第三十話 急変
プリン王国と西方諸国の国境には、ハル皇国側の山岳地帯ほどではないが山々が連なっている。双方を行き来するためには山々をよけながら蛇行する路が利用されてきた。そんないくつか存在する両国間の路のなかで、とりわけ整備された大きめの交通路があった。かつて西域を統一したゴクリ共和国が軍事利用のため整備した路だ。そして国境近く、山に挟まれた路を遮るように建設されたのが西域最大の砦――マジデ要塞である。
ゴクリ共和国が崩壊した現在でも、マジデ要塞は機能していた。かつて侵略用に整備した路ではあったが、プリン王国が侵攻するのにも適した路なのだから当然といえよう。常時約1000名の兵士が待機するこの要塞は、ゴクリ共和国の最終決戦時においても維持され続けた難攻不落の要塞であった。
しかし今、その難攻不落の要塞がマジで堕ちようとしていた……。いやほんとマジで……。
「ダメです! やつらの進行をとめられません! このままでは要塞にはりつかれるのも時間の問題です!」
副長の男が悲鳴のような声で部隊長に報告をする。悲鳴をあげるのも無理はない。今彼らが相手にしているのは巨大な怪物たち。トロール、ミノタウロス、サイクロプス……、いずれも高位に属する魔物である。それが群れをなして要塞に押し寄せてきているのだ。タフネスさでいえばドラゴンをも上回る個体も存在し、魔法による遠距離からの攻撃では勢いを止めることすらできないでいる。
「そんなもん見ればわかるわ! とはいえ今できるのは魔法を撃ち続けることしかあるまいよ。弓兵の準備をしろ! 弓矢の射程にはいったら魔法部隊は要塞内に退避! 弓兵もやつらが壁を登り始めたらいつでも要塞内に退避できるようにしておけ!」
もはや怪物たちの進行をとめるのは不可能とみた部隊長。彼は要塞内に兵を退くことを決定する。今おしよせてきている巨大な怪物たちが要塞内に入るのは困難である。そしていかに怪物であろうと要塞をそうそう破壊することはできない。敵の手が届かない内側から有利な体勢で迎え撃つ方針にかえようとしていた。しかし……
「要塞内に敵! ヴァンパイアが現れました! 現在魔法部隊が交戦中!」
要塞内から報告の兵が全力疾走でかけてくる。それは方針を諦めざるをえない最悪の報告であった。このまま要塞内にひきこもればヴァンパイアは四六時中、要塞内にて猛威をふるい続けるであろう。
「くっ! ……総員退避! 要塞は放棄!」
早すぎる陥落だった。実際、戦った時間はそれほどない。あまりにあっけない難攻不落の神話崩壊であった。不幸中の幸いであったのはそれほど人的被害がでなかったこと。彼我の戦力差が圧倒的すぎたため早期の撤退決定へとつながり、被害を抑えることができたのはなんとも皮肉なことかもしれない。
弓兵がそのまま殿となって後方を固める。すみやかに撤退していく要塞守備隊。そんな彼らを怪物たちはなぜか追ってこない。殿の弓兵を指揮していた部隊長は要塞を眺めながら物思いにふける。しかしすぐに考えは中断され驚愕することになる。
「なんだアレは……、ドラゴンなのか?」
物思いにふけっていた部隊長は要塞上空の異常な状態に気づく。要塞の上だけ雲でも覆っているのかというように黒く塗りつぶされていた。それはありえないほどたくさんのドラゴンの群れ。
部隊長は早期撤退できたことを幸運と思うと同時に恐怖と疑問が湧きあがってくる。
「なぜやつらは追ってこない? それにやつらの身体……。まるで墨でもかぶったかのような漆黒の姿。いったい何が起こっているというのだ……」
しばらく呆然としていたが、いち部隊長の自分では考えが及ばないとあきらめる。そして部隊を撤退させることだけに集中するのだった。
その撤退していく部隊をドラゴンたちよりはるか上空より見つめる者がいた。天使キャラメルである。
「まあ侵攻は人間どもにまかせるとしよう。……さあ舞台は整えたぞ魔神とやら。その不遜なる考え、貴様の存在もろともうち滅ぼしてくれる」
撤退を始めてから数日後。すでに伝令は走らせ部隊はもっとも近い街の守備を固めるため移動していた。
そんな道中、ソレはやってきた。
なぜか進行がとまる部隊。部隊後方に位置していた部隊長はなにごとかと前にやってくる。そして彼は見た。その圧倒的存在感を示す漢たちを……。
兵が千名近くいるというのに物音ひとつなく、まるでこの場の空気もなにもかもが止まってしまったかのように錯覚する状況。そんな中、漆黒のマントはたなびかせて悠々と進む漢。部隊は引き裂かれたかのように自然に割れていき漢はまるでなにもないかのように進んでいく。引き連れるのは漆黒のローブをまとった人物。ローブを深く被っているため顔がわからないのがより一層不気味さをかもしだしている。そして漆黒のパンツのみの筋肉。なぜパンツ一丁なのか理解できない圧倒的存在感。
彼らはただ静かに部隊の間を通り過ぎていく。そんななかどこからともなく声が聞こえてくる。「魔神だ」「漆黒の魔神だ」と……。
部隊の中にはすでに移動してきた者たちもいて、タナカたちを見たことがある者がいたのだ。ずっとマジデ要塞に配属されていた部隊長はその魔神のことは噂でしか聞いたことがなかった。しかし実際、目の当たりにして彼らが人知を超えた存在であることを実感していた。そして思うのだった。
「西域の混乱をその圧倒的な力で治めた漆黒の魔神……。救国の魔神なんて噂も聞いちゃいたが、とんだ眉唾物だと思っていた。しかしあの他を圧倒するような存在感……。力は本物なんだろうな。そして今このとき、この場に現れたということは……」
数日前に経験した出来事。とても打開策など思いつかなかった。部隊長ふぜいだからということではない。司令官だろうが国王だろうが人間ごときでどうこうできる次元の話ではない。あれは人の手にあまる災害だと……。だからこそ彼らの後ろ姿を見つめながら願うのだった。本当に救国の魔神であってくれと――
「今の見たか? アレ、完全に俺のカッコよさに見惚れてたぜ。美女がいなかったのが残念だが実感したね。俺の新たなる挑戦は間違ってはいなかったと」
タナカが鼻高々に二人に自慢していた。そう、あれからすでにひと月。タナカの技はほぼ完成の域に達していた。本来、「詠唱破棄」「多重詠唱」などそう簡単には習得できない。おそるべき執念である……ハーレムへの。自慢を続けるタナカであったがそれに異をとなえる者がいた。チームの知恵袋、カクさんである。
「それはおかしいだろう」
いつもはボケることが多いカクさんであるが本来できる漢である。長い時を生きた精霊であるカクさんの経験は伊達ではない。
「俺がポーズをとってないのに見惚れるなんてことあってたまるかよ」
ただの嫉妬であった。見栄えについては妥協をゆるさない漢。それがカクさんである。
「まあまあ、拙者もなにもしていないでござるから」
あいかわらずほのぼのスケさんである。
「じゃあアレだ。修行を終えた俺たちみんなが醸し出す、オーラというかなんというかアレがそうなってこうなったわけだ。つまりみんなに見惚れてたってことで」
素直に身を引くタナカ。調子にのっているタナカは大人の余裕でカクさんの意見を受け入れたのだった。今回の修行でタナカは一皮むけたのかもしれない。カクさんはそんなタナカの大きさに見惚れるとともに己の小ささを恥じるのだった。
「へっ! わかればいいんだよ」
カクさん。意外にツンデレである。
「拙者も顔を隠さないで堂々としたいでござる。マスクとかほしいでござるよ」
めずらしくおねだりするスケさん。生まれて1年ほどだが精神も成長してきているのだろう。
「ああ、わかったわかった。こんど街があったらすんごいカッコイイの買ってきてやるから」
今回、修行で新たなる力を手にした彼らであるが、この彼らの心の成長こそがチームの成長としては大きかったのかもしれない。
「まあしかし。もうすぐプリン王国だし、さっきの様子から見ても流れが変わったのかもしれないな」
結局のところタナカのこの余裕は、無事追っ手を逃れることができたかもしれないという安心感も手伝っていたのかもしれない。そしていつものように調子にのるタナカ。
「ククク、世界よ。ついに俺は貴様の攻撃を凌いだぞ。そしてこの流れ、凡人ならば見逃すだろうが俺はプロ。もはや勝ちはもらった!」
こうして調子にのるタナカたち一行は天使キャラメルの待ち受ける怪物蠢くマジデ要塞に直進するのであった。
名前:タナカ レベル:31 経験値:436/3100 ギルドランク:E
体力:4.7e13/4.7e13 魔力:7.4e13/7.4e13
力:4.7e12 器用さ:4.9e12 素早さ:5.3e12 賢さ:6.9e12 精神:7.2e12
スキル:剣(2.69) 魔法(3.23) 信仰されし者(8.47) 竜殺し(5.69) 精霊主(2.15) 詠唱破棄(1.24) 多重詠唱(1.09)
装備:剣 格好いい服 黒いマント
お金:4522000G
名前:スケ レベル:22 経験値:719/2200 ギルドランク:E
体力:286.00/286.00 魔力:475.00/475.00
力:158.00 器用さ:155.00 素早さ:217.00 賢さ:223.00 精神:227.00
スキル:矛(2.34) 魔法(3.04) 竜殺し(5.36) 信仰されし者(5.56)
装備:大鎌 黒いローブ
お金:100000G
名前:カク
体力:16384.00/16384.00 魔力:16384.00/16384.00
スキル:人化(10.00) 魔法(10.00) 大魔法(1.03) 使徒(2.15) 信仰されし者(4.87)




