話をしようか」
タナカは隣の席に座るよう促す。そしてそこに酒場の親父が用意した一杯のミルクが置かれる。それは絶妙のタイミングだった。美女はタナカに促されるように席につく。
恐るべき智謀。ついに美女と隣り合わせに座るというミッションをこなしてしまった。今日の彼は一味違う……かもしれない。
「オレの名はタナカ。この辺りではちょっとは名の知れた漢だ」
めずらしく本名を名乗るタナカ。そこからは今回のチャンスにかける彼の意気込みが感じられる。そして自信満々に話すタナカを前に、「いや、誰も知らねえから」というツッコミを心の中にとどめた酒場の親父のやさしさも強く感じられるところだ。
「わたくしの名はエクレア。さるお方にお仕えするメイドにございます。ここにはある情報を集めるために訪れました」
「ほう……、それでお目当てのある情報とは?」
エクレアは躊躇うことなく答えた。
「魔王についての情報です」
「魔王か……」
それはタナカにとって馴染みのある存在。もちろんアニメやゲームの話であるが……。そしてタナカは自信を持ってエクレアに応える。
「はっきりいってオレほど魔王について知る者はいまい」
「本当でございますか!」
それはエクレアが初めてみせた人間らしい反応だった。その様子に満足しながらタナカは話を続ける。
「しかし魔王についてと言われても、なにから話していいのか判断に迷うな。とある魔王が住むといわれる某山脈のはるか奥地にあるという居城の場所か。それともある大魔王が纏うといわれる闇の力の解除法か。いやいや、やはり無敵といわれるカウンター技を使うあの大魔王の攻略法か……」
タナカは自分の記憶にある魔王を思い出しながら自身のコレクションを懐かしく思う。しかし悲しいがこの異世界ではどうしようもない。もはや二度とマイ・フェイバリット・コレクションを楽しむことはないだろう。そのことに寂しさを覚えるタナカ。そんな彼の悲しみを知ってか知らでか、エクレアが割り込む。
「ここ最近噂になっている魔王――、プリン王国内にて発見された魔王についてです」
「ヤツか……」
渋い顔のまま遠くを見つめるタナカさん。「なんか具体的な質問キター! やべえよ! 全然知らねえヤツだよ!」と内心絶叫しているなど誰もが想像できないだろう。
脳内では早速、七匹のハムスターによる緊急会議が開催される。議題はこの状況、いかに美女エクレアを幻滅させずにごまかすかである。さすがのハムスターさんたちも、目当ての魔王がタナカさん自身を指すものだとは思いもよらなかったらしい。
「すまんな。ここしばらくはある災害級魔物の討伐で留守にしていたんだ。オレもまだヤツについての情報はそれほど集まっていない」
「そんな……」
タナカの適当なごまかしにエクレアは悲観の表情が隠しきれない。やはり桃色の脳細胞をもつタナカさんをもってしても、この状況を打開できなかったのか。
「そう悲観することはない。ここは酒場。オレでなくともある程度の情報なら持っている者がいる」
やはり今日のタナカさんは一味違う。一度さげてあげることで自分の評価が下がるのを最低限に抑えていた。なによりもただの他人任せがなんとなくカッコよくみえる。
「というわけで最近話題をさらっている魔王について教えてもらえるか? マスター」
カッコよく二本指でビシッと酒場の親父を指名するタナカ。その姿はどこまでも渋い。そして突然話をふられた酒場の親父だが、「だからマスターってなんだよ」という言葉を呑み込んで質問に答えてくれた。いい親父である。
「そうだな……。魔王の噂が囁かれ始めたのは半月ほど前からか。魔王の風体についてはスケルトンを総べる王だとか、強靭な肉体美を誇る最強の生物だとか、いろいろあってどれが本当かわかりゃしねえな」
「ほう、姿をはっきりさせんとはなかなかに姑息なヤツだな。漢の風上にもおけん!」
魔王――魔を総べる者は、厨二病のタナカ的には超うらやましいポジションである。嫉妬の心が芽生えてしまうのも仕方がないことかもしれない。そんなタナカの様子を気にもかけずに質問をするエクレア。
「しかし何故そのように正体不明な存在が、魔王だと噂されるのでしょうか」
「かなり危険な奴だって話だ。なにしろ大隊規模の王国軍を全滅させたっていわれている。この点はどの噂でもほぼ共通しているからかなり信憑性は高い。これが正しいとなると確かに魔王と呼んで相応しい化け物だろうよ」
嫉妬の炎が瞬時に鎮火するタナカ。「やべえよ。超危険なヤツだよ。ぜってえ会わないようにしないとな」と決意を新たにする。あいかわらず臨機応変な漢だ。
「王国は早速、魔王討伐のための部隊を編成したらしい。我らが勇者様もその部隊に加わったって話だ」
「勇者……だと……」
突然話題にあがった勇者に言葉が続かないタナカ。言うまでもなく彼にとって不倶戴天の敵。そして勝ち目のうすい天敵でもある。「魔王様がんばれ……。超がんばれ……」と一瞬にして魔王応援団と化すタナカ。
「どうかしたのか?」
「いいえ、なんだかわたくしよりも、貴方のほうが魔王にご執心のような気が……」
鈍感そうでいて思わぬ鋭さをみせるメイド。
「き、気のせいだ。まあアレだよ、アレ。オレはこれでも賢者のはしくれだからな。つい癖で貪欲に情報を求めてしまったというわけさ」
ごまかすついでに再びチラッチラッと美女に流し目を送り始める。今日のタナカは恐ろしく好戦的だ。
「なるほど賢者様でしたか」
タナカのアピールに全く気付くことなく素直に感心するエクレア。ある方面に関してはかなり鈍感なメイドである。そして「ほんとかよ」という目でタナカを見る酒場の親父。
「それより他に魔王に関する情報はないのか?」
「いまのところはこの程度の情報しかねえな。まあ腐っても軍隊だ。重要な情報は隠しているんだろうよ」
「そうですか」
その表情からエクレアの落胆ぶりは明らかだった。もともとあまり表情をださない彼女である。その落胆ぶりはいかほどだったであろう。
「そう落ち込むな。半月ほどではこの程度の情報がせいぜいだろう。君がどの程度の情報を求めているのか知らないが、あとは時間が解決してくれるさ。いくら軍であろうといつまでも隠し通せる問題でもあるまい」
ここで死んだ魚のような瞳がギラリと輝く。
「ということで今日のところはここまでだな。これ以上ここにいても何も得るものはない」
ここにきてついにタナカの野生が牙を剥くのか。その気合の入れようからは、異世界に足を踏み入れて以来の気合最高値を記録したことが予想される。もしも気合が具現化することがあったならば、二足で立ち上がり両手を高く掲げて威嚇するハムスターが見られたことだろう。実にハートフルな漢である。
「これでお開きとしよう。ふむ……、淑女が出歩くには少々不安な頃合いだ。オレが送ってやるとしようかな。なあに気にすることはない。そろそろ俺も帰ろうと思っていたところだ」
エクレアの言葉が割って入る隙を与えない怒涛の攻め。
「……」
しばらく逡巡すると一礼するエクレア。タナカの頭のなかではさぞや盛大なファンファーレが鳴り響いたことだろう。
「じゃあなマスター。釣りは情報料としてとっといてくれ」
きっちりミルク代をおいてカウンターから立ち上がるタナカ。ここで笑いをとるために代金が足りないなどという愚行を犯さないあたり。やはり今日のタナカは一味違う。そして釣りが出ないあたりは、芸人としての矜持を最低限は保ったといったところか。どこまでも小物臭さを匂わせてくれる漢である。
エクレアとともに酒場を後にするタナカ。最後に振り向いて親父にサムズアップしてみせた。そのとき見せたタナカのあまりのドヤ顔っぷりに、立てられたその指をへし折りたいと思った親父は悪くないだろう。
こうしてタナカは欲望うごめく夜の町に足を踏み出したのだった。その一歩が彼のハーレムへの第一歩となるのか。それとも世界の意思がその野望を阻むのか。タナカと世界の攻防は続く。
( ゜Д゜)! 今、タナカさんの運気が消えた気がする




