第三話 旅立ち
タナカは力なくうなだれていた。途方もない自分の無力さを知ったのだから当然かもしれない。しかし将軍の言葉に顔をあげて聞き返した。
「今後のこと?」
その顔にはさんざん持ち上げられた後、どん底に叩き落されたオッサンの哀愁が凝縮されていた。そんなタナカに将軍は言葉を続ける。
「そうじゃ。まあほとんど選択の余地はない気もするが、念のため自分で考えてみたほうがよかろう。わしがバッサリ切り捨ててやろうじゃないか」
「切り捨てんのかよ!」
思わずツッコミをいれてしまうタナカ。ついつい将軍のペースにのせられてしまった感じだ。しかしおかげでタナカは多少元気がもどったようである。とりあえずまず思いついたことを口に出しはじめた。
「まったく……えっとそれじゃあ、元の世界に帰るとか?」
「だめじゃ、帰る手段がわからん。少なくともこれまでの歴史で元の世界に帰った勇者はひとりもおらん」
タナカの思いつきはあっさり却下される。しかも元の世界に戻れないという結構シビアな内容も含んだ回答だった。しかしタナカは大して気にした様子もない。それは彼が異世界ハーレムを夢見る厨二病であるがゆえか。ともあれタナカは意見を出し続ける。
「それじゃあ……ここで暮らす?」
「だめじゃ、わしがめんどくさい」
「クッ、文句を言いたいが言える立場じゃねえ」
思わずツッコミをいれそうになったタナカだが踏みとどまる。そんなタナカを見てニヤリと笑うと将軍は言葉を続けた。
「冗談じゃ。じゃがこの家どころかこの国にいること自体やめたほうがええ。はっきりいってお前さん怪しい外国人にしか見えん。ここに残ればまず間違いなく国に拘束されて、まともな審議もされないまま牢獄行きじゃろうな」
将軍が笑顔でなかなか厳しいことを言ってきた。そしてタナカはというとその内容に切れかける。
「なんでだよ! そもそもその国のせいでこの世界にやってきたんだっつうの! 召喚されたんだからせめて保護くらいしてくれよ」
タナカからしてみれば当然のことを要求する。しかし将軍の口からでてきたのはさらに厳しい内容だった。
「無理じゃろう。わしが言うのもなんじゃがこの国の人間は面子を非常に気にする。勇者召喚をしてやってきたのが赤子と同レベルなんていい笑いもんじゃ。はたしてそれをこの国の連中がよしとするか……。まあ事が明らかになる前に始末するのが可能性としては一番高いのう」
将軍の理不尽な予想に強く抗議したいタナカ。しかし将軍から突きつけられるあまりな内容の現実。それを前に興奮を冷まさざるを得なくなる。
「怖ッ! この国怖すぎ!」
「だいたい国なんてもんは多かれ少なかれそういった冷酷な面はあるもんじゃよ。まあこの国はいきすぎておるかもしれんがのう……」
そう言うと将軍の顔が若干曇る。そこには自国の厳しい現状を憂える愛国者の顔があった。なんとなく気まずくなったタナカは話をすすめる。
「えっと、それじゃあこの国を出ていくしかないのかな?」
散々意見を却下され続けたためか遠慮がちに意見を出すタナカ。将軍は腕を組んで目を閉じうなずきながら答えた。
「そうじゃの。とりあえずお前さんこの世界のこと知らんじゃろうから、簡単に説明しておこうかのう。この世界はまず北と南に分けられる。北側は過酷な環境で魔物の世界となっておる。そして南側は人間の世界じゃ。1000年ほど前に人類と魔物の間に大きな戦があっての。その戦いで人類は魔物を北側に追い詰めることができたんじゃよ。それ以来南北に住み分けされておる」
この世界のことについて簡単に説明していく将軍。なかなかに刺激的な内容である。
「へえ、魔物だけの世界なんてあるんだ…怖ッ! 異世界怖いこと多すぎ」
タナカは正直に思ったことを口に出す。そんなタナカの感想を軽く無視して将軍は話を続ける。
「そして人間の世界じゃが中央にこのプリン王国がある。プリン王国の西にあるのが最近とくに我が国と仲が悪いゴクリ共和国。もともと多くの都市国家があった地域なのじゃが、そのうちのひとつゴクリが力をつけ都市国家群を統一しゴクリ共和国となった。最近はまた独立しようとする動きがあちこちからでていて内乱に近い状態じゃ」
「飲み込まれてしまいそうな名前の国だな。ってか内乱かよ! なんかいやな感じだなあ」
再び正直に思ったことを口に出すタナカ。
「プリン王国の東にあるのはハル皇国。しかしこちらは皇国とは名ばかりで力は衰えておる。もはや都市国家群みたいなもんじゃ。我が国が20年ほど前に攻め込んだが、さんざんやられて逃げ帰ってきた」
やはり軽く無視されちょっとさみしいタナカであった。しかしそれでひっこむ漢ではない。すかさず将軍にツッコミをいれるタナカ。
「負けたのかよ! ぜんぜん皇国衰えてないじゃん」
そんなタナカに苦笑しながら将軍は答えた。
「皇国自体は衰えておるんじゃが、そのかわりそれぞれの都市に力があってのう。力を集結され見事に返り討ちにされたわい」
負けたというのに大して気にした様子もなく笑顔で答える将軍。そんな将軍に若干あきれるタナカ。
「返り討ちにされたわいって……まあいいや。それで南はどうなってるの?」
「海じゃよ。ちなみにゴクリの西もハルの東も海じゃからな。他にもいくつか小さな国があるがゴクリとハルのどちらかに依存して成り立っておるからあまりお勧めできんのう」
だいたいの説明は終わったようだ。タナカは腕を組み少しの間考えこむ。
「つまり……俺はハル皇国に逃げるしかない?」
タナカは自信なさげに結論を出す。
「そうじゃのう」
タナカが遠慮がちにだした結論を将軍がすぐに肯定する。あっさり即答したのはおそらく最初からそれしかないと考えていたからであろう。
「まあとりあえずわかったよ。でも実際、具体的にどう行動していいやら……」
さしあたっての行動指針は決まった。しかしそれでもタナカは途方に暮れて動けない。この短時間でいろいろなことが起こり頭はオーバーヒート気味である。なによりここはタナカにとって異世界。いろいろと勝手が違う上に地理にも疎い。そして何より手持ちがなにもなかった。タナカが思い悩むのも無理はないだろう。そんなタナカに将軍が助け舟を出す。
「わしがなんとかしよう。もともと我が国がまいた種じゃしの。いろいろと用意してくるからちと待っておれ」
将軍はそう言うと応接間を出ていく。手持無沙汰になってしまったタナカはひとり冷静になって物思いにふける。
異世界へとやってきてしまった自分。元の世界へ帰る手立てもなく、見知らぬ世界を生きていかねばならない自分。そして赤子なみの力。タナカはわずかな時間を使い、頭の整理をしていくのだった。
タナカが応接間にひとり残されてからしばらくの時間が経った。あいかわらず思案中であったが、そこに将軍が大量の衣類を持って入ってくる。
「とりあえず着る物を適当に持ってきた。まずはその目立つ服を着替えるがええ。着替えた服と残りの服はまとめてアイテムボックスにいれておくとええじゃろ」
またしてもタナカにとって聞きなれない単語がでてきた。
「アイテムボックス? なにやら心をくすぐるファンタジックなものが出てきたな」
言葉は冷静だが心の中では「なんかキター」的に興奮していた。そんなタナカに将軍はアドバイスをする。
「適当な服を手に持ってアイテムボックスに収納しようと集中してみればわかる」
タナカは早速服を手に取り意識を集中してみる。すると手にしていた服が忽然と消え去った。
「おお! 手品みたいだ、すげー!」
目の前で起こった不思議な現象に興奮するタナカ。それに対して将軍はあいかわらず冷静。続けて指示を出す。
「アイテムボックスにある物を確認しようと意識すればイメージがわくし、その中の物を取り出そうと意識すれば取り出せる」
「おお、なんか解る。よーし、集中集中」
再び手元に服が現れる。それを見てさらに興奮するタナカ。そんなタナカを放置して将軍は再び部屋を出ていこうとする。
「大丈夫なようじゃのう。それではわしは旅に必要そうなものを集めてくる。その間に先ほど言ったように着替えと収納をすませておくんじゃぞ」
「わかった!」
将軍は再び応接間から出ていった。早速タナカはスーツを脱ぎすて服を着替える。
「ふう、服の構造はたいして変わらないな。とりあえず問題はなさそうだ」
実のところひとりで服を着れるかちょっと不安だった。しかし問題なく着替えることができたようだ。
「さて、それではお楽しみの収納収納! あー、このスーツももう着ることないんだろうなあ」
脱ぎ捨てたスーツを拾い感慨にふける。しかし改めて考えてみると、それほど元の生活に未練はなかった。あっさり考えるのをやめ収納に夢中になる。すぐにすべての持ち物の収納が終わってしまった。とりあえず暇なのでアイテムボックスからいろいろ出し入れしてみて時間をつぶす。そうこうしていると将軍が両手になにやらいろいろと抱え応接間に戻ってきた。将軍は持っていた結構な量の荷物をテーブルに拡げる。
「とりあえず必要そうなものを持ってきた。まずは身に着けるものを……この小剣と匂い袋じゃ」
そう言うと鞘に入った小ぶりの剣と取り付けるベルト、そしてなんだかよくわからない袋をわたしてくる。
「おお、剣だ。ちょっとやる気がでてきたぜ。それにしてもこっちの袋はなに? なんか微妙な匂いがするけど」
剣を見てテンションがあがるタナカ。そして妙な匂いをはなつ袋には警戒する。
「それはモンスター避けじゃ。たいして効果がないかもしれんがないよりはましじゃろ。腰のベルトに括りつけておくとええ」
タナカは将軍の説明を聞きながらベルトを着けた。そして小剣と匂い袋を取り付ける。そんな様子を将軍は腕を組んで眺めていた。
「うむ、なかなか似合っとるぞ。とりあえず装備はそんなところかのう。それでは旅にもっていくものを説明していくぞ。説明がすんだものからアイテムボックスに収納していけ」
「はいはい」
タナカは調子よく返事をする。将軍はひとつひとつ丁寧に説明をしていった。そしてタナカは説明が終わったものを次々とアイテムボックスに放りこんでいく。結構な量があったがなんだかんだで無事収納し終える。
「ふむ、全部収納できたか。てっきり途中でオーバーするものと思っておったがなんとかなったのう」
用意したすべての物がすべて収納されたことを確認し安心する将軍。なんだかんだで面倒見がいい。
「アイテムボックスなんてあったら、交易商人とか運送めちゃくちゃ楽そうじゃない? このまま商人になろうかなあ……。やっべ、成り上がる未来のオレが見えるよ」
タナカはお気楽に商人への道を考える。しかし将軍はあまりいい顔をしない。
「アイテムボックスの中身は殺されたらその場にぶちまけられるからのう。お前さん盗賊にとってはいいカモになるじゃろうな」
「……」
なかなかキツイ将軍の一言。タナカはその内容に思わず絶句してしまう。
「だいいちアイテムボックスはそれほどの収容力はない。おそらく今のお前さんはぎりぎりの状態だと思うぞ。交易で稼ぐとなれば荷馬車を使わねばならんだろうからのう。そして護衛も雇うとなると、今のお前さんではとてもじゃないがやっていけんじゃろ」
軽い気持ちで言ったのだが、なかなかに厳しい現実を思い知るタナカ。
「まあ適当に落ち着く場所を決めたら、ギルドに登録して街中で働くのが無難じゃろう。なんたってお前さん赤子なみじゃからの」
「クッ、いやなことを思い出させる。それにしてもギルドなんてあるんだ。ますます本格的なファンタジーだなあ」
タナカはまたもやでてきたファンタジックなキーワードに思いをはせた。
「ギルドについては実際登録するときにいろいろ聞くがよかろう。さあ出発の準備をしろ」
タナカをせかす将軍。タナカは思わぬ展開に驚く。
「へ? いますぐ出て行っちゃうの? もう少しくらいゆっくりしていてもいいんじゃない?」
正直に思ってることを口に出すタナカに、将軍はあきれたような顔をして答える。
「お前さんなにを聞いておったのじゃ? 自分がこの国では危うい身の上だとちゃんと理解しておるのか。現在、都は大気中の魔力が消失して魔道具が使えない。おかげで苦情があちこちからでている混乱状態じゃ。しばらくすれば見回りや警備が厳しくなるのは目に見えておる。出ていくのならいまのうちじゃ」
「な、なるほど……」
あらためて自分の状況を思い出し気分が沈む。そんなタナカを無視して急かす将軍。
「まあもともと出ていくぶんには、たいして厳しくもないんじゃがのう。ほれいくぞい」
こうしてタナカは将軍につれられ邸宅を後にしたのだった。
時間は進み今タナカがいるのは都の外。無事に外に出ることができた。いまは外壁から少し離れた道ばたで将軍と向かい合っている。
「ここまででいいかのう。僅かな時間でかなりゴタゴタしたがなんとかなったもんじゃ」
将軍はほっとした顔で、ここまでこれたことを喜ぶ。
「すまないな。爺さんにはなにからなにまで世話になりっぱなしで……」
「なあに、もともとわしの国がまいた種じゃ。むしろここまでしかできんことに悔いが残る」
タナカにとっては本当に感謝の念が堪えない。しかし、どうやら将軍は引け目さえ感じているように見えた。
「そんな……。もし将軍と出会わなかったら、将軍がいったように碌なことにならなかったと思うよ。本当に感謝している」
真剣な表情で感謝するタナカ。意外にも照れ臭かったのか将軍が悪態をつく。
「それじゃあ、ちっとは成長してまともなレベルになって戻ってこい。その時はいっしょに酒を飲みかわそうじゃないか。お前さんのおごりでのう」
「おう、浴びるほど酒をおごってやるよ! だから爺さんも俺が安心して戻ってこれるように、少しはまともな国にしといてくれよ!」
タナカも別れが寂しいのか、将軍の悪態につられて調子にのる。
「ふん、なまいきいいよる……それじゃあ達者でな」
「ああ、爺さんも元気でな!」
タナカは寂しさをごまかすように元気に走り去る。そんなタナカを将軍はやさしい目で見送ったのだった。
二人が交わした小さな約束。しかしそれは果たされることはなかった。この半月後、将軍は無実の罪で投獄され、まともな審議もされずに処刑される。そしてそこからプリン王国は少しずつ狂いはじめ、やがては世界を巻き込む暴走が始まるのだがそれはまだ当分先の話。
創世暦5963年初夏、タナカは異世界にて新たな一歩を踏み出した。
名前:タナカ レベル:1 経験値:0/100
体力:1.0e13/1.0e13 魔力:1.0e13/1.0e13
力:1.0e12 器用さ:1.0e12 素早さ:1.0e12 賢さ:1.0e12 精神:1.0e12
スキル:なし
装備:小剣 布の服 匂い袋
お金:50000G