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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
54/114

Route54「アイツ、進化していやがった……」

 霊山チョコボロ――その麓にある白狼族の村。白狼族の戦士ブラックミケネコの案内でタナカたち一行はその村に案内されていた。普段は賑やかな彼らであるが、今は誰も口を開くことなく村の中を進んでいる。それもそのはず、そこは村というよりは廃村といっていいくらいの酷い有様だったからだ。

 さきほどから目にする木造の建物。そのどれもが叩き壊された後のような状態だった。ひどいものは火事の後なのか、炭の小山と化している。小さな畑はそこに育っていた植物諸共踏み荒らされ、もはやなんの実りももたらすことはないだろう。そして家畜を飼っていたのであろう柵で囲まれた空地には、もはや動くものもなく沈黙し続けていた。

 唖然としながら進むタナカたちの前に、ようやくまともな建物が現れる。とはいえその建物は補修された跡だらけで、なんとか崩れずに形を保っているといったほうがいい有様だ。


「すまないが、今はここくらいしかまともに休める場所はない」


 なんとも答えに窮する状況だった。しかしこのまま華麗にスルーというわけにもいかないだろう。タナカは意を決して訊ねてみる。


「あ、あのさ。どういう状況なんだ? 他に誰もいないのか?」


「……それは」


 ――事の始まりは三年ほど前。富国強兵策を推し進めていたプリン王国が、霊山チョコボロに目をつけたことに端を発する。欲にまみれたこの国の権力者たちにとって、この山に眠る鉱物資源や森林資源は宝の山に見えたことだろう。特に国内に産地の少ない鉱床は、喉から手がでるほど欲しい金のなる木だったに違いない。

 彼らは目をつけてからいくばくもしないうちに行動に移る。失敗するとすれば競争相手である権力者たちに先をこされることぐらい。その程度にしか考えが及ばなかったのだろう。我先とばかりに労働者を雇い、急いで霊山に送った。

 しかし彼らの思惑は失敗に終わる。期待とは裏腹に誰も宝を手にすることはできなかったのだ。原因はこの山を守る白狼族の存在。彼らが雇った労働者たちは、この山に入ろうとするたびに追い返され、まともに入ることすらも出来なかったのだ。

 この結果に欲深い彼らが諦めるはずもない。次に行われたのは正規軍の派遣。いかに勇猛果敢な白狼族も、圧倒的な数の王国兵を前には無力に等しい。白狼族という障害がなくなるのはもはや時間の問題だった。当初の報告を聞いた権力者たちは、満足そうに笑みを浮かべさっそく皮算用を始めたという。

 しかし再び彼らの計画は瓦解する。白狼族を追い立てる王国軍の前に霊山チョコボロを管理する精霊が立ちはだかったのだ。超常の存在を前には圧倒的数も意味をなさず軍は敗走。この結果にさすがの欲深い彼らも引き下がったかにみえた。

 こうしてようやく取り戻した平穏の日々。白狼族はもとの生活に戻り、戦後の忙しさに先の戦いを忘れようとしていたころソレはやってきた。霊山チョコボロに舞い降りる光。背に羽ばたくは純白の翼。手には血のように紅い巨大な槍。空から舞い降りてきたその神々しいまでに美しい姿は否応なしに認めさせた。霊山チョコボロの精霊と同等、いやそれ以上の存在であることを。そして白狼族はなにもできず見守るしかなかった。超常の存在が激突するその様を――。


「なんだか、とても思い当たる節があるのでござるが……」


「ああ、あの使徒だろうな」


 それまで黙って聞いていたスケさんとカクさんが口をはさむ。それは嫌でも思い出したのだろう。精霊を狩る存在。これまで出会ったなかで最強であろう存在を。ちなみにこの場の若干三名を除いた統計である。


「知っているのですか?」


「ああ、因縁の相手でな。やりあったことがある」


「なんと!」


 かつての上司の仇。その相手を思い出し、カクさんは不機嫌な様子を隠そうともしない。そしてブラックミケネコはその超常の相手と戦って、無事目の前に存在する精霊たちに驚いていた。そこでそこまで黙って聞いていたタナカがようやく口を開く。


「あの時は幸運にも引き起こされた謎の爆発でなんとか逃げ延びたが、次にあったらそううまくはいかないだろう……」


「どういう意味でござるか?」


 スケさんは疑問に思う。これにはカクさんも同様だっただろう。あの戦い、そしてあの爆発。たとえあの強大な力を誇る使徒であろうと、無事に済むはずがない。すでに二人にとって、あの使徒との戦いは終わったはずのものだったからだ。


「このあいだ大都市に潜入しただろう。あのとき再会した……」


「なんだと! ヤツにまた会ったのか?」


 タナカは思い出す。あの恐ろしい姿を――。


「アイツ、進化していやがった……」


 究極の生命体『全てを喰らう者(アル・バイター)』。それはもはや使徒と呼べない存在かもしれない。しかし確かなのはタナカたちにとって決してわかりあえない相手であるということ。そして恐るべき敵であるということ。


「たぶん今のオレたちではヤツに勝てない。少なくともヤツの隠された力。その秘密を解き明かさなければ勝負にすらならないだろう」


「ばかな……」


 カクさんは驚きに言葉が続かない。スケさんもタナカの告白に無言だ。二人ともとても信じられる話ではなかった。しかし目の前のタナカの姿に信じざるを得ない。存在するかもわからない「ぼくがかんがえたさいきょうのもんすたあ」がもつ反則級(チート)能力に怯えるタナカの姿を。

 ――とここで蚊帳の外になっていたブラックミケネコが口をはさむ。


「あのぉ、続きを話してもいいでしょうか」


 霊山チョコボロを舞台におこなわれた超常の決戦。その勝者は神の使徒だった。霊山チョコボロの精霊は消え、当の使徒も何処かに去り、信仰の対象を失った白狼族だけが取り残された。

 そして待ってましたとばかりに現れたのはプリン王国軍。抵抗する間もなく真っ先にこの村が襲われ、多くの者が命を落とす。そのなかにはブラックミケネコの妻子も含まれていた。このときブラックミケネコは「狂化」という選択を受け入れ、王国軍を相手に奮戦する。しかし数の暴力を覆すことは叶わず、白狼族に逃げ出す以外に術はなかった。抵抗しながら山の中を当てどなく彷徨う白狼族。季節は流れ、一人また一人と仲間たちは倒れていき、最後に残ったのがブラックミケネコだった。


「もはやできることなどなく、途方に暮れる毎日が続いた。そして気付いた時は家族の……、仲間たちの亡骸を集めて弔っていた。ここがその場所だ」


 精霊がいなくなった後の顛末を話しながら、麓にある村から山を登ること一刻。そこは山肌が露出した枯れかけた土地だった。いくつもの人間大の石が寂然と立ち並んでいる。そのなかの一つの前まで来ると手にした草花を置いた。


「ポポタンの花。娘が大好きだった……はずだ」


 魂を失った代償からなのか。記憶が定かではない様子だった。それでも祈りを捧げる姿にタナカも黙っている。「娘がいたのかよ! リア充爆発しろ!」などとはとても言える空気ではなかった。


「な、なあ。よければ弔うの手伝おうか? 人手があったほうがいいだろう? オレたちそこはかとなく暇人だし」


 もはやこの空気に耐えられず力を貸そうとするタナカ。小物の中の小物と呼ばれるに相応しい態度だった。


「いや、村に残っていた亡骸はすべて弔ったし、逃亡中に倒れた者は探せるだけは探しつくして弔ったはずだ」


「そ、そうか……」


 気まずい。あまりにも気まずすぎた。こんな状況に、電車のなかで居合わせた女子校生、その一挙手一投足に一喜一憂するほど繊細なタナカさんが耐えられるはずもなく。


「フ、フォオオアアアア!」


「なにごとでござるか!?」


 突然に叫び声をあげたかと思うと、アイテムボックスから様々なものをぶちまけるタナカ。膨大な容量をいいことに詰め込まれていた様々なものが大量に転がっていた。これにはブラックミケネコも逆に唖然とさせられる。


「……一体、彼はどうしたんだ?」


 さすがのスケさんカクさんも答えられない。


「なにやってんだよ、おめえは」


「どうせ碌に食ってなかったんだろう。贅沢させてやんよ!」


 タナカは大きめの鍋を手にすると、ちらばっていた素材をぶち込んで煮込み始める。それは本来旅の途中では食することができないような贅沢なものばかりであった。アイテムボックスの圧倒的な許容量をもつタナカだからこそできる贅沢であろう。そして無駄に持っていた木のコップに、これまた酒も飲めないのに無駄に備蓄してあった酒を注いでお供えする。


「オラ、お前も飲め。飲んで食って騒ぐんだよ!」


 ブラックミケネコに突き出される木のコップ。そこには高級な酒がなみなみと注がれていた。ブラックミケネコは思わず勢いに負けてコップを受け取ってしまう。タナカはさっさと鍋料理に戻った。


「……どうすればいいんだろうか?」


 ブラックミケネコは困惑した顔で、スケさんカクさんに尋ねる。


「さあなあ。なにしろ変わったやつだからな。まあ、あいつの言うように飲んで食ってればいいんじゃないか?」


「そうでござるな」


 食事の必要のない二人は、すでにのんびりとくつろぎ始めていた。あいかわらずのチームワークである。しばらくするとタナカが鍋料理を小皿にわけてふるまう。


「……うまいな」


「だろ? タマゴかけご飯を極めたオレが、さらなる壁を超えたんだ。まずいわけがない」


 ドヤ顔になったタナカが出来立ての鍋料理もお供えして、ようやく自分も食べ始める。実にできた小物である。


「こういうときオレの故郷では、笑顔で飲み食いして騒ぐもんなんだよ」


 そういいながら飲み食いするタナカ。自分だけはちゃっかりミルクを飲むあたりに、闇の帝王としての恐ろしさを感じさせるところだ。

 その後、飲み食いしながら談笑する四人。ほとんどはタナカたちのこれまでの冒険談だったが、ブラックミケネコはそれなりに楽しんでいた。


「約束の地か……」


 タナカたちの話に出てきた話題。それはブラックミケネコの断片化された記憶の片隅にもあった。旅する亜人たちから聞いた話。そのときは眉唾物として聞き流していたが、タナカたちから聞いて信じられる気がした。


「そうそう、いろんなやつらが集まって皇国の北に新しい街ができてんだよ。なにを隠そうオレはそのナナシの街でかなりの地位にいる。いや、もはやナンバーワンといっていいだろう……フッ」


 ギルド出張所で依頼を受けこき使われるなかのひとり。その事実からここまで誇張した話ができるあたり、あいかわらず表現豊かな漢である。


「そうだったでござるか?」


「むしろナンバーワンはエチゴヤじゃねえのか」


「だまらっしゃい! オレとエチゴヤさんは無二の親友。つまりオレも実質ナンバーワンなわけなんだよ」


 それはあまたの賢人たちすら解明不可能と思われる方程式。それをあっさり解き明かしドヤ顔を披露するタナカさんはさすがである。そして小物らしく遠慮気味に提案した。


「だからおまえもさ。いろいろあんだろうが気持ちを整理してよ。新しい土地でやり直すってのも悪くないんじゃねえか?」


 ブラックミケネコはコップに注がれた酒を見つめながら言葉をこぼした。


「やり直すか……。それもいいのかもしれないな……」


 賑やかで騒がしく、そしてどこか寂しい夜が更けていった。


いよいよ書籍版「タナカの異世界成り上がり」が発売されます。

活動報告を更新しましたので興味がありましたら覗いてみてください。


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