Route38「弱さを知りそれを乗り越えて漢は磨かれていくものだ」
「――それでよ。それ以来、俺はカレーパンのまがい物あつかいさ」
一連の騒動の後、タナカとカレーマンはなし崩し的に酒とミルクを飲み交わしていた。
そしてポツリポツリと会話を交わし始める。いつの間にかカレーマンは自分の過去を語り始めていた。どこか遠い目をしながら語るカレーマン。彼の口から語られるのは、剣聖カレーパンと名前が似ていた少年カレーマンのいじられ続けた日々。周りの人間にとっては悪ふざけ程度のことだったのかもしれない。しかしその悪ふざけは確実に少年の心を傷つけていったのだ。
そんなカレーマンの告白を真剣な表情で聞き入るタナカ。先ほどまで一触即発な状態だったというのに、その表情には思いやりすら感じられる。なんとも器の大きい漢である。
決して「カレーマンか……。マンということはカレーパンより人間に近づけたからいいんじゃないか? いや待てよ。ひょっとしてまんじゅうのことか。『カレーまん』だと確かにカレーパンより歴史は浅いな。なんとなく後塵を拝した感じがする……」などと渋い顔をしながら考え込んでいたわけではないだろう。
「……ちっ。なんだかつまらねえ話をしちまったな。忘れてくれ。ちょっと嫌なことがあって愚痴っちまったよ」
「なあに、かまわない。ここは漢たちの憩いの場。外では見せられない弱さもここではさらけ出すことが赦される」
タナカの言葉に胸が熱くなるカレーマン。ただひたすら前に進んできた。自分はカレーパンのまがい物なんかじゃない、カレーマンなんだと周りに認めさせたくて。必死にギルドの仕事をこなし続け、今やAランカーとなった。しかし未だに過去のトラウマを拭い去ることはできない。
「弱さを知ることを恐れるな。弱さを知りそれを乗り越えて漢は磨かれていくものだ」
なにかが足りない気がしていた。どこか喉の渇きのようなものが残り続ける気持ちの悪さ。それがこの漢と言葉を交わすごとに癒されていく。このときカレーマンは予感のようなものを感じていた。この漢との出会いで自分が変われる。そんな予感が。
「それにしてもなぜあんなに機嫌が悪かったんだ?」
タナカのこの素朴な疑問にカレーマンは顔を曇らす。それは昨日あった苦い経験。
「……ああ。昨日、勇者と顔をあわせたんだ。それで自分を売り込んだんだがにべもなく断られてな」
勇者と聞いてタナカはあの運命の日を思い出す。美少女二人に挟まれたあのイケメン君を――。
「……あの小僧か」
タナカの何気ない一言に敏感に反応するカレーマン。
「知っているのか?」
思い出されるのはイケメン君のリア充ぶりのみ。勇者に対する好感度が急速に下がっていくがそこは同郷のよしみ。同じ地球出身であり人生の先輩として見捨てはしない。とりあえず仲良くしてやろうと妥協してあげるのだった。
「まああえて言うなら人生の師みたいな感じかな」
軽く喉を潤しながら渋い顔で答える。一度見かけただけの関係をここまで大きく語れるタナカ。おそるべき表現力をもつ漢である。
「アンタ、勇者の師匠だったのかよ。どおりで強いわけだぜ……」
カレーマンはこの衝撃の事実に驚く。と同時にタナカの強さに納得するのだった。そしてタナカの妄想設定はまだまだ続く。
「可愛い子をはべらせてる生意気な小僧がいてなあ。なんかつっかかってきたからワンパンで沈めてやったよ。それがヤツとの出会いだった……」
妄想から想像した過去を懐かしむタナカ。その姿は果てしなく渋い。
「そのころは色気づいてるヒヨッコだったからな。まあ、色に目がいっているようじゃ勇者見習い以下よ」
勇者にダメ出しするタナカ。カレーマンはその姿に漢としての大きさを感じるのだった。
「やっぱアンタただもんじゃなかったんだな。それにしてもあの勇者、アンタの教えを全く理解できてないんじゃないか? 俺の誘いを断ったくせに美女や美少女を仲間にしていたぜ」
「なん……だと……」
今度はタナカのほうが衝撃をうける。それもそうだろう。異世界へとやってきて幾年月。タナカが苦汁の日々を送り続けてきた間に、勇者は着々とハーレムを築きつつあったというのだから。一気に慈悲の心を吹き飛ばすタナカ。
「カレーマンよ……。ヤツの仲間になるのはやめておけ。ヤツはまだまだヒヨッコ。お前が仲間にするに値しない男だ」
タナカはカレーマンを見据える。その真剣な表情にカレーマンは何か感じ入るものがあった。
「それに勇者だろうが聖人だろうがそいつらについていったところで、その先にお前の望むものはありはしない。なぜなら答えはお前自身の中にあるからだ」
カレーマンの肩に手をおくタナカ。カレーマンは触れられた肩から何かが伝わってくるような気がした。それは漢の力強さ、そして優しさ。
「お前は強い。自分が思っている以上にな。自信を持て。お前は自分の道を歩いていける」
「……ハハ」
改めて気付かされる。Aランカーとなった今でも自分は他人の目を気にしていたことに。自分に自信がなかったということに……。
そして胸が熱くなる。偉大なる漢に認められたという現実に。
「……ありがとうタナカ。目から鱗がおちた気分だ」
ついに自分は答えを得たのだと感動に打ち震えるカレーマン。そして同時に新たな渇きを感じる。しかしその渇きはいままでとは違いどこか心地よいような、そんな渇きだった。
「……気付いたら居てもたってもいられない気分だ。俺は行くよ。これ以上、無駄な時間を過ごしたくない」
彼は席から立ち上がる。すでに旅立とうと決心していた。
彼が新たに得た渇き。それは偉大なる漢とともに未来を歩んでみたいという望みだった。しかし彼はひとり旅立つ。なぜならタナカのとなりに立つには自分はまだ力不足だと解っていたから……。扉の前まで進み立ち止まると振り向かずにタナカに言葉をかける。
「……なあ。いつかアンタと肩を並べて仕事ができる男になれるかな?」
「今の心を忘れない限り、その日は必ずやってくるさ」
期待以上の答えを返してくれる漢に胸が熱くなるカレーマン。もはや迷いはなかった。
「……ヘッ。ありがとよ。よーし、やってやるぜ!」
カレーマンは新たな道を歩み始めた。偉大なる漢を追いかけるために……。そしてタナカは言葉をこぼす。
「若者の旅立ちはいいものだな……。枯れた心を熱くしてくれる……」
そんなタナカの一言を聞いて自然と笑みを浮かべる酒場のオヤジ。彼もまた若者の旅立ちを目の当たりにして心震わせるものがあったのだろう。どこか懐かしく、眩しい若者の後姿に……。
そしてこれまでの一連の流れ。酒場の客たちも注目し耳を傾けていた。若いものたちはカレーマンの姿に自分を重ね合わせる。いつか自分も夢を抱き、高みを目指していきたいと心震わせていた。そして年長者はかつての自分と重ね合わせる。そして今は失ってしまった夢を思い出し今一度立ち上がろうと胸を熱くしたのだった。
酒場に漂う熱気。客たちはいつもとは違う酔いに身を任せていた。
「ところでオヤジ」
「なんだい?」
「勇者ってどんなやつだ?」
崩れ落ちる酒場のオヤジ。客たちも席から転げ落ちていた。それまで漂っていた心地よい空気は一瞬にして霧散したのだった。
「アンタ勇者の師匠じゃないのかよ!」
鋭いツッコミをいれる酒場のオヤジ。しかしタナカには通用しない。
「フッ、それは言葉の綾みたいなもんだ。まあ顔ぐらいは知ってるがな」
さすが俺。といった感じのドヤ顔で答えるタナカ。全く事態の収拾にはつながらない。
「どうすんだよ! アイツすげえはりきって出ていっちまったぞ! もう後姿も見えねえよ!」
酒場の出入り口に駆け寄った客が発狂している。
「貴重な戦力が減っちまったじゃねえか?!」
タナカに詰め寄る酒場のオヤジ。しかしそんな彼らの言い分もカレーマンがAランカーであることを知らないタナカには通用しない。
「おいおい、お前らギルドメンバーが一人減ったくらいで騒ぎすぎだぞ。そんなことじゃいつまでたってもハードボイルドにはなれないぜ?」
ドヤ顔でかっこつけるタナカに酒場のオヤジは怒鳴ることしかできなかった。
「わけわかんねえよ!」
こうして酒場の喧騒はとどまることなく続く。そんな中、タナカは周りの騒ぎを気にすることなく自分の考えに没頭していた。
「勇者か……」
数奇な運命に導かれた者たち。彼らの道が今、交錯しようとしていた。
名前:カレーマン レベル:91 経験値:125/9100 ギルドランク:A
体力:1289/1289 魔力:581/581
力:720 器用さ:838 素早さ:786 賢さ:653 精神:749
スキル:剣(6.02) 魔法(3.08) 観察眼(3.68)
装備:魔法の双剣 竜革の鎧




