Route44「手に入れるぞ、二人とも。最強の座を――」
プリン王国中部――丘陵地帯が広がる中で悠然とそびえたつポテロンゴ山。現在この地では異変が起きていた。遠目に見るとまるで黒い濃霧が山の麓を浸食しているかのようだった。
その正体は魔鳥ハイチョウの群れ。緑豊かなこの地は古くから魔鳥ハイチョウの棲み処だった。大量の木材と豊かな土地をもつこの地をプリン王国が求めたのは当然の成り行きだったといえよう。
今からおよそ十年前。王国軍は大規模な魔鳥の殲滅作戦を決行した。しかし空を飛翔する魔物の討伐は困難を極める。たいした戦果をあげることもできず作戦は失敗に終わった。近くに人里もなかったため魔鳥ハイチョウはこの地にて放置され続けることとなる。
そんな経緯もあってか。魔鳥ハイチョウはこの地に侵入するものがいれば過敏に反応する。それが彼らが支配する空であればなおさらであった。いま起こっている異変はまさにそれ。魔鳥ハイチョウたちは一丸となって外敵に襲いかかっていた。その相手とは――
「ぎゃああああ! 多い、多いよ! もういいから! おばちゃん! もうお代わりいらないから!」
見渡す限り飛び交う魔鳥ハイチョウの中、剣を振り回し続けるタナカは過去のトラウマに囚われていた。
延々と湧き出る魔鳥。それはかつて定食屋での地獄を思い出させた。
笑顔のおばちゃんが味噌汁をつぎ足してくる。「いや、もういいですから」と断っても遠慮していると勘違いしているのか。延々と味噌汁をつぎ足してくるおばちゃん。
親切心以外ないその笑顔は強く断ることを許さない。
小者界を背負う漢タナカであればなおさら動けない。
まさに地獄。
強靭な精神力をもつタナカでなければ間違いなく廃人になったであろう。
ついに明かされたタナカの恐るべき過去。実にどうでもいい話である。
――とそんな感じの過去がよみがえりタナカはテンパっていた。剣を振り回す度に切り捨てられる魔鳥ハイチョウ。大量の魔鳥がお亡くなりになり続けていた。魔鳥ハイチョウがボトボトと地面を覆っていく。
「まったく減る気配がござらんなあ」
一方、スケさんは平常どおり大鎌をふるっていた。頭には精霊姿のカクさんを乗せている。この状況での魔法攻撃の使用は同士討ちの危険があるため出番はない。仕方なくカクさんはスケさんを空中に浮かせるサポートに専念していた。
何故このようなことになっているのか。それはタナカたち一行がスケさんの飛行訓練もかねて低空飛行をしながら東進していたことに端を発する。そしてそのままポテロンゴ山麓の魔鳥ハイチョウ支配エリアに侵入。当然ながら魔鳥ハイチョウに警戒された。そしていつものように知恵袋カクさんの解説があったわけだが――。
ここで魔鳥ハイチョウときいたタナカが思わずノリで「ホァチョウ!」という気合と共にカラーテを炸裂。魔鳥ハイチョウの一羽を粉砕してしまったのは悲しい事件だったといえよう。
後にタナカは語る。「魔鳥ハイチョウは犠牲になったのだ。我らを排除しようとする世界の罠の犠牲に……」というわけなので冷静でかっこいいタナカさんに非はないだろう。
「フッ、フォオオオオオオ! なんでこんなことに! オレはただ世界中の美女を集めて幸せに暮らしたいだけなのに! そんなささやかな願いさえも世界は認めないというのか!」
ともかくそういう理由からタナカたちは復讐に燃える魔鳥ハイチョウの一斉攻撃に晒されているわけなのだ。とはいえいかに異常な数の魔鳥もタナカたちの脅威とはなりえない。日も傾きかけた頃、ポテロンゴ山の魔鳥ハイチョウはそのことごとくを討ち取られてしまった。
「とんでもねえ目にあったな。まあ、いい修行になったんじゃねえか」
「そうでござるな。おかげでうまく空を飛ぶ感覚がつかめてきたでござるよ」
ポジティブ思考で和気あいあいなスケさんとカクさん。タナカは二人の会話に加わることはなかった。「ポジティブよりネガティブのほうが音の響き的にカッコいい」という理由があったかどうかはさだかではない。確かなのはこの孤高の漢が今回の戦果に満足していないということだ。
「――だめだ。これでは足りない。もっとだ……。もっと力を……。すべてを覆す圧倒的な力をこの手に……」
揺れていた。いまだに不安で心が揺れていた。第三者からみれば間違いない圧倒的な戦果。しかしそれほどの戦果ですら勇者の脅威にさらされているタナカをなんら満たすことはできなかった。
「なにを焦っているのか知らねえが……、気をつけろよ。度を過ぎた力を求め続けたら――、いつか破滅するぜ」
一角族の村を出てからいくらか経つが、相変わらずどこか不穏な空気を感じさせてきたタナカ。さすがに危険だと判断したのかカクさんはタナカに忠告をする。
「フッ、心配するな。力に溺れ破滅した者たちなど腐るほど見てきた。オレはそうはならない。ちゃんと見えている。目指すべき場所が――」
もちろん見てきたものとはアニメやゲームである。まあこの場合それが現実だろうが妄想だろうが関係ないだろう。
タナカにとっていま最も注意すべきことは、勇者に力を奪われ体力がゼロになってしまうことなのだから。「度を過ぎた力どころか、力を取られすぎて死んじまうっての!」と心の中で泣き叫びながらもリーダーとしてのプライドからか。冷静にカッコいい台詞で返したのはさすがタナカである。
「別に心配なんかしてねえよ!」
そしてカクさん。ツンデレお疲れ様である。
「最強を目指す我らにとって、道はまだまだ遠いでござるなあ」
さらにスケさん。相変わらず天然さんである。
「そうだ! オレたち三人で力を合わせれば、最強の座を手にするのは、過ぎたことでも叶わぬことでもない!」
タナカは大声で断言する。それは不安な心をかき消すためだったのかもしれない。
不敵な笑みを浮かべ、片手を顔にかざし、マントを大きくたなびかせた小気味良い音とともに得意のカッコいいポーズで言い放つ。
「手に入れるぞ、二人とも。最強の座を――」
それに答えるスケさんとカクさんも向かい合って同じポーズをとる。
「もとよりその覚悟――」
「燃えてきたぜ――」
今、漢たちの心は一つとなっていた。
「しかし、具体的にどうしたものか……。ドラゴンもいまいちだしな。もっとおいしい敵がいいんだよ」
「そんなことねえだろう? あいつら結構強いって」
「どこかにもっと強い敵はいないでござるか?」
そのままの体勢で作戦会議に入る。実にシュールな光景である。
「そうだな……。まあいねえわけではないが……」
さすがチームタナカの知恵袋カクさん。なにか思い当たる節があるらしい。
「よし! それでいこう!」
「話も聞かずに即決かよ!」
即断即決する頼もしいタナカ。その顔は自信に満ち溢れたように見えなくもない。おそらく膨大な情報と緻密な計算から未来を予見し判断したのだ。類まれなる精神力をもつタナカさんに限って「もうなんでもいいから! 勇者の脅威から逃げ出したい!」と心の中で叫んでいるわけはない。
こうしてタナカたちはさらなる成長を求めて前に進み始めたのだった。
人の歴史に記されぬ、遠い過去の物語。
一柱の神がいた。
そして神は一つの世界を産む。
そこはまさに理想郷。
神の子らは神の愛をうけ育つ。
永遠に続くかと思われた至福の時。
それは突然に脆くも崩れ去る。
神は姿を消し新たなる時代が誕生する。
君臨するは万を超える神の使徒。
神に代わり世界を管理すれども力及ばず。
虚ろなるものの降誕をゆるす。
その力は使徒をも脅かし多くの命を飲み干した。
使徒は力を合わせ虚ろなるものを生まれる地ともども封印する。
「――その封印された地というのがここでござるか?」
「ああ、どうやらこの辺りは魔力が集まりやすいみたいでな。それが原因でとんでもねえ化物が生まれ続けたって話だ」
ポテロンゴ山より北東へ数日。タナカたちはちょうど大陸の中心に位置する場所に来ていた。丘陵地帯を丸く切り抜いたような地溝地帯が広がっており、窪地になったその場所は霧が立ち込めている。
その淵となる崖から盆地を見下ろすタナカたち。霧のせいでどのような場所かは見ることはかなわない。
「それにしては静かでござるな。化物どころか生き物の気配もしないでござる」
「大魔法で結界が張ってあるからな。外からは中がどうなっているかわからないようになっている。正直いって、中がどうなってるかは俺にもわからねえ」
窪地を前にして淡々と説明を続けるカクさんと興味津々で霧を見つめるスケさん。
タナカはというと顔から冷や汗がしたたり落ちていた。よく見ると身体がプルプルと震えている。強敵との戦いが目前にせまって心を熱く燃えあがらせているのだろう。
「ここには3つの結界が張ってあってな。今言った見た目をごまかす結界のほかに、認識を歪めて出入りできなくする結界がはってある。中から外へ、外から中へ移動しようとしても認識が阻害されてもとの場所にもどっちまうって寸法よ」
「ほほう」
管理者たちがはった結界のためか。カクさんはやや自慢げだ。
「まあそれだけじゃうっかり出入りできちまうかもしれねえ。そこで最後にとっておきの結界が張ってある。完全に壁となるような結界をはっちまうと、別の場所に同じような魔力のたまり場ができちまうだろう? だから中から外にだけ出れないように結界が張ってあるんだ。こいつが強力で中に溜まった魔力が増えれば増えるほど、その魔力を利用して結界自身が強化される。大した代物よう!」
「おお!」
勝手に盛り上がる二人を脇に固まったままだったタナカがようやく口を開く。
「つまりはなんですかいカクさん。むかーし使徒やら精霊やらがどうにもできなくって封印した、幻獣とかいう化け物を狩るためこの中に入っていくわけですかい?」
いつもより三倍ほど小者臭そうなタナカがカクさんに尋ねる。
「おうよ! 俺は世代が違うから詳しくは知らねえが。どうよ? かなり強そうだろう?」
「相手にとって不足なしでござるな」
「ま、まあギリギリ合格ってところだな。できればもう少し手ごたえがありそうなやつがよかったがな。ハ、ハハハハ!」
これほどの敵をしても不満をもってしまうタナカ。まさに漢のなかの漢。
そう……、タナカ的にはもっと固くてもっと素早い敵がよかった。ついでにいうともっと弱くてすぐに逃げ出すが、とっても豪華なご褒美をくれるメタリックな敵が理想的だ。
顔からしたたり落ちる冷や汗の量をさらに増やしながらタナカは考える。オレはどこで道を間違ったのか――と。そして頭を働かせる。この問題どう解決すべきなのかを。
タナカの頭の中で回し車が回る。回し車の中、二匹のハムスターが駆けていた。ハムスターが増えているのはこれまで過酷な試練を乗り越えてきた成長の証だ。
やがてそれほどの時間もかけずに完璧な答えを導き出す。これほど短時間で答えをだせたのは親戚の小学生にオセロで激闘を演じ、惜しくも勝利を逃したほどの天才的頭脳を持つタナカなればこそである。
「だが二人とも、大事なことを見逃しているぞ。世界は常に安定を望む。過ぎた強者は世界の修正力によって排除されるのだ。我が絶対的な強さを求めるのはそんな世界に抗い続けるため。もはや世界に目をつけられた我らは逃れられぬ運命にあるといえよう。確かに結界内で修行をすれば強くはなれるかもしれない。しかし結界内にいる間おそらく世界は我らを見失う。そうなれば均衡を望む世界は我ら以外の新たなる獲物に狙いを定める。それは避けねばならぬのだ」
「まじかよ……」
「そのようなことが……」
自らが強くなる方法が目の前にあるというのに、犠牲者が生まれるのをよしとしない。さすが強くてカッコいい正義の漢タナカである。
そして世界の真実を知らせれ驚くスケさんとカクさん。実にノリよく驚いている。
「ということで今回はキャンセルで」
気持ちのいい笑顔でサムズアップするタナカ。これでめでたしめでたしなのであった――わけもなく。
「すまん。もうやっちまった」
「へ?」
突然の突風。否、それは結界に空いた穴がすべてのものを吸引しようとする力。
まるで紳士と紅茶の国うまれの掃除機に吸い取られるゴミのように、タナカたちは結界に呑み込まれてしまったのだった。
名前:タナカ レベル:60 ギルドランク:E
体力:1.80e14/1.80e14 魔力:3.90e14/3.90e14
力:1.60e13 器用さ:1.70e13 素早さ:2.20e13 賢さ:3.00e13 精神:3.40e13
スキル:剣(3.70) 魔法(6.22) 信仰されし者(10.00) 竜殺し(7.74) 精霊主(4.99) 詠唱破棄(3.30) 多重詠唱(3.39) 大魔法(0.13)
装備:剣 夏物の格好いい服 黒いマントセカンド
お金:5154000G
名前:スケ レベル:55 ギルドランク:E
体力:1429/1429 魔力:2493/2493
力:608 器用さ:588 素早さ:900 賢さ:922 精神:975
スキル:矛(4.47) 魔法(5.35) 竜殺し(7.05) 信仰されし者(8.57) 詠唱破棄(0.11) 多重詠唱(0.07)
装備:大鎌 黒いローブ 白面 魔法の手袋
お金:100000G
名前:カク
体力:65536/65536 魔力:65536/65536
スキル:人化(10.00) 魔法(10.00) 大魔法(1.14) 使徒(4.99) 信仰されし者(7.88)




