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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
51/114

Route51「なかなか面白い場にご招待いただけたようだ」

 静まり返った戦場――先程までのヤシチとトビーの奮戦により、かなりの数の王国兵がすでに戦闘不能に陥っていた。とはいえ未だ顕在な王国兵の数は少なくはない状況である。しかしそれなりの数の人間がいるにもかかわらず、この戦場はあまりにも静かだった。

 そう、不自然なほどの静けさに支配されているのだ。その原因となっているのは未知の神秘をあやつりし者。はかり知れない圧倒的な力を秘めた漢タナカだった。

 その漢から目を離せないまま、レッド将軍は混乱していた。なぜ自分が追い詰められているのかと。この化け物は一体なんなのだと――。

 そして当の本人であるタナカも負けず劣らず混乱していた。めずらしくやる気になったら剣を借りパクされてた。自分でもなにをやっているのか理解できなかった。

 すべての者が停止状態に陥った戦場。この凍りついた世界を再び動かそうとするかのように、大声を発しながら現れる者がいた。


「閣下ーー! ムチスキー獄長ただいま戻りましたぞーーーー!!」


 豪快な足音を響き渡らせながら、地下出入り口から現れたムチスキー獄長。後ろには彼の可愛がるペットたちが付き従っていた。彼はタナカたちが戦っている間に戦場を離脱し、遥か地下に落とされた自分のペットたちを救出してきたのだ。そしてペットたちに続いて姿を現したのは、とても戦いにむいてなさそうな華奢な人間だった。


「まったく人使いの荒い……。ほう、まあいいでしょう。なかなか面白い場にご招待いただけたようだ」


 彼は研究室にこもっていたところをムチスキー獄長に強引につれだされ、ペット探索を無理矢理に手伝わさせられる目にあった不運な男だった。不満を隠そうともせずに現れたその男は、この場に現れるなり態度が一変する。いや、正確にはタナカをその目にした瞬間である。不気味な笑みを浮かべながら戦場に足をふみいれたのは、タナカとの因縁浅からぬ男カシウスだった。


「おお! もどったか獄長!」


 先程までとは一転してレッド将軍が喜びの声をあげた。それはムチスキー獄長が率いるペットたちへの期待からだ。物理耐性と魔法耐性を組み合わせた無敵の布陣。この戦力ならばたとえあの化け物であろうと抑えられる。そのようにレッド将軍が考えたとして別段おかしくはないだろう。


「早速で悪いが立ちはだかるその男を始末せい!」


「ははっ!」


 ムチスキー獄長は意気盛んに応える。ここまで走ってきた疲れを微塵も感じさせない足取り。それは彼にとってみれば当然の反応だった。なぜならタナカとの戦い。あの屈辱的な結末で、彼の中では怒りが荒れ狂っていたのだから。


「セシリー! スザンナ! 今度こそヤツを喰らい尽くせ! 妙な技には気をつけろよ!」


 そしてまがりなりにも一流の魔物使い。二度も同じ手を食うつもりなどなかった。怒りの影響を微塵も感じさせない冷静な指示をペットたちに出す。

 迫りくるドライムとドライムに対し悠然として待ち構えるタナカ。先程の戦いとは打って変わって、その顔には自信を漲らせていた。


「愚かな……。復活した怪人は弱体化するという絶対法則も知らんのか」


 不敵な笑みを浮かべるタナカ。その手から巨大な光の刃が出現する。プラズマを迸らさせる高密度のエネルギー体が間髪いれずに横一閃に薙ぎ払われた。耐性など関係ないとばかりに振るわれたその一撃に、ドライムとドライムは見事に両断される。


「セシリーーーー! スザンナーーーー!」


 ムチスキー獄長の絶叫が辺りにこだまする。


「ば、ばかな……」


 そしてレッド将軍も、その呆気ないほどの敗北を目の当たりにし茫然としていた。

 世の中、完璧なものなど存在しない。ドライムに完全耐性があるといってもさすがに限度というものがある。常識的な範疇では確かに完全耐性といえたのかもしれない。しかしタナカに常識をもとめるのは土台無理な話だったのである。

 常識を超えた炎は水をも消しさり、常識を超えた水圧は岩をも切り裂き、常識を超えた岩は永遠に風化せず、常識を超えた風は炎を火種とともに消し去る。それらの非常識を実践できる漢。それがタナカなのだから。

 しかしそんな非常識な惨状を前にしても、微塵も心が揺れない者がいた。狂気の研究者カシウスである。


「さすが魔神。この程度でどうなるわけもなしといったところですね」


 そして嬉しそうに言い放つ。


「ですがそうでなくては困りますよ。この私が――、信仰を捨て――、すべてをかけて――、その存在を否定すると誓ったのだから!」


 そんな場違いなカシウスの様子に、レッド将軍の怒号が飛ぶ。


「なにを嗤っておるカシウス! 貴様のあやしげな研究成果とやらを今こそ見せてみろ! なんのために貴様を持て余す教団や、王国上層部から買い取ったと思っている!」


 大陸西部の内乱終結時、程なくして行われたプリン王国軍の西進。この作戦はプリン教幹部のカシウスが推進して行った遠征だった。そして結果は難攻不落の要塞占拠という成功をおさめながらも惨敗。これまで飼いならした千を超える魔物を、占拠した要塞諸共失うという惨憺たるものだった。遅れて進軍していた軍に被害がなかったのが、不幸中の幸いといったところである。

 当然カシウスの立場は悪化し王国において、そして教団内においてもちょっとした問題になっていた。カシウスの失敗は確かに大きいが、彼の研究がもたらす利もまた大きい。そのため彼への処分は保留されるが重用されることなくなった。王国、教団ともに彼の存在を持て余すようになったのだった。

 そんな状況で手をあげたのがレッド将軍である。レッド将軍はカシウスの研究がもたらす利を欲し、カシウスはさらなる研究の場を欲した。そして王国も教団も左遷ともとれなくないこの人事に納得した。それぞれの思惑が一致した結果、やっかいものがひとり中央から姿を消すこととなる。

 そしてカシウスはこの大都市ケタバナハ・オーにおいて研究を続けることとなった。しかし彼の研究はもはや王国のためでも教団のためでもなかった。そこにあるのは自分の価値観を否定した魔神への復讐。大都市がもたらす富と監獄という実験場がもたらす経験が融合し、カシウスは新たな力を得るに至る。


「ククククッ。どれほどこの日を待ち望んだことか。魔神よ! 知るがいい! 我が叡智はもはや神を超えたということを! 私こそが新たなる至高の存在だと! そして見よ! これが貴様を屠るもの! 私が生み出した新たなる生命!」


 掲げられる支配の杖。タナカの表情が驚きに染まる。多少デザインが変わっているが、まぎれもなくタナカも知る対象を支配する強力な魔道具だ。


「あの杖は! ……ちょっとカッコいいかも」


 その厨二心を刺激するデザインにときめくタナカさん。しかもすっかり支配の杖のことを忘れていた。しかし勘違いしないでほしい。決してタナカが忘れっぽいわけではない。そう、タナカさんは器が大きすぎるだけなのだ。過去の不幸な出来事をきれいさっぱりトイレに流すついでに、いろいろ大事なものまで流してしまうだけなのである。

 そんなタナカさんのトキメキとは無関係に事態は急変。唸り声のような地響きが始まり、立っていられないほどに戦場を揺らした。やがて大地が盛り上がり、それを引き裂いて巨大な化け物が出現する。

 異形――そう表現するしかない化け物だった。ドラゴンの身体。首があるはずの場所に首はなく、あるのは巨人の上半身。背中には触手が蠢き、尻尾の代わりに二匹の蛇竜が威嚇を続けていた。

 その異形の化け物に味方である王国兵たちですら恐怖する。それはレッド将軍も例外ではなかった。

 そしてタナカも唖然としている。タナカの目は揺らぐことなくある一点を見つめていた。その先にあるのは巨人の頭があるべき場所。そこにはあまりにも不自然なモノが存在していた。それは女性の胸像。いや、腕の代わりに先が刃物状になった触手を揺らし、顔は半壊しているがそれはまぎれもなく女性の躯幹だった。


「あの胸は……、あのときの女か! なんと勿体ないことを……」


 女性の躯幹に揺れる豊かな二つの球形。それを見たときタナカは気付く。それが天使キャラメルであることを。それは無乳、微乳、美乳、巨乳。すべての乳を分け隔てなく愛する慈愛の漢。タナカさんだからこそ識別を可能とした奇跡といっていいだろう。


「ククククッ……、さあ研究の最終段階だ。証明といこうではないか。私が神を超えた証明を!」


 西進の失敗――その責任問題で飼い殺しとなったカシウス。彼が差し当たりの仕事として命令されたのは要塞跡の調査だった。そしてそれが彼の信仰を捨てさせた。要塞もろとも消失した国境一帯を茫然と歩きながら偶然見つけた一つの残骸。彼が絶対と信じた神。その力の象徴たる神の剣「天使キャラメル」の変わり果てた姿だった。その崩れ果てた肢体を前にカシウスの信仰心は簡単に砕け散る。そして彼は躊躇することなく狂気に身を任せた。その結果生み出されたのがこの異形なのである。

 異形の化け物がタナカに襲い掛かる。ドラゴンの身体に座する巨人の巨大な拳がタナカめがけて振り下ろされた。タナカは後方にカッコよく跳躍してそれを躱す。まるで爆発が起こったかのような拳と大地の衝突。タナカが先ほどまでいた場所にはちょっとしたクレーターが生まれていた。


「もしかしたら、まだいけるか!」


 目の前の惨状をまったく気にすることなく、タナカは希望の光を見出していた。ここで天使キャラメルを救い出せば「素敵……。抱いて……」となるのはもはや必然。身体はかなりボロボロのようだが、自身の回復魔法をもってすればなんとかなる。そう結論をだしたタナカさんのテンションは一気に絶頂に達した。


「ヒャッハーー!」


 タナカはカッコよく飛翔すると、天使キャラメルの肢体部分を抉るように光の刃を一閃。異形の化け物と天使キャラメルの肢体が分かたれ、ゆっくりと堕ちていく。それを眺めながらタナカの鼻の穴が期待で大きく膨らむ。

 しかし世界はタナカに対して残酷だった。天使キャラメルの切り取られた断面から無数の触手が溢れ出る。同じように巨人の断面から溢れ出た触手が、まるでお互いを求めあうように絡まり、引き合い融合し元の状態に戻ってしまった。


「無駄だ! 私が創り上げた究極の生命体『全てを喰らう者(アル・バイター)』を倒すことなどできんよ」


「いや、その名前はどうかと思う」


 ご機嫌のカシウスの発言にたいして、瞬時に異をとなえるタナカ。それは口にすることすら憚られるタナカの過去に存在した闇。バイト戦士として活躍した若かりし頃に起こった悲劇を思い出したからに他ならない。


「それにしてもさすがは魔神だ。十を超える第四位魔法の同時攻撃。その実験で傷ひとつもつけられなかった『全てを喰らう者(アル・バイター)』の身体を切り裂くとはな。しかし無限の再生力をもつ『全てを喰らう者(アル・バイター)』には無駄なこと」


 タナカの攻撃などなかったかのように、再びタナカを襲いはじめる「全てを喰らう者(アル・バイター)」。天使キャラメルの腕部分から伸びる触手が無数に分裂し群がった。それらの刃物状の先端がタナカに迫る。タナカは目にも止まらぬスピードでそれを切り刻んでいく。


「ファーー! メッチャ気持ち悪りぃいい!!」


 そんなタナカの様子を見ていたカシウスが独り言ちる。


「あの光の刃、思ったより厄介か……。触手とはいえこうも再生を繰り返させられれば、こちらの消耗も馬鹿にならん。なるほど、それを狙っての攻撃か……。ククククッ、相変らず油断のならない相手だ。ならば補充をするまでのこと」


 タナカに向かっていた触手がその向きをかえる。さらにその身体中から新たな触手を生み出し、全方位に向けて解き放った。狙いは周りの王国兵。健在な者も倒れた者にもおかまいなしに襲いかかる。あえてふれるならそこにはドライムとドライムの残骸も含まれていた。


「うぁあああ!」


「ひぃっ、くるなっ! くるなぁああああ!!」


「た、助けてくれぇええ!」


「せしりぃいいい! すざんなぁああああ!」


 騒然となる戦場。捕まった兵たちが次々と「全てを喰らう者(アル・バイター)」に呑み込まれていく。


「何をやっているカシウス!」


 王国兵の悲鳴があがるなかレッド将軍の怒号が飛んだ。それに対してカシウスは不思議そうに応える。


「何とは? 私は閣下の命令どおりに、あの魔神を倒すため全力を尽くしているだけですよ。アレを倒すにはもっと力が必要なのです。だからもっと食べて力をつけないと。クックックッ」


「血迷ったかカシウス! いますぐあの化け物を止めろ!」


 目の前の惨状が揺り起こす生理的嫌悪感に、非情の将軍も制止せずにはいられなかった。


「なぜそのようなことを。勝つためには手段を選ばない閣下らしくもない。これは必要な投資ですよ。アレを倒すために――」


 そのときカシウスの目が狂気に輝く。


「そうそう、私は前々から閣下の上昇志向と、卓越した手腕には敬服しておりました。さらなる高みを目指すため、ぜひともご協力いただきたく思います」


 そう提案するや否や触手がレッド将軍にまで放たれる。


「狂人が! カシウスを殺せ! 化け物諸共葬りさるのだ!」


 レッド将軍の号令が飛ぶ。しかしそれに応えることができる王国兵はいなかった。各々が自分に迫りくる絶望に抗うので精一杯だったのだ。触手が簡単にレッド将軍という極上の獲物を捕らえる。


「離せ! この私を誰だと思っている。この都市の支配者! この国の将軍なのだぞ!」


「なにを躊躇うのです。あなたはは究極の生命の一部となれるのですよ。これからあなたの智謀は永遠に活かされ続けるのです」


 触手は怒号に躊躇することなくレッド将軍を引き寄せた。レッド将軍はその勢いのまま「全てを喰らう者(アル・バイター)」の身体に叩き付けられ食いこんでいく。


「ぐっ……! おのれ! カシウス! カシウーーース!」


 ゆっくりと呑み込まれていくレッド将軍。やがてその怒号は「全てを喰らう者(アル・バイター)」の身体へと消えていった。同じように王国兵も次々と呑み込まれていく。それはまさに地獄絵図だった。

 そしてその凄惨たる舞台の上で、独りポツンと取り残されたように立ち竦んでいるタナカさん。


「……なんか皆さん忙しそうなんで、僕帰りますね」


 そそくさとこの場を立ち去るタナカ。これは逃げたのではない。この戦いが戦略的に無意味となったので退いただけなのだ。レッド将軍という目標の喪失。その時点でタナカにとってこの戦いの戦略的価値はなくなったのだ。つまりこの戦いは悪く見積もっても引き分け。いや、もはやタナカの完全勝利といっても過言ではないだろう。その証拠にこの場をカサカサと立ち去るタナカさんの後姿は、まるで最強の節足動物を思わせる雄姿ではないか。


「まずい……、あの化け物はまずいぞ。ヤツからは『ぼくがかんがえたさいきょうのもんすたあ』属性の可能性をビンビン感じる。もしヤツが本当に『ぼくがかんがえたさいきょうのもんすたあ』だったらヤヴァイ。間違いなくチートクラスの奥の手を隠し持っているはず。このままボッチで戦うのはあきらかに危険だ……」


 さすがタナカである。これまでに蓄積されたアニメ・ゲームの情報から、目の前の化け物の秘めた危険性を察知していたのだ。そして次の勝利のためにあえて退いたのである。これは間違いなく勝利につながる引き分け。いやいや、もはや「全てを喰らう者(アル・バイター)」との戦いは勝利の確実といっていい。間違いないだろう。

 かくして一つの戦いはここに終わった。しかしタナカが至高の頂を目指すかぎり、今後も試練ともいうべき過酷な戦いが待ち受けていることだろう。がんばれタナカ。負けるなタナカ。


書籍版「タナカの異世界成り上がり」についての続報です。

特に何もありません。

あえて付け加えるならば、

2016年4月発売予定と報告していましたが正確には4月22日のようです。


とこれだけではなんなので、本作のマスコットキャラについて


挿絵(By みてみん)


マスコットキャラについて作者が心がけたのはシンプルさです。

シンプルでいて読者の心に強く残る。これが理想的かなと思っています。

例えるならフ○ーザ様第三形態でしょうか。

当時ジャ△プを読んでいた私は、あのシンプルでありならが、

それでいて不気味で強さを感じさせるデザインに驚愕したのを覚えています。

まあ私のカッコいい過去話はおいておいて、シンプルさの罠にも気をつかいました。

シンプルであればあるほど、他作のキャラにどこか似かよってしまう点ができてしまう点です。

作者は小心者なのでピカ○ュウやミ△キー○ウスなど大物キャラとかぶるんじゃないかとヒヤヒヤしてました。


すいません。調子乗りすぎました。

今後も「タナカの異世界成り上がり」にお付き合いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。


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