第四話 はじめての成長
タナカはハル皇国を目指す。それはホワイト将軍と話して決めていたことだ。プリン王国を東西に走る街道を東に向かって進み始めた。
しかしタナカは早くも立ち止まる。まだ都からたいして離れていない場所で。
とくになんの変哲もない場所。だが今、その場はまさしく戦場ともいっていいほどの緊張感が漂っていた。真剣な顔で立ちすくんでいるタナカ。その前にはタナカの旅に立ちふさがった妨害者がいた。舌をだらしなくぶらさげ、荒々しい息遣いでタナカの心を圧迫してくる。さらには尻尾を荒々しく振るい、タナカを逃すまいと牽制していた。
「クッ……、まさかこんなに早く計画がつまずくとは……。俺の戦闘力は赤子並。今はどんなザコ魔物であろうと相手にするわけにはいかねえ。……それにしても、どう見てもただの子犬にしか見えない魔物だぜ」
そう今タナカの目の前で立ちふさがっているのはただの子犬。都で飼われていた子犬なのだが誤って外に出てしまい、都のまわりをうろついていたのだ。
当然だがタナカはそんなことを知るはずもない。しかも魔物に関する知識もないタナカは、たとえ目の前に現れたのが子犬に見えようとも注意を払わないわけにはいかなかった。今、タナカがいるのは人の営みのある場所からはなれた、魔物の闊歩する世界なのだから。
もともとタナカは小心者である。しかも現在の自分の力は赤子並であると認識していた。となれば子犬に対し最大級の警戒であたるのは当然である。
「それにしても匂い袋がまったく効いているそぶりがない……。まさか! 見た目は弱そうだがボスクラスか!?」
タナカは自身の知識、経験からこのような答えを導き出す。いい歳して厨二病気味であったタナカの知識、経験はアニメ、ゲームなどだったりする。その結果、当然残念な答えしか導き出せない。
「見た目は弱そうで、実はすごく強いというのは意外とありがちなパターンだからな。しかし! そのような擬態、俺には通用せんぞ!!」
タナカは子犬に向かい前哨戦は自分の勝利であると勝ちほこる。そしてその裏では気づかれないように徐々に身体を移動させていた。生き残るためにすでに布石を打っているタナカ。それは類まれなる智謀を垣間見せた瞬間であったかもしれない。
長い時間睨みあいが続き、ついにタナカは街道の端の部分まで移動することができた。ここまでの静かな戦いを無駄にしないため、タナカが動き出す。
「俺がこれまで生きてきた中でもっと熾烈な戦いだった……」
油断なく相手を見据えながらも、戦いを振り返り万感の思いを込めて言葉をこぼす。
「だが俺は急いでいるんでね。今日はここまでにさせてもらおうか!」
そう言い放つがはやいか、街道をでてすばやく走り去る。
「次に会ったとき決着をつけてやるぜ! さらば地獄の門を守りし獣の王ケルベロスよ! 貴様なかなか手ごわかったぞ! ハッハッハッハ!」
タナカは街道沿いの草原を東に向かい、猛烈な勢いで走り去っていく。子犬はただつぶらな瞳でその変な人間を見送っていた。
タナカは東に向け草原をひた走る。
すぐに道に戻ろうと思ったが、なんだか身体の調子がすこぶる快調だった。草原を走るのがやたらと気持ちよかったので、そのまま草原を走り続けている。迷わないようにちゃんと街道から付かず離れずの位置を維持しながら走っていた。それは小心者の悲しい性だろう。
そんなふうに走っているさなかタナカは町や村を見かけた。しかし出入の手続きなどで面倒が起こるのはタナカとしては避けたい。結局その場を迂回し疾走し続ける。そんなことを幾度くりかえした頃であろうか。はるか彼方に関のようなものが現れた。
「む? 検問かなにかか……そんな話聞いてねえよ! っていうかもう国境かよ。世界狭っ! ……っと、突っ込んでる場合じゃねえ、どうしよう……ここは無難に迂回するか」
タナカは町や村を迂回したときのように面倒をさけやり過ごそうとする。しかしここで問題が起こった。いままでは草原であったが、これから先は森が深くなっている。そしてさらにその先は山岳地帯なのが見て取れた。このまま進めばなかなか危険な旅路になりそうだった。とはいえ検問で素直に通してもらえるとは思えない。しかたなくタナカは検問をさけ、そのまま森を突き進むことにしたのだった。
森はかなり深く不気味な雰囲気を醸し出している。当然ながらビクつきつつも、もとい警戒しつつも森を進むクールなタナカ。たよりは腰の匂い袋と小剣のみ。緊張状態が続いたまま、何日もの間ひたすら前に進んでいった。
そしてタナカの緊張とは裏腹になんのアクシデントも起きないまま、なんとか山岳地帯にたどり着く。
ようやく森を抜け出せたのだ。ほっとしてタナカは気が緩む。しかしそこで不意に視界に黒い影が映りこんだ。油断を突いたかのような攻撃か。その黒い影は素早くタナカの喉元に飛びついてきた。
「アヒャッ!」
突然のことに思わず変な声を出す。しかし同時に喉元を庇い黒い物体を叩くことに成功した。タナカはそれほど強く叩いたつもりはなかったのだが、黒い物体は二つに千切れ地面に転がり落ちる。
「なっ、なんなんだいったい?」
タナカは警戒しながらも、自分を襲った黒い物体を観察する。それはタナカにはどう見ても黒いウサギに見えた。ただし鋭い牙と額の角を除いては。
「これは異世界ものではよくある角の生えたウサギか。しかし思わず叩いてしまったが、まさか倒してしまうとは……」
タナカの戦闘力は赤子並である。そう認識していたタナカは、魔物を倒せるとは思っていない。少なくとも自分から魔物と戦おうなどとは思ってもみなかった。しかし幸か不幸か結果的に魔物を倒すことに成功する。そして不意に気が付き自分の状態をチェックするタナカ。
「おぉ! 経験値が9/100に! これはいけるんじゃないか? しばらくは街の中で仕事をして、暮らしていこうと思っていたが……、よしここで少しレベルアップしていくか! それにしても赤子の戦闘力をもつ俺に倒されるとは、このウサギよく絶滅しなかったな……」
思わず赤子の戦闘力をもつ自分に、あっけなく倒されたウサギの心配をしてしまう。
「まあこんな何もないようなところだと、かえって安全だったのかな? ケルベロスを見習って、もっと厳しい環境で生きないといかんぞ。ヤツは人里近くにいたからな。人間たちと血で血を洗うような、すさまじい戦いの日々を生きてきたのが手に取るようにわかる。なんかやつには出会った瞬間に、強者のオーラが感じられたしなあ……」
タナカはかつて自分と激闘をかわしたライバルを思い出す。いまとなってはあの緊張の一瞬一瞬が懐かしい思い出だ。タナカはしばらくの間、感慨にふけるのだった。
「……って、こんなこと考えてる場合じゃねえな」
こうしてタナカは人里離れた山岳地帯で、しばらくの間レベルアップに励むことにする。とはいえ用意していた食料は1月ももたない。そしてウサギを捌いて食料にするスキルも持ち合わせていなかった。いろいろと考えた末、2週間ほどの滞在を決める。
「とりあえずこの可哀そうなウサギは、アイテムボックスにでもいれておくか。こういうのは素材や食肉として売れたりする可能性が高いからな。フフン、俺に隙はないぜ」
先ほど隙をつかれウサギに襲われたわけだが。そんな自分を誤魔化すかのように、自分を褒め称えるタナカ。なかなかに残念な男である。とにもかくにもこの日から2週間、タナカはウサギと戯れる毎日を送ることとなるのであった。
そしてウサギとの血で血を洗う激動の2週間は過ぎ去る。
いまタナカは再び旅立とうとしていた。
「フッ、まさか旅に出て早くもレベルアップのチャンスをものにできるとはな。俺もなかなかに運がいい。しかしレベル11になったのはいいけど……、ほとんど能力値あがってねえじゃねーか!」
タナカはウサギを狩り続け、レベルは11にまで成長していた。アイテムボックスには778匹のウサギの死体がある。本当は縁起よく777匹で止めようとした。しかしタナカの都合など知らないウサギに襲いかかられ、このような結果になったのだ。タナカらしい締まりのない結果である。
「まあ解ったこともあるし良しとするか。レベルがあがると全能力が少しあがる。それに小剣で戦っていたせいか体力や力が、レベルアップに関係なく少しあがったな。素早さや器用さもほんの少し……やばい、目から汁が」
タナカは自分の能力が思いのほか伸びないことに、ショックを隠し切れない。自然と目から汁が湧き出る。
「おっとイカンイカン、暗黒面に堕ちるところだった。まあ新たなスキルも手に入れたし、前向きに考えよう。しかし手に入れた剣スキルは、途中で数値が伸びなくなったな。やはりある程度あがると成長しにくくなるのか……。ここからは強い敵じゃないとあがらんのかなあ。ということは、いずれレベルも強いのと戦わないと上がらなくなるのか? クッ、なんかヤヴァイ予感がプンプンするぜ」
ここまで小剣で戦っていたタナカだが、いつのまにか剣スキルが身についていた。剣スキルはウサギを狩り続ける間順調に数値が伸びて行ったのだが、あるとき途中でとまってしまったのだ。
「むう、やはり解らないことが多いな。やはりギルドとやらには行かねばな」
この時タナカにはもっとレベルアップをしたい気持ちがあった。しかし今の段階でいろいろと解らないことが多すぎた。なにより食料も残りわずかである。
タナカは再びハル皇国にむけて山岳地帯を進み始めた。そしてプリン王国との国境近くにあるハル皇国の街の一つ。そこにタナカが到着したのはそれからわずか1週間後。夏も本格的になり、厳しい暑さがやってこようとしていた時期であった。
ここにひとつの記録がある。それはプリン王国の東部街道沿いの街や村に伝わった話だ。
創世暦5963年初夏それは突如現れた。多くの目撃者によると前触れは地鳴りのようなもの。その後しばらくすると大気が震えはじめ耳を引き裂くかのような轟音とともにそれは現れ去っていく。粉塵を舞いあがらせながら認識しがたいほどの高速で移動していたそれについて実体は不明であり、天災級の新種の魔物であると噂されていた。
国に仕える兵たちの目撃例もあったことから国も対応に動く。その後、街道沿いの警備に力をいれたが、その新種の魔物は以後現れることはなかったという。
名前:タナカ レベル:11 経験値:802/1100
体力:2.2e13/2.2e13 魔力:2.0e13/2.0e13
力:2.2e12 器用さ:2.1e12 素早さ:2.1e12 賢さ:2.0e12 精神:2.0e12
スキル:剣(2.00)
装備:小剣 布の服 匂い袋
お金:50000G