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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
42/114

Route42「人はオレたちをこう呼ぶ――」

 飽いていた――

 大人しく仕事第一の父親。にぎやかな専業主婦の母親。しっかり者の姉。愛嬌のある妹。どこにでもありそうな普通の家庭だった。

 くだらなくも楽しい、友人たちとの日常。何事もなく進む毎日は、平穏で、幸せで、そして退屈だった。全てがどこか遠くの、出来事のように感じる孤独感。

 自分は違う――

 いつの頃からか、湧き出ていた思い。自分がいるべき居場所は、ここではない。平穏な毎日を過ごしながら、どこかでそう感じていた。自分は特別なんだと。いつかなにかが起こる。そして自分だけの特別な人生が、本当の人生が始まるんだと。そう信じていた。

 そして突然やってくる。それはありふれた不幸。多くの人がまきこまれる天災。ただそれだけの話。独り残されたのが、自分でなければ、それで終わった話。

 しかし、それは起こってしまった。家族も、友人も、よく目にした知らない他人も、いなくなった。自分だけが、生き残ってしまった。

 ある意味、期待していた特別。退屈ではない人生が始まった。そして、最初にしたのは後悔。ただひたすらに泣き崩れる。

 馬鹿だった――

 自分は愚かすぎた。失ってからようやく気付く。退屈な日常。平凡な人々。愛する家族。それがどれだけ、かけがえのないものであったのかを。

 心が壊れそうなほどの悲しみ。胸を刃物で一突きにされたかのような、痛みが続いた。

 いったいどれだけの間、泣いていただろうか。いまだくすぶり続ける、悲しみを抱いて立ち上がった。

 失うわけにはいかない。この悲しみこそ、失ったものがかけがえのない、大切なものであったことの証明。

 ならば、これからも後悔し続けよう。この痛みとともに、生きていこう。

 戦おう――

 自分のような、愚か者を生み出さないために。理不尽と戦い続けようと。そう心に誓った。

 それからいったい、どれだけの戦いの道を、歩んできただろうか。

 ふと気が付くと、いつしか温かい人々に囲まれていた。忘れかけていた人の温かさ。その心地よさに、歩みが緩んでしまう。

 しかし平穏に身をゆだねたのは、ほんのわずかな時間だった。再び戦いの道を歩み始める。

 なぜなら気付いてしまったから。胸の奥にくすぶる炎に……。自分は戦いに染まりすぎたのだ。もはや平穏に、生きることはできないのだと。

 しかしそのことについては、悲しみも後悔もなかった。むしろ誇らしくあった。なぜなら人々の平穏を守るための力が、自分にはあるのだから。

 戦い続けよう。愛すべき者のために。そしてこの先、出会うであろう、愛すべき者たちのために。


「――わかるか? 人の絆とはやっかいなものさ。ふとしたことで失いもするし、いらないと思ってもやってきてしまう。それでいてかけがえがないとくる。もしも、お前がモテたいと思うのならば心しろ。その宝の重みを。そして、決して手放さないという、気概を持つ必要があるのだと」


 珍しく真剣な表情を見せるタナカ。そこには漢の道を歩み続けたものだけが持つ、覇気が感じられた。


「まあこれが、モテる漢の心構えというものさ。そして、肝心なモテる方法だが――」


 ムールガイは緊張で喉を鳴らす。そして息を呑んだまま話に聞き入った。


「人はその生き様に惹かれるものだ。そこに打算などあってはならない。まずはモテたいという考えを捨てるんだ。そして人の絆を得るに、見合うだけの生き様を見せてみろ!」


 さすがタナカ。打算まみれ、煩悩まみれの漢の言葉は一味違う。


「そうだな……。さっきの戦いの前の面構えは、なかなかのものだったぞ。まあオレには108歩は及ばないがな」


 そういって不敵な笑みを浮かべる。それは緊張した面持のムールガイに対する、タナカなりの、気配りだったのかもしれない。実に漢気あふれる漢である。


「まあ基本はこんなところだ。ムールガイ。お前にできるか。人の心を掴む生きかた。そして決して失わないという、気概をもつ覚悟が」


 ショックを受けていた。もともとムールガイは脳筋である。深く物事を考えたことはなかった。

 集落の中で一番の力持ち。族長の息子。そんな環境で育ったムールガイ。当然のように、何事においても我を通してきた。自分こそが一番。世界は自分を中心に動いている。どこかそんな風に考えていた。

 しかし、タナカの話を聞いて愕然とする。自分の小ささに。自分の愚かさに。そして考える。はたして自分に、新たな道を歩めるのかと……。


「わからねえ……。わからねえよ。もともと考えるのは苦手なんだ。アンタの話を聞いて、このままじゃダメなんだってことはわかる。でもどうしていいかわからねえんだ……」


 集落の者がみたら、間違いなく驚くであろう、ムールガイの弱々しい姿。それはまるで道を見失い、不安でうずくまる、子供のような姿。

 そこにまるで親のように、やさしく手を差し伸べる者がいた。(わらべ)(みかど)には優しい漢、タナカである。


「大事なのはそれに気づき、変わろうと努力することだ。焦ることはない」


 新たな師匠と弟子が、誕生した瞬間だったのかもしれない。心を震わせながら、タナカの手をとるムールガイ。そこには、確かな固い絆が生まれていた。


「それにしてもアンタすげえんだな……」


 単純ではあるが、心の底からそう思う。そんな一言だった。


「フッ、当然だ。これほどの設定を、瞬時に作り上げることができるのは、俺くらいのものだろう。そうそう記念すべき、弟子第一号の特典として、今の設定、そのまま使うことを許そう。まあ上級者のオレならば、美人姉妹108人設定あたりで攻めるがな」


 ドヤ顔で自慢するタナカ。ムールガイは瞬時にツッコミをいれる。


「作り話かよ! まじめに聞いて損したわ! そもそもそんな過去設定いらねえんだよ! 集落のみんな、俺の生い立ちなんて知ってるっての! そんな話してたら、白い目で見られるわ! というかそのドヤ顔やめろ! 無性に腹がたつんだよ!」


 あまりにも短い、師弟の絆であった。人生まさに、山あり谷あり。


「おいおい大丈夫か。それ、かなり上級者向けの環境だぞ?」


 これからムールガイがおくるであろう、孤独なボッチ人生を心配し始めるタナカ。実に心優しき漢である。


「余計なお世話だ! もう放っておいてくれ!」


 そっぽを向いて憤慨するムールガイ。それは昼食前のとあるひと時。場所はこの地方最強の魔物、ドラゴンタートルの背の上。なぜこのような場所で、このような状況なのか。それは時間を遡ること数時間。早朝、ムールガイが当番制の見回りを、始めたことに端を発する。






 なんだかんだで、ムールガイの家の居候となっていた、タナカたち一行。それは、なんとなく居心地の悪さを感じたタナカが、同朋のムールガイを頼った結果である。一角族はもともと閉鎖的な一族だった。小物の嗅覚をもつ漢タナカは、それを敏感に感じ取ったのだ。

 しかしそんな一角族も変わろうとしていた。タナカたちを集落へ招いたのもその一環である。いまのところ外部の人間はタナカたちしかいないが、いずれは多くの人を受け入れるつもりであろう。

 そんなある日、ムールガイが見回りにいくというので、馴れ馴れしくも同行するタナカたち。

 一角族は持ち回りで、集落のある森一体を見回っていた。一族の安全を考慮するならば、当然の決まりといえよう。

 森の中、なんの緊張感もなく、くだらない会話を続けるタナカたち。いいかげんムールガイがキレそうになったとき、事件は起こった。

 かすかに聞こえる地響き。ムールガイは瞬時に気持ちを切り替え、移動を開始する。さすがのタナカたちも空気を読んだのか、無言でムールガイにつき従った。森を進むにつれ、地響きはだんだんと大きくなっていく。そして森がやや開けたとき、地響きの原因を目の当たりにする。

 巨体――

 放たれる圧倒的な存在感。通常のドラゴンをはるかに超える大きさ。その身体は強固な甲羅に守られ、頑丈さは魔物の中でも随一といわれる化け物。この地方における魔物の王者ドラゴンタートルだった。

 唖然とするムールガイ。このまま進めば間違いなく集落に気付く。ドラゴンタートルの気性からして、集落を蹂躙するだろう。これまで、幾度となく集落を守り続けた強力な結界。しかし如何なこの結界も、超重量級であるドラゴンタートルの突進には、耐えられないだろう。

 恐ろしいほどの犠牲者がでる――。恐怖で足が震えるムールガイ。しかし気を強く持ち直す。まだ手はあると、自分を叱咤するムールガイ。ドラゴンタートルの気を引いて、進行方向を変えることができれば、この危機を回避できるかもしれないのだから。

 幸いにも、ドラゴンタートルの足はそれほど速くはない。成功の見込みは十分にあった。決死の覚悟で囮になろうと、震える足を前に進めようとしたのだが……。


「でけぇ。なんだコイツ? カクさん知ってるか?」


 ムールガイの緊張とは裏腹に、呑気に声をあげるタナカ。


「コイツはドラゴンタートルだな。普通のドラゴンより強ええが、鈍重で空も飛べないから、人間の世界では、同一ランクに扱われている魔物だ。まあこの辺りじゃ一番強いだろうな」


 チームタナカの知恵袋、カクさんが説明する。


「ほう……、ドラゴンと同レベルか。しかも速さがないとは、俊足を武器とする、オレたちの敵ではないな。ククク、我らが最強となるための、礎となるがいい。スケさん! カクさん! やっておしまい!!」


「承知!」


「おう!」


 ムールガイが止める間もなく飛び出すスケさん。

 その後はムールガイにとって、まさに驚天動地の出来事であった。

 最初の攻防。ムールガイには黒い幻影が、ドラゴンタートルの周りを、通り過ぎたようにしか見えなかった。それはチームタナカの特攻隊長、スケさんによる先制攻撃。縦横無尽に駆けながら、大鎌による斬撃の嵐。直後、耳を覆わんばかりの悲鳴が、辺りにこだまする。よく見ると、すでに四肢はズタズタに切断されていた。

 絶対強者と思われていた相手が、早くも動きを封じられている。ムールガイには、なにが起こってるのか理解できない。そして理解する間もなく空から、巨大な岩塊が降り注ぐ。それはカクさんの空からの砲撃。魔物随一の防御力を誇る、ドラゴンタートルの甲羅が、無残にも破壊されていく。

 ドラゴンタートルが、命の鼓動を停止させるのに、数秒とかからなかった。そしていつの間に移動したのか。ドラゴンタートルの亡骸の上で、カッコいいポーズをとっているタナカ。顔にかざした手、目線、立ち位置、角度。まさに完璧。

 圧倒――

 それはまるで、伝説やおとぎ話に出てくる、英雄そのものだった。

 ムールガイは熱にうなされたかのように、危うい足取りで、ドラゴンタートルに歩み寄る。

 死んでいた……。つい先ほどまで、王者の風格をみせていたドラゴンタートルが、物言わぬ肉塊と化している。


「信じられねえ……」


 この地方では、天災ともいわれるドラゴンタートル。それがあまりにもあっけなく沈んだ。その要因はタナカたち。ムールガイはあらためて目を向ける。3人はドラゴンタートルの甲羅の上。まるで何事もなかったかのように、談笑していた。ドラゴンタートルの甲羅をよじ登って、タナカたちのもとへたどり着くムールガイ。


「お前たち一体何者なんだ……」


 そんな疑問しか口から出てこなかった。それに対し不敵な笑みを浮かべるタナカ。


「この世に、理不尽たる暴虐がはびこる時――。人々の悲しみを断ち切るため、闇よりいでし破壊の使者――。人はオレたちをこう呼ぶ――」


 三人揃って、カッコいいポーズを取り直す、タナカたち。


「アルティメット・インペリアル・ダークネス・エターナル・ケイオス・ヒロイック・ザグレート・フォーミュラ・マキシマム……」


「長いわ!」


 思わずツッコミをいれるムールガイ。その後もタナカの妄想は、果てしなく続いた。混乱したムールガイが思わず流されて、冒頭の会話へと続いたのだった。






 ムールガイは今でも、目の前で起きた出来事が、信じられなかった。しかし今、自分がいるのは、ドラゴンタートルの背の上。

 認めざるを得なかった。このなんとも間の抜けた雰囲気。それを醸し出している連中が。彼らこそが、この偉業を成し遂げたのだと。


「そうじゃないって。理屈やらこまけえことはいいんだよ。感じるんだ! こうフワッとした感じで、ビビッてする的な――」


「なるほど……。フワッで、ビビッでござるな」


 今も目の前で、わけのわからない魔法談義を始めている。もはやムールガイの、理解を超えた存在であった。なぜならこの後すぐに、スケさんと呼ばれる仲間がフワフワと浮かび、空中遊泳を始めたのだから……。


「フッ、さすがオレ。的確すぎるアドバイスだ」


「やるじゃねえか」


 タナカとカクさんは、空中遊泳をするスケさんを眺めながら、呑気に談笑する。スケさん、何気に天才だった。

 そんな彼らを見て、ムールガイが混乱し続けるのも、仕方がなかったといえよう。






「ほう。ハル皇国の商人が」


「ええ、結構な評判よ。大量の獲物を狩ってくるし。どこから手に入れたのか知らないけど、すっごい素材とか持ってたりして」


 男爵邸の一室で、アーモンド男爵とシジミが雑談を楽しんでいた。ささやかな茶会といったところだろうか。


「なんでか知らないけど、ムールガイの家に居座っちゃったのよねえ。最初はひやひやしたけれど。今じゃ人間嫌いだったムールガイも、すっかり角がとれちゃったみたい」


「それは朗報だな。彼の人間嫌いには、私もさんざん苦労させられた。だがそうなると、結界の張り替え作業は、思ったより穏便に運びそうだ」


 アーモンド男爵が、おおげさなジェスチャーで喜びをあらわす。ややおふざけが入った雰囲気。おそらく二人にある身分差の壁。それを壊すための計算なのであろう。すでにシジミには、人族の権力者に対する警戒感はなくなっていた。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろお開きとしよう」


「残念。アナタといると、時間がたつのがとても速く感じるわ」


「私もだよ。次は結界の張り替え作業時に会えるが、仕事で忙しいだろうしな」


 呼び鈴を鳴らすと座席から立ち上がり、シジミの手を取る男爵。シジミは若干頬を赤く染めながら、男爵のエスコートに従う。


「作業が終わった後日、改めて時間を取ろう。二人でゆっくり過ごすためにな」


 扉の前で、別れを惜しむように寄り添う二人。そこにそれを邪魔するかのように、執事がやってくる。


「ではな」


「ええ、また」


 執事に連れられ退室するシジミ。扉が閉まった後、見送りのため扉の前まで来ていた男爵は、先ほどまでとはまるで違う所作で、自らの席に戻る。乱暴に体を椅子に預けると、深いため息をついた。


「ふう。下賤な者の相手も疲れるな。しかしもうすぐだ。ようやくこれまでの我慢が実を結ぶ」


 すでに男爵は、一角族からの信頼を勝ち得ていた。その自信ゆえか。疲れながらもその顔は明るい。あとは時間の問題。時がくれば自分の企みは、間違いなく成功するだろう。そう確信する男爵にも、一抹の不安が生まれていた。


「……ハル皇国の商人か。よもや一角族を、狙っているのではあるまいな……」


 さきほどシジミの会話にあがった人物。男爵にとっては、想定外の登場人物である。目を閉じ、深く思案の海に身を委ねる男爵。


「いや、それはないか。人数が少なすぎる……。となると後日、金の匂いを嗅ぎつけて、すり寄ってくるか……」


 美形といえる男爵の顔が、醜悪に歪む。


「ふん。意地汚い皇国の商人どもめ。……そうだな。事のついでに始末するか」


 醜悪な表情が、嫌らしい笑みに彩られる。


「フフフ、楽しみだ……。我が男爵家、黄金時代の始まりだ」


 プリン王国の魔族弾圧。その瞳がついに一角族を捉える。それはタナカのささやかな休息が、終わろうとしていることをも意味していた。


名前:タナカ レベル:58 経験値:2812/5800 ギルドランク:E

体力:1.7e14/1.7e14 魔力:3.7e14/3.7e14

力:1.5e13 器用さ:1.6e13 素早さ:2.0e13 賢さ:2.8e13 精神:3.2e13

スキル:剣(3.58) 魔法(5.98) 信仰されし者(10.00) 竜殺し(7.74) 精霊主(4.93) 詠唱破棄(3.04) 多重詠唱(3.12) 大魔法(0.11)

装備:剣 夏物の格好いい服 黒いマントセカンド

お金:5154000G


名前:スケ レベル:53 経験値:1361/5300 ギルドランク:E

体力:1347/1347 魔力:2388/2388

力:583 器用さ:564 素早さ:867 賢さ:888 精神:938

スキル:矛(4.31) 魔法(5.03) 竜殺し(7.05) 信仰されし者(8.36) 詠唱破棄(0.02) 多重詠唱(0.01)

装備:大鎌 黒いローブ 白面 魔法の手袋

お金:100000G


名前:カク

体力:65536/65536 魔力:65536/65536

スキル:人化(10.00) 魔法(10.00) 大魔法(1.12) 使徒(4.93) 信仰されし者(7.67)


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