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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
55/114

Route55「その醜く歪んだ信仰を抱いて逝け――」

「へっぶし!」


 ソフトドリンクのブランドっぽいクシャミをしながら、オシャレに目を覚ますタナカ。あくまでブランドっぽいだけであり、そこで踏みとどまるあたり権力を恐れる小物らしい、実に絶妙なバランス感覚の持ち主である。

 目を擦りながら辺りを見回すタナカ。そばの焚き火はすでに消えかけていた。


「あー、そのまま寝ちまってたか……」


 食器が散らかっているなか、立ち上がると大きく背伸びをする。太陽は高くあがりすでに昼近くであること教えてくれた。とりあえずそばでポージングの修行に励むスケさんとカクさんに尋ねる。


「あれ? アイツは?」


「起きたでござるか。あの御仁なら――」


 そのとき霊山に咆哮が響き渡る。それは間違いなく先日聴いたブラックミケネコのものだった。


「アイツ!」


 三人はいっせいに駆けだす。即座に気配を察知したカクさんが叫ぶ。


「やべえぞ! アイツの近くに人間の気配がする! 二十人はいるはずだ!」


「チッ!」


 ブラックミケネコは消えかけた焚き火を気にして、薪を拾いに山を下ったらしい。


「んなもん気にせず起こしゃあいいんだよ!」


 タナカが走りながら愚痴を吐く。「自分の眠りを妨げる者は女性以外は許さない」派閥に属する身ではあるが、その自称派閥長ともなるとさすが寛容だ。

 この世界において他を圧倒する実力の三者はまたたくまに現場へとたどり着く。そのとき彼らの目に映ったのは、いくつもの王国兵の槍に貫かれたブラックミケネコの姿だった。ゆっくりと崩れ落ちるブラックミケネコ。


「カクさん!」


「おう!」


 阿吽の呼吸で即座に放たれたのは第三位魔法「山水の首枷」。すでに人の世で失われたこの高位魔法。その影響力は広範囲にわたり、その場に存在する者すべての行動を制止させる。拘束系魔法は第六位魔法にも存在するが、その威力と規模は圧倒的に違う。しかもその使い手が上位精霊に匹敵する実力のカクさんであれば、この場の誰もが抗うことなどできるはずもなかった。

 本来であれば狂化したブラックミケネコは、二十人の王国兵であろうと蹂躙していたであろう。しかし相手に強力な魔術師が加わるとなると話は違ってくる。遠距離から放たれる攻撃魔法の牽制、補助魔法による強さの底上げ、そして状態異常攻撃をはじめとする搦め手。それらは多少の戦力差を覆すのに十分な役割を果たす。

 動きが固まった王国兵たちのなかに一際目立つ者。その派手な装飾品に身を包む者こそが強力な魔術師であるプリン教の神官だった。彼らは優秀な魔法の使い手であり、その魔法レベルを換算した戦力は、ギルドのBランカー以上に匹敵する。この者が相手についたのではブラックミケネコに勝ち目はなかっただろう。

 しかしブラックミケネコを討ち果たしたその彼らも、新たに現れた漢たちの前にはなす術もなかった。身動きの取れなくなった彼らは驚きと恐怖に支配されながらただ状況を享受するしかない。

 スケさんとカクさんは彼らの警戒にあたり、タナカはブラックミケネコに駆け寄った。





 夢をみていた――。

 一面に咲き乱れるポポタンの花。

 娘が楽しそうにはしゃいでいる。そしてそばには優しい笑顔の妻。

 村の仲間たちも少し離れた場所で見守っていた。

 それはひさしぶりにみた夢。どこか懐かしい夢だった。





「おい! 生きてるか!」


 タナカに抱えられたブラックミケネコがゆっくり瞳を開いた。


「待ってろ! いま治してやるから!」


 回復魔法を使おうとブラックミケネコに手をかざす。しかし魔法が発動する前にブラックミケネコの手がその腕を掴んだ。


「もう……、いいんだ……」


「なにすっとぼけたこと言ってんだよ! こんなのオレの回復魔法なら即効なおせるって!」


 そう言いながらもタナカは魔法が発動できない。タナカの腕を掴むその手。その力はタナカにとって無きに等しいほど弱々しいものだ。しかしそこには無視できない意志がこもっていた。


「夢をみていたんだ……。家族がいた……。仲間たちも……」


「その話はあとで聞くから! いや、ほんとマジで! 寝ないで聞いてやるから!」


 タナカの腕をつかむブラックミケネコの手。もはやほとんど力ははいっていないその手を、タナカにはどうしても振りほどくことができなかった。


「ようやく思い出せたよ……。なにをやってたんだろうな……。皆の顔を忘れてしまったくせに……。復讐に身をゆだねて……」


「いやいや、それはしょうがないって! 誰だってそうなるって!」


 ブラックミケネコの命の灯が急速に消えようとしていた。


「このままいかせてくれ……」


 僅かではあるが、知り合った以上その死は重くのしかかる。小物のタナカにとってそんな重いものは忌避すべきものであった。


「せっかく思い出せたのに……、また忘れてしまったら皆のところへいけない……」


 しかし小物であるがゆえに、死を前にした漢の言葉を無視することもできない。


「……わかったよ。このままいかせてやる。だからもう無理すんな」


 タナカの腕にかかった手がようやくさがる。悲痛な顔のタナカとは対照的に、どこか安心したような顔のブラックミケネコ。


「頼みがあるんだ……」


「さっきからわがままな奴だな……。いいよ! もうこうなったら何でも聞いてやるよ! この国滅ぼすか? なんだったらあの天使もワンパンで沈めてきてやるよ!」


 ヤケクソになっていた。それだけ小物のタナカにこの状況は重すぎたのであろう。そしてささやかれるブラックミケネコの願い。


「俺を家族の隣で……、仲間たちのそばで眠らせてくれ」


 その願いはタナカの予想に反してあまりにも小さく、ブラックミケネコにとってはとても大事なものだった。


「は、ははは……。そんなことかよ……。楽勝すぎるって! 安眠妨害できないようにサービスもしてやんよ!」


 薄れいく意識のなかブラックミケネコは思う。先ほどから大言を吐く目の前の人間。その不器用な優しさにたいして自分はなにを残せるだろうかと。

 そして最期に残していく。全てを失った彼が残せる唯一のものを――。


「ありがとう。人間の友よ」


 白狼族最後の生き残りは眠りにつく。人間の欲望に翻弄され、人間への復讐に身を焦がした漢だった。そんな彼が最後に手にしたのは人間の友。そして最後に残したのが人間への感謝の言葉だった。果たしてこの最後は彼にとって納得できるものだったのだろうか。もはやその答えを得ることはできない。

 確かなのは誇り高き白狼族の戦士の悲しい生き様は、決して無駄ではなかったということだろう。なぜならその消えゆく命の灯が、漢たちの胸に熱き炎を灯すことに成功したのだから。


「……二人とも、後を頼む」


 そう言い残すとタナカは友を抱えてこの場を立ち去る。破ることの許されない約束を果たすために。


「カク殿、魔法を解いてくだされ」


「おう、援護するか?」


 それまで魔法により凍ったように身動きがとれないでいた王国兵。その身体が弛緩したのを確認して応えた。


「無用にござる」


 スケさんは取り出した大鎌を一振りすると瞬時に間合いをつめた。目の当たりにした王国兵にとって、それはまるで瞬間移動したように見えたことだろう。それもそのはず、スケさんもまた超常の存在と渡り合えるほどの高みに達していたのだから。


「ひぃっ! 私を守れ! その魔物を始末しろ!」


 プリン教の神官の叫びがこだました。その叫びが唖然としていた王国兵を我に返させる。彼らは奇跡的ともいえる反応で身構えた。しかしあまりにも相手が悪すぎた。次の瞬間には構えなど無意味とばかりに闇が駆け抜けていた。二十名ほどいた王国兵がバタバタと崩れ落ちる。残されたのは、豪華な装飾品で身を飾るプリン教の神官。死神のように佇むスケさんを前に、魔法を使うことすらできずに狼狽える。


「わっ、私はプリン教の神官なのだぞ! その私を手にかけようというのか。それは神に仇なすことと同義! それを――」


 それ以上言葉を続けられなかった。すでに彼の後ろにいたスケさんが応える。


「その言葉では止められぬでござるよ。タナカ殿とともに歩むと決めた日に誓ったでござる。立ち塞がるものは神であろうと斬り伏せると――」


 大鎌を一振りすると仕舞い込む。そして二人はこの場を後にした。誇り高き戦士を見送るために。





 白狼族が眠る地――ブラックミケネコがポポタンの花を捧げていた石のとなりに新たに建てられた石。タナカたちはその前にいた。


「リア充とタダ働きが嫌いなオレにここまでやらせるなんてな。まったくたいした友達だよ、お前は」


 石の前でしゃがみこむと手をあわせる。友が愛する者たちのもとへいけるように。やすらかな眠りにつけるようにと――。その純粋な思いが奇跡を起こす。タナカから放たれるまばゆいばかりの光。その強くもあり優しくもある光がどんどん広がっていき霊山チョコボロを覆い尽くす。スケさんはタナカが非常識なのはいつものことなので華麗にスルーする。そしてカクさんは自分のよく知るその現象に息を呑んでいた。


「よし! そんじゃあいくとしますか! ってどうかしたか?」


「なんでもないでござるよ」


「……」


 世界の大いなる意志を前に、白狼族の存在が取るに足らないものだったとしても。意味もなく消え去るのが彼らの運命だったとしても。漢たちは決して忘れはしないだろう。白狼族の存在はその胸に確かに刻まれたのだから。

 タナカたちは再び旅に戻るため霊山を下り始める。


「ん? どこに向かってんだよ。東はこっちだろう」


 その行先が間違っていることをカクさんに指摘される。タナカはしばらく無言で立ち止まると。


「いいんだよ! なんかこっちにいきたい気分なんだよ!」


 ズカズカと音を立てて再び歩き出すタナカ。そんな後姿にスケさんとカクさんは顔を見合わせた。


「まったく、しょうがねえやつだな」


「まあまあ、いいではござらぬか。タナカ殿がいく道が拙者たちのいく道でござるよ」


 こうしてタナカに続いて山を下り始める。穏やかでどこか寂しい森のなかを進み、霊山チョコボロを後にするのだった。

 最後に振り返るカクさん。そこには変わらずそびえたつ霊山が見える。しかしこの地は間違いなく変わっていた。タナカの友を思う心が、初めて大魔法本来の力を発現させたのかもしれない。

 世界の改変――神や精霊と呼ばれる存在が、世界の安定のために執行する手段である。すでにこの地は新たな世界の法により成り立っていた。虐げる意志あるものは、例え神であろうと踏み入ることが許されない。それほど強力な法に支配されていた。


「本当にたいした野郎だぜ」


 それはカクさんが知る精霊の誰もが成し得ない。それほどに強力な世界の改変だった。

 再び歩き出すカクさん。その顔には微塵の迷いもない。自分たちが向かう道。それが正しいと信じて前に進むのだった。





 この後、霊山チョコボロは歴史上に何度もその名を記すこととなる。

 神ならざる人類にとって真の平和はあまりにも遠く、その真理を手にするには腕が短すぎた。その結果、人類は延々と争いの歴史を綴ることになる。その悲しい歴史に生まれざるをえない弱者。そんな者たちが行き着くのが霊山チョコボロだった。

 追われる者を迎え入れ、追う者から擁護する聖なる地。不思議なことに護られた者はこの地に居つくことはなく、誰もが希望で満ちた瞳で再び旅立っていく。彼らはみな口をそろえたように同じ言葉を残していた。「一面に咲き乱れるポポタンの花が私を癒し、温かく送り出してくれた」と――。





 霊山チョコボロを望める丘陵。この地の邪魔者を排除するために派遣された、プリン王国軍独立大隊が駐屯していた。

 簡単な柵で周りを取り囲み、ところどころ周囲を監視する見張りが立っていた。そして兵のほとんどは数人で火を囲みながら食べ、飲んで、騒いでいた。随伴しているプリン教の神官たちも同様の有様だ。緩み過ぎではあるがそれも仕方がないのかもしれない。

 霊山にはもはや抵抗する勢力は皆無。任務はほぼ終了したといってもいいだろう。そしてここは国内。大隊規模の戦力を脅かす勢力などいるはずもない。苦手とする魔物戦も考慮すべきであるが、いまは随伴するプリン教神官の魔法援護が期待できる。なんら問題にならないといえるだろう。

 日も沈みかけた夕暮れどき。暗がりを照らす炎が目立ちはじめたころ。あちこちであがる笑い声をかき消すように一陣の風が吹き抜けた。すべての炎と笑い声が消え世界が一変する。

 たまたますべての火が消えた。はたしてそのような偶然がおこるものだろうか。確かにあり得ないことではない。驚くべき偶然だと笑いながら、再び騒ぎはじめてもなんら不思議ではない出来事だ。しかし誰もが声を出せずにいた。

 この場を支配する重くのしかかるような空気。理解はできないが本能が訴えかけてくるのだ。恐るべきことが起ころうとしていることを。そして誰からともなく空を見上げていた。薄暗くなり始めた空。そこには確かに存在した。恐怖の対象となる三つの影が――。


「我が友を……、罪なき者たちを虐げた愚かなる者どもよ。その報い――うけるがいい」


 遠く離れているのになぜか聞こえる声。それが幻聴ではないことを証明するかのように異変が起こる。駐屯地をかるく包み込む範囲の大地から光が溢れ出た。それは理解の及ばない現象。そのため彼らはどうしていいかわからない。そもそも恐怖で頭がうまく働かないのだ。

 しかし例えその正体がわかったとしてもどうしようもないだろう。これはまぎれもなく彼らもよく知る第七位魔法「燃焼」なのである。ただし、対処法である第七位魔法「魔法遮断」や第六位魔法「解呪」を試みる気も起こらないほどに強大すぎる力ではあるが。

 今、彼らにわかっているのは先程の声のとおりのことが、今から起ころうとしているということ。そしてそれは自分たちが決して抗うことができない災厄であるいうことだけだった。


「神よ……」


 もはや彼らにできることはなかった。今はただ神に祈るのみ。自分たちに救いがもたらされんことを。しかし救いを求める者たちにもたらせれたのは、この場を支配する者からの無情な一言。


「その醜く歪んだ信仰を抱いて逝け――」


 そして彼らの世界が光に染まる。


「地獄で永遠に祈り続けるがいい――」


 存在するすべてが消滅した。大地から生まれた光は巨大な光の塔と化す。まるで理不尽な世界へ怒りの拳を突き上げるように、光が天を貫ぬいていた。

 この人知を超える現象。これを起こした当人たち以外に見る者たちがいた。幸運にもこの現象に巻き込まれなかった哨戒班である。駐屯地から少し離れたその場所で、彼らは恐怖で身動き一つとれず固まっていた。目を背けることすらできずに、ただこの現象を目に焼き付けるのだった。この状態はそれを引き起こした三つの影が飛び去るまで続いたという。その後、この件は哨戒班によってプリン王国上層部の知るところとなる。


「魔王出現」


 プリン王国上層部は即座に軍の再編成に動き出した。最低限の防衛と治安維持のためだけの戦力を残して、各地に配置された軍は中央に召集される。王都の守りを万全にする意図があったのは明らかであろう。しかし軍の再編成は防衛のためだけが目的ではなかった。召集された軍から新たに対魔族戦のための独立大隊が組織される。むしろ再編成はこちらが本命だったかもしれない。そこには緊急で呼び戻された勇者の姿もあったという。

 ここまでのプリン王国の動き。それらを迅速に行うために情報伝達用の魔道具が使用された。その結果、体制再編はこれ以上ないと言えるほどすみやかに行われたといえるだろう。しかしそれは同時に問題も引き起こしていた。

 人の口には戸は立てられない。魔王出現の噂は瞬く間に王国全土に広がり、人々を恐怖に震え上がらせたのだった。

 創世暦5964年初冬、世界が大きく動き始める。


「タナカの異世界成り上がり」が発売され一週間ほどがたちました。

祝いのお言葉、また買っていただけたとのご報告、本当にありがとうございます。

この場をかりまして御礼申し上げます。


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