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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
王国放浪編
40/114

Route40「僕らはあの化け物に勝てない」

 プリン王国西部の宿場町ハブルナヨ。そこから少し離れた場所。まるで無限に広がっているかのように錯覚する荒野。そんな場所を進む三人組がいた。

 一人は立派な鎧姿。それにふさわしい剣と盾を装備した若者。プリン王国の勇者カムイである。異世界より召喚されて一年と少し。国中を周りながら類まれなる力と比肩ないほどの名声を得つつあった。ギルドには所属していないがすでにギルドのAランカーと変わらぬ実力を有する。

 そして彼に寄り添うようにして歩いている金髪の美女。プリン教でも有数の魔法の使い手、その名はカルトビッチ。清楚な白いローブの胸の部分を歩く度に揺らしながらカムイにプリン教の教えを説いていた。彼女もギルドには所属していないがAランカーに相当する実力を有している。

 その二人の少し前を油断なく進む少女テツジン。この中で唯一ギルドに所属するAランカー。その小柄な姿とは裏腹に史上最年少Aランカーの記録をもつ実力者である。プリン王国とハル皇国の間にわずかに存在する小国のうちの一つ。プリン王国の衛星国バナーナ公国出身だ。

 この勇者パーティー。当初は軍から人材を派遣する予定だったが魔物戦の経験の無さからこれを中止。王国のギルドメンバーの実力が低いという事情もあり、プリン教と他国のギルドからメンバーをスカウトしてきたという経緯があった。その結成計画は順調とは言えなかったが、実力は世界でもトップクラスと言っても差し支えないものとなる。現在は宿場町ハブルナヨ近辺で名声を広めるべく活動中だった。


「近くに何かいる……」


 普段から感情の乏しいテツジンが感情のこもらない声で警戒を促す。しばらく進むと荒野の岩陰から見えてきた二つの影。

 それは奇妙としか言いようがない二人組。

 一人は筋肉に彩られた巨体に黒いパンツのみ身に付けた妖しい漢。特徴は角刈りと髭。

 もう一人は黒いローブに身を包んだ不気味な漢。よくみるとその顔は骸骨。

 人外の存在を前にし素早く臨戦態勢にはいる勇者パーティー。適度な緊張感をもっていつも通りの位置を取る。カムイが前衛。カルトビッチは後衛。テツジンは二人から少し離れて遊撃態勢。準備も整い戦闘を開始しようとした刹那それが起こる。

 それは背筋も凍るような圧迫感。それは巨体の漢から漏れ出る膨大な魔力。いままで経験したことのないほどの膨大な魔力に足が固まる勇者たち。そして次の瞬間、もう一人のローブの漢から常軌を逸した気配が発せられる。重くのしかかるプレッシャー。それは勇者たちがこれまでの戦いで経験したことのない圧倒的強者が放つ濃厚な力の気配だった。いち早く我に返ったテツジンが動く。


「私がいく……」


 仲間の返事も待たずに数歩前に進む。姿勢を低くするやいなや弾けるように敵に突進した。それはまるで本能の赴くままに野生の獣が獲物に飛びかかったかのような動き。そのまま接近戦を挑むと思いきや目前でさらに横にはじけ飛ぶ。そして瞬時に多重詠唱された風刃魔法が彼女の持つ小剣の先から掃射された。相手の力量を測り兼ねた彼女の初撃。それは自分の長所である俊敏さを生かしたフェイント。そして目視困難な風刃魔法の多重詠唱攻撃。それはめずらしく見せる彼女の本気の攻撃だった。

 カムイは初めて見たテツジンの本気に驚くと同時に相手の敗北を確信する。しかし敵が風刃魔法で切り裂かれると思った瞬間、敵の姿は霧散した。それはまるで幻影だったと錯覚するほどに……。カムイは何が起こったのか解らずただ茫然としていた。隣に立つカルトビッチはそもそもテツジンの動きすらはっきりとは認識できていなかった。なにが起きたのか理解できたのは当の本人であるテツジンだけ。いや、ひょっとしたら理解できていなかったのかもしれない。彼女が若くしてAランカー足りえた最たる理由。その類まれな直感が彼女を動かしたのだろう。

 突如目前に現れた闇にテツジンは理解する前に身体を引く。そしていままで自分がいた場所を死が駆け抜けたのを実感した。なにが起きたのかは解らなかったが死が直前にせまっていたことだけは理解する。彼女の手にあった小剣の刃が途中から消失したことで嫌でも理解できた。その小剣は神器とまではいかないまでも高質な素材と高度な錬金術によって生み出された神代の遺産。その価値は貴族の一財産に匹敵し城が立つとも言われた一品。その魔法剣があっさりと破壊されてしまったのだから。


「テツジンさがって!」


 闇の前に入れ替わるように立ちふさがるカムイ。もともと敵と相対するのは彼の仕事だった。その圧倒的なステータスをもって壁となり、ある時は攻撃の始点ともなる。ドラゴンとすら正面から斬り合えたその自信をもって敵に相対した。右手には魔法の剣、左手には神器の盾。負けることなど微塵も考えていない。しかし今回は相手が悪すぎた。

 瞬時に目前に現れる闇。反射的に盾をかざし防御を固めたが次の瞬間、全身に衝撃が駆け抜ける。神器の盾は破壊を免れたものの、その衝撃は彼の腕を砕き肩の関節は耐えきれず外れていた。防御をものともしない圧倒的な暴力はカムイの身体をまるで弾丸のように吹き飛ばしたのだった。その身体は進行方向の大岩を破壊し続けてようやく止まる。度重なる衝撃で全身の骨が砕かれたカムイはそのまま前のめりに崩れ落ちるしかなかった。


「カムイ様!」


 カルトビッチはあわてて駆け寄る。診断するまでもない瀕死の重傷。カルトビッチは即座に回復魔法での応急処置にはいる。


「うぅ……」


 カムイはすぐに意識を取り戻すが危険な状態なのは変わらない。カルトビッチは治療を継続しながらも死の一歩手前であったことを実感する。そして一瞬にしてカムイをこのような瀕死状態においやった敵に恐怖していた。

 カルトビッチが治療を継続している間も戦闘は続いていた。いや、それを戦闘といってよいのか。テツジンが死から逃れたい一心で、ただ闇雲にあがいているといったほうが正しいのかもしれない。

 死へと誘う闇。初見は直感で回避したが次も切り抜けられるとは限らない。テツジンは接近を許したら終わるという認識でただ闇雲に攻撃していた。手にしているのは弓。当たることなど有り得ないと知りつつも、ただ足止めのためだけに全力で乱れ打つ。それでも徐々に近づきつつある闇に準備していた第七階位魔法「燃焼」を放つ。範囲系攻撃魔法としてはもっとも下位の魔法だが手数が必要な今はこれに賭けるしかなかった。目の前に出現した炎の壁が敵の足を止めている間に距離をとる。そして再び弓を構えなおす。

 出現する闇。当然ダメージを受けた様子はない。期待通りの結果に絶望しながらテツジンは乱れ打ちを続ける。とにかく手数で相手の歩みを遅らせようと必死だ。しかしじりじりと後退を続け治療中のカルトビッチたちに迫りつつある。


「カルト……。治療はもういい。あとは自分でやるからテツジンの援護を。アレは生半可な攻撃は通用しない。君の切り札を使うしか……」


 返事も待たずに回復魔法を開始するカムイ。いつもであれば色っぽく駄々をこねてカムイに纏わりつくところだ。しかしさすがに今回はそんな余裕はなかった。カルトビッチは自分の持つ最強のカードを準備する。それはプリン教で選ばれたものにしか教授されない秘匿された魔法。プリン教随一の魔術師と謳われたカルトビッチをしても発現に時間を要する魔法。人類に残された数少ない高位魔法のひとつ。


「テツジン! さがりなさい!」


 背を向けたまま何をしようとしているか察したテツジンは最後に足止めの魔法「燃焼」を放つとカムイたちのいる場所まで一気に退く。


「レイ・トゥル・ギア・コラスィ!」


 第三階位魔法「地獄の祭典」。目の前に出現する光の神殿。化け物たちを飲み込んだ神殿は眩いばかりの光を発する。実際神殿に見えるそれは破壊の力から世界を守るための多重結界。神殿内部では山をも焼き尽くせるほどの炎の力が凝縮されていた。外から光の神殿内部がどうなっているかは知りうることはできない。実際内部ではドラゴンを灰すら残さず消滅させるほどの地獄が顕現していた。


「この光こそプリン教の力! 神の力を思い知るがいいわ!」


 自慢の魔法が敵を捕らえたことでカルトビッチは勝利を確信した。カムイも安堵の息を漏らす。ただ一人テツジンだけは弓を構えたまま警戒をとかない。それはAランカーの経験、あるいは直感か。


「跳躍魔法を準備して……」


 テツジンは神殿を見据えたままカルトビッチに逃走のための準備を促す。第六階位魔法「跳躍」は「転移」ほどではないがある程度の距離を移動できる緊急避難用の魔法である。


「なにを言ってますの? すでに敵は――」


 カルトビッチが敵の殲滅を宣言しようとした瞬間、神殿が消滅する。神殿があった場所は地面が抉られすでに消滅していた。何もなくなった空間。そこに不自然に存在する影が二体。


「まさか第三階位魔法を人間が使うとはな。大したもんだと思うが鬱陶しいから消させてもらったぜ」


「そんな……、嘘……」


 敵の足場が残っていることから、なんらかの方法で魔法を遮断したことは容易に想像できる。

 問題はどうやってそんなことを可能にしたかということ。予想されるのは第七階位魔法「魔法遮断」。しかし「魔法遮断」はたいていの場合、攻撃魔法効果を激減させる程度に止まる。完全に遮断するとなると膨大な魔力と卓越した魔法操作能力が必要だ。しかもそれはあくまで低位の攻撃魔法だった場合である。中位魔法以上を完全遮断できた実例など極わずか。さらに遮断対象が第三階位魔法ともなればどれほどの魔力と魔法操作能力が必要となるのか想像もつかない。

 そしてさらに問題なのは具現化した光の神殿を消滅させた方法。予想されるのは第六階位魔法「解呪」。「魔法遮断」とは違い成功すれば完全に魔法を消去できる。ただし対象魔法が高位であればそれだけ魔力が必要となる。しかも魔法が高位になればなるほどその成功確率は低い。それが第三階位魔法ともなれば成功の確率は無きに等しいだろう。魔力を酷使することで成功確率をあげることは可能だが、はたして第三階位魔法を確実に消去するためにどれだけの魔力が必要となるのか。おそらく儀式魔法で集められる量を超えているだろう。もはや考えるだけ無駄な規模の話だ。

 このような不可能と思えることを次々とやってのけたのが目の前の化け物である。カルトビッチはただ目の前の現実を理解できず茫然と立ちすくむ。


「カルトビッチ! 跳躍魔法を!」


 テツジンがめずらしく声を張り上げる。我に返ったカルトビッチは跳躍魔法を詠唱。三人を取り囲むように魔法陣が展開する。カムイは膝をついたまま回復魔法を続けている。その瞳は恐怖に彩られ、ただ迫りくる闇を見つめることしかできなかった。

 跳躍魔法の準備中。もはや下がることはできない。酷使し続けた腕が悲鳴をあげていた。しかしテツジンは構わず弓を射続ける。そして燃焼魔法で時間をかける。先ほどまでの攻防の焼き直し。しかし彼女の目論見通りにはいかなかった。燃え上がろうとした炎が一瞬にして消滅する。


「その攻撃は見飽きたぜ」


 もはや認めるしかなかった。目の前の存在は自分たちとは次元が違うのだと。絶望に染まる三人。テツジンはただ惰性で弓を射続ける。もはや連射速度に見る影はなく闇は迫りつつある。カムイはただ茫然と闇を見つめるのみ。カルトビッチは詠唱を完了させようと必死――

 そしてついに死を運ぶ闇が三人を呑み込もうとした瞬間。魔法陣がよりいっそう輝き三人は忽然と姿を消したのだった。






「これでよかったのでござろうか?」


「んー。まあいいんじゃないか? タナカに言われた通りやったわけだし」


 タナカが街に偵察にでる際に二人に残した言葉。


『俺が戻るまでここに待機。魔物がきたら殲滅で。あと人間殺したりしちゃだめだからな。面倒に巻き込まれたくないから適当に追い返しておいてくれ。それと黙って勝手に行っちゃだめだからな! 絶対置いていくなよ! まじやばい、これダメってときだけ逃げてよし! でも絶対もどってこいよ! 絶対だぞ! 帰ってきたときいなかったらまじ泣くから!』


 スケカクコンビはタナカから与えられた任務を忠実に実行していたのだった。実によくできた部下たちである。


「雨か……」


 珍しく荒野に降り注ぎ始めた雨。カクさんは感慨深そうに眺める。


「拙者いいことを思いついたでござる。結界で拙者たちの周りを雨よけしたらカッコいいのではござらんか」


「ほう……」


 相棒のすばらしい提案に関心するカクさん。それは愛弟子の成長をよろこぶ師の顔であった。


「それじゃあやってみるか!」


 早速結界をはるカクさん。雨は二人を避けてドーム状に流れ落ち始める。そんな中カッコいいポーズをとる二人。雨はさらに激しさを増し二人の周りに水のカーテンを作り出す。その光景はまさに幻想。


「タナカ殿が帰ってくるのが楽しみでござるなあ」


 スケカクコンビはカッコいいポーズのままタナカを待ち続ける。雨はそんな二人を祝福するかのように激しく降りつづけたのだった。







「助かった……のか?」


 跳躍する前の状態でしばらく固まっていた三人。ようやく漏れ出たカムイの一言で力が抜ける。先ほどまで繰り広げられていた攻防。その現実離れした出来事にいまだに頭がうまく働かなかった。はたして現実だったのか。もちろん現実なのは彼らに残された傷跡が嫌でも教えてくれる。しかしだからといって何かする気力も湧かず、ただ時間だけが過ぎて行った。


「僕らもまだまだだったってことだよね」


 カムイが再びつぶやく。勇者という自覚ゆえか。カムイは率先して動きだそうとしていた。


「もっと強くならないと……。そして今度会ったら勝とう」


 噛みしめるように呟いたカムイの一言。前向きな勇者らしい一言だった。しかしそれは異世界へとやってきて経験がまだ浅いがゆえの蛮勇でしかなかった。今の仲間の心情を察することができたのならこのような発言できうるはずもない。無反応な仲間にようやく異常を察するカムイ。

 弓の構えを解いたもののそのまま立ち竦んだままのテツジン。もともと感情の乏しい少女だがその表情はすぐれないように見える。そしてカルトビッチ。日頃の彼女であれば無駄にカムイに寄り添い世話を焼き始めただろう。しかし今の彼女は目の前で自らの肩を抱き身体を震わせていた。カチカチと小刻みに歯を鳴らすその姿にいつもの面影は感じられない。


「有り得ない……。あんな化け物、存在していいはずがない……」


 繰り返し呟き続けるその姿にカムイは唖然となる。


「彼女は優れた魔術師……。さっきの魔法の応酬。私たちよりも力の差を理解してるんだと思う」


 固まったままのカムイ。彼の頭の中にテツジンの言葉が染み込んでいく。


「さらに一番の問題は、あの化け物たちにとってさっきのは戦いですらなかったかもしれないってこと」


 いつの間にか降り出していた雨が服の中に染み込んでくる。まるで彼を絶望で満たそうとするかのように。


「私の魔法はおろか、彼女の第三階位魔法ですら完全に解呪してみせた。そんな奴らが跳躍魔法を解呪できないわけがない」


 カムイもようやく理解する。むなしすぎる現実を。


「私たちは見逃された。あの化け物たちは纏わりついた虫を払い除けただけ。それが現実……」


 先ほどの自分の発言のなんと滑稽なことか。そして自分たちの前に立ちはだかった壁のなんと巨大なことか。それは乗り越える気も起きないほどの巨大な壁。


「僕らはあの化け物に勝てない」


 未来への道筋を見いだすことのできない勇者たち。雨はそんな彼らをただ激しく打ち続けていた。悲しい現実を知らしめるかのように……。


名前:カムイ レベル:29 経験値:0/2900

体力:655/1587 魔力:1130/1363

力:787 器用さ:771 素早さ:805 賢さ:659 精神:624

スキル:剣(3.04) 盾(2.46) 魔法(2.05) モリナーガの加護(1.54) 竜殺し(0.22)

装備:炎の片手剣 プリン王国軍近衛用鎧 神盾ビスケット


名前:カルトビッチ レベル:78 経験値:246/7800

体力:562/562 魔力:581/1766

力:293 器用さ:305 素早さ:489 賢さ:931 精神:899

スキル:槌(2.79) 魔法(7.12) モリナーガの恵み(2.13) 詠唱破棄(2.49) 多重詠唱(3.58) 竜殺し(0.22)

装備:銀のメイス プリン教法衣


名前:テツジン レベル:82 経験値:1247/8200 ギルドランク:A

体力:989/989 魔力:515/1031

力:650 器用さ:788 素早さ:926 賢さ:700 精神:725

スキル:剣(5.02) 弓(4.70) 魔法(3.53) 直感(4.42) 詠唱破棄(1.55) 多重詠唱(3.31) 竜殺し(0.41)

装備:霊樹の弓 竜革の鎧


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