第二十九話 躍動
プリン王国――王都から北に数日のところに小高い山がある。山肌は切り立った崖になっており登頂は困難だ。その崖の一部がきれいに削られ神殿と化していた。
ここは神モリナーガを至高の神と崇めるプリン教の総本山。プリン教とはプリン王国国王が代々首長として信仰を擁護してきた世界最大の宗教組織である。毎日多くの人々が祈りを捧げるためにこの地を訪れていた。そんな人々が賑わう神殿のはるか奥。山の頂上付近に選ばれた人間しか立ち入れない秘密の場所があった。そこは実際に神の声が届く神託の間であり、プリン教でも一部の者にしか知らされていない。
その広間にひとりの男がたたずんでいる。微動だにせず時間だけが流れすぎていた。どれだけ時間がすぎただろうか。その静寂を破る足音が聞こえ始める。目を閉じていた男はゆっくりと目をあけ、その何者かがやってくるのを待つ。後方から響いていた足音が徐々に大きくなっていき、男のすぐ後ろまで近づいてきたところで止まった。
「帰還はまだ当分先だったはずだが」
後ろから聞こえてきた美しい声は女性の声。男は振り返り頭を下げる。
「いささか不測の事態が発生いたしまして。予定より幾分早く手をひくこととなりました」
「ほう、貴様がしくじるとは思わなかったぞ。カシウス」
本当にそう思っているのか解らないような感情のこもっていない返事。それが面白くなかったのかカシウスは言葉を続ける。
「しかし第一の目標である魔道具の研究は達成されました。ドラゴンをはじめとした怪物たちもすでに五百体は準備できております。また多少予定は早まりましたが西域の力は確実に衰えており、西域を刈り取るのは問題ないかと」
「ふむ、まあよい。それでは西域侵攻を始めてもらうとしよう。貴様は王国にいき王女の手助けをせよ」
話は終わったとばかりにでていこうとする女性。カシウスは女性を留めようと慌てて声をかける。
「お待ちください。今回予定が狂った原因である化け物についてお話ししておきたいことが!」
「化け物? 化け物ふぜいのことでわざわざ私が時間をとる必要があると?」
冷たく言い放つ女性にカシウスはこれまでの経緯を説明する。その魔法の一撃は軍を半壊させ、ドラゴンをもたやすく屠るほどだと。そしてその叡智は現在人間が保有している最高レベルの召喚術、支配の術、結界術を易々と打ち破るほどの高みにあることを。そしてなにより――
「奴は私に言いました。『神の座を力ずくで貰い受ける』と……」
その言葉がでた途端にその場の空気が一転する。一見すると女性の表情は変わらない。しかしカシウスはたしかに感じることができた。目の前の女性――神の剣たる天使キャラメルの怒りを。
「私は神の剣。神に仇なすものは何者であろうと滅する」
天使キャラメルはその意思を示すかのように、輝かんばかりの白い翼を広げ手にした槍を掲げる。その槍は神槍――主より承った神の力やどる槍。その力は上位の精霊・神の核すら破壊することが可能な数少ない神具のひとつである。
天使キャラメルの怒りを前に畏まって顔を伏せるカシウス。その顔は醜く歪んでいた。
「魔神め……。私を侮ったこと後悔するがいい……」
タナカの知らないところで事態が動き始めようとしていた。そして――
「感じる……。世界が俺の因果律に干渉しようとしている。よほど俺の存在が邪魔ならしいな……」
ここは都市ゴクリから東にかなり離れた場所。国境に向かう路を数日進んだところである。そこは深い森を断ち切るようにつくられた路が東西に走っていた。深い森に囲まれた場所でタナカは立ち止まり片手で顔を覆っていた。
不敬罪で追い詰められているという強迫観念にとらわれ、皇国への帰路の最中タナカの厨二病は深刻化していた。
「なにわけわかんねえこといってんだよ。はやく帰りたいんだろう? 立ち止まってんじゃねえよ」
国境まではまだ当分かかる。カクさんは早く進もうと催促するのだがタナカは立ち止まったまま語り始める。
「待て。このまま急いで逃亡……いや、帰還するのは最優先事項だが、もしものための対策も立てておかねばならん」
「もしものときでござるか?」
空を見上げるタナカ。片手で顔を覆ったまま、指の隙間から天を睨みつけていた。タナカ的カッコイイポーズである。
「不穏な空気を感じる。おそらく近いうちに俺たちはカタストロフィに巻き込まれる。どうやら世界が本腰をいれて俺たちを排除しようと動き始めるようだ」
実際には不穏な空気などなく森はのどかなものである。単に自分が役人たちに囲まれ捉えられる様を想像して怖がっているだけであったりする。それをタナカ的翻訳を介した後、二人にその危険性を告げたのがいまの言葉である。
「まじかよ。こええなおい……」
カクさんはタナカの言うことを信じて怖がっていた。しかしこの精霊、森ののどかさをはっきり知覚できているのにこの反応。実にノリがいい。
「そこで俺が考えた強化プランを実施することにする!」
ヒラリと身体を回転させビシッと決めポーズをとるタナカ。なぜかまるで鏡に映したかのように向かい合って同じポーズを決めるスケさん。
「それで具体的に何をすればいいでござるか?」
タナカはゴクリの館で考えていた強化プランを説明していく。二人は一通り説明を聞くと納得し皇国への旅路を急ぎながらも修行をはじめる。このとき第三者がいたならば間違いなくこういっただろう「お前たちはいったい何と戦っているんだ」と――
こうして始まったタナカたちの修行であるが、ここに至り彼らの力は異常な速度で成長し始めた。
スケさんはタナカもしくはカクさんから補助魔法の魔法強化をかけてもらう。そして高威力となった魔法を使いこなすため日夜魔法を使い続けた。タナカからマナトランスファーを受けるため延々と魔法を続けるスケさん。その結果魔法スキルが順調に成長するのは当然として、タナカの過剰なマナトランスファーが強引にスケさんの魔力を上昇させていく。
カクさんはかつてタナカが通った道でもある魔法の制御に挑戦していた。ボケてはいても一応これでも精霊のはしくれである。確実に魔法の威力を抑える制御法をものにしていった。そんななかタナカとの魔法リンクが使用される度にタナカの精霊主としての力とカクさんの使徒としての力が上昇していく。これによって魔力供給量が増えてしまいイタチごっこのように修業するはめになる。かつて信仰されし者のせいで同じような目にあったタナカが生暖かい目でカクさんに優しくなったのはどうでもいい話である。それにしてもタナカの異常な能力のせいか。もともと下っ端精霊のカクさんがいまや上位精霊に匹敵するほどの力を手にしようとしていたのだが、本人は魔法制御にいっぱいいっぱいでそれどころではなかった。
そしてタナカは――
「こちらの世界にきて1年経とうとしているが……、思えば最悪の状況から始まり、ただ求めるがままに力を追い求める日々だったな。だがいまやチームをつくりあげ、その力は世界の標準的な強さに追いつきつつある。そろそろ他の命題に着手するときがきたな……」
感慨深くこれまでの苦汁に満ちた日々を思い出す。そしてタナカは新たな挑戦をはじめようとしていた。
「これまで女性に縁がなかったが、このあたりで一気に挽回する必要がある。そのための力がこれだ……」
タナカは魔道書をひらき改めてその説明を眺める。それは魔法ではなく魔法の制御法に書かれた記述。そして応用編の項目に目を移す。
「詠唱破棄――魔法の詠唱を行わず魔法を発現させる技術……。デメリットは魔法の威力の低下だが、俺にとってはメリットだな。異世界ものではありがちなスキルだがまさか実在していたとはな。まあこれでダサい魔法の詠唱を唱えなくてもよくなり俺のオリジナルであるイケてる詠唱ができるな……。クックック、カッコ良すぎだろ俺」
詠唱破棄しながらもカッコ良さのためあえて詠唱する漢。それがタナカ。
「そしてこれ……」
さらに応用編の項目を読み進めてある部分で目を止めていた。
「多重詠唱――魔法を同時に発動させる技術……。デメリットはこれまた魔法の威力の低下だが、まさに俺のためにあるといってもいいな。生活魔法の気流をつかって常にマントがカッコよく風になびくという技を考え出してはいた。しかし保身を第一にする俺にとっていざというときに魔法を使えないのは致命的だとして封印してきたが……、これを使えばいける」
ゴクリと喉を鳴らすタナカ。マントがはためくカッコイイ自分を想像し興奮がおさえられない。
「フフフ……、この二つの技術をものにすれば、間違えなくモテル! クックック、世界よ。ついにハーレム実現のめどがたったぞ。もはやこの流れは止められんぞ!」
創世暦5964年初夏。もともと世界と隔絶した力をもっていたタナカだったが、修行によりチームごと世界からさらに遠のいていくのだった。明後日の方向に――
名前:タナカ レベル:30 経験値:2248/3000 ギルドランク:E
体力:4.5e13/4.5e13 魔力:6.8e13/6.8e13
力:4.5e12 器用さ:4.7e12 素早さ:5.0e12 賢さ:6.3e12 精神:6.6e12
スキル:剣(2.40) 魔法(2.77) 信仰されし者(7.92) 竜殺し(5.69) 精霊主(1.04) 詠唱破棄(0.46) 多重詠唱(0.39)
装備:剣 格好いい服 黒いマント
お金:4522000G
名前:スケ レベル:21 経験値:1531/2100 ギルドランク:E
体力:260.00/260.00 魔力:392.00/392.00
力:144.00 器用さ:141.00 素早さ:198.00 賢さ:185.00 精神:189.00
スキル:矛(1.81) 魔法(2.12) 竜殺し(5.36) 信仰されし者(4.45)
装備:大鎌 黒いローブ
お金:100000G
名前:カク
体力:8192.00/8192.00 魔力:8192.00/8192.00
スキル:人化(10.00) 魔法(10.00) 大魔法(1.03) 使徒(1.04) 信仰されし者(3.67)