第三十二話 覚醒
マジデ要塞上空――まるで天が怒りを顕わにしているかのように雷鳴が轟いていた。大空のそこかしこで閃光が走り大気が震える。
その原因になっている二人。タナカと天使キャラメルはまさに天上の戦いを繰り広げていた。二人はありえないほどの速さで大空を縦横無尽に飛び交っている。そして交錯するたびに発生するすさまじい衝撃は、わずかに生き残っていたドラゴンたちを巻き込み粉々に消し飛ばしていく。
「ハーハッハッハ! なんという気持ちのよさだ。あまねく人々の思い描いた夢をついに我は手にいれた――。もはや空は我のものだ!!」
タナカは空を飛びまわっているうちにハイテンションになっていた。より速く、より華麗に飛ぶことに夢中になる。まるで自分が風になったような一体感。それはかつて峠最速をめざした漢の夢を思い出させた。あるいはかつての夢の残骸がみせた幻だったのかもしれない。しかし、タナカは実感していた。今の自分ならハンドルが握れると……。大空を駆け巡る快感はペーパードライバータナカに大いなる自信を与えてくれたのだった。実にどうでもいいことである。
「ちょこまかと……、いいかげんにしろ!」
タナカを追尾しながら天使キャラメルが神槍を振るう。そのたびに光の刃が放たれタナカに襲いかかった。しかしタナカはあるときは回避し、あるときはその手から伸びる炎の刃イグニッションで相殺する。ついでに斬撃を放つが得体のしれない光の盾で防がれてしまう。これは神槍のもつ特殊能力である自動防御である。やがて天使キャラメルはそれまで一辺倒だった攻撃パターンを一旦とめ魔力を溜め始める。
「ならば……、これでどうだ!!」
「ムッ!」
突然、空の色が無くなる。天使キャラメルが大魔法を行使し、二人を囲むように結界を張ったためだ。
大魔法とは神、精霊などの世界の管理者がもつ特殊スキルである。彼らに従う使徒にも使い手が多く、まれに英雄や高僧が後天的に習得することができるという幻のスキルだ。魔法のように各々きまった効果があるわけではなく、様々な奇跡を体現することができる。これだけの説明では、なんたるチートスキルといった感じだが当然ながら難度は高い。なにより大量の魔力を消費するため神、精霊といえども、ほいほい奇跡を起こせるわけではないのだ。
しかし天使キャラメルは大量の魔力消費というデメリットを許容してまでタナカの動きを封じた。それだけ天使キャラメルがタナカを危険視しはじめたということだ。
これまでの攻防、一見すると互角。あるいは自力で攻撃をいなすタナカに対し、神槍の力で防御を無視する天使キャラメルの方が優勢か。否、一見そう見えるが実際はまるで違った。天使キャラメルにはタナカの攻撃が見えていなかった。結果、神槍の自動防御にたよらざるを得なかったのだ。
天使キャラメルは主の名のもとに上位精霊、ときには神といわれる存在とまで幾度となく戦ってきた。その間でさえ神槍の自動防御が発動したのは数度。神槍の力が発動するまでもなく自分の力で敵の攻撃をいなし打倒してきた。しかし今、神槍の力に頼らざるを得ない敵が目の前に現れたのだ。
そして最も危険視したのはタナカの成長。戦っているうちに飛行速度が増していった。それは成長というには速すぎる変化。もはや時間をかけている場合ではなくなった。大魔法の力を発動させるに足る理由だったであろう。
「戦闘フィールドを限定されたか……。ふん、興のないやつめ」
速さを追い求める漢のロマンをつぶされ不機嫌なタナカ。まじめにやれといいたい。しかし相手をしている天使キャラメルにとってはそんなことをいえる状況ではないだろう。
「貴様、神の代行者といったところなのであろうが……。本当にこの程度で我を排除しにきたというのか?」
正直な疑問が漏れるタナカ。無理もない。タナカの厨二病的未来予測ではもっと恐ろしいイベントが起こるはずであったのだ。しかしこの何気ない一言が天使キャラメルを激怒させる。
もともと力のある天使であったキャラメルは神の加護をうけ格段に力が強化されていた。しかも神槍の力でさらに力が底上げされているのだ。その力に対して意に介さないような態度。十分すぎるほど天使キャラメルのプライドを傷つけた。
「これでもくらうがいい!!」
十二分に力を溜めた一撃。これまでより大きな光の刃が神槍から放たれる。しかしそれも無駄。タナカの振るう炎の刃によってあっけなく消滅させられる。
「ばかな……。こんなことが……」
あまりにも大きすぎる力の差に愕然とする天使キャラメル。そしてそんな様子を見ていたタナカであったが突然、不気味に笑い出す。
「――クックックック。ハーハッハッハ! そうか、そういうことか! なるほど、それならば納得がいく。あまりに過酷な状況から始まり、幾度となく我を窮地に陥れた世界の悪意。そしてこの程度の神の代行者……」
顔に手をかざし得意のカッコイイポーズをとる。
「つまり、神はいなかったというわけか……」
突然のタナカの宣言に唖然となる天使キャラメル。
「一体なにを言っている……。わが主こそ唯一無二、全知全能の神。それをいないなどと……」
「ああ、興奮しすぎて正確な物言いではなかったか。つまり我がいいたいのはこの世界の至高の座に君臨するのは偽りの神だといいたかったのだ。そのようなまがい物によって世界の均衡が保たれていたとは……。どおりで世界がやっきになって我を排除しようとするわけだ。先の大戦で力の大半を封印されてしまったとはいえ今の我でもまがい物程度どうとでもなるからな。クックックック……」
わずかな情報で世界の真実を解き明かすタナカ。その叡智ははかり知れない。まあその導き出された答えが正しいわけではないのだが。
「なにをいうか! わが主を愚弄するなど許さん!」
激怒する天使キャラメル。しかしそんな怒りを目の当たりにしてもまったく動じていない。
「ならばどうする? 神の力を振るうか? その程度を神の力というのか? ハァ……、これだから素人は……」
ヤレヤレといった風に首を横にふるタナカ。お前は一体なんの玄人だというのか。
「神とは絶対的な存在。力なんぞ振るわなくとも、その存在だけで畏怖されるものよ。貴様らのように軽々しく力を振るって神を称するなど愚の骨頂! 力だけで神になれるというのならば……、俺にとってこの世界の赤子はみんな神になっちまうわ! ざけんな!!」
なにかがタナカの劣等感を刺激したらしい。素に戻るタナカ。
「フン、なにを言い出すかと思えば。神が力を振るい人々を導かなくてなんとする」
「人はそこまで弱くも愚かでもない。間違い傷つきながらも人は前に進んでいくものだ。神はただ見守っていればいいのだ」
「見ているだけだと? 馬鹿なことを。ならば貴様は神となってなにもしないというのか?」
天使キャラメルは問答に自信があったのかビシッと指を突きつける。しかしタナカは余裕のドヤ顔で答える。
「もちろんそのつもりだ。俺が神となったあかつきには……、ハーレムつくって引きこもってくれるわ! 誰にも邪魔されることなく、夢にまで見たキャッキャウフフな生活を送ってみせる!!」
ハーレムのためにならば神にまで上り詰めようとする漢。それがタナカ。
「ふざけたことを……。やはり我が主こそが神! 貴様などが神の座につくことなどない!!」
再び神槍を構える天使キャラメル。しかし次の瞬間見えないなにかに吹き飛ばされる。なんとか体勢を立て直す天使キャラメルに向かってタナカが言い放つ。
「おっと少し力を解放しすぎたか。わが巨大なる力を少し解放しただけで吹き飛ばされるものが、よくもそこまでの大口を叩けるものだな」
実際はありえない威力の送風魔法でちゃっかり吹き飛ばしてたりする。この漢、実に演出好きである。そんなカラクリにきづくはずもなく天使キャラメルは力の差に愕然とする。
「時は来た……。冥界に封じられし我が眷属たちよ。その力を今こそ解き放て!」
天を仰ぎ叫ぶタナカ。
「我こそが至高へ至る存在であることを力をもってしめさん…… 絶対者の暴走」
まるでハリケーンの力が凝縮されたかのような暴風が天使キャラメルを取り囲む。そしてその暴風から次々に放たれる光線。神槍の自動防御が働き光の盾がなんとか防いでくれる。しかしその衝撃だけで直に巨大なハンマーで殴られているかのような威力。その衝撃を受けるたびに天使キャラメルの顔が苦痛に歪む。光の盾は攻撃を受ける度に次々と破壊されていく。すぐに次の盾が展開されるのだがそれもまた次々に砕かれていった。
天使キャラメルをおいつめているこの技は、かつてともに天界と戦い冥界に封じられた眷属たちの力を借りて可能となる光と風の属性をもつタナカの奥義である。という妄想設定なのだが実際にはタナカが懸命に天使キャラメルのまわりを飛び回り、ときおり相手にむけてイグニッションをはなっているだけだったりする。タナカ、実にがんばっている。
しばらくして一旦攻撃をやめたため再び対峙することになる二人。腕を組みドヤ顔のタナカに対し、天使キャラメルは疲労困憊といったところである。
「どうした。神の代行者が聞いてあきれる。かつての神代の戦い。我が眷属を率いて天界と戦ったときは、この程度の攻撃はあたりまえのように飛び交っていたぞ。ずいぶんとレベルがさがったものだな。……いや偽りの神では当然の結果といったところか」
タナカの不遜な物言い。もちろん妄想ではあるがその力を前にしては真実味をおびるものである。天使キャラメルには目の前にいる化け物が、自分の想像をはるかに超える存在であると錯覚しつつあった。
「だが、それでも……。負けるわけにはいかない!」
そう叫んだ瞬間、天使キャラメルが光り輝く。それは神槍の力の解放。天使キャラメルの力をもってしても神槍に宿る神の力全てを御しえてなかったのだ。しかし今、想像を超える化け物を前にして自分が御しえる限界を超えた力を引き出す。過ぎた力はやがて徐々に天使キャラメルの身を蝕んでいくだろうがそれを覚悟しての力の解放だった。
「この力で貴様を倒す!」
巨大な光となってタナカに突撃する天使キャラメル。これに対しタナカもイグニッションで迎え撃つ。互いの力がぶつかりあい空間をふるわせる。二人の放つ力は拮抗していた。
「ハーハッハッハ! やるではないか。なかなか燃える展開だ!」
その幻想的な力のぶつかりあいに酔いしれるタナカ。いつもどおりの厨二モード全開のタナカであったがこのとき実は異変が起きていた。
実はタナカが強大な力をもっていることは一部の読者ならばうすうす、いやさりげなく、いやなんとなく気づいていたと思う。しかしこの強大すぎる力を無意識のうちに制御する力をタナカがもちあわせていたことに気づいた読者はなかなかいないと思う。
普段のタナカは日常の生活に差し障りがないように無意識のうちに力を緻密にコントロールしていたのだ。それにしては強すぎだろうと思ったそこのアナタ。その判断はきわめて正しい。しかし、ことタナカに関しては判断を誤っているといえる。タナカは臆病なのである。それはどのくらい臆病かというとあれがあんなかんじでそんなほどに臆病なのだ。
もしも突然、盗賊に襲われたら? とか流れ魔法に当たったら? とか着地点に段差があったら? とか考えると普段からある程度力を解放せざるを得なかったのである。
そしていまタナカの無意識下に眠る獣が目を覚まそうとしていた。きっかけは目の前の神槍。その解放された力を前に獣は気づく。このままではまずい……と。あの槍は当たったら痛いかもしれないと……
そして獣は動き出す。タナカの中に眠っていた獣ハムスターは備え付けの回し車にかっこよく飛び乗ると涙目で走り出す。車はまわり続ける。つぎつぎと解除されていくリミッター。タナカが今、無意味な覚醒をしようとしていた。
この異変に最初に気づいたのはカクさん。巨人たち相手に魔法を放っていたカクさんは突然、タナカからのバックアップが異常なほど膨れ上がったのに驚く。そして驚きのあまり人化するカクさん。
「なんだ?! 一体なにが?」
そして天を仰ぎみる。そこには神の力が解放された神槍をもつ天使キャラメル。しかし問題はそれが霞んでしまうほどの力が解放されつつあるタナカのほうであった。
「あの野郎……、一体なにやらかす気だ……。スケさん!」
このままではまずいと思ったのかカクさんはすぐに行動に移る。
「タナカのやつ、なんかやらかす気だ! このままじゃまきこまれちまうぞ。急いでこの場から離れるんだ!」
カクさんの叫びに呼応して空のタナカに注目するスケさん。たしかに次元の違う状況のように思えた。
「タナカ殿は大丈夫でござろうか?」
「まあ、どんなことになっても、あいつだけはどうにかなるだろうよ」
「そうでござるな」
すぐに結論をだすとカクさんは妖精の姿に戻りスケさんの頭に着地する。と同時に補助魔法を上掛けする。普通上掛けで効果がさらに上がるといったことはない。かけた魔法が新たにかかり効果時間が伸びるだけである。しかし今回は意味がある。タナカの力の解放で魔法の威力があがっていたからだ。いつもより強化されたスケさんは戦場を切り裂く光となってこの場を離脱していく。運悪く周りにいた巨人たちはその衝撃で消滅していった。こんな風に二人がこの場から脱出を終えたころ――
空では明らかに状況が変化していた。拮抗していた力が徐々に傾いていった。タナカの力に押し込まれていく天使キャラメル。
「なんだこれは……。一体なんなんだお前は……」
もはや感覚がマヒするほどの力を前に自然に言葉がこぼれる天使キャラメル。それに対しタナカは――
「もうあきらめて降伏しろ。気づいているんだろう? 全力を出した反動でどんどん弱くなってるぜ」
ドヤ顔で降伏を進めるタナカ。実際には天使キャラメルは未だに神槍の力を解放し続けていた。タナカの力の解放がケタ違いだったため、タナカが相対的にそう感じただけなのである
そしてついに限界がおとずれた。神の力を解放し続けていた神槍に亀裂が走る。その瞬間、天使キャラメルはなにも考えられなくなる。そして崩壊。まるでガラスが砕けたかのように綺麗な音をたて砕ける神槍。それまでの拮抗で溜まりに溜まった二人のエネルギーが神槍の崩壊とともに爆発のエネルギーに転化される。
「ハーハッハッハ! 世界よ。もはや真実にたどり着いた俺を止めることはできない! ついに俺はハーレムを――」
光が二人を呑み込む。光はそのまま肥大化を続け要塞を呑み込み、巨人たちを呑み込み、周りの山々まで広がっていく。
こうしてマジデ要塞近辺は消滅したのだった。
ヽ(°▽、°)ノ やったった